【221】桜田門外ノ変に思いを寄せた土方歳三
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土方歳三資料館チャンネル
プレミアム放送配信中!
- 00:371.
はじめに
- 09:512.
ふりながら きゆる雪あり 上巳かな 162年前の3月3日に起こった桜田門外ノ変に関して歳三さんが詠んだ一句です
- 01:493.
多摩時代の歳三さんも、梅の花や恋に身を投じて過ごしていただけではなく、社会情勢にも関心があったことがわかる一句ですね✨
- 02:464.
コメント返しです☺️
コメント

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さすが館長様
桜田門外之変の史跡を歩いたことがありますが、品川から桜田門まで歩くだけで大変なのに良く戦えたなと🥲
懐にお菓子が入っていた様なので、糖分補給しながらあるいたのでしょうかね♥
歳三の句の最後は、かな と こそ どちらが正しいのでしょうか?
初めて土方歳三資料館に伺ってから40年弱。
開館日とタイミングがあわない時は、門の外から心の中でご挨拶をしておりました。
自分の心の拠り所として、これまで存続していただいた事に感謝でしかありません。
そしてこれからは、この放送でも歴史に触れる時間をいただけると、楽しみにしております。
母方の高祖父が彦根藩の藩士だったそうで、桜田門外の変の話は、幼い頃から母によく聞かされていました。
高祖父は江戸詰の家臣でしたが、当日はたまたま非番で登城の列にはいなかったそうです。
参列した供侍たちの殆どが、討死をはじめ、主を護れなかった咎で命を落としたことを思うと、明治の世まで生きた高祖父の運命の不思議さを感じずにはいられません。
また、祖先の関わる事柄に歳三さんが心を寄せていたことに、改めて感銘を受けました。
愛さんこんばんは!
「ふりなからきゆる雪あり上巳こそ」の句は、歳三さん、多摩時代ですよね。幕府の重鎮が襲われたこの事件を知って、何やってんだ、徳川家大丈夫かよ?と思って詠んだのでしょうか?あるいは、心ひそかに、俺が武士になって徳川家を盛り返してやる!と、思って詠んだのでしょうか?事変の報を聞いて素直に心に浮かんだ気持を詠んだのでは?と想像してしまいました。
さて、話は変わりますが、昨日の宮川さんとのライブトークは、ご子孫でしか知り得ないお話が大変面白かったです。また次回も期待しております!