TOPエンタメ音楽洛中日記【対談回】太鼓奏者・山田香織さんと音楽のミライを語る!59:49 2024年12月26日 63再生 問題を報告する 再生する シェアする 音楽のもつ絶大なチカラとその可能性について、お互いの音楽活動と仕事のバランスを考えながら、本音トークで語り尽くしました。まだまだ喋り足らないので、続きはいつかの回で!AI目次山田香織さんと音楽の未来像を探る空気感と音楽の不思議な共通点とは?漢方音楽から生まれる新たな可能性継続と変化、音楽活動の秘訣音楽がもたらす癒やしと社会への貢献AI文字起こし(β版) # 太鼓奏者・山田香織さんと音楽のミライを語る! はい、みなさんこんにちは。今日はですね、Voicyでの生放送で太鼓奏者の山田香里さんと、今目の前にいらっしゃるということで、本当に今日は楽しい会談を進めていきたいと思います。 今日はですね、お互い音楽とか音楽の周辺の活動をしているので、そこからちょっといろんな話を展開させていければなというふうに思っております。 こんにちは。また京都でお会いしているということで、天気も良く。 前もね、2年ほど前に会談を開けてもらって、あれもこの時期ぐらいだったんですよね。 そうですね、冬でしたし。ただあの時はあれでしたね、その対談の前に私たちがずっと直接お会いせずに、この時代なのでソーシャルとか、あれが7月ぐらいにずっとメールとかソーシャルの世界でつながっていたのが、 直接お出会いをさせていただいて、その後ボイシーの対談をさせていただいたという感じでしたかね。 あの時がリアルでお話しした最初の時だったんですか。 そうですね、だからもう20年以上会わずに、直接会わずにずっと関係性だったというお話をしましたですよね。 現代の出会いの、そんな感じの場面でございますけど、 改めまして山田香里さん、自己紹介していただいてもよろしいですか。 はい、改めまして山田香里と申します。 太鼓奏者と先生にはおっしゃっていただいて、プライベート半分も活動を続けて30年以上になりますので、 今らしいことかもしれません、セミプロとプロの間がなくなっている感じですけれども、 私が住んでいる筑波市、ここを中心に、筑波雷鼓の会つくどんという団体で太鼓の活動をして、 自身も叩く、そして今の時代なので太鼓を叩きたい、少し歓声を磨きたい、 こんなことで、筑波市周辺地域を中心に活動をして、 本名は先生との出会いのきっかけになりました。 代金工業で広報とか、いわゆるコミュニケーションの仕事をしていて、 それで先生ともたまたま空気に関する調査を先生が絵に留めていただいて、 メールを頂戴して、そこから関係が続いているということで、本当にご縁だなという。 五感の空気感調査も、いまだに感覚というかアプローチが少なくて、 今でも五感とか多感覚とか言っていますけれども、 20数年前からという先見性がすごいなと今思います。 ありがとうございます。 後輩たちにもこの調査をして発表するということは、 今年も私の後輩たちが世界の空気の調査ということで発表をしたんですね。 私どもの会社が100周年でもあって、世界により目を向けてということだったんですけど、 先生がおっしゃっていただいた通り、今回の調査ではそこまでしていなくて、 一回目にあたる最初の時には、いい空気を色に例えるとか、 本当に見えない空気というものを意識してもらいたいということでやったんですよね。 本当に雲をつかむような調査ですから。 朝に空気で。 そんなことをやりましたけれども、 なかなかこの世界というか個人で快適性が異なるので、 なかなか明快な答え、空気で答えを出す会社なんて偉そうに言ってますけど、 なかなか出ませんよね。 目に見えないという意味では空気の個人差もあるし、 今日の本題が音楽です。 そうですね。 すごく近いですね。 本当に近いですよね。 ありますね。 そういう細く長いお付き合いで、 2年前にまた再会というか、新たに出会いして、 それからプロジェクトが実は旋回したというのはなかなかご縁ですよね。 本当にお願いする時にちょっと躊躇はしたんですけど、 今の話で空気とかアトモスフェアみたいな雰囲気のものを 形にする。 今回、今年リリースで先生の方に本当に忙しい中ご尽力いただいて、 漢方音楽2ということで、 CD化、音源化ということで、 私が好意にしている筑波のエステシャンの小林さんの施術、 それから考え方を音楽にしていただいて、 漢方アロマということで、 私も今日はこっちに来ちゃってますけど、 週末に小林さんのところの施術を受けるんですけど、 先生の音楽とともに。 非常に好評みたいで、 やっぱり漢方アロマを使って、 ご自身の施術があってもそれを取り入れたい。 実はこういう音楽があってみたいなことで、 小林さんのお仲間にも徐々にですけど、 広がっているみたいで。 徐々にっていうのがいいですよね。 長期で良さを見ていくっていうような、 そういう大らかな気持ちじゃないと、 音楽の活動ってなかなか難しいですよね。 音楽もいいですし、 最近本当に音楽の力を感じるようなことも多くて、 やっぱり何でもすぐに消えてしまうというか、 アイデアが出ては、物が出ては消え。 物が出ては消えの時代なんで、 一気に売れるとか、一気に広がる。 これもあるんですけど、 本当に先生の言葉の中でも好きな言葉で、 アニマリストであったり徐々にとか、 そういう方が継続性っていう意味では、 長く続く、目的がね、 瞬間的にでも売れた方がいい。 