TOPライフスタイル子育てママの隣のパパ先生〜 教室と家庭の“あいだ”で見つけた、子育ての言葉 〜#318 子育て言葉塾〜責任〜15:17 10月3日 305再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「責任」の常識を問い直す複雑なシステムが生むミスの背景許された自分だからこそ担う責任子どもの失敗を共に乗り越える親の務め自分を許し、次へ進むための問いかけAI文字起こし(β版) # オープニング 子育てに感動。ママのつなぎの現役パパ先生こと、問いかけ屋ユッキー先生です。 このチャンネルでは、ちょっと子育てを頑張りすぎているあなたと、日常の当たり前を問い直し、子育ての本質を一緒に考える、優しい10分間です。 特別支援、コーチング、学校教育、そして父親としての僕自身の経験から、正しい答えではなく、あなたなりの答えを一緒に探していきます。 それでは、今日も自分に子供に問いかけていきましょう。 # アナウンス お知らせ、10月17日、水手師匠と子育て大喜利で指定対決やりますので、ぜひ新宿遊びに来てください。 残り半分ぐらいになりました。 お申し込みお急ぎください。 と、ぜひ、陸上の大阪府陸上競技連盟様の駐隊連様の全国大会出場の署名活動、よければご協力ください。 いろいろ言われてるけどね。 # 本編 おはよう そんな朝を迎えてますかね 今日の言葉塾はですね 責任です 結論ですね 責任とは 許された自分で次をどう生きるかだなって考えたんですよね なんか責任って聞くと 自分でやったんだから責任を取りなさいとか 責任者は誰だとか なんとなく失敗した人が背負うもの 間違えた人が苦しむものみたいなイメージが強くて でもこの陸上の大阪府の専門院教科部の このエントリーミスの話で 僕もリール出したんですけどね 結構思ったんですよね 子育てにおいても ちょっと一緒にね 深掘っていけたらなと思っております ことの発端はですね 大阪の中大連 陸上教育専門部の教科員の皆さんかな 担当っていうのがいるんですけど 全国大会のエントリーって もう先生たちのボランティア精神で成り立ってるんですよ 個人でできなくて それに伴ってそのエントリーにミスがあって 子供たちが大会に 全国大会に出場できないっていう これはね大人側の手続きのミスによったものなんですけど もちろんね 子供がかわいそうだから ルールなんて破ればいいって そんな安易に思ってるわけじゃなくて ルールには理由があって 公正兵もあって締め切りだってある 一度特例を認めたら じゃあ別の大会だったらとか 別のミスだったらとか 他の例えば県大会 不大会都大会レベルだったらどうしたのとか そういう話もなるんですよ だから許す許さないか 特例を認める認めないかとか いろんな立場のお話があると思うんです ただ今回に限ってではないんですけど これご自身でのエントリーでも 自分の所属の学校のエントリーでもないんですよ これ僕もエントリーミスってやったことがあって 本当に頭下げたことが何度もあって どう考えてもミスが起こるシステムなんですよね だからもっと上の 管理しているところに言及してですね もっとそういう人のミスで 傷つく子供が出ないような 仕組みを作ることも大事なんですけど そこには時間もかかって だって先生たちは全員でやってくれてるわけですよ 休みをしんで 平日の仕事も なんとか終わらせてとか 出張にしてもらってとかで 本当に大変なんですよ 宿泊、記録の確認、風邪の確認 ウェアの確認 大会の云々の記録とか 青年合併とか宿とか宿泊とか 何時のバスだとか 部屋割りとか とんでもない量の情報を 私物とパソコンでどうにかやるんですよね 自分たちで間違いないように みんなでチェックしてみたいな そこまでやってくれてて いざ当たり前のようにエントリーできてるけど ミスったらもう全てで叩くみたいな だから今回立ち上がっているのは 僕は保護者の方々が どうにか救済よということで いろいろつべこべ言わずに 助けてあげたいなと 僕もエントリー作業やったんですけど 本当大変で本当煩雑で 誰がやってもミスが起きても仕方ないシステムなんですよ もちろんこのシステムを見直すために もっとこうしていこうよという意見も 言っていくつもりでもあるんですけど 今救うべきは今足踏まれてるんだから その足をどけるっていう これで僕もリール出したら コメント欄とかで変に荒れたりするんですけど そんな特例を許すべきではないとか ありがたいコメントとともにね いろいろなご意見いただくわけですよ それ都大会でも記録ビリの子でも それやってあげるのかみたいな もうするよと ただ ただね それがどうやっても 人様にお願いしなきゃいけないものであるとか 自分の親がやるものとか でもまた変わってくるとともにですよ 手の届く範囲やってんだから いいじゃねえかっていう話なんですよ じゃあコンビニで熊本ボキにしたら いや福井の時はやったのか 中越はやったのかと 東日本はやったのかと 阪神淡路の時にはやったのかと なんか手の届く範囲のことしてて じゃああっちはどうだとかって ほんと不毛だなと思っていて そんなことはわざわざ インスタで戦ったりはしないんですけど ただ僕の母医師では 子育て母医師なので 本質たどってみたらやっぱ責任だなっていう SNSでもそういう話にもなったんですけど 全部を救えないなら 一人も救っちゃいけないのかみたいな 全てのケース許せないなら 一度も許しちゃいけないのかみたいな 一人金髪許したら 全員の金髪許さなきゃいけないのかみたいな しょうもない話で 許すというよりも奥にもっと責任という言葉がある気がしたんですよね だから子育てにおいても 責任を取るってなんだろうと思って やめること謝ること罰を受けること苦しむこと もちろん間違えたら謝るし 必要なら償うし 同じことが起きないように仕組みを変える それは必要だと思うんですけど その人が苦しむことと責任を取ることって 完璧に同じじゃないなって今回思ったんですよね 誰かが大きなミスをすると どっかでそれ相応に苦しんでほしい みたいな感覚を持つことがあると思うんですよ だったら今回のエントリーも含めて じゃあやらないよってなりますよね 僕も本当やりたくなかったですもん 責任が怖くて 退化もないし だから何の罪のない人が苦しんでいるのに それもちょっと語弊あるけど ミスした側だけが普通に生きていたら納得できない その感覚はわからなくもないけど 一回問い直した方がいいなと その人が苦しみ続けたら 失ったものは戻ってくるんでしょうかね その人を罰し続けたら 次のミスはなくなるんでしょうかね 責任を重くして重くして過去を縛り付けたら 次は啓発になるのかっていったら 自分に向かわせる言葉にはならないなと思って 間違えた謝った迷惑かけた許してもらった じゃあそこで終わりじゃないっていう 結局責任っていうのは どこかで子育てにおいては 許してもらう前提でなければならないなっていう 許してもらった自分で次何をするのか 同じことが起きないために何を変えるのか成長するのか 今度誰かが失敗した時にどんな自分でいられるのか だから僕にとって責任っていうのは 間違えた自分を罰し続けるってはなくて 許された自分で次どう生きるかなんじゃないかなって思うんですよね これ子育てでもそうですよね ジュースをこぼす壊す傷つけた約束破った忘れ物をした そんな時につい自分でやったんだからみたいな 別に悪い言葉じゃないと思うんですよ 自分の行動には結果があるし大切なことですよ でも責任を取らせることと困らせることは 同じなのかなって気をつけないと混ざりすぎちゃう 僕がここでよく話す味噌汁こぼした時も 自分でこぼしたんだから自分で拭きなさいっていうこともできるし 言ったことも何度もあるんですけど でも僕は大丈夫大丈夫 片付け手伝わせてもらってもいいっていうことがあるしそうしてるんですよね 助けているから責任を奪っているようにも見えるかもしれないけど でも僕はそうは思わなくて 一緒に拭いたって親が半分拭いたって助けてあげてもいいんですよ 助けてもらったからといって起きたことがなくなるわけじゃないし 責任も別に変わらないですよね 失敗したら一人で全部背負わなければならない そういうことを責任を通して教えなくていいのが子育てだなと思っていて 誰かに迷惑かけたらごめんとか手伝ってって 誰かがいいよって言ってくれる一緒に片付けてくれる だから次どうしようかなって思うエネルギーを少し残せてるんじゃないかなと思って だから僕の中でもう一つ言葉が変わったなってちょっとだけ 許す 許すっていうのは責任をなくすことじゃなくて 許すことで責任の向きが変わる それは罰に向かってた償いに向かってたものを未来へ向けて運び出すみたいな なんかそんなイメージに変わるんじゃないかな 多分きっとお釈迦様の悟りの中の慈しみとかもそうなんじゃないかなって思うんですよね そう友達傷つけてもういいよって言ってくれて 許してもらってよかったねだけじゃなくて今度はそこから責任が始まって 許してくれた友達と明日からどう関わるのかができるから責任って 教育的価値があるんじゃないかなっていうことですよね 許された後自分がどう生きるか そこまで含めて責任なのかもしれないなって なんか子供が失敗した時いつか僕はねこんな問いを渡せる親でいたいなと思いますね さあ次はどうしよう まあ今のね責任をもちろん失敗をかみしめた上でですけど なんかなんでとかどうしたい # 本編2 どこまで話したっけな。 まあね、なんか責任取りなさいとかじゃなくて、理由を聞くことも必要だけど、 過去は変えられないけど、失敗した子供の顔をずっと後ろ向かせるんじゃなくて、少し前を向けるといい。 さあ、こっからどう行きましょうか、っていう。 