TOPビジネス投資・マネーAIで稼ぐラジオ by イケハヤ毒親問題と共依存について。28:25 2021年8月7日 24,270再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次毒親問題:その起源と定義共依存のメカニズムとは支援が依存に変わる怖さ誰もがなり得る毒親と共依存客観視と自助グループの力AI文字起こし(β版) # チャプター 1 今日もコツコツやってますか。Voicyパーソナリティの池早です。 えーと、今車の中で撮ってるんですけど、暑いですね。 えー、ちょっと今、あのー、扇風機を入れながらやってるんで、 やや扇風機の音がね、えー、背後に聞こえてるかもしれませんが、 えー、どうぞご容赦ください。 えー、家の中で撮ればいいじゃんと思うかもしれませんが、 家の中はね、うるさいんですよ、もうね。 まあ、なんかクーラーの効いた小屋でも作りたくなっちゃいますよね。 一応、小屋的な場所はなくはないんですけど、 えー、クーラーがね、入れらんなくて、 で、車の中でね、まあ、クーラーかけてやってもいいんですけど、 それはそれで結構エンジン音が入っちゃうんでね。 うん。 実は音声コンテンツってこうね、 えー、騒音がある場所でやりにくいなということを感じつつも、 まあ、でもね、YouTubeに比べて圧倒的にやっぱり撮りやすいので、 えー、引き続きやっぱりVoicyはね、いいなという感じで、 暑い車内で30℃を超えるような気がしますが、 えー、頑張って風を浴びながらやっていきたいと思います。 ちょっと窓を開けますわ、もう一個。 えーと、はい、窓を開けて、はい、これで大丈夫でしょう。 はい、というわけで、えー、やっていきたいと思います。 で、昨日、えー、親と子の話っていう話を、えー、したんですよね。 まあ、僕自身も、えー、まあ、もちろん親がいます。 えー、うちの親は、えー、60代ですね。 えー、の親が、まあ、いますと。 で、そして、まあ、僕は子供がいるので3人の娘がいますと。 いう中で、まあ、親子関係ってのは、 うーん、絶対に切っても切れないようなものだって話をしました。 まあ、忘れることはできない。 親っていうものを捨てることっていうのは、 まあ、もう人間である以上、 親を捨てることは多分基本的にはできませんっていうね、えー、話。 で、まあ、捨てることはできないからこそ、 えー、別の親の言うことなんか聞かないでいいんじゃないの? っていうふうに、まあ、僕は思いますという話をしたんですね。 で、あのー、まあ、コメントをたくさんいただいてありがとうございます。 で、まあ、あのー、まあ、ややプライベートとかプライバシー的な話もあるんで、 あのー、濁しながらではありますけど、 まあ、いわゆるやっぱりね、こう、うーん、毒親に育てられた方っていう、 まあ、カタカナのね、コメントがまあ、ちらほら、ありました。 で、まあ、人によっては今まさに、 まだ、あの、いわゆる毒親問題に苦しんでいる人っていうのも、 えー、まあ、コメント欄、えー、いただきました。 なので、まあ、あのー、まあ、まず概要的な話として、 まあ、この毒親問題みたいなものについてね、えー、皆さんと軽く今日はね、 まあ、社会問題の勉強みたいなことをね、していきたいと思うんですね。 で、そこから、まあ、話しながら考えている状態ではありますが、 じゃあ、どうすればいいの?みたいな話も、えー、進めていっていきたいと思うんですよ。 で、まあ、毒親って皆さん、言葉、えー、聞いたことありますかね? これ、実はかなりね、古い言葉で、えーと、調べるとですね、 えー、1989年から、もう実はある言葉。 えー、で、スーザン・フォワードさんというね、えー、まあ、方が、えー、作った言葉なんですよね。 えー、英語で言うとね、Toxic Parents、すごいですね。 毒、まさに毒になる親っていうので、えー、まあ、そういう、まあ、概念があったと。 で、これは、なんか、日本から始まっているような気がしますが、実はそうではなくて、 えー、まあ、アメリカかな?えー、アメリカの、えー、医療関係者の方が、えー、まあ、発見したというか、あの、自分で、えー、作り出した言葉。 で、あの、本もありまして、えー、毒になる親、えー、一生苦しむ子供っていうね、えー、本があるんですよね。 で、これ、1999年に翻訳されていて、まあ、要するに何かっていうと、えー、実はね、あの、古くからある問題。 で、まあ、なんだろ、毒親問題。 最近、あの、よく言われるような印象はありますけど、実はもう20年、えー、というか、もう30年か? えー、近い、えー、前の話で、ずっとね、まあ、これは、まあ、うん、ずっと続く問題として語られてきていると。 まあ、端的に言えば、いわゆる、まあ、児童虐待に、多分、入るんだとは思います。 えー、毒親っていうね、えー、まあ、毒になる親が、えー、子供に対して非常に、こう、良くないことをしてしまうと。 まあ、そして、まあ、それは、まあ、言葉で言うと児童虐待みたいなものになっていて。 で、まあ、僕らの世代では、もう、たくさんね、そうやって苦しんだ人も、えー、結構いて。 で、まあ、でも、僕ら自体も、なんでしょうね、こう、親として、で、子供がいる方もいると思うんです。 で、やっぱり、まあ、なんか、ある種、こう、毒をやって誰でも成り得る。 というか、まあ、それはさ、あの、程度の問題だって、僕も娘に対して、まあ、良くないことをしてしまうなってことはやっぱりありますよね。 こう、なんか、まあ、無駄に起こっちゃったりとかさ。 えー、まあ、そういうのも含めて、まあ、誰しもが、そういう毒親的なものは、まあ、あると。 で、いう中で、まあ、特に、こう、まあ、なんでしょうね、こう、ひどいというかさ。 えー、まあ、どんな、えー、ものかって言うとですね。 えー、この、スーザフォワードさんが簡単に定義しているもので言うと、 まず、毒親というのは、子供の人生を支配し、えー、子供に害悪を及ぼす親。 というね、えー、まあ、表現で、もともと初出ではね、えー、言われているんですよね。 で、まあ、子供の人生を支配して、えー、まあ、害悪を及ぼす。 って言うと、まあ、確かに、非常に強い表現になりますよね。 まあ、僕は少なくとも、子供の人生を支配はしようとは思ってないですかね。 まあ、昨日も言った通り、まあ、むしろ早く家出て、自分で何とかしてほしいですね。 まあ、まだね、あの、ちっちゃいうちはさ、しょうがないから、まあ、ある種支配というか、何? まあ、コントロールせざるを得ない時はあるような気はします。 あの、子供とか見てるとさ。 それはまあ、子供に全部さ、任せることはなかなか難しいし、できないこともあるから。 まあ、それは親が多少は、ある種の支配。 うーん、マネジメントと言えばマネジメントだけど、まあ、支配と言えば支配っていう側面はあるけど。 まあ、それはさ、まあ、やっぱり大人になったらもうね、いいよって話で。 うーん、だから、こう、18歳ぐらいはやっぱり越えて、それでもなお、親が自分をコントロールしようとしてくるとしたら、 まあ、その親はね、まあ、どこをやっていってもいいのかなっていう風に思います。 って言うと結構厳しくなるかもしれないけど、 まあ、でもこのね、もともと、スーザン・フォワードさん、アメリカの方かな、 子供の人生を支配し、子供に害悪を及ぼす親っていうのがどこ親だとしたらさ、 どうですか、みなさんもこれを聞いて、この定義を聞いて、 あ、私の親ももしかしたらそうかもって思いませんか。 まあ、ある意味それぐらい一般的なんですよね。 で、まあ、結局、なんでどこ親みたいなものが出てくるかって言うと、 一つは、こう、子供がそれを受け入れてしまうってことがね、まあ、僕はあるのかと思います。 まあ、子供って言ってるのはこれ、あの、大人になった子供ですね。 まあ、ちっちゃいうちは幼少期はもうしょうがないと思いますけども、 自分で家を離れて生活できて、お金も稼げるぐらいの力があるのにもかかわらず、 そういうどこ親に支配されている人っていうのは、結局、すごく厳しく言うと、 子供がそれを受け入れてしまっていると、僕は思ってしまいます。 というか、受け入れてしまってますよね、実際問題ね。 だって、もう大人なんだからさ、出る親との縁をある種、短期的に切ることっていうのは可能なんだけど、 まあ、その、ある種さ、親に対する恩だったり、親というものに非常に強い執着が生まれてしまっていて、 なかなか離れることができないっていう状況になってしまうと。 で、それで、なかなか、まあ、人によってはもうそこね、 どこ親と完全に縁を切りました、みたいな人ももちろんたくさんいらっしゃいますし、 これを聞いている方の中でもね、もううちの親本当にどうしようもないから、 もう全然寝泊もしてないし、次最後にあるのは葬式の時だけって決めている人も普通にいると思います。 うちの知人でもね、そういう方いて、元気に生きていていいと思いますよ、本当に。 