【情報と社会】#71 1月17日のこと。ネット上に無いことの記憶が消えて行く。あの出来事を、1.17とは誰も呼ばない。
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移動体通信やスマートフォン、さらにはSNSが一般化する前、僕らは、マスメディアという本当に貧弱な情報源しか持たなかった。1995年、大して昔のことではない。
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吉田圭
2023年1月20日
1995年は東北でテレビ画面を見ていました。そして2011年、目の前で瓦礫を見ている時に、FBの友達が遠くから東北までガソリンと水を車に積んで、探しにきてくれました。
春木良且(産業民俗学者・元フェリス女学院大学教授・昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員・先端社会科学技術研究所理事)
2023年1月20日
コメントありがとうございました。人々の数だけの1.17や3.11がありますね。リアルタイムにきちんと知らせることはメディアの重要な機能だと思います。例えば地震があったら、まずTwitterを見るなんて、考えられなかった気がします。いろいろ教えてください。
Koh HR
2023年1月18日
1995.01.17の朝、神戸市北区に住んでいた私は、最寄り駅の長蛇の公衆電話の列に並び、西宮の会社は繋がらず、東京本社に電話したことを思い出しました。50代以上の関西人しかあまり記憶にないでしょうね。
春木良且(産業民俗学者・元フェリス女学院大学教授・昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員・先端社会科学技術研究所理事)
2023年1月18日
公衆電話が命でしたよね、確かに。マスにはリアルタイムに乗らなかったので、どうも印象が希薄なんです。多分Z世代は公衆電話の掛け方すら知らない感じですし。でもあれが時代の転換点でしたよね。コメントありがとうございました。