そこに子供たちのメンタルの状態とか、たくましさに合わせて一緒に走ってあげたり、背中を押してあげたり、手を引いてあげたり、 これは甘やかしじゃなくて助けるっていうこと。 助けることと責任を奪うことは違うので、全然許すこともなかったことにすることでもないから。 許された経験があるから人は失敗した自分を捨てずに次へ進めるのかなって思うんですよね。 今いいこと言ったな。 許された経験があるから失敗した自分を捨てずに済む。 これいいね。 そうだよ、許された経験があるから人は失敗した自分を捨てずにいられる。 そして次に進めるんですよね。 責任を背負って、次にどう生きるかを考える。 そこまでが責任と思ったら、ちょっとそこの余力、エネルギーをちょっと渡してあるのも、 親とか大人の務めだったりもするのかなって思ったりしました。 明日子供とどう関わるか、親としての責任かもしれませんが、 そこにも余白じゃない、余力を少し与えてあげるのも僕らの責任なのかなって、 そういう子育てを通して、マネジメントとかも少しあるけど、 人に優しく、子育てをきっかけに人により優しくなっているような気はしたりしますね。 改めて、責任とは間違えた自分を罰し続けることではなくて、 許された自分で次をどう生きるか。 いい回だった気がするな。 最後に、あなた自身にも問いを置いて終わりたいと思います。 ちゃんと自分も許してくださいね。 まだ自分を許せないことってありませんかね。 これ以上自分を罰することが責任ではないかもしれませんよ。 一度、口だけでも意識だけでもいいので、一度、一度、もう一度自分は、 ぜひ許してあげてみてください。 起こりすぎたこととか、ちょっとひどい言い方したとか、 それも許してあげて、責任から逃げるんじゃなくて、 その責任を持って、いい生き直しを見せてあげることまでが、 成長というのの責任だったりするのかなと思います。 一緒に責任抱えて、一緒に余力になりましょう。 子育てに感動。 では、今日も60%ぐらいでいってらっしゃい。 またねー。 # コメント返し コメント返していきたいとおもいます。 感動のところ土屋さん。 泣けないのもあるし泣きたくないのもあります。 バレるのが嫌なのかな。素直じゃない。 とはまた違う。何だろう。 泣くのバレたくないですね。 僕泣くことに対して恥ずかしさは一切ないから。 恥ずかしさじゃないか。 泣く姿を見せたくないみたいな強さを出したくなる方って結構いますよね。 もちろん人には泣いたっていいんだよって言うんですけど自分の涙が嫌だみたいな。 あれ何でですかね。 やっぱ泣いてる顔は崩れてるからかな。 人から見ると美しいんですけどね。 だから自分の泣いてる顔ってやっぱ好きじゃないことって結構あったりはしますよね。 ここは深い。泣き顔はなぜ人には見せたくないのか。 ちょっと問い直してみたいと思います。 今日も60%ぐらいでいってらっしゃい。 # クロージング 最後まで聞いてくれてありがとう。 今日の問いが、あなたの子育てを少しだけ優しくするきっかけになれたら嬉しいです。 そして、子育ては一人で考えなくていいと思っています。 パパ、ママが一緒に問い直したり、悩んだり笑ったりできるコミュニティもやっておりますので、気になる方は概要欄から覗いてみてください。 正しい子育てより、あなたとその子らしい子育てを。 今日もいってらっしゃい。 ユキでした。 もっと見る #子育て #教育 #問いかけ #学校 #思春期 #不登校 #発達 #言葉選び #発達特性 ママの隣のパパ先生〜 教室と家庭の“あいだ”で見つけた、子育ての言葉 〜問いかけ屋ゆっきー先生@【特別支援×コーチング×子育て】00:331.オープニングhttps://amzn.asia/d/0iq4YQtH00:292.アナウンス10:003.本編02:554.本編200:545.コメント返し00:286.クロージングコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 土屋綾乃10月3日責任っていう言葉、複雑な気持ちになります…押し付けられたことがあるから。押し付けられる責任と、自分で背負う責任とでは全然違いますよね🤔以前あったプールの水問題や今回のこの出来事から、責任を問うのではなく許すことや改善への動きについてもっと考えたくなりました。返信
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#317 子育て言葉塾〜感動〜 17分・10月2日・ 239再生AI目次"感動"の問い直し、その本質喜びだけではない感動の多様性とは"泣けない"筆者が涙した瞬間混合感情が示す儚さの正体子どもの心を育む感動の問いかけ
押し付けられる責任と、自分で背負う責任とでは全然違いますよね🤔
以前あったプールの水問題や今回のこの出来事から、責任を問うのではなく許すことや改善への動きについてもっと考えたくなりました。