TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第644話 【月の宴】水面に映った月を観る09:27 9月25日 39再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「中秋の明月」と平安の「歓月」月を直接見ない、平安貴族の知恵水面に映す月が心を動かす理由着付けの鏡が教える「距離」の価値とどまらない月が心に残すものとはAI文字起こし(β版) # 月の宴 日々気付きであり佐藤美奈子です。今日もお聞きいただきありがとうございます。このチャンネルでは毎朝、平安の行事、季節の移ろい、 当時の人の暮らし、そして消息のこと、その日の暦を一つお話ししています。 千年前の営みが今の暮らしや仕事にどうつながっているのか、毎朝一つお届けしています。 昨日は平安の香りのお話をしました。今日はお月様の話です。 中秋の明月。旧暦の8月15日の月をそう呼びます。旧暦に基づくので、新暦では年ごとに日付がちょっと動きますね。 おおむね9月中旬から10月初めの間、そこが中秋の明月とされています。 歓月という言葉、聞いたことあるでしょうか。歓賞するなどの歓に月と書いて歓月。 水木とも呼んで、水木有沙さんのお名前の水木は歓月とも呼びます。 あとはこの歓月というお菓子があったような記憶もあります。とてもあのみやびな言い方です。 特に中秋の明月の歓賞をすることや、いわゆるお月見のみやびな言い方です。 歓月を覚えておいてください。 さて平安の歓月は大変凝ったものだと言われています。 まずこれを聞いていただきたいのですが、月を直接見上げないということ。 月は直接ぐっと空を見て見上げないということ。ではどうするのか。 池に船を出して水面に映った月を眺める。あるいは、杯に注いだ酒に映る月を見る。 風情がありますね。なぜそんなことをするのか。 これは直接見るより、映ったものの方が心を動かすと考えたからです。 水は揺れます。揺れる月はとどまりません。 とどまらないものを見ながら人は自分の思うことを重ねていきます。 つまり月を見ているようで、自分の心の方を見ているというわけです。 月見が見る行事ではなくて思う行事だったことが、この言葉によく表れています。 なお芋を供えるので、芋明月とも言います。 この時期に里芋の収穫期が重なるために、採れたての里芋をお供えしたことに由来します。 里芋の収穫を祝う民間の行事です。 そして貴族たちは月の宴、月の縁を催します。 歓弦を演奏しながら、歌や和歌を読んで、そして酒月に映る月を見る夜の話です。 例えば着付けの稽古では、人に着物を着せた後に、鏡の前に立っていただく時間というものがあります。 ご確認もいただきたいわけですからね。 着付けをしている間というのは、襟元や帯の形や裾の長さなど、細かなところに目が向きます。 けれども近くばかり見ていると、かえって全体がわからなくなることがあります。 これは技術者側のちょっとした気をつけなければいけないことなんですね。 例えば襟元を整えているうちに裾の流れが乱れていたり、帯の形をきれいに整えることに集中してしまって、立った姿全体の印象を見失ったり、そんなことよくあるんです。 特に習い始めの方は多いかなと思います。 だから私は時々手を止めて、一歩離れたところから全体を見るようにしています。 すると近くで見ているときには気づかなかったことが見えてきます。 そして着せ終わった後に鏡の前に立っていただいたり、また私もそのお客様と同じ目線で、同じ方向から鏡を見ていますと、ふっとお客様の表情が変わる瞬間もあります。 さっきまで見ていた姿を今度は御本人が初めて私と一緒に確認をしていただくときに、大事なのは私は直接お客様を見るのではなくて、お客様が写っている鏡を二人で見るということがとても大切になります。 鏡に写った着付けの仕上がりを確認するためのものだけでは実はなくて、その鏡の中に写ったご自身をいつもの自分とは違う美しく着せていただいた自分を見て、何か別人を見ているような、そんな雰囲気のお顔をすることもあります。 着物を着ることで生まれたちょっと別の自分を見ていただいて、その時に着物を着た時にちょっとした仕草が柔らかくなるとか美しくなるとか、そういうことに鏡を見て気づいていただく、鏡が静かに見せてくれるという瞬間があります。 なので、その着物の姿をその都度その都度鏡を見て確認していただくということはとても大事なことで、しかも私もその写っている鏡を見て最終確認をする。それがとても良い時間ですね。お客様との感覚を同じにするということはとても大事です。 自分を少し遠くから見せてくれるもの、それが鏡ですけれども、月夜の日にこの水面に映った月を見るというものも、やはりそのまま見るという月よりも、この水面に映った月を見るという方が本来の姿が見えるのかもしれません。 直接見るというよりも映ったものの方が心を動かしますよね。これは私の稽古場でも毎日起きていることです。 実際、着付けの練習をするときというのは、鏡を実は私たちは使わないんです。実際、鏡を使いながらやるということは、自分でお着物を着る、自装の方は必要ですけれども、他装、人に対して着物を着せするという場面では、あまり鏡を多用しすぎると本来のものが見えないということもあります。 ですけれども、自分の手元を直接見るのと鏡に映して見るのでは全く違うので、仕上がったときに見ていただくこともあります。 直接見ると近すぎるので、見えているのに分からなくなっているということがあります。 鏡に映すと少し離れて見るということができるので、他人の目として、第三者の目として見ることになり、それが距離ができることで初めて見えてくるものもあって、確認としてはその最後に見るということが一番良いです。 しかも、お客様の目線と同じ高さから見るということがとても重要になります。 自分の姿を自分で見ていただく。 そうすると、お客様は今まで見ていなかった自分の姿も映し出された鏡を見て、ちょっと恥ずかしがられたり、ちょっとうれしくなったりするわけです。 平安の人というのは、杯の先に月を映していました。 揺れる水面に、とどまらないものを映していたわけです。 とどまらないから、見た人の中に残るのだと思います。 今日は中秋の明月の頃です。 もし晴れていたら、一度水に映してご覧になってみてください。 バケツというと、ちょっとあまり風情がないので、何かお酒を入れる杯などございましたら、ぜひ美味しい日本酒を入れて映してみてはいかがでしょうか。 私もやってみたいと思います。 明日は飛眼明けです。 おはぎとぼたもちのお話をします。 それではまた。ごきげんよう。 もっと見る #中秋の名月 #仲秋の候 #鏡越し #盃に映す #観月 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ09:271.月の宴コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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