これだったら別ですけど、 長く続けるとか、長く続くっていうのは、 私が所属する大工の団体を見ていても、 あれだけ工学部があって、 大学でもたくさん大工の団体ができたんですけど、 結局残ったのは、私たちって言っても過言ではなくて、 かなり所属するというか、ほぼ。 それも本当に、できることを少しずつって、 私もどこかで思ってて、 演者でありながら、 コモロ芸人、プロデュースとかディレクション、 ディレクターをやっている立場からすると、 ちょっとずつ時代とか、ちょっとずつ要請に合わせたり、 何より私たちが年をとっているので、 大工に負けちゃうんですよね、勢いだけでやってると。 だからそういう、 じゃあ叩く方だけじゃなくて、 教えるということで何かできるかなとか、 今回の先生とのご縁も、 いろんなものとコラボっていうことを私たちもやっていて、 私の音楽活動の中で、 なんか雲をつかむようなアイデアだけど、 ちょっとさっき申し上げた小林さんに相談をして、 そしたら是非に、どうなるか分かんないけどって言って、 そこに来た、 多分2月とかだったと思いますけど、 そんな感じでしたね。 それでどんな風にするかもまだ全然分からないので、 研究室で小林さんに施術していただいて、 カスタっていう部屋みたいなものをやっていただいて、 そこでかなり血流が良くなって、 表面的に色が変化はしたんですが、 そこからこの状況を考えて、 漢方音楽を作ったというか、 施術師さんも作ったような感じですね。 力が結構いりますからね。 私は単純に先生の音楽を聴いていて、 さっきも地説に、 この見えないものを形にしていくっていうことで、 音楽にっていうことだけだったんですけど、 すごいなって本当に思いましたけど、 施術をしている人がリラックスをし、 いろんな方の悪い気じゃないけど、 先生おっしゃった力を入れていかなきゃならないのもそうだし、 いろんな施術される側の方の悪いところをほぐすんで、 どうしても邪気と言ったりですけど、 それを解消してあげるっていう発想は全くなかったですし、 先生の魔術で、 漢方音楽で生まれた音楽が、 律動、リズムの方に行ったって言って、 先生どういう背景で、 私みたいな素人が聴いての感じですけど、 非常に繰り返しの音楽が多い感じがしてて、 それがやっぱり太鼓にも通ずるというか、 繰り返しをするっていう、 そっちに先生が今回の漢方音楽2を持っていかれたっていうのは、 私はクリエイターの気づかないところに気づかせてもらった、 喜びというか、あれはありましたよね。 感動というか、すごくあったなと思いますね。 日々いろいろなものに接していって、 そこから自分が感じるところというか、 そのあたりってあまり理論とか、 頭で考えるっていうよりも、 そこの性質を受けてパッと出てくるっていうか、 その見物って何かありますよね。 それが、そういう繰り返しだったりリズムだったっていうのは、 小林さんとデモの音源が送られてきた時に、 あれが確か会だったんですけど、 会、コロナの時に呼吸系だったので、 非常に私も徴用しましたし、 お客様にも会を求められる方が多いらしいんですけど、 非常にゆっかりが入っている感じのイメージです。 聴いた時に、会だよねって思って。 友人とか知人に広げていった時に、 今回もちょっとご一緒、 9月に音楽を機会に、 ジョイントコンサートもさせていただきましたけど、 その時にコンテンポラリーダンスの方、 あかしさんと一緒にやっていただきましたけど、 あかしさんとかも、 オープニング、 ウェルカムですね。 先生が思い描かれた、 入ってきて、ようこそっていうところ、 これで踊りたいって言ってくださって、 衣装とかもイメージで作っちゃっていいですかって、 思い負けない繋がりというか、 私はいろんなものを作っていくのが好きなので、 小林さんの大体医療のためのエステっていうコンセプト、 手術で雰囲気作りまでBGMとしてできないかなと思ってましたけど、 本当にいろんな皆さんの発想が広がるっていうのは、 もしかするとやっぱり繰り返しっていうのが、 先生も今おっしゃったみたいで、 あんまり頭で考えないっていうところには、 立動とかっていうのが心地よさというか、 あるのかなという感じは今回もしまして、 意識・無意識に関わらず、 体を解放したいとか、 低速感とかに今さっきの組織的な話も出ましたけど、 そこを簡単に乗り越えさせる力を提供するっていうのが、 いろんな場所で音楽を作って提供した時に生まれる共通点みたいな感じがするんですけどね。 内子も私も素人ながらこれだけ続けてきて、 やっぱり素人だからこそ難しいリズムとか難しい奏法をやりたくなるんですけど、 あとはもう次、本当にアマチュアなりに出てくるのは、 感動してほしいとか気づいてほしいとか拍手してほしいっていう変なエゴが出てくるんですけど、 それを超えると自然に自分が不老なんて起こらないし、 でも無意識の中になると。 ずっと繰り返しのことを続けてると、 もうお客様が思わず拍手をするっていうのは、 やっぱりこの繰り返しの魔術っていうか、 あまりそこに繰り返してこうってなっちゃうのはダメなんですけど、 ありますね。 もう何回も同じことを打ってっていうところで、 まだやるのかって言って笑われる時もあるみたいな感じもありますけど。 その瞬間って音楽やってるっていうよりも、ただそこにいるっていう。 そうです。 そんな感じですよね。 先生みたいに音楽家として活動されてる人と、 えーなんて言うほど私もないんですけど、 それは思います。 