まあ、でもやっぱりそれはね、結局彼彼女なりにね、ある種苦しさっていうのは当然まだ抱えているけれども、 まあ、そうやってうまく折り合いをつけて、いわゆるどこ親と距離を取って、 で、もう最後にあるのはお葬式ですって人もいる。 でも、中には大人になってもなおね、やっぱりそういうどこ親の支配に苦しんでるって人はまだまだ普通にいる。 30代でもいるし、あるいは40代、50代、あるいは60代ぐらいでも普通にいると。 っていうのはさ、なんかこうすごく、まあ人間社会ではそういうもんだけど、なかなかね、こう苦しさがあるなって感じがするんですよね。 そのどこ親の支配をさ、まあ抜ければいいじゃんと思うじゃないですか。 でもね、そこでやっぱり抜け出せないような、ある種のその心理的な状況ってのがね、 まあ出てきてしまうっていうのはね、いなめない部分は確かにあると。 で、まあこれについてちょっとね、キーワードで、教依存というキーワードがあるんで、 まあこれ多分知っている方も多いと思いますけど、改めてちょっとね解説をしたいと思います。 # チャプター 2 強依存という言葉を皆さんどこかで聞いたことはあるでしょうか。 あるいはすごく詳しい方もいると思います。 かなり一般的なキーワードにはなっていますが、 多分、どこやから抜け出すことができない人ってのは、 恐らく強依存的な状態に入っているだろうというふうに、 ざっくりですが、基本的な言うことができるんじゃないかと思うんですよね。 普通に考えて、親が私たちを支配してこようとする。 もういい大人だったら、親との縁切ればいいんじゃねって思うじゃないですか。 そんな親が明らかにどうしようもないような親で、 自分のことを本当に道具として見ていないような親だったら、 縁を切ればいいじゃんって思いますよね。 冷静に考えれば。そうでしょ。 だって自分の人生なんだからさ。 しかも親とは自分は他人だからさ。 でも、やっぱりそこで縁を切ることができない人もたくさんいる中で、 それはすごくすごく、これはなかなか残酷な表現になっちゃうけど、 やっぱり強依存。 お互いにお互いに依存してしまっているって状況が大内緒なりあるのかなと思います。 結局まず毒をやっているのは子供に依存してますよね。 これはシンプルでわかりやすい。 自分の例えば人生がうまくいかなかったから、 子供に自分の人生をもう一回やり直すかのように、そこで依存してくる。 よくあるのは、お受験とか頑張っている人の一部では、 自分の人生がうまくいかなかったから、 子供には自分の人生の代わりに、子供にうまくいってほしいと。 これも完全に依存してますよね。 で、すごく不健康だと思います。 そういう依存があると。 一方で、その依存というのは一方向の方向としては片方の依存ですね。 強依存というのは、依存されている側もまた依存してくる側に依存している、みたいな状況です。 よく言われるのは、アルコール依存症の治療とか、アルコール依存症のパートナーとか言いますかね。 僕が仮にアルコール依存症だとしたら、 うちの妻は頑張って僕のことを多分支援してくれると思うんですよ。 多分ね、どこかで離婚することもあるかもしれないけど、 とりあえずそれは置いといて、僕がアルコール依存症で苦しんでいたら、 きっと妻は助けてくれる。 娘とか、自分の身近にいる人は助けてくれるわけですよ。 僕はそれに当然依存しますよね。 自分は弱い人間だから、妻の支えがないと生きていけない。 アルコール依存症から脱することはできないだろう。 これは分かるじゃないですか。 依存症だったら、当然、まさにアルコールにも依存している周辺の環境の周囲にいる人にも当然依存することになる。 けれども怖いのは、そこで依存症患者の人を支援する人が、その依存症患者の支援に依存することがあるんですよね。 分かりますかね。 これはね、なかなか怖いメカニズムで、例えば僕と妻で、僕が仮にアルコール依存症になったという前提を取るとですね、 うちの妻としては、どうしようもないダメな人間である僕を助けるっていう行為、それに依存してしまうわけですね。 ただ、すごく極端に言うと、僕がアルコール依存症で苦しんでいて、もう酒を飲んでダラーンとしていて、もうゲロ吐いている。 その吐いている姿を見たり、その吐いている状態から回復させることっていうことに、ある種の喜びを感じてしまう。 依存してしまう。 そこに自分の存在意義を見出してしまうっていうことがある。 これが典型的だと思います。 よく言われるアルコール依存症とかに限らず、依存症患者の支援みたいなものに依存してしまう人がいると。 