TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティAIの進化による「夢の即死問題」に思うこと。09:37 10月12日 250再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次AIが「夢の即死」をもたらす衝撃夢の達成が満たされない本質とはジョーゼフ・キャンベルが語る「共鳴」目的性が深める「真の共同性」AIが問う、夢に隠された本質的な願いAI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは。鳥井博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ 和製サロンを運営しています。 さて、本日のお題は AIの進化による夢の即死問題に思うこと というテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 先日、AI時代における夢について書かれた とある投稿がXで話題になっていました。 それがパジさんの投稿で AI時代に起きる最大の悲劇というのは 仕事を奪われること以上に 20年間追いかけてきた夢が たった20分で叶ってしまうこと なのではないかというお話です。 いつか自分のゲームを作りたかったとか 小説を書きたかったとか 音楽や映画を作ってみたいという そういう幼い頃から抱いていたような願望ですよね。 そんな風に長年思い描いていたものが AIとやりとりする中で あっという間に形になってしまうのが まさに今なわけです。 そんなことを夢の即死問題という風に書かれていて とても興味深く読ませていただきました。 投稿の中では 人間が欲しかったのは作品そのものなのか 作る行為なのか それともいつかすごい自分になれるという 未来の自分への期待だったのか そんな問いなんかも立てられていたんでしょうね。 この問い自体は今本当に大事な観点だな という風に僕も思います。 つまり、AIだけで夢は叶わないし 夢だと思っていたもののそのほとんどは 本当は夢じゃなかったという風に AIに暴露されたってことなんでしょうね。 じゃあ人間が夢というものに 本当に求めていたことは一体何なのか といえばきっとそれってのは 今生きているという経験なんだ という風に思います。 夢がちゃんと叶ったはずなのに 一向に満たされないのだとすると そこで叶ったのは一体何だったのかと 僕は今回の話を読みながら 以前からずっと大切にしてきた ジョーゼフ・キャンベルの言葉や 過去に書いてきたブログと 一つに繋がってくる感じがしたので 今日はそのことについて この点、神話学者のジョーゼフ・キャンベルは 神話の力という本の中で こんなことを語っているんです。 人間が本当に求めているのは 今生きているという経験だと私は思います。 そしてこの言葉には続きがあって 純粋に物理的な次元における 生命経験が 自己の最も内面的な存在にないし 実体に共鳴をもたらすことによって 生きている無常の喜びを実感する それを求めているのです。 さていかがでしょうか。 この共鳴という感覚が 今とても大事なんだろうなと思うんです。 現実に自分が経験していることが 自分の奥にある何かと 響き合うこと うまく説明はできないけれど 今自分は生きているとか 自分の人生を生きている そんな風に感じられる 瞬間みたいなものが 誰にでもあるはずなんですよね。 僕らは夢を叶えた先に そのような経験が待っているというふうに 漠然と思っていたんじゃないかと思うんです。 ビューステイヤーが世界的に 大きな反響を呼んでいることも なんだかとても示唆深いなと同時に感じるんです。 AIによって思い描いていたものが 次々と形になっていく 現代において 一方で遥か昔から語り継がれてきた 神話に多くの人が 心を動かされているわけですから その理由の一つもきっと この辺りにあるんじゃないのかなと漠然と思うんですよね。 僕らが夢に求めていた 今生きているという経験に 触れる手がかりを 持ち続けてきたのかもしれないなと 無意識にそう感じ取っているんだ というふうに思うんです。 だからこそ今あの映画が 世界的なムーブメントにもなっている。 ちなみにこの話は 次回の後編の配信で 良き物語について考えるときに もう一度戻っていきたいと思います。 例えば小説を書きたいという夢があるとします。 もちろん一冊の小説が完成をし それが紙の方になることは その夢の大事な一部分なんです。 でもそれを書いているうちに 自分でも気づかなかった感情に出会うことがあったり どうしても言葉にならないものを抱えながら 何度も書き直したりすることがあるわけですよね。 また 誰かに読んでもらったら 全く予想もしていなかった感想なんかが返ってきて 自分が書いたものの意味を そこで初めて知ることだってあるはずなんです。 そんな経験を全てひっくるめて 僕らは小説を書きたいという そんな結果的な行為において 語っていたのかもしれないなって。 ところが完成した小説だけを 先に目の前に出されてしまうと 自分が求めていたものとの ズレが見えてくるわけです。 あれ、自分が欲しかったのは果たして本当にこれだったんだろうか みたいなふうにですよね。 夢じゃなかったというのは その夢を抱いてきたそんな時間まで 無意味だったということではなくて 自分がその夢に託していた願いを 自分でも十分には分かっていなかったんだ そんな証なんだというふうに思うんです。 ただここで短絡的に じゃあ時間をかけたり苦労をしたりすることに 価値があるんだってふうに考えてしまうと また大事なことを見落としてしまうんだ というふうに思います。 20分間のたったそんな短い創作で 自分の奥にあるものと深くつながることだって あるというふうに思うんです。 