そこにいるようでいないというか。 消えちゃってることもありますね、存在みたいな。 私たちは時々寝てるって言うんですけど、 だからずっと一定のことを打ってて、 寝てて。 だけど寝てる時に、 さすがにお客様がいる時にその状態にはなりませんけど、 練習してる時には、 コミュニケーションを取る人が、取る人を取るものが、 太鼓と隣で叩いてるあるいは叩いてるメンバーでしかないので、 家族じゃないけど、どう出るかが分かってたら、 安心してそれでずっと同じことをやってるだけ。 その感覚はよく分かります。 そこにいないというか。 そういう感覚の世界って、 例えば表現でいろいろありますよね。 写真とか、 そこの部分では、 どうしてもそこの音楽以外の表現では、 なかなか成し得ない境地というか。 そうですね。 言うですとかいう話じゃなくて、 そういう意味で真理を持っていくっていうのは、 これが魔法とかね、そんな感じはするんですけど、 音楽ですかそこまでいけないなっていうような。 なるほど。 そんな感じしますね。 どうしてもこの時期でしたよねって先生にもおっしゃっていただきましたけど、 会社の方でもちょっと研修に、 大きな研修に使う音楽をどういうコンセプトで作っていくか。 ゼロから作るわけじゃないので、 著作権とか問題ない程度にBGMとしての考え方でやるんですけども、 そういうことを考えるときにも今のお話が通じますね。 すごく通じる話ですよね。 一曲聴くと記憶もそうだし、 身体的な歩幅もそうだけど、 一瞬にして気持ちが変わったりとか、 何か解放感? 閉塞感の現在社会であるので、 解放感っていうのが言葉じゃなくて、 変えちゃうっていうような、 ある種使い方によっては危ないかもしれない。 便利なメディアかなっていうような。 私が会社の方でもやってる音楽BGMとかを作るっていうところでも、 ベースにあるのは音楽の力っていうか、 音楽の力ってすごく一言で容易く言っちゃうんですけど、 何だろうなって思ったときには、 今先生が整理しておっしゃっていただいたような、 繰り返しからの解放だったり、 本当に見えない力? 一般的な学術的なことで物の本で調べると、 セロトニンが出てとか、 ノーバミンが出てみたいな話になるんですけど、 やっぱり音楽でしか成し得ない、見えない力っていうもの。 今先生おっしゃった、 私もいろんな仕事とかやってて、 みんな閉塞感だなとか、 だいぶ本業のでもガスを吸ってるんですけど、 本当に自分が音楽という、 薬というか音楽というものを傍らに持っててよかったなって、 いろんなガスを吸ったり、いろんな閉塞感の中で、 ちょっと今日は休むから音楽聴こうって思えて、 幸いにも、こういう音楽聴いたらこうなるだろうなって、 この音楽聴いてもこう思えないってことは、 ちょっと疲れてたなとか、 私に至っては作る方もあるし、 先生もよくおっしゃってるような気がしますけど、 作る気しないなとか、やりたくないなっていう、 心のバロメーターになってるから、 本当にこの数ヶ月、 先生とのコンサートが嘘みたいなのが3ヶ月でしたけど、 めっちゃ多忙ってさっきお話を伺ってたんですよね。 先生とはどっちが多忙論みたいになっちゃうんですけど、 でも本当に心が折れそうになった時に、 自然と自然の中に溶け込むこと、 先生の耳トレじゃないけど、 すっと自然音に耳を傾けるとか、 好きな音楽を聴いてとかっていうことで、 本当に落ちるようにするんですよね。 マイナスにならなくて済むというか、 本当にそれを感じたので、 音楽の力っていうことをもう少し言語化して、 押し付けるものでもないですけども、 自分の和太鼓もそうですけど、 いろんな会社で音楽を作っていく中でも、 よりどころになるような、 後押しになるような、 癒やしになるようなことは大事にしたいですよね。 ずっと音響心理学とか、 音の心理学的な研究も続けてはいるんですけど、 最近来て閉塞感が面白く出てきて、 そういう感覚がするんですよね。 いろんな人に話してみても、 学生にもそうですけど、 どんどん目に見えない不安とか、 心のアップダウンみたいなものが増えている状態になっているし、 そこが本当に、 教養として音楽は、 さっきおっしゃったようなオセロトニーが出るとか、 ヨーバミスというよりも、 必要としているというか、 そういうものがないとある程度、 生きていけない部分というのが出てきているのは、 ちょっと怖いながらも、 活用されていないし、怖いながらも。 そうですね。 私も、 先生ほどでも、 先日の対談の、 ドイツの先生とされてました。 ジンペイさん。 ジンペイさんとか、 先生ほどの研究じゃないですけど、 2年前に大公の延長で、 論文を書いた時にも、 あの頃から、 やっぱり余長として、 抑圧というテーマがあって、 もちろん私の、 2年間ぐらいの研究だけだったので、 そこに結論まで至れなかったんですけど、 やっぱり今、抑圧からの解放というか、 私が特に研究をした頃は、 コロナでもあったので、 コロナの時期で終わった頃なので、 余計にその抑圧からの解放って、 なったかも分かりませんけど、 非常にその大公についても、 いろいろ深掘りをしていくと、 抑圧からの解放っていうか、 単純に大公で叩いてスカッとした、 そういうことではなくて、 自己表現とか、 非常に除人禁制の世界もありましたから、 もともとはね、 舞台芸能になったのは、 それこそプロが舞台にしてから、 その前はお祭りとか、 それこそ情報手段だったので、 そういった編成の中では、 ことの橋橋には、 抑圧からの解放っていうのはありましたね。 