人を助けること、人に役立つこと、マイナスをゼロに戻すことってのは、確かに存在意義があるわけですよ。 やる意味がある。 その人がいないとダメでしょ。 アルコール依存症の僕は、多分妻がいないとマジで死ぬんですよ。 死んでしまうんだったら支援しなきゃいけない。 それは当たり前なんだけど、そこから一歩進んでしまって、ある中である僕を支援することに依存してしまうっていう状況が起こり得るわけですよ。 これはなかなか怖くてさ。 ということは何が起こるかっていうと、回復して欲しくないってことになっちゃうんですよね。 アルコール依存症から僕が例えば脱却したら、アルコール依存症の支援に、僕の支援に依存している人は困っちゃうんですよね。 あれ?私の存在意義もうなくなっちゃうじゃんってなっちゃうんですよ。 なかなかこれは怖いですよね。 これは別にアルコール依存症ってのは典型的によく言われる話であって、他のことでもたくさんたくさん言われますよね、そういう依存。 特にやっぱり怖いのは、支援をすることに依存するっていうのは非常に恐ろしいことです。 僕はNPOの方々の取り組みとか結構応援していて、いろんな人の話を聞いたりするんですけど、やっぱり中にはいるんですよね。 そうやって困っている人を助けることに依存する人。 これはなかなかショッキングドキッとする表現かもしれませんが、そうですね、何でもいいですけど、 例えば震災支援とかでさ、当然さ、困っている。震災が起きて困っている人がいるとするじゃないですか。 これ全然架空の話ですよ。困っている人がたくさんいると。 で、その震災で困っている人たちを助けることをしている人はいるわけですよ。 で、それは実はすごく尊いし、是非助けてね、いろいろ世の中を良くしてほしいところですが、 その震災支援に依存する人っていうのはやっぱり一定数いるんですよね。 で、じゃあその依存する人っていうのは何が問題になるかっていうと、震災復興が終わるとさ、やることなくなっちゃうんですよ。 自分の存在意義がわからなくなる。 私は震災で困っていた人を助けることが私の存在意義だと思って、そこに依存しちゃっている人っていうのはさ、 もし震災復興が完全に完了するとさ、マジでやることなくなるんですよ。 え?もう私存在意義ないかもしれない、みたいな感じになっちゃって。 依存していることっていうのはね、そうやって何だろうな、その依存先が自立しちゃうとさ、 本来支援していたのにその役割っていうのがなくなってしまって、自分の存在意義がわからなくなっちゃってね。 冗談見ただければ本当にそういうことっていうのはある。 やっぱりそれだけね、人を支援するっていうことはね、ある種中毒性があるわけですよ。 だってまあ確かにさ、やらないとさ、困っちゃうわけですよね。 実際目の前に困っている人がいたらさ、当然支援しますよね。 それが特に近しい人、家族とかさ、あるいは親とかが困ってたらさ、 助ける方が普通じゃないですか。 でもさ、恐ろしいのは、助けることが当たり前になっていって、 当たり前になっていく中にそれが依存になっていって、自分の存在意義にすり替わっていくんですね。 私の生き甲斐はどうしようもない私の親を支援することだ、みたいな感じのロジックにいつかいつかいつかなっていくんですよ。 これは非常に恐ろしいことで、そうなってくると本当にどこやから、 あるいはDVとかもそうですよね、いわゆる家庭内暴力か、 みたいなものもさ、よく典型的な男性の側が女性に暴力を振るって、 でもなかなか女性は別れない。 なんで別れないのっていうと、そのどうしようもない旦那っていうのは、 私がいないとどうしようもないから、私はあの人から離れることはできない、みたいなロジックっていうのはさ、 よくさ、ドラマとかもさ、漫画でもアニメでもよくあるじゃないですか。 ああいう話ですよ。 そこから抜け出すことができない。 ずっとマイナスをゼロにする作業で人生がそこで終わっていって、 そこにやりがいみたいなのを見出してしまうっていうのはさ、 やっぱり恐ろしいですよね。 そこからどうやって脱却すればいいかみたいなのはね、 本当にやっぱり外部の力が必要になってくるわけで、 その中でやっぱり閉じて、環境の中で支援の輪みたいなのを作っちゃうと、 多分もう終わらないんですよね。 どんどんむしろ強化されていく。 そのマイナスをゼロにする頻度も高まるし、 マイナスになる深さももっともっと深くなっていく。 