TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第670話 清少納言は、なぜ御簾を上げたのか。12:27 一昨日 61再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次平安貴族を魅了した白詩文集の世界紫式部を悩ませた漢詩の学びと女性清少納言が御簾を上げた、その真意言葉なき対話を生む共通認識の力知を分かち合う教養が繋ぐ人と人AI文字起こし(β版) # 今日はどんな日? 日々気付きだより佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは毎朝、平安の行事、季節の移ろい、当時の人の暮らし、そして衣のこと、その日の暦を一つお話ししています。 千年前の営みが今の暮らしや仕事にどう繋がっているのか、毎朝一つお届けしています。 はい、10月21日です。秋も深まり、夜がずいぶん長くなりましたね。 この季節になると、本を手に取って静かに過ごす時間も良いものだなと思います。 なかなか私は積読というのが多くて、読みたい本いっぱいあるんですが、いつの日かいつの日かと思いながら、ベッドのところには常に二、三冊積んであります。 そこで今日は、平安時代の人々が親しんでいた一冊のお話をしたいと思います。 白詩文集です。中国、唐土時代に活躍した詩人、白虚位の詩文集です。白楽天という名前でも知られています。 この詩文集は、平安貴族の教養として広く読まれて、日本の文学にも大きな影響を与えました。 紫色部も青少納言も、その言葉に親しんでいたんです。 今日はその中から私の好きな小さな出来事をご紹介します。 # 香炉峰の雪はいかならむ この白紙文獣というのが、日本の文学にどのような影響を与えたのか。 わかりやすい例が、源氏物語の最初の漢、桐坪です。 帝が一人の女性を深く愛する。けれど、その女性は周囲の嫉妬を受けて、若くして亡くなってしまいます。 残された帝は深い悲しみに暮れます。 この物語には、白虚位の長言家の影響が色濃く現れていると言われています。 長言家というのは、玄宗皇帝と陽気比の愛と別れを読んだ長い詩です。 紫式部はその世界を踏まえながら、日本の宮廷を舞台に新しい物語を紡いでいったのですね。 当時の読書の中には、元になった漢詩を思い浮かべながら物語を味合う人もいたのでしょうね。 同じ文章でも、背景を知っていると、そこにもう一つの景色が見えてきます。 ところで、漢詩や漢籍というものは、もともと男性の教養として重んじられていました。 女性がそうした知識を人前で披露することには、慎みが求められる時代でもあります。 紫式部は、紫式部日記の中で、幼い頃、弟が漢籍を学ぶのを傍で聞いて、自分の方が早く覚えてしまったと書いています。 父親はその聡明さを喜びながら、この子が男の子であったならと嘆いたそうです。 女性であるために、学んだことを自由に生かせない。 そんな時代の空気も、この逸話から伝わってきます。 さて、もう一人の女性、清少納言のお話をしましょう。 枕の草紙に、雪の降った日の有名な場面があります。 中宮、帝子のもとに、女房たちが集まり、火を囲んで語らっていました。 その時、帝子が、清少納言にこう尋ねます。 「少納言よ、香炉房の雪はいかならん。」 「香炉房の雪はどうでしょうね。」 そんな問いかけです。 すると、清少納言は、 人に御香紙をあげさせ、この御香紙というのは、神殿づくりの建具のことです。 それをあげさせて、自分は水を高くまきあげました。 それをごらんになった帝子は、お笑いになったと書かれています。 なぜ水をあげたのでしょうか。 実は白虚位の詩に、香炉房の雪は、すだれを掲げて見る、という一節があるんですね。 香炉房の雪を眺めるために、すだれをあげる。 清少納言はその詩を思い浮かべて、言葉で答えるかわりに、動作で示したわけです。 私はこの場面がとても好きです。 テレビでも、大河ドラマでも、この描写が演じられていましたけれども、帝子は詩の一節を口にしただけです。 清少納言も詩を説明していませんけれども、二人の間ではちゃんと意味が通じています。 周囲の女房たちもその詩を知ってはいましたが、水をあげるという応じ方には思い至らなかったようです。 同じ言葉を知っていても、それをどう受け取って、どう生かすかは一人一人違うのですよね。 私はこの、言葉を尽くさなくても通じ合うという感覚に、仕事の中でも出会うことがあります。 会問堂では、二人の会問者が共に手を動かして、お方様のお姿を整えていきます。 一人だけが美しく着せればよいというものではありません。 相手が今何をしようとしているのか、自分はどこで手を添えればよいのか、お互いの動きを受け取りながら、一枚ずつ衣を重ねていきます。 その中には、言葉を交わさなくても通じる瞬間ばかりなんですね。 この会問堂の場合は本当に、言葉を交わさない所作です。 