ちょっとそこを深掘りすると、 おそらくもう少し深い論文にできるんですけど、 なかなかこっちに行けなくて。 大変なことですもんね。 まとめるだけでもね、厳しいですからね。 やっぱり抑圧って、 本業のほうでね、 投資家さんとお話をするのが、 メインの仕事でもあるんですけど、 なんていうのかな、 景気が悪いって言葉もあったし、 あんまり使いたくなくて、 景気が悪いって言うと、 みんな暗いほうで、 投資家さんっていう仕事ってリスク多いので、 みんなリスクの話を聞いてくるから、 そうなんですよ、変動リスクとか、 投資したものがどうなるのか、 当然のことなんですよね、わずかにしてるから。 ただ、投資家さんの中と話してても、 やっぱりそうかって、私もそこで思ったのは、 リスクだけ追って、 すごいミクロの虫の目みたいになってる人か、 よく鳥の目とか、先生もよくおっしゃいますけど、 短期的じゃなくて、 長期的に見てる方のほうが、 非常に安定される質問とか、 安定する投資活動であったり、 ただもう、投資家の皆さんとお話をしてると、 おっしゃるすごいボラティティがあったり、 すごい同じことを言っても、 信じる方とそうじゃない方がいたり、 どこでも、年末の気づかしさも相まってか、 ちょっと明るくしてあげたいなっていう感じがしますよね、 そっちでもね。 短期だと虫の目的に見ちゃうと、 日々の変動ね、株価の変動、 ストランプがどうだったとかね、 ヒーローマスクと一緒になってたとか、 そういうところで、かなり年末ラリーみたいな話になりますけど、 長い長期の鳥の目っていうのはすごく大事ですよね。 本当に先生の日々のトークの中でも、 そういう徐々にとか、 中長期的にっていうのは、 そういう普段の仕事を見てても、 思いますよね。 そうですね。 さっき話しとんだけど、 陣平さんの論文で紹介してたんですけど、 投資はメンタルにとても良いっていう論文を紹介されていて、 それはやっぱり長期。 そうですよね。 コロナの時に感じたことがあって、 うちは長期の投資家ですって言っていても、 不安定になるとやっぱり煽りになるわけですよ。 当然です。 収益もあるからね。 あまりそこに帰結させたくないんですけど、 やっぱりコロナというものが、 人の心理的なところとか、 だいぶ変えた。 投資で長く見るって言ってた人たちが、 やっぱり近視眼的になってたりとかしてっていうのが、 非常に悲しいと思いつつも、 だからこそ音楽の力とか、 やれることがあるかなと思って、 そこだけは短めというか短く、 大きく最初からやろうと思わずに、 自分の自宅の近くの子供たちと一緒に対応とか、 みんなで元気になるような取り組みとか、 マルシェで叩いてみたりとか。 この前マルシェで不思議な言葉を言われて、 マルシェが終わって、 普通にお昼ご飯を買いにマルシェを回ってたら、 太鼓の方ですよねって言って、 ほっこりしましたって言われて、 冬でこんな時にやってて、 ほっこりも何もって思ったけど、 何かそういう温かさとか、 何か求めてるんだろうなって思いながら。 それをちょっと思ったのは、 音楽も短期的に効果のある部分と、 長期的に効果のある部分って両方あるなって思う。 当初だと長期って本当に大事で、 例えば2022年にカブカが半年以上あった状態で、 ほっこりになったかと思ったんですけど、 多くの人が。 それってやっぱり短期のボランティリティによって、 かなり変動で負けたこともあるかと思いますけど、 音楽も日々聴いて、 時間変動というか、 時間に対する反応ってすごくあるから、 そういう時間に対する反応の刺激っていうところで、 音楽はすごく視覚的に好きなものよりも早いんだけど、 もうすぐ感動したみたいな感じになる。 その感動を短期で終わらせるんじゃなくて、 両方長期にわたってじわっと、 それこそ漢方音楽みたいな形で、 持続的に感じ続けることのできるような効果っていうのが、 あるような気がします、今お話聞いてて。 私もそれ思うのは、 逆にコンセプトを作るときに、 すごく太鼓でも会社の方の音楽作りでも意識をするのは、 すごく一瞬で消えちゃうものが多くなってる気がするんですよ。 要するにそれが目的になってしまうとちょっと違いますけど、 長く続くためにはどうしたらいいかというか、 そうなると、 なんか瞬間的に盛り上がる、 なんか瞬間的に頑張って、 大きなことをやってイベントにするよりも、 私が曲を作るときもそうだし、 イベント作りもそうですけど、 ほどく長く続けられるものっていう方が、 移ろいよく時代の中で、 ちょっとずつ変化させながら、 それが楽しくもあるし、 生みの苦しみもあるんですけど、 一気に治癒しないというか、 安心しながら、 うまく言えないですけど、 長く続けるものの価値、 これは大事にしたい感じがしますよね。 たぶんパッと思ったのは、 長く続けることって一つ前の、 例えば1年前とか3年前とか5年前の自分を、 リスペクトしてるような感じがするんですよね。 そこに対してすごく信頼というか、 10年後の自分がそう思うかどうかわからないけど、 ちょっと前の過去の自分をリスペクトしてるところに、 心理的な安全性とか、 そういうものがあるんじゃないかなって感じがします。 