逆に20年間必死に取り組んできても そのような経験を得られないことだってありますよね。 ただ時間が長ければいいわけではないし 苦労が多ければいいというわけでもない というふうに思うんです。 AIによって形にすることが 簡単になったからこそ 僕らはその形の奥に一体何を求めていたのか ということを改めて今 必死で問われているんだろうなというふうに思います。 そしてこの話を考えていると もう一つどうしても思い出してしまう話があります。 それがこのVoiceの中では もう何回も語ってきた 社会学者大沢正さんの 目的性と真の共同性の そんな関係性についてのお話です。 以前、良い人間関係や共同体が 幸福の本質だが それだけを目指してはいけない理由とは というような配信をしたことがあります。 2024年の8月頃に配信した内容で 大沢正さんの 問いの読書術という本を 紹介した時の内容です。 例えば若い頃に抱いていた夢や野望が 結局叶わなかったとします。 でもその夢に向かう中で 出会った人たちとの関係性が残り 自分の居場所だと思える 共同体なんかがあれば 人は幸福に生きることができる。 反対に大きな成功を手に入れたとしても 周囲の人間を 誰一人として信用できなくなり 孤立をしてしまったら それは幸福とは言い難い状態ですよね。 つまり夢や目標を達成することを 目的性と呼び 友情や愛情や連帯などを 共同性と呼ぶとするならば 僕らが本当に求めていたのは 実は共同性の方だったんじゃないか という話です。何度も繰り返し この帽子で語ってきたこの話というのは 今回のAIで夢が叶ったのに それが満たされないという話なんかとも 深く繋がっているように思います。 ただしここからがこの話の厄介な点なんですよね。 じゃあそれなら最初から 共同性だけを求めればいい。 夢や目標の達成に執着なんかをせず みんなで仲良く過ごせばいい。 そういう風に考えたくなるし だからこそコロナ禍ぐらいから コミュニティブームなんかもやってきたわけなんですけども そうは問屋が下ろさないわけですよね。 大沢さんはこんな風に語っています。 共同性を深めるためには 共同性を直接に目指してはならない。 そして続けてこうも説明するんです。 共同性は目的性を 媒介にした時のみ本当に深められるのである。 という風にです。 これをただの共同性と切り離して 真の共同性という言葉で 大沢さんは言い表していたわけです。 本気で良いものを作ろうと思っているからこそ 相手の意見を簡単には 受け入れられない。そんな風に意地を張ることが あるという風なものです。 自分が大切にしていた案を否定されたりとかして 真剣に腹が立つこともありますよね。 それでも一緒に取り組んでいると 相手の考えの方が実は正しかった という風にはっと気付いたり 思いがけないところでふと助けられたりする場面 なんかもやってくるわけです。 そうやって自分の思い通りにはならない他者と 一つの目的に向かっていく。 そこでこそ初めて生まれる信頼や関係性 そんな真の共同性があるんだ ということです。コミュニティを運営していて 僕が以前から悩まされてきたのも まさにこの矛盾というか葛藤でした。 共同性の方を重視していれば 限りなく近くまで歩み寄ることが できるのに本当に僕たちが 到達したいという風に願っている 真の共同性には目的性を持たないと 一生たどり着くことはできず 常に壁一枚に阻まれてしまう というそんなジレンマです。 ここに今AIが登場するわけですよね。 みんなで何年もかけて実現しようと思っていた その目的がAIを使えば 短時間で達成できるとしたら それは目的だけを見ればとてもありがたいことなんです。 でもその目的を一緒に 追うことで本来生まれていたはずのものは 一体どこへ行ってしまうんだろうかと。 だから僕は今回の話を 夢が簡単に叶うようになって 人生がつまらなくなったというところだけでは 決して受け止められない話だな という風に思うんです。夢として掲げていた 目的の中に自分でも 気づいていなかった本来の願いが あったということでしょうね。 自分の奥にあるものと現実が 共鳴する経験。誰かと本気で関わり その人と一緒に生きているという風に 感じられる経験。その物語の方に こそ価値があったということです。 僕らはそれらをまとめて一括りにして 夢と呼んでいたのかもしれないし 真の共同性の正体 そのものでもあるのだろうなという風に思います。 じゃあ本気になればなるほど好きなことを 見つけてそれを一緒に追いかける仲間が いればそれだけでいいのか。 実はそうじゃないよなという風にも思っています。 今はもう好きなことに夢中になれている 同じ目標を持った仲間がいるということだけでは 安心できない時代になってきているな という風にも思うんです。 なぜならその好きとか共同性そのものが 実は誰かにとって都合の良い 物語の中で育まれて しまっている可能性なんかがあるからです。 つまりそれというのは足元を 見られたようなお仕方だったりとか ドパガキ現象などそんな 悪しき物語に回収されてしまうような 可能性を秘めているからですよね。 ここから先というのは話がまた長くなって しまうなという風に思うので 明日の後編でじっくりとまた改めて 考えてみたいとおりだなという風に思っています。 さて今日のお話は以上となります。 いつもこのボイシーを聞いてくださっている 皆さんにとっても今日のお話が 何かしらの関連あるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で。 また明日。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:371.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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