TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ熟達と成熟の話と「怒り」と「割り切れなさ」の違いについて。ゲスト:おのじさん④29:25 2025年1月13日 1,098再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次熟達と成熟、その違いとは?「怒り」と「割り切れなさ」、真意は?他者との関係、成熟への鍵見えない支え、根の広がりを体感問い続けることの大切さとは?AI文字起こし(β版) # チャプター 1 はい、今回も引き続き小野寺さんに来ていただいています、小野寺さんよろしくお願いします。 お願いします。 はい、実は前回、前3回で今回は終えようかなと思ったんですけれども、 まだもう1個お話ししたいことがあるということだったので、 僕も是非その話をしたいなと思ったので、話題から提供していただいていいですか? はい、もう1つのブログのところで、熟達と成熟の違いのお話をされていたブログがあって、 その中に真の成熟とはみたいな形で、 共通ではない、それぞれの終わりのない熟達を目指しつつも、 それぞれの真の成熟を認め合える関係性が立ち現れてくるみたいなところが文章があったと思うんですけど、 その中で真の成熟とはなんだろうなということをすごい考えていて、 その熟達と成熟というイメージも自分の中でいろいろ膨らましながら考えていたんですよね。 なので、成熟のところを聞いてみたいなと思いました。 いや、なんなんでしょうね。僕もあれは本当に考えかえていて、 今は本当に第1回目でお話したかな、成熟と熟達の対立構造みたいなものがはっきりしていて、 熟達の方の頭打ちみたいなところからの格差が生まれたりもする中での成熟を大事にしようという話になっているんですけど、 単純なその鍵かっこの成熟だけでもダメだと思っていて、 どうすれば本当の意味での成熟につながっていくのか。 他者を他者として受け入れたままでも自己も尊重しつつっていうちょうどいい塩梅みたいなものを獲得していけるかみたいなことが大事だなと思っていて、 何につながるかなと思うと、以前このポジションの中でもご紹介したことがあるんですけど、 リベラルアイロニストっていう言葉、リチャール・ローティというアメリカの哲学者の方がおっしゃったというリベラルアイロニストみたいな考え方が 割と近いんじゃないかなっていうのを思っていて、 リベラルアイロニストってどういう考え方かっていうと、 リベラリズムっていうのは他者の考え方を尊重したりとか自由を尊重したりみたいな考え方であって、個人の人権大事だよねみたいな。 でも一方で自分の信じるものも大事。だから自分の信仰とか宗教とかも大事にするみたいな。 でもこれが両方同時に成立するためにはどうすればいいのかって話なんですよ。 自分の信念とか正しいと思っていることがあるんだったら、それを他者にも強要しない限りは、それは完結することにはならないはず。 だから自分がキリスト教を信じていれば、他者に対してもキリスト教の信仰を強要するというか、 釈迫するというか、なんかそういった形でしない限りは本当に信じているとは言えないはずなんですよね。 なんだけど、そうじゃなくて、自分がキリスト教を信じるけれども、それと同時に仏教とかヒンドゥー教とか、 そういう違う宗教を信じる人たちも同時に私は尊重しますっていう、この矛盾みたいなものが生まれるからリベラルの上でのアイロニストなんですけど、 でもこういう感覚が多分僕が思う成熟的な感覚だし、だからただただ相手を尊重すればいいというわけじゃなくて、 自分の中での宗教心というか、それは宗教に限らなくていいんですけど、何か信じるものとか突き詰めるものとか問い続けるものがあるべきであって、 だから熟達もものすごく大事にしている存在だと思うんですよね。 その中での他者を受け入れていく感覚の成熟もどちらも持ち合わせているということが大事だろうなというのが今の暫定解です。 なるほど。ありがとうございます。 どちらも受け入れていくみたいなところですかね。 でもこれってずるい話で、何か言ってるより何も言ってないんですよ結局。 だって一番ずるい言い方じゃないですか。 どっちも大事だよねって言って、どっちも尊重すればいいじゃんみたいな。 でもそれができるんだったら多分やってるけど、どっちかに必ずぶれちゃうものだっていうか、 左に振っちゃったり右に振っちゃったりするものだっていう話で、それで対立してるのにどっちも大事だよねって、 ものすごくずるい言い方だなって思うから、 だからこそ現実として立ち上げていかなきゃいけないって思うから、 理論とか理念みたいなものを提唱するような、書き手というよりかは僕はコミュニティ運営者として、 それが実際に立ち上げてくる瞬間をどう作るかみたいなことを常にやり続けたいなって思ってるんですけど、 とはいえ逃げだなっていうのは毎回思いますね。 