でもなかなかこう、 日々生きてると、 なかなかこのままでいいのかなとか、 過去のやってきたこと、 基本的に私も今先生に言われて、 あ、そうだなと思ったり、 他の方から言われるのが、 自分がやってきた点のことを線にして面にして、 形にしてるよねって言われること多いんですけど、 そう思える人は、 抑圧されずに済むって言ったらちょっと極端じゃない。 ただ、このままでいいのかな、 いいわけないよなって言って虫の目になったり、 どれが先かわかんないんですけど、 先生の言葉を借りれば、 過去の自分をリスペクトできないと、 抑圧の世界のままにいるというか、 今、貴重な言葉をいただいたような感じもしてて。 そういうのが、 不意を曲折する人もあるし、 僕もあったりも弱かったりって思いますけど、 それでも続けてるのは、 薄くしか音楽をやれてないんですけどね。 ずっと安定感というか、 すごく幸せに音楽を続けられたらいいんですけど、 逆に今、そうじゃないから、 それがいいのかもしれない。 そこら辺も含めて、 後で、これ今予想はできないんですけど、 後で何か変動がある中で、 いろんな面が、 演奏の仕方もどんどん変わってますし。 おっしゃってましたよね、 9月の時にも演奏の、 ダイナミックなというか、 いろんな演奏がありましたけど、 本当に私も楽しいし、 私の太鼓の仲間が、 先生のパフォーマンスと言っちゃうのは、 ちょっとあれなんですけど、 2日間、世田谷の方で、 あれはスタンウェイでしたっけ? スタンウェイでの、 本当に贅沢な空間と、 ちょっとごめんなさいだけど、 福岡のホールにある、 桁が違う、 土曜日と日曜日で桁が違うピアノで、 でも太鼓と一緒に、 でもどっかのYouTubeの歌手の方のように、 立ち上がって太鼓のように演奏するって、 あれもね、本当に私の家族、 おばなんかも来てくれてたんですけど、 本当に今でも楽しかったっていうことだと、 おばがあんまり外に出たがらない方なんですけど、 帰りに饒舌になっててっていう話を、 うちの両親からも聞いたりして、 本当に音の力だし、 先生のパフォーマンスだし、 その時の瞬間のエネルギーだったかも分かりませんけど、 音楽ってすごいなと思った時でもありましたね。 本当に自分の預かりきれぬところに、 波動が届いてあって、 すごい不思議と、 予想反省って言い方変ですけど、 意外性を外に持っていくっていうか、 それが魔法というか、 意識してできるものじゃないところもありますよね。 そうですね。 あんまり意識しても、 それは人には響かないというか、 そうなんですよね。 なんとも不思議なものですね、 音でコール&レスポンス。 本当にそうなんですよね。 すごい力。 目に見えないっていうところも不思議だし、 消えるのも、 記憶には残るけど、 現物の物理的な振動から消えていくし。 先生もよくお話しされてて、 私もそうだなって共感するのが、 音も、 嗅覚が一番戻るのかも分からないですけど、 懐かしさっていうか、 音もその情景にすぐに飛べるというか、 さっきのいわゆるマルシェで叩いたときに、 ほっこりしましたって言われて、 このサゴ空でみんな何かやってて、 ほっこりって何だったんだろうなって考えたけども、 すごい浅く考えちゃうと、 太鼓を聴いて懐かしいんだろうなとかってあるんですけど、 音楽にはその人の原点とか、 その人の何か懐かしさにつづるようなものに、 今おっしゃっているのは、 響いちゃうっていう言い方とか、 響いちゃうんでしょうね。 それがおそらく欲が伝えたり、 今ここにいるっていうのは、 一応マインド分別の考え方かもしれないけど、 そこから飛ばしてくれるっていうのは、 記憶通と音楽と結びつくっていうのは、 ほんと散々言われますけど、 閉塞感とか、ここでしかいられないとか、 こうであるべきっていうのが、 こびりついてる頭の、 ほんと瞬間で消し去られてくださるような。 でもそうですね、 本当にこの3ヶ月間のいろんな反応というか、 心身の中でも、 これはまずいわって思って、 ちょっと聴くものを音楽にしてみたときに、 やっぱりその通りで、 音楽聴いたらなんかすっきりしたっていうか、 よしこれでいいから、 じゃあこうしようかなとか、 やっぱりリラックスとか、 こういう時間って大事だなと思ったし、 さっきもちょっとお話した先生が言う、 無音の時間とか、 日頃の生活音に耳を傾けるとか、 こういうことが、 非常に私もストレスフリーになったし、 本当は抑圧をされてるようなときでも、 そういうことに気づけると、 あんまりネガティブネガティブ、 リスクリスク、 悪い方悪い方にならないんだなって、 改めて思いましたね、 この3ヶ月間の中で。 音楽は一つの指標となって、 それで鏡みたいなもので、 同じ音楽でも今日は聴けたとか、 あれ感動してないとか、 聴く時間すらないとか。 本当ですね。 私もどうしても音楽聴いたり、 もうエンターナが大好きなので、 映像とかを見ても、 ずっと見ちゃうから避けてたんですけど、 これは心の水やりしないと、 無理だなと思って。 本当に音楽の力とかいうことを、 改めて考えるきっかけになったので、 そういうときがあってもよかったなと思ったのは、 今体的にも精神的にも大変なんですけど、 また何か作ろうっていうか、 ちょっと落ち着いたら、 地元のフィールドで、 実装じゃないけど、 何か形にして、 今も形にしようと思っているのは、 毎年々のルーチンですけど、 ちょっと太鼓を叩きたいという人たちに、 教えて差し上げる、 親子太鼓講座とか、 あと最近太鼓が特に認知症とか、 叩くという行為が脳にすごくいいということで、 熟年層の皆さんへの太鼓講座とか、 講座って言っちゃうと、 ちょっとおこがましいんですけど、 そんなことも、 こんなふうに面白おかしくできるかな、 なんて考えられる余裕が出てきましたよね。 