後ろの会問者が布の端をほんの少し持ち上げて、その動きに気づいて前会問者も手の位置を変えてみたり、あるいは相手の手が収まるのを見て、次の動作へ移る。 ほんの僅かな事なんですけれども、そこには意味があります。 もちろん、最初から分かるわけではありません。 同じ作法を学んで何度も稽古を重ねるうちに、少しずつ相手の動きが読めるようになっていきます。 私は受講生の方がそうした動きを自然に出来るようになった時にとても嬉しく感じます。 手順を覚えたということではなくて、その作法が何のためにあるのか、体で分かり始めているからですよね。 そして、自分の動きだけに集中するのではなくて、後ろにいる人、前にいる人が何を必要としているかにも心が向くようになる。 そこに技の深まりを感じます。 ただ、言葉を使わないことが優れているわけではありません。 大切な確認はきちんと、言葉にしなければなりませんし、曖昧なまま進めても良いわけでもありません。 この言葉を交わすのは、会問堂の場合は、お稽古中は言葉を交わすことがほとんどですが、お客様、お方様に、本当に実際にやる時には無言になります。 そのために、大切な確認はたくさんしておく、それが大事です。 その上で、共通の作法があるからこそ、細やかな動きの意味まで伝わることがあります。 考えてみれば、清少納言がミスを挙げた時も同じだったかもしれません。 白驚異の詩を知らなければ、なぜミスを挙げたのか、その意味は分かりません。 けれども、同じ詩を知っている人には、それだけで通じるものがあります。 会問堂にも、長く受け継がれてきた作法があります。 一つ一つを学んで、体に重ねていくことで、同じ道を歩む人と分かち合えるものも増えていきます。 私は、技を学ぶ喜びには、そういうところもあるのだと思っています。 # 学んだことを誰かと分かち合えるのが教養 清少納言の航路法の行きのお話を思い返すと、私はもう一つ大切なことに気づきます。 それは、清少納言が詩を知っていただけでは、この場面は生まれなかったということです。 中宮廷史もその詩をご存知でした。 だからこそ、あの問いかけが生まれて、ミスをあげるという返事が通じたわけですよね。 私は、教養というのは知識をたくさん持っていることだけではないように思います。 学んだことを誰かと分かち合える。 同じ言葉を聞いて同じ情景を思い浮かべられる。 そこに知ることの楽しさがあるのではないでしょうか。 そして、知っているからこそ、説明を省けることがあります。 長い言葉を重ねなくても、ほんの一言や小さな動作で気持ちが伝わる。 ただし、それは相手にも受け取るための知識や経験があるからです。 わからない人を置いていくために言葉を省くのではなくて、共に学んで同じものを大切にしてきた時間があるから、少ない言葉でも通じ合えるのですよね。 私はそういう関係をとても美しい関係だと思います。 10月18日には、寂しいと言わずに寂しさを表した和歌のお話をしました。 覚えていらっしゃいますでしょうか。 あの歌では、言葉にされなかった思いを読む人が想像していました。 今日の清少納言は、さらに一歩進んでいます。 言葉のかわりに密をあげるという動作で答えました。 そして、その意味を受け取る人がいたんですね。 千年前の宮廷では、一冊の詩文集が人と人の間に共通の世界を作っていました。 読むということは、自分の知識を増やすためだけではないですね。 いつか誰かと同じ景色を見るための言葉を心の中に蓄えていくことでもあります。 今日は平安の人々に親しまれた白紙文集のお話でした。 紫式部はその世界を物語の中に織り込んで、清少納言は、詩の一冊を密をあげるという動作で表しました。 長焼きの夜です。 以前読んだ本をもう一度開いてみるのも良いですね。 何年も前には気づかなかった一冊が、今の自分には違う意味で響くことがあります。 そして、その言葉をいつか誰かと分かち合う日が来るかもしれません。 読書の秋、そんな時間を静かに楽しんでいただけたら嬉しいです。 それではまたごきげんよう。 もっと見る #枕草子 #七十二候 #白楽天 #白居易 #白氏文集 #漢詩漢籍 #香炉峰 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ01:441.今日はどんな日?07:232.香炉峰の雪はいかならむ03:203.学んだことを誰かと分かち合えるのが教養コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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第663話 一尾の鮭が、都へ届くまで 16分・10月14日・ 76再生AI目次平安貴族の食卓を彩った秋鮭「縁起式」が語る楚割鮭の輸送都へ届く鮭を支えた人々の営み装束から学ぶ「物の道のり」の真実日々の暮らしに秘められた歴史と恩恵