なるほど。 へー、逃げなんですかね。 なんだろう。 なるほど。 どちらもの間をいつも考えているっていうことですよね。 うん。 言葉にするとそうなんですけど、それができないから困ってるんじゃないかって言葉はいつだって返ってくるなって思って、 それに対して明確な答えが提示できるわけじゃなくて、問い続けることは大事ですよって返しちゃうっていうのは、 ずるいって言われたらずるいよなっていうふうには思っちゃう。 逆に尾本さんはどうですか、その成熟ってどういう概念だと捉えてらっしゃいますか。 へー、なんか私すごいイメージで捉えちゃったんですよね、成熟っていうのを。 なんか、成熟っていうのが、なんか、熟達っていうのは、なんかこうなんていうのかな、 縁推? 富士山みたいな感じで、どんどん成長すれば成長しただけ、どんどん上に上がっていってみたいな感じで、 そのブログの中でも剣みたいな感じのイメージで書かれてあって、最後の頃に頂きに行ったところでは、 どんどん鋭くっていうわけではないけど洗礼されていくみたいなイメージかなって思っていて、 成熟は根みたいなイメージだったんですよね。 木の根の根ですよね、根っこの根。 根とかはどこまでも広く広がっていくっていうか、その時に色んな微生物に出会ったりとか、 あとはその根が広がっていくときって、なんかその春夏秋冬が必ずあって、 雨がないと絶対に根って育っていかないじゃないですか。 で、雨があったらその太陽が必要でみたいな感じで、 なんかすごい、そのなんだろう、季節があって、かつそのなんか色んなものたちによって出会いながら、 なんかどんどん広がっていく。で、その広がり方もなんかその一方向じゃなくって、 すごい絡み合ったりもするし、なんかそのどんどんその根が枝分かれしていくみたいな感じのイメージを持ったんですよね。 成熟みたいな感じで思ったんですけど、 はい、そんな感じです。 上に伸びるときってのは結構こう自由にというか、なんだろうな、その上と下の伸び方の違いがどういうところに現れてくるんですか、具体的には。 上と下の伸び方、え、根におけるってことですか。 そうそう。 根になった瞬間にその上に伸びるのとどう伸び方が変わってくるのかなっていう。 あ、でも同じなのかな。 あ、同じなんですか。 え、なんか木ってその自分の、例えばこの大きな木のあるじゃないですか、あの広さってあそこまでしか根って伸びないんですって。 へー。 だから同じなのかな、同じなのかなっていうか。 あ、そっか上下においてね。 あ、その上下は分かんないですけど、なんかその横の広がりはそうらしいんですよ。 だから木ってその上が出てるその葉っぱのところがその根の最端、あの最北端じゃなくて。 伝わる伝わる。 伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる 伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる伝わる # チャプター 2 今の木の根の話は本当に共感するところがあって、なんかこう深めていく感じなんですよね。 それは何かを支えるためでもあるし、それっていうのはなんか見えるものでもないっていうところもなんかすごく根らしいなと思っていて、 なんかその支え方とか、もっとその栄養価を届けていくとか、見えないところでそういうことをやっているっていう役割のものとしての成熟さみたいなものが本当は大事なんだけれども、 でもやっぱりどうしても人は見えるところのその熟達性みたいなところの方を他者から評価されやすいし、見栄えもいいからそっちを広げていきたいんだけど、 でもそれを広げるためにはやっぱりその幅と同じだけの深い根も必要になってくるってことだから、 なんか割と別々ってよりかはそれが相互補完関係にあるみたいなところなのかなって聞いてて思いました。 いやでも本当にそうですよね、なんか今その見えない部分みたいなところで、 まあその根っていうのって基本的に見えないじゃないですか。 はい。 で、なんかやっぱこの見えてない方なんだよなっていうのはなんかすごいいつも思ってて、 なんかその自分がその例えば何か振り返った時とかに多分いろんな人に何だろう実は抱えてもらってたりとか、 引き受けてもらってたりとか、私が知らないところでこの人は実はこういうことをやってたんだなみたいなところが、 なんか自分が一人でこう何だろうできたとかって思っていたんだけれども、 実はそういうなんか見えない手で背中押されるじゃないけれども、見えないパスを送られてたみたいなことに、 なんかすごい気づくことが結構多かったんですよね、ここ何だろう数年というか。 