忙しい中ですね。 音楽やってて、 本来だったら楽しくできるはずが、 そうじゃないっていうことを知れるのも、 逆にすごくいい傾向だし、 そこからまた今お話しいただいている、 いろんな状況の方に提供することで、 そういう改良を変えていくというような、 そのあたりはすごく、 音楽に持っている力をめっちゃ感じますよね。 今の話で、 先々の話でいろんな話で、 そういうのを添えればみたいになっちゃうんですけど、 会社の音楽の仕事の中で、 来年の内定者の方々にアンケートを取って、 シンプルに音楽聴いてますかっていうような、 どのくらい聴いてますかって言ったら、 極端に9割ぐらいが日々何か聴いてるっていうか、 8割かな。 本当かなって、 半分嫌な大人では疑ったりしたんですけど、 やっぱりどこかでこの抑圧というか、 どうですかね、先生なんかも日々学生さん見られてて、 私も本当に数コマですけど、 学生さんの前で話すことが、 学生さん泣いちゃうっていうのは、 私が怖いからとかそうじゃないんですけど、 なんていうのかな、 私も本気で喋るから、 やっぱり就職活動とか、 特にキャリア講座なので、 大人の階段を登って、 学生から社会人になるときって、 答えを探すじゃないですか。 ネットを見りゃ、これがどうでこれがどうでって書いてあって、 すっごい答えを求めてると。 でもちゃんと否定したくなくて、 今の子はっていうのが好きではなくて、 泣いちゃうっていうのは、 こっちも本気で喋ってるから、 向こうも本気で喋ってきて、 でもこの子言ってることだけの、 訴えたいことは違うよなって思って、 喋っていくと、 実はって書くというパターンなんですよ。 本当にその子たちの話聞いてると、 能天気に音楽聴いてたなって、 私なんか思うけれども、 本当に複雑な社会になってしまって、 便利って言いながら、 音楽の持つ力じゃないけど、 がんじがらめな世界に、 どうしても子どもたちを追いやってる部分も、 AIとかITとか、 先に来た大人たちの責任だけではないし、 しょうがないんですけど、 なんか思いましたね、こんなことがね。 相当複雑で、 そうなんですよ、複雑なんですよね。 目に見えないその抑圧っていうのが、 いろいろな所属してる組織とか家族とか社会とか、 バイト先とか含めて、 いろいろと織り重なってしまってる状態かもしれないですね。 私も会社の仕事でおもろげながら、 組織の未来に向けた改革って、 おこまましいんですけど、やってる中で、 本当に先生のキーワードで、 複雑になっていると。 あんまり私も複雑だって、 思い過ぎたくなかったり、 やっぱり組織は感情の体系なので、 いろんな感情が蠢いてて、 誰一人サボってはいないわけですよ。 何かを思ってるから複雑になったり、 学生さんたち見てても思いますけど、 なんかこう便利に、 言い尽くされてますけど便利になったって言いながら、 AIやITになって便利になった分、 はい、はい、次、はい、次、はい、次、はい、次、みたいになって、 早いですよね。 早いんですよね。 隙間がないから、 音楽とかも隙間とか余白ってすごい大事じゃないですか。 大事じゃないですかって決めつけちゃってますけど、 太鼓って、私の論文でもやっぱり間合いっていうこと、 あと呼吸で、よく太鼓でも言われて、 音符もなきゃ何の合図も出してないのに、 なんで息が合うんですか、まさに息が合うって、 間合いと呼吸を読んでるところがあるんですよね。 なんかそういう、 今までだったらその余白を楽しんだり、 余白で生んでたところを、 もう全部テクニカルスキルで埋めちゃってて、 それで疲れて、 無気力になってる学生さんたちもいるんじゃないかな、 もう頭パッパンにして、 もう横に置きなそれって言いたくなる子もいるし、 新入社員の研修で見てても思ったりもするし、 入社してきてからの子もおまけし。 なんかこのメディアの特性かもしれないんですけど、 反応しまくるというか、 反応するようにできちゃってるっていうのがあるから、 僕もこういうプラットフォーム、今でもですね、 いまボイシーで絶対してますけど、 距離を置くっていうか、 いろんな数字とかも一切オフにしてるんですよ。 いいですね。 見たいときにしか何も見ない。 それを適正しちゃってて、 そこまでのしっかりとした反逆じゃないと、 そういうことをしないと飲み込まれちゃうから、 それがうまいことUI、UXのデザインを 超巻き込みに作られてるから、 そこから一線を隠すことっていうのは、 めちゃくちゃ反応だけの世界ですからね。 反応しちゃうようにできてるから、 人をグローモット化させてるから。 AIであったりとか、 メディアそのものなので、 僕はそこからたくさん使ってますけどね。 メディア学部ですかね。 デジタルのばっかりですからね。 表現をメディアでやってるような感じで。 僕はそこは本当に信用、 僕は巻き込まれることが分かるので、 普通に走っていただいたりとか、 そこはやっぱり、 学生さんもそこまでのリテラシーがないから、 そこの反応、反応で、 やっぱりそうなんですね。 これはね、デトックスじゃなくて、 自分で空間で行くしかないんですよ。 