で、頑張ってゼロにして、またマイナスでもっと凝っていって、 それをずっとずっと繰り返していくみたいな感じになっちゃって。 いや、なかなか本当に大変らしい。 実際そういう大変な状況から抜け出せない人っていうのは当然いる。 だからこそ、いわゆる強依存という言葉が発生していて、 この言葉自体もですね、古い書述をたどるとね、 1986年ぐらいからもう既に論文なんかもあるぐらい。 僕生まれた時ですね、35年ぐらい前からか。 英語だとコーディペンデンシーっていうのかな。 言葉自体もずっとあってですね。 ということはやっぱりそれだけ強依存みたいなもの、特別なものではないんですよね。 だってもう35年前から概念があって、その論文とか、 ある種の治療方法みたいなのがずっと議論されているけれども、 なかなかそこから脱却することができないっていうぐらいのね、 非常に根深い問題。 なので強依存的なものっていうのは、特別なものと捉えない方がいい。 よくある、ある種人間関係の風邪みたいなものだとすら僕は思います。 うつ病は心の風邪みたいなのよく言うじゃないですか。 あれと同じような感じで、強依存ってのは結構頻繁に起こりうる。 小さなレベルで言ってもね。 例えば親、子供さ、うちちっちゃい子はいますけど、 ちっちゃい子を育てる親もさ、いく分強依存気味になりますよね。 例えば僕も自分が弱っている時とか、ちょっと自分の元気がない時とか、 子供に依存してしまいそうになるとかさ、 子供に依存することはあります。 子供をなでなしてよしよしするとすごい元気になるんですよ。 それはちょっと怖いよね。 子供を自分のある種ツールとして使っていて、 そこで同化しちゃってるわけです。 ご機嫌な子供に触れると自分がご機嫌になっちゃうわけですよ。 ここまでだったらまだギリギリヘルシーですけど、 それがちょっと遠すぎると怖いですよね。 僕がずっと慢性的に精神状態が悪い中で言うと、 多分子供にどんどん依存していく。 僕が子供に依存して、 でも子供は親に依存せざるを得ない部分って当然あるわけですよ。 特に小さい子供は親がいないと無理でしょ。 強制的に依存しなきゃいけない。 子供は当然親に依存する。 でも親もちょっと弱っているときは子供に依存してしまう。 ってなってくると、あれこれ強依存じゃね?って言って、 そのサイクルがどんどん強くなっていくと、 やっぱりまさにどこ親問題みたいな感じで、 お互いマイナスをゼロにする作業でずっと終わっていく。 人生が費やされていくみたいな感じになっちゃって。 だから特別なものではない。 僕らの生きている中で強依存的なものってのは、 程度の問題に絶対発生する。 人間関係ってのは多分そうで、 例えば同僚ともなるでしょうし、上司と部下もある種、 そこには強依存的なものはあるかもしれない。 だから特別なものと捉えず、 しっかりそのに対する理解をしていく。 自分が今、もしかしたら強依存的な入り口に立っている、 あるいはど真ん中にいるっていうところをまず理解することから始めると、 この負のスパイラルというか、なかなか抜け出せないところから、 ちょっと客観視できるようになるのかなと思いますね。 # チャプター 3 まあそういうさ、誰もが強依存的になりうるし、そして誰もが子供がいたら毒親になりうるっていう まあ意識っていうのはすごく大事なのかなと、なんか偉そうに言いますけど、やっぱ思いますよね。怖いなと思いますやっぱり なりうるんだよね。だからそれはさ、やっぱりちゃんと言語化していくというかさ、そうならないように自分に今しめの くさびをひたすら打ち込んでいくみたいな作業っていうのは多分必要だし、それをやってもなおねやっぱり難しいなと思います 僕もさ、こうやって成人苦しいのに語ってるけど、当然子供に対して100%で何かできてるとは思わないし、むしろダメな親なんじゃないかな っていう感じのことすらよく思う。多分ダメな親ですね。どっちかっていうとね。あんまり興味ないんだよね。子供はギリ他人とはいえ興味あるけど 究極的によくわかんないんだよね。僕、前も言ったけど、あんまり共感性とかないからさ、うちの娘とかどういうふうに何を感じてるかとかよくわかんないですよね だから基本、妻の方が多分そういうところはよく子供たちの気分とかさ、そういうのを指して何かやってるような感じがしますけど、言うても僕も変に口出しをしてしまうときもあって、妻に怒られるみたいな やっぱりそういうことがあるからさ、よくないよなーって感じが自分でもするけど、難しいんだよね結局ね。