なのでなんかそのなんていうのかな、そこはなんかすごいこれから大事になってくるわけじゃないけれども、 だからなんかそのなんか私の中でその静寂とかっていうわけではないけれども、 なんかすごいいつも思うのは、なんか人が見てようが見ていまいが、なんかその何かその前のVoiceとかでもちょっと話したけれども、 なんかその結果が出るとか出ないとか、なんかその何ていうか目に見える形でなんか賞賛されるされないとか、 そうじゃない部分で、どれだけこう自分が何ていうのかな、こうやれるのだろうかみたいな、何ていうのかな、 ところがなんか大事なのかなとかって思ったりしたんですけどどうですか? いやすごい話ですよね、なんかその金融に支えられているっていうか、 Kindleのアイコンのアプリのあれとかもそうですけど、木で休むみたいなことあるじゃないですか、木陰で休むみたいな、 なんかああいう時も上に支えられているというか、僕らはその下の根に実は支えられている感覚もあると思うんですよね、同時に。 なんかそういうものに目を向けていく感覚っていうか、そこを大事にしてくれているからこの木はそこに存在しているみたいなところがあると思っていて、 何だろう、ちょっと話ずれちゃうんですけど、小野寺さんがこの今年のアドベントカレンダー、今年というか去年か、 去年の和製サロンの1年振り返るアドベントカレンダーで、ものすごく一人の人と向き合うみたいなことを重要視しているってお話を伺ったじゃないですか、 その今目の前にいる人を大切にすることみたいな、僕はあれものすごい大事なことだなって思っていて、 とはいえなんかそこができない自分みたいなものに未熟さを感じたりもするわけですよね。 だからなんか、あの辺りどうしてそこにたどり着かれたかみたいな話聞いてもいいですか? へー、どうして、なるほど、突然、突然すぎて今、なるほど。 いやでも本当に小野寺さんの成熟さみたいなものがそこに全て現れているんだろうなと思ったし。 いやいやいや、なんだろう、なんかそのアドベントカレンダーで書いたのは、なんかその、 なんていうのかな、私の職業って、なんだろう基本的にその場所とか人とかをなんかこう選ばないみたいな文章を書いたんですけど、 なんだろうな、なんかその、絶対にその例えば、なんだろう、私は基本的に仕事とかを好かれるためとかに絶対やってないところはすごいあるんですけど、 例えば同じ空間に例えばさよならとかがいて、その絶対に私と会わないとか、 本当この先生マジ嫌なんだけど、みたいな感じで思う人って絶対いるわけですよ。 絶対いるし、でもでも私にとっては大事な生徒なわけじゃないですか。 そうなった時に、なんだろう、たとえ、なんだろう、嫌なこと言われたとしても、なんだろう、変なことが起きたとしても、 なんだろう、全然なんか悪いことしちゃったりだとかしても、それでも大事なことには変わりないわけじゃないですか。 だし、逆になんかその目の前の人が自分にとって教えてくれることがいっぱいある。 その例えばじゃあ、私の言葉が届いてなかったりとかあったら、私のこういうところがなんだろう、違かったのかもしれないとか、 あとはなんていうのかな、その子自身がこれがなんか嫌だなって思ってるところって、 何がそうさせてるのかなって、なんだろう、考えることができるじゃないですか。 そのなんだろう、ある種、例えばお互いにとって何か問題が起きたりとか、何か悪いことが起きた時に、 なんていうのかな、それで解不解で判断してたら関係とか全部終わっちゃうけども、 でもそこがどうしてこうだったのかなとか、もしかしてこうだったのかなとか、 そういうなんていうのかな、ことをなんだろう、ある種永遠に考え続けられるし、 それによって自分のなんていうのかな、その根みたいなものをちゃんと広げさせてもらってるっていうか、 広がってるなっていうのもすごい思うんですよ。 だからなんかそこで自分と会うとか会わないとか、なんかその好きとか嫌いとかじゃなくて、 なんか自分自身がなんかこう大切にしようっていう、なんかこう覚悟というか、 そういうところから始まるみたいな、そこでもちろん自分も傷ついたりとか、 なんだろう、痛みがあったりとか、いろんなことあるんだけれども、 それを引き受けながら、引き取りながらも、なんだろう、目の前の人を大事にして、 なんかこう変わっていく何かあるだろうな、みたいな感じっていう。 これ伝わります? いや、めっちゃ伝わってます。 なんかその回復から立ち切らずに、その先というか、 そうじゃ、なんだったんだろうっていうところのところですよね。 なんていうのかな、そこはめちゃくちゃ大事だと思ってて、 どうすればそれができるのかってことが、僕はもっと言うと、 僕にとっての成熟ってそこに繋がっていくなと思ってて、 なんか今って一人の人に向き合いたいと思っても、向き合わせてくれない社会じゃないですか。 