距離を持つ。 そっかそっか。 大人たちは、 メディアがない時代を生きてるから、 距離を置こうと思わなくても、 置いてる部分もあったり。 私なんかも、 どちらかというとこの歳の割には、 メディア使ってるっていうか、 中毒っていうか、 寝る前にダメと言われようが、 私はこれが癒しなんですぐらいで、 YouTubeとかTikTokを見てますけどね。 でもやっぱりどこかで離れたくなる。 だからこそ、 先生がよくお話しいただけますけど、 イヤホンするしないもあるし、 あんまり聞きっぱなしになるの好きじゃなくて、 今だとテレビ見なくなったり、 夜になったら無音なことが多いですけど、 でもおそらく今の子たちは、 ずっと入ってるんだろうなって。 私も太鼓の仲間うちに保育士が多いんですけど、 保育士はお子さんで、 デパートとかでキャーって声出しちゃう。 あの子たちがずっと映像で追われてて、 NOだって言われてるらしいですね。 うちの一緒に叩いてる保育士の保育園の園長が、 多分ずっとテレビ見せてるんだよとか言ってますけどね。 だからこそ、さっき講座なって偉そうに言いましたけど、 親子講座とかじゃないけど、 ちょっと離れてアナログの音で、 太鼓の余韻と振動と空気感と、 何よりうち太鼓団体、 下は小学生から81歳までいるので、 そういう中で触れ合ってもらったらいいかなと、 特に増やしてますね、最近は。 それを逆に提供しなきゃならないっていう時代なんですね。 でもね、先生と話させてもらって整理ついたことあるんです。 あるような気がするんですけど、 多いんですよ、実は。太鼓を叩きたいって。 そのマルシェでも、 私たちも運営していかなきゃならないので、 次からここでちょっとお金取って教える? なんて冗談半分で言ってたんですけど、 叩きたいっていう人と、叩かせたいっていう親御さんと、 今の話に繋がるのかもしれないですね。 結局その円溜めで、 溢れるほどの円溜めと、 溢れるほどのメディアがあって、 最後に人が戻る場所っていうか、 人との交わりだったり、 自然の音だったり、 ご承知の通り、 石の川でボヨヨンっていう音が振動でくるわけですから、 それを自然の中で叩きたいなんて。 そうそう、思い出しました。 お子さんがね、 このサブゾラですよ、 脱ぎ出したんですよ、踊ってて。 私たちの、 決して華やかな踊りじゃないんです。 音楽じゃないんですけど、 ずっと体を動かして、 脱ぎ出して、 下まで脱ぎそうになって、 お母さんが押さえてましたけど、 でも楽しかったって言うんですよ。 その姿を見たときに、 私たちで踊ってて、 なんだろうねとか、 そういうことじゃないんですけど、 なんかこう、 本当にずっと踊ってました。 風邪ひかなきゃいいけど、 なんて言って、 喋りながらやってたんですけど、 そうなんですよ。 やっぱりすごく、 今って昭和に戻りたいっていう学生も、 何人も、 僕に話したんですよ。 いらっしゃいます? メディアのない、 スマホのない時代に過ごしたかったので、 今は袋だって、 もう断言してます。 いやでも、 その方々の歓声は、 なんか素晴らしいってのは、 戻る場所なのかな? ちょっと終われすぎですよね。 いまZ世代の人は、 アルファ世代っていう、 そこはSNS嫌いっていう人が多くて、 TwitterとかFacebookほとんど、 やるけど、 あえて見ないとか、 発信しないとか、 たくさん出てきてるようですし、 知ってるのかもしれないですね、 それを。 肌感覚で分かるのかも分かんないですね。 人間の本能でね。 太鼓なんかも、 前回もお話しさせていただいたり、 社会人説法ですけど、 太鼓がF分の1裏切れとか、 お母さんのお腹の中にいるときも。 本当に今、 太鼓をやりたいっていう人が、 老若男女。 なので、 私たちもその機会を増やして、 やる方は大変なんですけど、 日曜日のこの時間は、 ちょっと触りたい人とか、 あとやっていくと、 曲としてっていうか、 私たちみたいにやりたいっていう人がいて、 4層か5層くらいになって、 今やってるんですよ。 体験したいレイヤーに合わせて。 世代でもなく。 そのときに、 太鼓遊びですよね。 太鼓を使って夢中になるってなると、 5年配送でもなんでも、 最初は照れてやらないんですけど、 そのうち盛り上がって、 プロの鼓動の、 エクサドンというプログラム、 私は走りテータとして、 ちょっと普及はしてるんですけど、 それの要素なんか入れると、 盛り上がってて、 すごいですよ。 吸引力をすごく秘めた、 表現なんですよね。 太鼓っていうのは。 先生のピアノも本当にそうですけど。 本当にピアノもね、 自分が弾いてると結構、 なかなかそういうモードになってくるというかね、 そんな感じですね。 ありがとうございます。 研修中で聞けないと思ってましたが、 音楽でしか成し得ない、 興味深いお話ありがとうございます。 休憩大事です。 休憩大事ですね。 本当に休憩大事です。 音楽でしか成し得ないって、 本当にたくさんありますからね、 そういうのね。 ありがとうございます。 音楽やってて、 悪いことは一つもないと思います。 単純な決断ですけど。 そうですかね、きっと。 