やっぱり子育てってすごく難しくて だからドコ親の問題っていうのはさ、ドコ親をあえて擁護するようなことを最後のチャプターで言っちゃいますけど やっぱり誰もがドコ親になり得ますよね。それは仕方ないことであってさ、しょうがないよね。誰もが100%うまく親をできるわけでもなくて 一瞬自分がドコ親的になる、あるいは一時期ドコ親的になる、それもしょうがない。それぐらい一般的な問題であって、だからドコをやっていくことは30年くらいあるわけですよ そして脅威像みたいなことがずっとあると。これだけ難しいってことなんですよ。世界中みんな苦しいんですよ、このドコ親とかそういう親子関係の脅威像みたいなのはさ そういうふうに考えていくとさ、まあしょうがないですよね。みんながそんな強くて完璧に人生を乗りこなせるわけでもなく、やっぱりどっかで失敗することはあれ それでもさ、なお生きていかなきゃいけない。だからブッダが言う通りさ、人生というのは苦でしかないんですよ、結局。もう生きていくことそのものが苦であるというのは本当にその通りなのという感じで 子供を育てるってことはさ、それ自体はすごく喜びだし楽しいけど、その中には当然苦がある。まあしょうがないよね、それはね。 だからその苦をさ、どうやり過ごしていくかみたいな感じだったら、まあどういうふうに克服していくかっていうことは、でもね、そんな簡単な作業じゃない。その苦しいことにすら依存してしまう。 マイナスをゼロにするっていうのはさ、あんまりプラスじゃないじゃん。結局ゼロになっているだけだからさ。でもそこでなんか十分人はさ、ある種居心地が良くなっちゃう。 マイナスをゼロにすることが、それが自分の存在意義になっちゃうっていうぐらい弱い生き物なんでね。 なかなかね、どこや問題っていうのはね、難しいとかさ、自分自身もどこやになりうるし、誰もがさ、そういうさ、どこやになりうるから、もしご自身が、これを聞いている皆さんがさ、どこやに苦しめられているとしても、 どこやのサイドを攻めることって結構難しいのかなと思う。もう人間だからさ、しょうがないよね。まあね、そんな簡単じゃないよねって感じがするんで。 まあだからなんだって感じがするんですけど、まあそうやって、まあ大事なのは客観的に見ることなのかもしれませんね。 そういう脅威ゾーンにせよ、どこやにせよさ、やっぱり自分と他人の境界線が非常に曖昧になっているっていうのがね、まあこれはよく言われますよね。 脅威ゾーンなんか完全にそうですよね。自分の人生っていうのがよく分からなくなっていって、他人の人生と自分の人生がお互いに溶け込んでしまっているみたいな感じになってくると、 当然、自分が何のために生きているかが分からなくなってくるわけですよ。 で、その時にやっぱり必要なのは客観視することなんだと思います。自分と他人というのは違う。 そして自分なんてものは極の存在しない。それはもう概念であるみたいなことをちゃんと一度立ち止まって考えていく。 で、そうすると自分と他人の境界線、あるいは自分とその自我って言ったらいいんでしょうかね。 まあそういうものの境界線というのも見えるようになっていくと、そしてまあそこで健康的に多分ね、他人と境界線を作ることができあって、 その脅威ゾーンの関係からなんとか断ち切ることができるのかなという感じがしますが、 これも非常に修行的な話なんで、そんな簡単ではないんでね。 できたら苦労しないって感じはしますけど、何をしたらいいんでしょうね。 まあそういう脅威ゾーンとかに苦しんでいる方、なかなかね、やっぱり明確な解決策っていうのはね、 まあ今のところまだね、やっぱないぐらいないんですよね、結局ね。 まあよく言われるもので言うと、なんなんでしょうね、認知行動療法とかっていう話が出たりとか、 あとは、日本はあるんでしょうかな、脅威ゾーンで苦しむ人たちの自助グループって言うんですけど、 同じような状況の方々を集めたグループっていうのがあるんですよね、と今調べたらありました。 あった、やっぱありますね、これしっかりあるんですね、素晴らしいですね。 日本だとCODA JAPAN、CODA-JAPANって団体がありますね。 この団体は脅威ゾーンから回復するプログラムということで、 いわゆる自助グループで、同じように脅威ゾーンの状態で苦しんでいる人たちの話をみんなで聞くことができる。 そしてこれ匿名ですね、匿名でもちろん名前も出さないで、今しかもこれ見たのにスカイプでできるんですね。 