向き合いたいと思うなら、お金を稼げとか、地位とか名誉とか獲得して、 やりたいことやれよ、みたいな話になっちゃって、 なんかその結果また向き合うことに戻ってくるんだけど、 でもそれをやるためには必要なことが多すぎる、みたいなことがあったりしてると思うんですよ。 もっと時間を作れとかもそうだと思うし、 向き合いたい人が向き合える空間、場作りみたいなものをどうすればできるか、 みたいなことは僕が思う成熟であって、 その二重構造みたいなものをどんどん作っていきたいんですよね。 伝わりますか、これ。 だから僕は本当に小野さんが書いたブログの目の前の人に向き合いたい、 そこで自分の貸付会とかで立ち切らずにちゃんと取り続けたい、 みたいなことがものすごく大事なことだと思うし、 それこそが一人一人が求めていく熟達の道にも通じるし、 何かを取り続けるという過程にもつながっていくから、 どうすればその場みたいなものを作って、お互いにそれをやってて、 あの人もやってるから自分もやろうって思えるような場作りというか、 認知し合える空間みたいなものを作っていけるかなっていうところを めちゃくちゃ考えてやってるなと思います。 へー。 なるほど。でもなんか、もう私はやってもらってる感じはすごい思うんですけどね。 でもなんていうのかな。 へー。 でも、その一人の自分たちの人に対して分かったなんて思いたくなくないですか? うーん、はいはいはい。 なんだろう。 なんか、自分に見えてない部分の方が圧倒的に、年月も圧倒的に見えてない言葉になってない、 見えてない部分の方が圧倒的にあるはずなのに、 そこで、何だろう、絶対ジャッジメントしたくない、みたいな。 なんか、し、逆に、なんだろう、知れるからこそ、なんだろう、面白いなっていう。 へー。ちょっと次のショップに行きますね。 え、これ、あ、そっかそっか。 # チャプター 3 はい、僕今の話、小野寺さん結構時々おっしゃるなって思ってて それがめちゃくちゃ面白いと思うんですけど なんかその、分かりきっちゃうとつまらないってことですか? 分かりきっちゃうとつまらないっていうか えーなんていうか、分かったっていうか なんか え、なんで言えるんだろうっていう え、言えます?言えます? 何をですか? え、だからなんだろう よく、例えば この人、なんだろう まあ、それは強い人だよねみたいな そういうのがやられたりとかするじゃない なんかあったりとかするじゃないですか はい でも、なんだろう なんかそういう、なんたらな 人ですよねみたいな感じのことを なんか分かんないですけど 自分がそういう人に ひどくなんだろう、なんたらな人ですよねみたいな感じのことを なんか言われたくないみたいなところもあるっていうのもあると思うんですけど なんか、その人の なんていうのかな、もう 生きてきた場所もそうだし 年月もかかってきたのもそうだし なんか自分が 目の前にいて なんだろう、なんでそんなジャッジメントできるのかっていう うーん なんていうのかな てかそもそも その一人の人の なんか人生だとか生き方とかって なんていうのかな ジャッジメント誰もすることできないはずなのに みたいな ところがすごい多分強くある のかな、あると思うし なんか、例えば だからすごい 強い人だねとかって 言われたりだとか言ったりだとかあるじゃないですか でも なんていうのかな そういう風に言われる人たちって 強くなりたくてなってきた人 なのかな本当にとかっていうのもあるし なんかね、そういう風にたどっていくと みんなその最初子供から子供っていうか 子供たちでみたいな いろいろすっころんだりとか泣いたりとか そういうところから始まってるのに どこからどんな風にそういう風になるんだろう ねっていうか そういうことが起きちゃうんだろうみたいな 感じにも 思うし みたいな感じで なんか そういう感覚ってありませんか なんか いや僕もありますけど当然ありますけど 小野寺さんのそこへに対する こだわりというか 毎回すごい熱を込めてそこを話されるのを聞いてて なんかそこに小野寺さんの 社会に対するじゃないですけど 仲良く立ててるところがあるな 仲良く立ててる パンク小野寺がそこに そうなんですかね でもそこが違うと思ってる中で 諦めないというか割り切らないというか そこに向き合い続けるみたいなものは 僕はものすごく成熟な話と ダイレクトに繋がるなと思うんですよね なんか 僕はなんかこう 何かをやるときに自分の怒りを大事にしろ みたいな話ってあんまり好きくなくて なんか起業するときにも 自分の中にある怒りを大事にしろ みたいなことってちょこちょこ言われるんですけど それはなんか僕は違うと言いたい でも その割り切れなさみたいなものを大事にするって すごい大事だと思うんですよね それはなんかにて非なるものだと思うんですよ 割り切れなさと向き合い続けるというか そこに立ち向かって それでもやり続けようとするみたいなものは ものすごく成熟的な態度だなっていう風に 