TOPトーククリエイター水谷アスの気づきのタネまきチャンネル普通ってなんですか?09:49 9月18日 67再生 問題を報告する 再生する シェアする 普通になりたいと思うことは自分の人生において当たり前の感覚だったけど、コレを思ってしまうことも普通じゃないんだろうか?AI目次ASD研究員が抱く「普通になりたい」願い「普通」を模索し続けた自身の葛藤と努力ASD診断を経て「普通」の概念を再考「普通なんてない」多数派が抱く疑問「普通になりたい」誰もが持つ普遍的な願望かAI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは。水谷アスです。 今日も来てくださってありがとうございます。 今日はですね、ちょっとあの、 ドラマのリーガルビートっていうドラマを 私見てるんだけど、それを見て ちょっと思ったことをお話ししてみたい と思うんですけど、このリーガルビート っていうのは、主人公の 弁護士さんが 喫煙を持ってる方なんですよね。 喫煙って、あ、あ、あ、あの、あの、あの、 ってなっちゃうタイプの人が 喫煙なんですけど、その喫煙持ちの 弁護士が、なんか 職者に寄り添うことで、その 弁護士として頑張るみたいな、なんかすごい すごいなんか、 そういうようなね、主題で、なんか 喫煙だから、弁護するときもすごい あ、あ、あってなるんだけど、 それでもすごい頑張るんですよ。で、なんか ラップをやってて、ラップをやってるときだけは なぜか喫煙が出ないっていうことで、 法廷の最中に突然ビートを刻んで こうラップを歌いだす、歌う っていう表現でいいのかな、ラップって。 なんかラップをして、 それによってこう弁護することとかもあって、 どっかでね、ラップ絶対出てくるんですけど、 なんかそのラップが発動した 瞬間に、なんかいろいろこう、わーって 見てる側にも 感じるところがあって、すごい なんかね、すっきりするっていうか、子供と 3人で、私と娘2人で 結構見てるんですよね。 で、だいたい毎回いろんな弱者がね、 その、喫煙の 弁護士によって守られて、 なんかすっきりするというか、 結構ね、あの、水戸公文的に 絶対なんかこう、勝つんだろうな とか、なんかある程度想像した 未来に、ちゃんと着地してくれる 安心感のあるドラマというかね。 だからなんか、ものすごいワクワクする というよりは、やっちゃってって 言ってちゃんとやってくれるみたいな。 なんかそういう面白さがある ドラマだなと思いながら私は見てるんですけど、 今回 私が見たやつが、ASD の研究員が 主人公、主人公っていうかその 裁判を起こした側の人でね、 ASDの主人公の方が まあ、 ドラマの大きな流れはともかく としてですね、私はずっと 普通になりたかったと、でも普通になれなかった っていうことをすごい言っている場面が あって、私はまあ すごくそれに共感したんですよね。 私自身もなんか、 普通になりたいな、どうやったら 普通になれるのかなっていうことをずっと 考えながら生きてきた人生だったんだけど、 なんでそういう風に考える 羽目になったかって言ったら、 人間関係の中で、いやお前普通 それわかるでしょとか、普通は そんなことしないよとか、 そう言われたら、つまり自分の 報道や自分の発言が今 普通じゃなかったんだなってことを 自覚せざるを得ない状態 になっていたっていうことで、 じゃあ私は普通じゃないんだ わかった、それはわかった、じゃあ どうしたら普通になれるんだって思って 人を一生懸命観察するんだけど、 人ってみんな違うじゃないですか。 だからAさんにとっての普通が Bさんにとっては普通じゃなかったりして、 普通になろうと思ってAさんの真似すると、 Bさんにとって普通じゃないことを Aさんがやってた場合、結局そこで また普通じゃないって言われちゃうんですよね。 だからなんか、どこに転がっていっても 自分が普通じゃないって言われる場所に なぜか着地しちゃってて、 だからどうやったら普通になれるんだろうって。 で、そのドラマの中でのASBの人も 一生懸命普通になろうとして いろんな人の行動とか 発言とかをノートにメモしてまとめて どういう風に返せば 不自然じゃないかとかを 一生懸命練習する場面とかあって まあ私さすがにそこまではやってないんだけど でもやっぱり みんなが好きって言ってるものを 自分は好きじゃなくても好きって言っとくとか なんかそういう諸星術とかね そういうのはもう一生懸命使ってきたんですよね。 それでも 何をどうやったって 普通はさあって 普通じゃないよとかさ そうやって言ってくる人っていうのは いつまで経っても消えなかったんですよ。 いつまでもそういう人がいる限り 自分は普通じゃないんだって思うから 普通になりたいなって どうしたら普通になれるのかな どうしたら普通じゃないって言われないようになるんだろうな っていうことはずっと考えて 生きてきたんですよね。 