オンラインでミーティングができるっていう感じですごいですね、これをちゃんとやってる人たちがいるんですね。 8月もコロナで会場が使用できなくなっててありますけど、一応活動自体はしてるって感じなんで、 もし脅威ゾーンとかで何かピンとくるものがあって、自助グループってものがあるんだ、ちょっと知りたいなって方は是非CODA JAPAN、CODA JAPANとかで調べておいてもらって、 あとは毒親についてもですね、同じように自助グループ調べるとちょいちょい出てくる感じはしますね。 ありますかね、ちょっとこれは毒親ってキーワード自体がかなりふわっとしたキーワードなんで、なかなかパッとこれってのはないんですけど、 調べてくると多分同じような感じで虐待を受けた経験があるような方々の自助グループとかも含めていると出てくるんで、 やっぱりこの自助グループみたいなのを使うことによっておそらく客観視しやすくなるんですよね。 自分の問題は特別ではないんだってことに気がつく。 で、これってのは非常に一般的な問題で、今目の前にいて話してる人も私と同じかそれ以上苦しい経験をしてきたんだ。 で、隣の人もそうだし、隣の人もそうだし、みんなそうじゃんっていう風に感じると、多分自分の陥っている地獄っていうのを少し客観視できると。 で、その客観視することによってちょっとでも前に進めたり、あるいはその語ることによって癒される。 自分と自分の経験をさ、みんなと自分と同じような経験をした人と匿名の状態で語り合うことによって自分の中にあったわざかまりとかさ、 言語化できなかった何かとか、ある種の恨みとかさ、逆に喜びとかそういうものかもしれない。 そういうものって言葉にすることによって形になっていって、マイナスが少しゼロになってまたプラスになっていくっていうことができるんで。 まあね、なかなか自助グループ行ったところでだからって話もなかなか完全にこれが解決策になるっていうこともないんですけど、 まあ一つ、あらゆる問題について実は自助グループっていうものもあって、そういうとこに行って同じような教群の人とお話をしたりすることによって自分の問題を客観視することができたり、 自分の苦しんだ過去っていうのを言葉にすることができて、少しでも前に進めるっていうこともあるんで。 もちろん、今日の話としてはドクオヤとか作業依存って話をしましたけど、結構ね、自助グループは何でもあります。 ギャンブル依存症だってあるし、アルコール依存は本当に多いですね。 アルコール、なんか忘れてた。 なんかありますよね。世界中にいっぱいあるんでね。薬物依存症とかも当然あります。 そういうものもあるんで、もし自分が何かピンとくるものがあれば、自助グループとかを調べてみると、マイナスかゼロになって、ゼロかプラスになるってところまで踏み出せるかなと思いますから。 何かの併品となれば幸いですということでお話をさせていただきました。 # チャプター 4 なかなかね、本当に世の中って難しいですよね。 親子関係って言うとさ、それで子供が生まれてハッピーだって言って、 それで終わりじゃないというかさ、 まあ終わりじゃないですよ、全然。 終わりじゃないよね。 終わりじゃないし、それでドコヤになったり、 まあ虐待の問題になったり、 あるいはまあネグレット、悲しい事件もありましたね。 なんかそういう話があったりとかさ、 まあ人生ってのは本当に大変で、 でもさ、その人生の苦悩ってのはさ、 実はみんな共通してるんですよね。 っていう風に考えると、 僕はやっぱり少し楽になるかなと思うんですよね。 これはまあ僕自身の所感としてね。 自分が今感じている地獄みたいなものはさ、 自分だけじゃないんだっていう風にさ、思えたらさ、 なんか舌を見て安心するようですけど、 でも客観視はできますよね。 自分だけじゃないんだっていうのは、 これはだって事実ですから。 これはもう真理ですよね、本当に。 みんな苦しいんですよ、結局。 自分だけが苦しい思いをしてるわけではない。 自分を苦しめてるその人も苦しいかもしれないし、 まあ自分の隣にいる人、 いかにも幸せそうにしているあの人だって、 何らかの苦しみを抱えているんですよ。 って考えたらさ、 何でしょうね、自分が悲劇の主人公にはなりにくいというかさ、 みんな悲劇の主人公で、 もう世の中主人公だらけで、 てかみんな何、脇役とかいねえんだって感じで、 みんながみんながね、 本当にそれぞれの悲劇っていうのを背負ってるんですよ、 本当に。 なんかドラマティックな言い方をするけどさ、 まあそれは本当にぐったがさ、 人生は苦であるっていうのはまさにそうですよ、本当に。 