僕は感じるから 今みたいな話はめちゃくちゃいいなって思います めっちゃ中指立ててるなって思うし 中指立ててるのかな まぁあのなんて言うかな うーん そうですねーなるほど 中指なんか そうだななんか多分 その どっちかというと どっちかというとっていうわけがないけれど なんか その なんか 目に見える方とか 例えばその声が なんていうか 自分の意見を言うとかもそうだし なんかその そのなんだろうな そういうところとかもなんていうのかな あるじゃないですか なんかその 考えてる部分だけみたいな ところでだけど 例えば手を挙げてないけど 静かだけど ずっと考えてる人っているじゃないですか とか 別にそこで なんだろう そういう期間が 自分が長かったのかもしれない 分かんないですけど そのなんだろう その例えばいろんな何かその 言葉みたいなところも そうだし なんていうのかな なんかずっと 言いたかった 言えなかった言わなかったみたいなことって なんか それは本当に それぞれにすごいあるじゃないですか でもその 語られている その表に出てる そういう文章になっている そっちの方を やっぱり それがあるからこそやりとりとか そういうのも生まれていくんだけれども みたいな感じで なんか あるんだけど それだけじゃないよなみたいな感じの ことにいつも なんか 出るのかもしれないっていうか 分かんないんですけど 分かんないけど あんまり私別にそのね SNSとかも含めてそういうなんだろう 何かそういう発信とかっていうところに ちょっとあんまり距離が遠いところに いるっていうところも あるのかもしれない なんていうのかな分かんないけど だからなんかその そういう 感じですかね分かんないんですけどね そうだから でもかといって その言葉っていうか そっちも諦めたくないんだなっていう 自分も同時にいるみたいな 感じで めちゃくちゃ面白い話ですね それっていうのはじゃあ結構 自分の子供時代というか ある種自分のできなかったことというか なんかこう 自分を救ってる感覚なんですか どんなイメージですか 救ってるっていうか なんかその なんかすごい なんか自分も そう思うけれども すごい矛盾も してるし いろんな自分があるじゃないですか でもその 関係において出た言葉とか このタイミングにおいて 出た文章とか 言葉とかって 本当にその 人の中の 本当あるのかなみたいな ものの方がすごい あるじゃないですか でもそれによって なんかこう なんか ジャッジメントってわけじゃないけど それでしかって判断できない ところも絶対あるったりとか すると思うんですけど そういう なんていうのかな そうじゃない部分を 知ってみたい探求者みたいな感じ なんですかね なるほど それが本当に一番 それこそが 問い続けるだなって思うから ある種のパンクなところっていうか パンクなのか でもそうじゃないですか お行儀よく研究対象が 打たなかったらとか 学問的にとかそういうのって 全部情報の話であって もっとでも深いところにそれこそ根っこの部分に 自分が持ち合わせてる どうしてこうなんだろうとか なんでこうじゃなかったんだろうとか そういったものの後悔とか 罪悪感とかね 自分がやってしまったこととかも含めた上での どうしても逃げ切れない 逃げ切れないというか そこに立ち返ってきちゃうものを ちゃんと向き合い続けるとか 自分自身でやってみようとする みたいなことが 僕は本当に探求だと思うから 本当に その成熟感みたいなものを 大事にしたいですよね 今のまさに今のだなって思いました 聞いていて 本当にそう思います ご自身は自覚ないかもしれないですけど 立ち返ってきてますよ この話きてるなって感じますもん なるほど でも自覚のないところ 無意識のところとか これもコミュニティの力だと思うんですよね ずっと長く一緒に居続けて さらにどこかに熱が入る瞬間を 自分の中で 自分の中で 自分の中で 自分の中で さらにどこかに熱が入る瞬間を 他者は気づいてるから そこをお互いに声掛けできるみたいな 今日みたいな空間を 僕はすごい作りたいなって思ってる ってことも同時に気づかせてもらいましたし でもなんか見えましたね 成熟とは何かっていうか 僕はなんかすごく 実感できました 具体例と共に今 じゃあ今日はそんな感じです ありがとうございました もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:381.チャプター 109:572.チャプター 209:513.チャプター 3コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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