私も本当に仕事だけじゃなくて、 どっちが仕事だって冗談で言われるぐらいのことがあることと、 うち変な会社と怒られちゃいますけど、 変な会社なんで、 私が和太鼓やってることで、 社内のイベントでも、 本当に徴用して、 ケースも徴用してくれて、 イベントで叩いたり、 私同じようにやってる人間があと二人いるので、 演奏したりとか、 懐の深い会社ではありますけど、 ノーミュージック、ノーライフの人間なので、 どっかのレコード会社の、 レコードショップのキーワードみたいな。 それは本当にそうですね。 音楽やっててよかったなって。 助けられてる。 助けられてますよね。 それってすんどいときに分かる。 でも本当に今回は思いましたね。 音楽やっててよかった。 表面的なところとか、生命とかじゃなくて、 身体の進化が大事だなって思いました。 それが逃げのようにも思っちゃってたんですけど、 今月、半分仕事半分プライベートでお会いした、 小川先生という哲学者の方の言葉なんですけど、 前向きに諦めるって、 本も出されてて、 とある経営者の方も、 この前向きに諦めるって言葉を聞いて、 ちょっと救われたっていうか、 これでいいんだと思えたじゃないですか。 私も逃げじゃなくて、 前向きに諦めないとって言うと、 みんなで自滅するなと思ったので、 ちょっと解放して、 大好きな映像とかドラマを見たり、 世代的に中山美穂さんが亡くなったのが、 ダイレクトにニポリン派ではなかったですけど、 身近に本当に音楽があったので、 そういうことも含めて、 少し思い出すことも含めて、 中山さんの音楽を聞いたり、 そうすると高校時代を思い出したりして、 日向俊文さんという音楽家がいて、 僕のふるさとの稲町の、 NHK連続テレビ小説の英語があって、 自在化で幸せになるために、 一番の曲が印象深いんですけど、 タイトルが染み渡るというか、 中山さんも曲作られたり、 女優さんとしての映画でも、 いろいろ話題になってますけど、 あのあたりも本当に印象的だったので、 そういうことも含めて、 中山さんを忍びつつ、 私も癒されつつ、 音楽を聴いたりしてやってますけど。 人生は有限ですよね、ダイレクトって。 詩はやっぱり、 そういう戦略のところありますけどね。 音楽も時間の中での表現だから、 ある種消えると、 たった3曲の曲でも、 そこで大げさに人生の複雑が出てるような気がして、 特にお互い演奏してるから、 音を出して、また発音して、 うようよ、曲折しながら、 最後終わった余韻で、 すごく人生の一つの、 そうまとうに表してる状態っていうのは、 一回言葉にできちゃったんですけど、 そういうところもあるから、 教室的な感じ? あって今思ったのは、 表現物とか表現者っていう言葉に変わる、 アーティストとかって言いつつされてるんですけど、 その人の、 そのままが出ますよね、 その表現の物ってね。 あとはやっぱり、 さっきもちょっとお話ししてて、 こういう消えゆく時代だからこそ、 何かしら、 どんなことでもいい、 失敗でもいいんですけど、 あまり失敗するの嫌かもしれないけど、 失敗でもいいんだけど、 何か残るもの? 有限な時間だからこそ、 何か残るものを、 舞台上でも音楽でも、 残していきたいなっていうのは、 すごく思いますよね。 そっちが目的になっちゃうと、 間違えるんですよね。 すごいさじ加減ですね。 さじ加減です。 これはさじ加減だと私も思います。 そこをだんだん経験によって、 お互い楽しみになってきて、 去年と今年とコラボできて、 そうですね。 本当に何か、 いつかできたらいいですね、 なんて言ってましたけど、 本当にやっちゃいましたよね。 本当に今年、 めちゃくちゃ印象深すぎる、 2024年という。 私もだから、 今まで、 いろんなものとコラボする舞台を、 太鼓で作ってきましたけど、 先生のような方とコラボして、 うちのメンバーも、 やっぱりこういう表現者の方、 プロの方とやると、 こうなるんだって思いました、 っていう感想なんですよ。 非常にシンプルですけど、 客席の状況は、 私は初めて見た景色でした。 先生とうちの、 中島っていうメインの奏者が、 終わった後の、 誰ともともなく、 ブラボーって出たのは、 先生のもちろん、 パフォーマンスもあるんですけど、 私みたいなアマチュアが、 ピアノと太鼓を合わせるなんて、 大人ましかったんですけど、 先生のちょっと、 懐に乗って、 中島も言ってましたけど、 先生の懐の方で、 できたけどって言って、 いやいやでも、 あれもいい経験でした。 本当にそういう中で、 今後もちょっと、 いろんなことをお互いできたら、 めっちゃ嬉しいなと思います。 本当ですね。 オルゴールをまず応援して、 応援して、 私たちも、 地元に普及していく、 あと癒やしようということもなんですけど、 35周年が近づいてきているので、 そこに向けて、 音楽をベースに、 コンテンポラリーダンスと、 今年は太鼓をメインで、 ちょっと舞台を、 今年じゃない、来年ですね。 もう気がせっているから、 来年は作ろうかなと思っています。 じゃあまた、 続けていきつつ、 お互いこれ、年末報告。 そうですね、報告たいです。 ありがとうございます。 あっという間の1時間でございます。 ありがとうございました。 もっと見る #音楽 #癒やし #社会実装 #音楽のチカラ 洛中日記プレミアム放送配信中!59:491.太鼓奏者・山田香織さんと音楽のミライを語る!コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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