生きてること自体がもう苦。 これはもうしょうがないよね。 その苦はもう前提なんで、 苦がなくなることはないですよ。 苦しみがなくなることは絶対にないっていう前提で生きていく。 で、その苦しみを少しでも減らしていく。 で、できれば他人の苦しみも取り除いてあげるっていうところまでさ、 できていくと、 まあ人間としてはもう十分合格ラインなのかなと思いますけど、 まあでもそれでもなかなかね、 簡単なことではないよね。 だんだん本当だから修行が必要で、 日々、修行の日々だなという感じで、 いやー頑張ってやっていくしかないよね。 本当に生きていくのはなかなかね、 簡単なことではないっていうことをよく感じますわ、本当に。 まあ子育ちしてると本当に大変だよね、本当にね。 もうね、大変。 もう子供のね、子供って難しいっすよね、本当に子供の育児ってね。 まあこういう話はまたね別途いろいろしていきたいと思いますが、 本当に、まあ皆さんね、夏休みで子供をたくさん面倒見なきゃいけない親御さんも多いと思いますし、 多分ね、うん、なんか言わんとすることわかりますよね。 大変ですよね。 まあ大変だけど、まあね、子供、まあ育児は終わりますからね。 育児はもうだから終わるって考えててさ、 まあ18歳になったらどっか行ってくれって感じで、 もうそれまでの、まあある種、それまでの苦かもしれない。 まあ子供が育っていったら、そんなにもう食って基本的には子育てにまつわる苦悩は多分あんまない。 まあだいぶ減りますよね、あったとしてもね。 だいぶ減るんで、まあそれをもう楽しみって大変だけどさ、 まあそういう、まあいずれ終わっていくもんだっていう風に考えたらさ、 まあ今目の前のその地獄みたいなものさ、 まあなんでしょう多少耐えやすくなると思うんで、 まあ非常に後ろ向きな感じがしますけども、しょうがないんだって、 そこにさ苦しいものがあるんだからさ、それはしょうがないよね。 まあ食ってるものを向き合いながらさ、生きていくしかないっていう、 これはもうね、あらゆることについては同じ。 まあビジネスをやってもそうだし、まあこうやってなんか趣味に打ち込んでもそうだよね。 まあ最後軽くゲームの話をするんですが、 昨日ね、もう結構昨日勝てたんですよ。 もうね、昨日はすごい勝ってたんですよね。 80戦ぐらいやって、もうね勝率が85%ぐらいだったんですよ。 あのスマブラっていう格ゲーですね。 もうかなり、僕の中ではトップクラスに成績が良かったですけど、 ちょっとね、また時間が取れたんで、 あの家に帰る前に時間が取れたんで、やったんですよ。 で、やったらさ、もうなぜかね、もう全くよくわかんない負け方をして、 なんで負けたのかわかんないんだよね、あれね。 自分よりね、明らかにスコアが低い人にさ、負けちゃってさ、すごい苦しかった、マジで。 うわーって感じで、もうね、今日は勝てて、これはもう自分の成長を実感できた、よっしゃーって思って、 それ最後ちょっとやったらボコボコにされて、 はぁーみたいなその自分のさ、培ってきたものがガラガラと崩れるみたいな。 はぁーみたいな、うわーってやっぱ全然まだまだだって感じで打ちのめされましたね。 これは苦ですよ。 皆さんにとってはどうでもいい話かもしれませんが、僕にとっては結構深刻な苦でしたね、これは。 いやー地獄かなと思ったよね、本当にゲームやめたくないの、それあの瞬間ってね。 えーでもね、やめないの、やめないですよ、もうやめればいいじゃんって思うでしょ。 まぁでもなんでもそうなんですよ、もうやめればいいじゃんって思うけど、 僕はまぁそれはね、やめちゃいけないと思ってやってるんで、 まぁうん、頑張ります、はい、自分の修行ひたすら続けていくという感じで、 まぁ格ゲーの話になって終わりましたね。 というわけで、えーまぁ夏休み、えー皆さんも大変だと思いますし、僕も大変だと思いますが、 うん、まぁ頑張ってね、大変な中楽しんでいきましょう。 というわけで、えーまぁそれでは皆さん、良い一日を。 もっと見るAIで稼ぐラジオ by イケハヤイケハヤ07:091.チャプター 109:422.チャプター 207:283.チャプター 304:084.チャプター 4コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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