TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第663話 一尾の鮭が、都へ届くまで15:37 10月14日 67再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次平安貴族の食卓を彩った秋鮭「縁起式」が語る楚割鮭の輸送都へ届く鮭を支えた人々の営み装束から学ぶ「物の道のり」の真実日々の暮らしに秘められた歴史と恩恵AI文字起こし(β版) # 今日の話は? 日々気付きだより佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、毎朝、平安の行事、季節の移ろい、 当時の人の暮らし、そしてコロモのこと、その日の暦を一つお話ししています。 千年前の営みが、今の暮らしや仕事にどう繋がっているのか、 毎朝一つお届けしています。 10月14日、おはようございます。 秋も深まってきて、そろそろ秋鮭のおいしい季節になりましたね。 鮭、お好きでしょうか。 私はとても大好きです。東北生まれということもあって、 北海道からのおいしい鮭が青森まで、もうすぐ市場には出回るので、 いつもいつもおいしくいただきます。 ちょっとフライにしてみたりとか、あとはソテーのようにしてみたり、 そういうふうにして季節の味を楽しんでいます。 秋鮭、秋鮭というのは、産卵のために生まれ故郷の川へ戻ってくる鮭のことです。 秋味とも呼ばれていて、北の地方では秋の訪れを知らせる魚でもあります。 毎年この時期になると、遠い海で育った鮭が再び川を登ってきます。 考えてみると、とても不思議なことですよね。 生まれた川を離れて、広い海で何年も過ごして、 また同じ場所へ目指して帰ってくるのですから、とても不思議です。 そんな鮭ですが、実は平安時代の記録にもきちんと登場しているんだそうです。 しかも、ただ鮭を食べていましたというだけではありません。 どの国からどのような形で都へ届けられていたのか、 そのことまで細かく書き残されているんですね。 今日は、千年前の食卓を支えていた鮭の長い旅についてお話をしてみたいと思います。 # 楚割鮭(すわやりざけ) みなさんは縁起式という書物をご存知でしょうか。 なかなかこの平安文化ですとか、そういう儀礼文化というんでしょうか。 裕足故実、そういうことを好きじゃない方であれば、ちょっと聞いたことがないかもしれません。 平安時代の10世紀頃にまとめられた朝廷の様々な決まり事を記した書物、縁起式と言います。 宮中の儀式ですとか、あとは親口書の仕事、そして全国の国々から納められる品物についても、たくさん詳しく書かれている書物です。 今の私たちからすると少し堅苦しい記録のようにも思えるんですけれども、読んでみると当時の人々がどのようなものを食べて、何を使ってどのように暮らしていたのかが見えてきます。 私はこういう記録ものとか日記ものというのがとても好きです。 華やかな物語にはあまり登場しない、暮らしの裏側が見えてくるからとても好きです。 何かその時代が近くなるような感じがします。 さてその縁起式に鮭が登場します。 しかもいろんな形で記されています。 生鮭、これは生の鮭ですね。 そして諏訪槍鮭。 諏訪槍というのは魚の身を細長く裂いて干した保存食です。 これ鮭とばとかね、私大好きなおつまみありますけどそれに近いものでしょうかね。 さらに鮭の子、鮭の卵、今の筋子にあたるものですね。 魚の身だけではなくて卵まで都へ届けられていた、そんな記述があるんだそうです。 これを知った時に私は少し驚きました。 というのも鮭が獲れる北国と都の京都は随分離れているからです。 今だったら冷蔵ですとか冷凍の技術がありますし、電車で運ぶこともあるし、高速道路がありますし、飛行機で運ぶことだってあります。 トラックや飛行機で新鮮な魚を遠くまで届けることが今はできますけれども、千年前はそうはいきません、もちろん。 ではどうしていたのでしょうか。 比較的都に近い若さや単語などからは、生鮭も収められていたようです。 一方でシナノやエチゴといった遠い国からは、諏訪槍のように保存できる形に加工した鮭が届けられています。 獲った魚をそのまま運べば良いわけではなくて、内臓を取って身を裂いて干す、痛まないように時間をかけて整えている、そして都までの道のりを運んできているわけです。 一備の鮭が今日の食卓へ届くまでにどれほど多くの人の手が必要だったのでしょうか。 川で鮭を取る人がいて、魚を加工する人がいます。荷をまとめる人、運ぶ人、受け取る人がいます。 その誰か一人の仕事が欠けたとしても、遠い国の鮭は都まで届かなかったかもしれません。 私たちがこの源氏物語なので思い浮かべる平安の都というのは、とてもみやびな世界ですね。 美しい装束をまとった貴族たちが和歌を読んで、音楽を楽しんで、季節の行事を重ねています。 けれども、その暮らしは都の中だけで成り立っていたわけではないわけです。 