TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第645話 【御萩】と【牡丹餅】08:49 9月26日 63再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次おはぎとぼたもち、季節で変わる呼称の謎同じ食べ物に異なる名を贈る日本文化合理性だけではない呼び分けの深い意味文道の現場に見る所作と心持ちの変化二つの名前が伝える季節と心の移ろいAI文字起こし(β版) # 今日はどんな日? 日々気付きだより佐藤美奈子です。今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、毎朝、平安の行事、季節の移ろい、当地の人の暮らし、そして荘族のこと、その日の暦を一つお話ししています。 千年前の営みが、今の暮らしや仕事にどう繋がっているのか、毎朝一つお届けしています。 はい、昨日は、中秋の明月のお話をしました。 今日はお彼岸の最終日です。彼岸明けとも言いますね。 この期間にお供えするのが、おはぎですね。 # おはぎとぼたもち みなさん、おはぎとぼたもち、2つありますが、この2つ同じものです。 まあ、ほとんどの方がご存知だと思うのですけれども、まだまだ私も小さい頃、 なんで秋になるとおはぎで、春だとぼたもちなのか、みたいな、すごく不思議に思ったことがあって、 小学校の時ですかね、スーパーに並んでいる、このおはぎ、またぼたもちを見て、 見た目同じなんだけど名前違うということに、その時気づいて調べた記憶があります。 春はぼたんの花にちなんでぼたもち。ぼたんもちと書いてぼたもち。 秋はハギの花にちなんで、オンハギと書いておはぎ。同じ食べ物を季節で呼び分けているんですね。 さて、ここで使われているあずき、いわゆるあんこ。あずきはなぜあずきなのか、ですけれども、 あずきは赤い色をしています。あずきの赤は邪気をはらう色とされてきました。 お祝いごとにも、弔いごとにも使われています。 お米とあずきと砂糖。このその時代ですね、手に入る中で一番大切なものを合わせてご先祖様にお供えする。 9月10日に天空の話をしましたけれども、砂糖のない時代、甘いものがどれだけ貴重だったか。 その甘いものを備えるわけですね。 さて、ここからが今日のお話なんですけれども、1年に2度のお祈願の度に、同じものを名前だけ変えて作っているわけです。 合理的に考えれば、呼び分ける必要はないわけです。まあ、同じものですから。 それでも呼び分けてきたのは、なぜなのか。 まあ、いろんな諸説あるかもしれませんけれども、その季節に咲いている花の名で呼びたかったからでしょう。 私はそう思いたいです。 食べ物に季節の名前を貸してあげる。なんて美しい話ではないでしょうか。 とっても好きなこの名前を貸す、季節の名前を食べ物にも貸してあげるというこの感覚がとっても私は好きです。 文道の現場でも同じ小族を同じ手順で扱いながらも、手の在り方が変わるということもあります。 稽古場で受講生さんの方にお伝えするときは、布がどう動くのか、衣がどう動くのか、どこに気を配るのかが見えるように少し手を止める場面というのがあります。 うまくいかなければ一度戻ってもう一度お見せします。 ご自身の手で気づいていただくために私が一歩引くことだってあります。 逆に私が私の手で見せすぎてしまっても、気づきを得ないで進んでしまうということがあるからです。 一方で、お方様をお迎えしてのおふくあげでは、同じ動きでも私たちの手が前に出すぎないようにします。 衣を重ねて形を整えながら、お方様のお姿が自然に美しくなっていく、その時間を大切にしたいからです。 お方様あってのおふくあげですからね。 お方様のお姿が自然にということは、私たちが人工的に作り込まないということが一番重要になっていきます。 その方の体に衣を重ねていくと、それこそ肩のラインだとか腰回りだとか、 いろんなシルエットに沿って、そして地球の重力に逆らわずにすっと降りてきた落ち方というのは、人それぞれやっぱり違うんですよね。 それを活かしてそのままお付けするというのが、やはり自然な美しさだと思います。 お稽古の時とおふくあげの時、手順というものを比べてみれば、ほとんど同じことをします。 重なっていくことというのはたくさんあるんですけれども、その言葉を心に置くと、 ポロモを持つ指先ですとか、手を離す間合いだとか、配慮するべきことというのがやっぱり変わるんですよね。 少し強引かもしれませんけれども、春のおはぎをボタモチと呼んで、秋にはおはぎと呼ぶように、 お稽古のおふくあげと、お方様へのおふくあげではちょっと違う。 同じことを繰り返しているようで、そこに込めていく心というのは、その時々で違うのだと思うし、違って良いのかなというふうに思います。 同じものを名前だけ変えて作っている。ボタモチとおはぎ。 無駄なことだと思われるかもしれませんが、私はとてもこれは大事なことなのかなと思います。 同じ手順でも、春にやるのと秋にやるのでは心持ちも違いますし、その違いを名前が引き受けてくれています。 例えば、12人へのイベントも、同じ12人へのおふくあげ、いわゆる着装の体験会だとしても、春の体験会と秋の体験会では、名前も私も変えますし、やはり内容も変えていきます。 やはり秋というのは、その先の冬に向けて少し重々しくやる。そんな感じがありますね。 春にやる場合は、夏に向けて軽やかに済むような内容に変えています。同じことでも季節で変えます。 ボタモチといえば春の気分、おはぎといえば秋の気分になる。中身は同じなんですけどね。けれども作る人の手というのは多分違っているはずです。 お菓子屋さん、和菓子屋さん、そういうところに聞いてみたいものですね。やっぱり同じものでも、違う心持ちで作ってらっしゃると思うんですよね。 もう私の仕事にも同じことです。同じ結び方でも、お祝いの場とそうでない場では手つきも変わるし、技としては同じなんだけれども、やっぱりチョコは同じではない。 そしてそれを区別するのは、大抵言葉で変わっていく。名前を分けておくと、体の方がその名前についてきます。 千年同じものを二つの名前で呼んできた。その分、季節を二度感じてきたということではないでしょうか。 今日は飛眼明けです。七日間の最後の日です。 明日は、源氏物語の月の話をします。月の場面がなぜ別れや思い出と結びつくのか。 そんな少し情緒的なお話になると思いますが、お楽しみになさってください。 それではまた。ごきげんよう。 もっと見る #おはぎ #小豆 #邪気を払う #彼岸明け #ほたもち 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ00:441.今日はどんな日?08:062.おはぎとぼたもちコメント感想・質問・応援メッセージを書こう みー9月26日佐藤先生、楽しく聴かせて頂きました。おはぎとぼたもち、江戸時代の言葉遊びとの事ですが 夏は 夜舟 冬は 北窓 とも申します。日本国は心が豊かになる言葉に満ち溢れておりますね。配信ありがとうございます。 ごきげんよう。1返信 さとうみなこ9月27日貴重なお話、ありがとうございます😊
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日本国は心が豊かになる言葉に満ち溢れておりますね。配信ありがとうございます。 ごきげんよう。