TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ積立NISAよりも、積立兄さん。09:28 昨日 230再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次金融資本偏重こそ最大のリスクであるAI時代を生き抜く「剥がされない」もの共に生き残る「うちの人」になる方法コミュニティが「嫌な奴」を作らない理由誰と生きていくか?本当の豊かさの追求AI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは、鳥居博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ、和製サロンを運営しています。 さて、本日のお題は、 積み立て兄さんよりも積み立て兄さんというテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 最近、積み立て兄さんも大事だけれども、 同じくらい積み立て兄さんも大事なんじゃないか、そんなことを考えています。 いきなり何親父ギャグを言ってるんだって思われそうなんですが、結構真面目な話です。 まず、長期積み立て分散が投資の基本だとしたら、 金融資本だけにしか積み立てていないことこそ、実は一番のリスクなんじゃないかって思うんです。 債権や株式不動産など、金融資産の中ではものすごく美しくバランスが取れていたとしても、 自分自身の人柄も含めた人との繋がりは何も耕されていないような状態、 それっていうのは、もっと大きな視点から眺めてみれば、 卵を一つのバスケットに乗せることに等しいし何も変わらないんじゃないかって思うんです。 つまり、人的資本、社会資本、そして金融資本のこの3つのうち、 金融資本にあまりにも偏りすぎてしまっていることの危うさなわけですよね。 しかも金融資本が潤沢にあること自体が、人を傲慢にもしてしまうわけです。 端的に言って、嫌な奴になりやすいわけですよね。 そもそも僕らが投資をするのは、本当は幸せに生き抜くためのはずなんです。 だとすれば、お金の増やし方だけを考えていても、 その目的に対して十分な備えをしていると言えないような気がするんです。 これからの不安定な未来の中で、戦争や地震、そしてAIの発達などによって、 お金だけあってもどうにもならない場面がやってくる可能性は十分にあるというふうに思います。 小林秀夫賞を受賞した「花風の昭和」という本を読むと、 ランティエ、つまり当時の金利成活者だった作家、長い花風であっても、 戦争が始まると人付き合いに助けられたことが本当によくわかります。 そして今は、AIによってこれから一体何が漏洩をし、何が悪用されて何を失うことになるのかも、 見通しがつきづらくなってきているというふうに思うんです。 金融資産をはじめ、いろいろなものが剥がされてしまった後にも最後まで残るものとは一体何なのか。 教育や教養、ビジネススキルのような人的資本は一つ大きくあるというふうに思います。 あとはAIがどれだけ進化しても、あの時一緒に過ごした時間とか、 困っていた時に助けてもらったという過去までは決して置き換えられないわけですよね。 こちらがまさに社会資本なわけです。 そういうものを今から淡々と作っておかないことの方がよっぽどリスクなんじゃないのかなというふうに思うんです。 ただ、これというのはお金を失った時にどうするかという話だけでもないんですよね。 よくインターネットで不老所得さえ稼げればみたいな話を耳にします。 僕自身、ネットでビジネスをしている側の人間なので、実際にそれを達成した人たちも何人も見てきました。 でもそうやって上がった人たちを見ていると、なんだかその虚無感に耐えられなさそうで非常に辛そうに見えることもあるんですよね。 本人にしか分からないこともあるんでしょうが、本当にそれで幸せなんだろうかというふうに考えてしまうんです。 だったら好きでもない仕事であったとしても、生活のためだからというふうに続けられていることの方が案外幸せなのかもしれないなというふうに思うほどなんです。 ところが一度金融資本で上がってしまうと、もはや好きでもない仕事なんかは一生できない身体と心になってしまう。 なんで自分がこんなことをしなきゃいけないんだというふうに思えてしまうからですよね。 生活のためというそんな嫌でも引き受ける理由がなくなってしまうわけです。 お金がなくても困るわけだけれども、お金が十分あったとしても、人との関係性が何も耕されていなければ、やっぱり同じように困ってしまうんだろうなというふうに思います。 そこで冒頭でお話しした積み立て兄さんの話なんです。 ここで言う兄さんというのは芸人さんがよく言う兄さんみたいな話で、ある種の指定関係なんかを思い浮かべながら語っています。 別に昭和的な上下関係とかそういうひらりきを作りたいという話ではなくて、それぐらいの距離感でこそ芽生えてくる関係性の方が大事なんじゃないかという話です。 仕事のやり方を教わるだけじゃなくて、一緒にご飯を食べに行くとか、プライベートの相談をしたり、どうでもいい話をしたりするようなそういう時間を共に過ごすことですよね。 そしてそうやって共に過ごした時間の中で、相手の失敗も、そしてちょっとめんどくさい部分なんかもちゃんと全部知っていて、それでも互いに受け入れ合っているというような関係性です。 そういう人間付き合いがあることが大事だなというふうに思うんです。 以前このボイスの中でAI時代、正社員ではなくうちの人になることの重要性という話をしました。 その中で僕は、共に生き残ることがイヤオウなしに目的化すること、それ自体がうちの人の定義だというふうに語ったと思います。 相手が困っていたら大変ですね、だけで終わらせずに、自分も一緒になってどうしようかというふうに考え込んでしまうこと。 