遠く離れた土地で日々働く人がいましたし、北国から届く鮭もその一つだったわけです。 私はこういう記録に出会うたびに、目の前にあるものの向こうには、自分が知らない長い道のりがあるのだと感じます。 そして、このことは江門道の仕事にも通じています。 江門道の講習では、受講生の皆さんと一緒に装束を広げる時間があります。 これは確認をするということを必ず、えもんじゃたるものしなければいけませんので、 皆さんと一枚ずつ衣を取り出して、もう一回畳み直したりします。 重なりを確かめたり、一枚一枚の例えばシワがないか、折ったところが正しいところで折れているかとか、そういうことを確認します。 これからのおふくあげに向けて、支度をしていくわけです。 もちろんこれは美しく染められた衣ですし、細やかに折られた文様があったりとかして、 それはそれは美しいので、それをきちんと守る、それが私たちの仕事です。 そして、体に沿うようにきちんと裕足固実に則って仕立てられた形があります。 目の前にあるのは一枚の装束ですけれども、私は時々この一枚が凍えくるまでのことを考えます。 常に考えるようにしているといった方がいいかもしれません。 最初から衣の形をしていたわけではありませんよね。 これは普通のお着物も、今の現代の和服も全部そうです。 おかえこさんが糸を剥いて、その糸を取って、染めて折って仕立てていく。 それぞれの仕事には専門の技を持った方々がいらっしゃいます。 一人で最初から最後まで作り上げたものではないわけですよね。 そしてその方々の仕事が終わってようやく私たちの手元へ届きます。 けれど、そこで終わりではありません。 今度は私たち獲物者が、その装束をお預かりするということになります。 お方様のお姿を美しく整えて、役目を終えた後はまた一枚ずつ元の形へ戻していきます。 そして次に装束を扱う方へ、良い状態で渡していく。 そのように考えてみると、私たちもまた長い仕事の途中にいるわけです。 本当にね、やって終わったではないんですよね。 途中なんですよね。せめてが途中です。 私が扱った12人も、もしかしたら次の週に別の獲物者が使うことだってあるからです。 装束を作った方々から受け取って、次の方へ繋いでいく。 自分の手が始まりでも終わりでもない。 私はこのこと、あの受講生の方、着付けの受講生の方、 エモン座の方々にも、技術とともにそうしたことを知っていただきたいと思っています。 高価な装束だから大切に使う。 それもとても大事な考え方ではありますけれども、 私は値段よりも、その1枚が生まれるまでにどれほどの手間と時間がかかっているのかを知ってほしいなと思っています。 誰かが糸を取って、誰かが染めて、誰かが折って、そしてどなたかが仕立ててくださったわけですよね。 その方々のお顔を私たちは知らないこともあるし、もうほぼ知らないでしょう。 一度もお会いしたことがないまま、その仕事だけを受け取っているんです。 でも、知らないからといってその方々の仕事がなくなるわけではなくて、 むしろ目の前の装束にはその人たちがかけてきた時間がきちんと残っている、そういうものだと思っています。 それを知ると、この衣に触れる手も少し変わるのではないでしょうか。 今までちょっと扱いが荒かったなぁと思う方は、ちょっと考えてみていただきたいなと思います。 私たちが今扱っているのは、ただの1枚の布ではありません。 ここに届くまでのたくさんの仕事をお預かりしている。 それをきちんと、これは肝に銘じてという言葉が一番合うかな。 肝に銘じて預かって、そしてその次に繋いでいく。 そういうことをしていきたいですね。 # 鮭がおいしい季節 はい、今日の酒の話に戻りますね。 千年前の都では、北国から運ばれてきた酒が、食卓に上っていました。 けれど、その酒が取れた川を、都の人が実際に見たことがあったとは限りません。 雪の降る土地を知らないまま、北国の酒を口にしていた人もいたでしょう。 それでも縁起式という書物には、その産地が書き残されています。 どこの国から何が、どれほど収められているのか、そうした記録が細かく残っているのです。 もちろん記録があったからといって、食べる人の誰もが、その道のりを知っていたわけではないと思います。 けれども、千年前の品物がどこから来たものなのか、今の私たちがその記録を辿ることができるんですよね。 私はとてもそれがありがたいことだと思うんです。 今は何でも簡単に手に入る時代です。 食べ物も衣服も道具も、欲しいものがあれば遠くの土地から届けてもらえますよね。 ポチッと押せば、もう次の日には届くという時代です。 あまりに便利なので、そのことを忘れてしまうことがあります。 お店に並んでいるものは最初からそこにあったように思えてしまうんですよね。 でも本当は違います。どんなものにも、そこへ届くまでの道のりがあります。 育てた人がいて、作った人がいて、運んだ人がいる。 その途中には私たちの知らない苦労や工夫もあったはずです。 