でも娘が発達障害の診断ついて 自分自身にも診断ついて それによってASDっていうものを いっぱい学んでいく中で ASDにとっては普通の行動が そうじゃない人にとっては普通じゃない みたいなことはすごくよくあるって書いてたし そもそもそんな発達障害とか っていうものを抜きにしても 普通の概念っていうか 普通というのは人によって結構 違うことだねっていうことは 最近私はすごいわかってるから 実は普通なんてないんだと 10人中9人が 相談イエスっていうことでも 1人ノーって人がいたっていいんですよ どっちもその人にとっては普通だと 私は今は思ってるんだけど なんとなくその9人側にいる人は 1人の人は普通じゃないっていう風に 言っちゃうんですよね でも本当はそうじゃないと それがやっぱりわかんないんですよ 自分が1人側にいるときには お前変だよっていうのことを 9人に一斉に言われるから そしたら自分は変なんだみたいな じゃあ9人と 同じことをやろうみたいな 自分は全然思ってもないことをやるから すごいやりづらい めっちゃ気持ち悪いんですよね 自分じゃない自分を 一生懸命演じて生きているっていう 状況がすごく起こってて その作中 リーガルビートのドラマの中で出てくる人も 自分らしく生きてこれなかった みたいな それで研究員っていう場所に入って いろんな合理的配慮を してもらった結果 自分らしく生きていけるようになって 安心してたんだけど いろいろトラブルが起こって 今回裁判を起こさなきゃいけないような 事態に陥ったっていう話ではあるんだけど その話を聞いてて 私すごい共感したんですよ 普通になろうとして いろいろ努力したけど 結局大きな人間の輪の中には どうしたって入れなかった どうしても変な奴扱いされて 自分は絶対に普通にはなれないんだ ってことを何度も痛感する羽目になった ようやく居場所見つけたのに その居場所も失おうとしている っていうことで そういうお話だったんだけど 私もASDの診断ついてて 同じようなことやってるけど 他の人たちっていうのは 普通じゃないよって言われる経験が ゼロじゃないと 私は思うんですよね どうしたって少数派になってしまうことって 絶対あると思ってて どうしたって少数派になってしまう時に 普通そんなことしないよって言われる経験って みんなすると思うんだけど それでも自分は普通側にいるんだっていう風に みんな思ってんのかなみたいな ちょっと不思議になったんですよ 普通になりたいってことを願うことは 普通じゃないのか みたいな 自然問答というか みんな思ってんじゃないの 普通になりたいって 今の私はあんまり思ってないんですけど 私は私であればいいのだ っていう考えがすごい強いので みんなと同じが普通じゃないよね っていうのもあるし 私にとっての普通は 私にとっての普通でしかない そこは深く追求してないんだけど 若い頃は本当普通になりたい っていうのは 相言葉のように思ってた どうやら普通になれるんだろうって思ってたんですよね でももしそれはね 一般の人がそれを思うことがないんだったら その世界ってどんな世界なんだろうなっていう風に ふと思ったんですよね 普通じゃないよって言われる機会が 圧倒的に少なければ 自分は普通じゃないんだって思うことって きっとなくて でも自分の意見言ってれば 絶対食い違う瞬間ってあるし 食い違ったらそれ変だよとか そういう機会っていうのは絶対出てくるから そうすると自分は普通じゃないんだなって 思わざるを得ないと思うんですよ つまりそうやって普通じゃないよって言われない人っていうのは 自分の意見を言わない人なんじゃないかって 私ちょっと思い始めてて なんか当たり障りなく 誰とでも仲良くする人って 確かに自分の意見あんまり言わないで 周りがなんか言ったら それに乗っかるみたいな そういうタイプの人っているんだけど そういう人ってあなた普通じゃないよねって言われる機会 そんなにないと思うんですよね だから なんていうの ASDって思ったこと言っちゃうタイプの人が多いので 多いと思ってる みんながそうとは思わないからね 少なくとも私は思ったことは なんでも口に出してしまいがちだったんですね 若い時 そうするとどうしても私の考えと合わない人で 私のことが嫌いとか 私になったらちょっときつい言い方してもいいかなって 感じるような人とかは お前それ変だよとか普通じゃないよとか 簡単に言えちゃうわけじゃないですか そういうのもあったと思う いろいろ理由とか いろんなものが複合してるとは思うんだけど でも自分の意見を明確に言ったがゆえに 普通じゃないと言われる機会が 多かったんじゃないかっていうのが 今の私の感覚としてはあって なんかね 普通であることってそんなに大事じゃないよねって 今私はすごい思ってるし その喫音の弁護士の方も やっぱりその喋り方が ああああってなっちゃうから どうしても普通じゃないと言われる機会が多くて それと一緒にフラッシュバックとかしてね なんかね いろいろとちょっと辛くなる場面もあったんだけど でもそれを支えろって言われる健常者と 呼ばれる側のね 支援する側の苦しみみたいなのも 双方書いているお話で かなり深いお話で めっちゃ面白かったので tverとかアマプラとかで確か見れるはずなので よかったら興味ある方は 見ていただければと思います 普通になりたいってみんな 願ったことがないんだろうかと それを思ったのでお話してみました 自分にとってはそう思ってしまうことが 当たり前だけど 当たり前じゃないのかなこれって 思ったんですよね どうなんでしょうね みんなの心の中はわからないからそこはわからないんだけど ちょっとASDRあるあるなのか 一般の人も実はそう思っているのか それは本当不思議だなーって ただそれだけです ということで本日のお話は以上になります 最後まで聞いてくださってありがとうございました それではまた もっと見る水谷アスの気づきのタネまきチャンネルプレミアム放送配信中!09:491.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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