自分にもそうやって気にかけてくれる人がいるし、自分の方にもそうやって放っておけない相手がいることがこれからはもっともっと大事になってくるというふうに思うんです。 ここでまさにかよい編集者としての関係性なんかにもつながってくるんですよね。 今っていうのはAIに聞けば欲しい答えはすぐに返ってきます。未来はさらにより一層これが全自動的になっていくはずなんです。 だとすれば、わざわざ誰かに聞きに行ったり、教えてもらうために通ったりすることは一見するとものすごく非効率に思えてやれなくなっていくはずなんです。 でもこれまでは、そうやって用事みたいなものがあったからこそ僕らは多少面倒であっても、人と直接会って人付き合いのスキルも高めていたはずなんです。 その無駄に思える時間の中で気づけばお互いがお互いにとってのうちの人になっていたんじゃないのかなというふうに思うんですよね。 答えだけを最短距離で受け取り続けていると、その前後にあった付き合いまでごっそりと失われてしまうような気がしています。 そして繰り返しになってしまうんですが、そこで育っていたのは知識だけではなくて良い人柄でもあったはずなんです。 人と関わるからこそ事故の至らなさなんかにも気づいていく。 面倒を見てもらって、今度は自分も誰かの面倒を見ようというふうにも思い出になったりして、まさにそこに像様のバトンリレーみたいなものが生まれてくるわけですよね。 必要になった日に一緒に過ごしてきた時間だけを買うことは絶対にできません。だからこそ積み立てなんですよね。 ただ将来何かを引き出すために今から恩を売っておこうみたいなふうに、そんなギブアンドテイクの計算を始めると多分この関係性は育たないというふうに思うんです。 何の得になるのかは全然わからないけれど、共にいること、その時間を重ねてきた結果としてお互いがもしもの時の支えになるんだというふうに思います。 そしてここまで考えてきて、和製サロンにおいては今後新規メンバーの常時募集を停止してもいいのかもしれないというふうに近頃強く思い始めています。 最近コミュニティ運営をしている人たちの話を聞いていると、本当にオンラインコミュニティ的なものが広く一般化したなというふうに感じます。 思えば遠くへ来たもんだとはまさにこのことなんだなって、みんなクローズの空間内で新たな出会いを普通に求め始めている。 だとすれば最初からやっていた僕らは、またさらにその一歩奥に進んだ形なんかを模索してもいいのではないかというふうに思うんです。 具体的には新しく人を迎え続けることよりも、今いる人たちと時間を重ねていくことにもっと力を注ぎたいなって、 150人ぐらいを上限として、新しい人を迎える時も紹介する人とされる人の関係性から、また新たな繋がりをそこから丁寧に育てていけたらいいなというふうに思うんです。 そのために完全招待制あるいは紹介制なんかにしてみても面白いのかなというふうに思うんです。 まだ確定したわけではないんですが、いつでも今のように誰でも入って来られる空間としての役割を一度そろそろ見直してみてもいいのかもしれないなというふうに思っています。 従来的なオンラインサロンの役割もAIのこの登場によって一旦その役割というのは終わりに向かっているように僕には見えます。 それよりも共に問い続けたり対話をし続けたり、その中で自分自身も少しずつ相手と一緒に成熟をしていけるような環境を作っていきたいなって言ってしまえば、嫌な奴にならないための場所です。 お金があり欲しい答えもAIが全部返してくれて、自分一人で何でも済ませられるようになったとして、 その時に自分が他者に対して一体どんな態度を取るようになるのか。 インフレかけるAIにおいて感じの悪い人間というのは、男女関係なくこれから世の中にたくさん増えていくことはもう必然だというふうに思います。 だからこそ思い通りにならない他者にそうやって寄り添って自分自身を問い続けられる場は、これから必ず貴重になってくるし、僕にとっても間違いなく必要な修行の場になっていくというふうに思うんです。 もちろん入り口を紹介制にしただけで、そんな関係性がすぐに生まれるというふうには思っていません。 入った後に一緒にどんな時間を過ごしていけるのか。その方がずっと大切だなというふうに思っています。 そしてずっと役に立ち続けなければいられない場所にしてしまったら、それこそ今日ここまで語ってきた話と大きく矛盾してしまうよなと。 すぐにはその意味や成果を説明できなくても共にいられること。 そのうちにお互いに頼ったり頼られたり、何かを任せたり任せられたりする関係性が自然と生まれてくるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。 ただそういう時間から一体何が生まれてくるのかを、もっと丁寧に眺めていきたいなというふうに思うんです。 お金を失っても逆に、もうお金のために働く必要がなくなっても、その先に誰と一緒に生きていきたいのか。 そういう日々が生きている限りは続いていくし、続けていきたいなというふうに僕は思うんです。 和製サロンをそのための空間として、しっかりとこれからも機能させていきたいなというふうに思っています。 だからこそ、積み立て兄さんよりも積み立て兄さん。 一見するとくだらない親父逆にしか思えないんですが、僕自身これからもそんな人間付き合いにこそ時間を使い、淡々と積み重ねていきたいなというふうに思っています。 さて、今日のお話は以上となります。 いつもこのボイスシリーズを聞いてくださっている皆さんにとっても、今日のこのお話が何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で。また明日。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:281.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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