私は物を大切にするということは、ただ丁寧に扱うことだけではないように思っています。 皆さんはどうでしょうか。 その物がどこから来たのかとか、どんな人が関わってきたのか、 そこにほんの少し思いを寄せることも大切にするということの一つなのだと信じながら、 私はいろんな物を扱っています。 大事にしてくださいって言われるよりも、 その物が生まれるまでの話を聞いた方が自然と手が優しくなることがあります。 それは決まりを守ろうとしているわけではなくて、 その向こうにいる人のことが少し見えてきたからかもしれません。 そういうふうなことに気づくというか、 見えていってほしいなと思って日々私は生徒さんと向き合っています。 私たちは普段完成した物を見ています。 お客様が持ってくる物というのは美しく仕立てられた物、 最後に私たちが扱っているわけですからね。 食卓に並ぶ空き酒もすでに整えられた姿です。 けれども完成した物だけ見てみたら、そこまでの長い時間はなかなか想像できません。 だから時にはその道のりを思い浮かべてみる。 するといつも見ている物が少し違って見えませんか。 目の前にある物の向こうにはまだ自分の知らない世界が広がっている ということを教えてくれる昔の記録がとても好きです。 今日は空き酒のお話でした。 平安時代の縁起式という書物には、 生の酒や諏訪やり酒、そして酒の子供までさまざまな形で記録されています。 遠く離れた土地からたくさんの人の手を経て都へ運ばれてきた酒、 千年前の食卓もそうした仕事に支えられていたんですね。 今日もしも鮭を召し上がる機会があったら、 どこの土地から来たものなのか少し気にしてみてください。 そしてその鮭がここへ届くまでの道のりを想像してみてください。 きっといつもの一口が少し違ったものに感じられると思います。 美味しい季節です。 遠くの土地から届いた秋の恵みをどうぞ味わってみましょう。 それではまた。ごきげんよう。 もっと見る #二十四節気 #七十二候 #秋鮭 #衣と暦 #延喜式 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ02:151.今日の話は?08:582.楚割鮭(すわやりざけ)04:253.鮭がおいしい季節コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
第666話 新米を、まず神さまへ 13分・一昨日・ 42再生AI目次「新米をまず神様へ」平安の智慧稲作と「衣」に宿る感謝の祈り「良いものをまず誰かのため」仕事術自分の喜びより先に「誰かを想う」「いただきます」千年の感謝と恵み
第665話 琵琶の音から、弾く人が見えてくる 13分・10月16日・ 49再生AI目次平安貴族の琵琶:女性も奏でた優雅な音色源氏物語に学ぶ、技は「かきあわせ」に宿る姿見えぬ琵琶の音に込められた心のあり方着付けの心:最初の所作に表れるプロの技小さな変化を見抜く、聴き手の感性とは
第664話 菊の節句は九月、菊が咲くのは十月? 15分・10月15日・ 74再生AI目次菊の節句と開花時期の不思議なずれ新暦と旧暦が変えた行事の風景重陽の節句が現代で薄れた理由暦と現実の季節感を繋ぐ工夫とは伝統継承と日々の暮らしの調和
第663話 一尾の鮭が、都へ届くまで 16分・10月14日・ 67再生AI目次平安貴族の食卓を彩った秋鮭「縁起式」が語る楚割鮭の輸送都へ届く鮭を支えた人々の営み装束から学ぶ「物の道のり」の真実日々の暮らしに秘められた歴史と恩恵
第662話 【平安の女性】なぜ眉を抜き、歯を黒くしたのか 14分・10月13日・ 81再生AI目次平安女性の顔:現代と異なる化粧の謎薄明かりの生活:引き眉とおは黒の意味高貴さの表れ:白い肌に隠された価値観装束と所作:美を形作る生活様式1000年後の視点:美意識の変遷を考察
第661話 新蕎麦〜蕎麦屋でバイトして今がある 11分・10月12日・ 54再生AI目次美容学校時代を支えた蕎麦との出会い平安時代の蕎麦は麺ではなかった?飢饉から命を救った蕎麦の真実見えない心配りが生む本質の美しさ知識が深める新蕎麦の新たな魅力
第660話 鴻雁来(こうがんきたる)去るものと、来るもの 11分・10月11日・ 55再生AI目次燕と雁が織りなす季節の巡り雁が運ぶ「便り」の古き由来稽古場に映る人の縁の繋がり寂しさを越える「去来」の暦空を見上げ紡ぐ千年の時
第659話 秋の室礼〜立つ場所に、心遣いが表れる 13分・10月10日・ 76再生AI目次心を落ち着かせる秋の空間づくり密や貴重が織りなす平安の空間美畳一枚に宿る身分と場の礼儀作法立ち位置が変える人との距離と仕事見えない心遣いが導く心地よさの秘訣
第658話 【木守柿】ひとつ残すということ 11分・10月9日・ 48再生AI目次柿が持つ学名と秘められた意味平安時代から続く「木守柿」の習わし全てを教えない講師業の「余白」の価値「残す」行為から学ぶ日本人固有の知恵一つ残された柿が語る「豊かさ」とは