TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第679話 冬の大根は、なぜ甘くなるのでしょう14:55 一昨日 70再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次冬野菜が甘くなる不思議な仕組み寒さに備える植物の生存戦略平安時代の食卓を彩る冬の恵み学びの「加減」を見極める指導の難しさ成長に必要な「ちょうど良い」環境とはAI文字起こし(β版) # 今日の話し 日々気づき頼り、佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、毎朝、平安の行事、季節の移ろい、 当時の人の暮らし、そして衣のこと、その日の暦を一つお話ししています。 千年前の営みが、今の暮らしや仕事にどう繋がっているのか、 毎朝一つお届けしています。 はい、もうそろそろ10月も終わり、 今日、明日で終わりとなりました。 今日は、これからおいしくなる冬の野菜のお話をしたいと思います。 10月23日には、24世紀の倉庫を、 霜が降りる、と書いて倉庫を迎えたお話もしました。 霜が降り始める頃という意味でしたね。 寒さが近づくこの季節、畑の野菜にもう少しずつ変化が起こります。 例えば、大根ですとか株なんかがそうでしょうか。 冬の大根を煮ると柔らかくて甘く感じられることがありますね。 同じ野菜なのに、寒くなるとなぜおいしさが変わるのでしょうか。 実はその甘みには、野菜が寒さに備えるための仕組みが関わっています。 今日は、土の中で育つ野菜の話から少し考えてみたいと思います。 # 暦のこと みなさん、大根好きですか? 私はとても大好きで、年中スーパーには出回ってますので、 年中、本当に年中、買います。 畑をちょっと借りていた時期があって、小さい畑ですけれども、スペースですけれども、 そこでは大根がよく取れて、私は練馬区に住んでますが、 練馬大根というぐらいで、とても土が大根に適してるんでしょうね。 本当に豊作で、冷蔵庫の中に何本も大根があって、漬物にしてみたり、 風呂吹き大根にしてみたり、いろいろ炒め物にしてみたり、 いろんなことに使える大根の良さというのがありますよね。 水は0度で凍りますけれども、砂糖などが溶けた水は、それより低い温度にならないと凍りません。 植物も気温が下がると、細胞の中に糖などを蓄えて、凍りにくくするという仕組みを持っています。 すごいですね。生きるために強いです、植物も。 その結果、私たちが食べた時に甘みを強く感じることがあるんですね。 農業では、こうした性質を生かして、野菜を適度な寒さに当てる、缶締めという栽培方法もあります。 ただし、どの野菜でも同じように甘くなるわけではなくて、寒ければ寒いほど良いというものでもないそうです。 植物によって寒さへの強さも、味の変わり方も違います。 大切なのは、その野菜に合った温度や育ち方なんでしょうね。 さて、ここで平安時代の食卓を思い浮かべてみましょう。 想像で構いません。 当時も大根や株、里芋など、今に通じるお野菜が食べられていました。 大根は古くは、おほうねと呼ばれていたようです。 おほうね。 ただし、当時の大根は、今私たちが食べているような太く立派なものばかりではなかったようです。 品種も長い年月をかけて変わってきたんですね。 そして平安時代の料理には、厚物と呼ばれる厚い汁物がありました。 野菜などを煮ていただく料理のことです。 また、野菜を漬けて保存する方法も既に用いられていたようです。 その時代の古い書物には、様々な漬物についての記録も残されています。 生で食べることもありましたけれども、煮たり漬けたりして、季節の恵みを食卓に取り入れていたんですね。 今のように一年中、様々な野菜を手に入れられる時代ではありません。 その時取れるものを食べて、保存できるものは蓄えておく。 食べることは季節と深く結びついていたんですね。 夏にはウリやナスなど地上に実る野菜が食卓を彩ります。 そして寒さが近づくと、大根や株、ごぼう、里芋といった土の中で育つものにも目が向いていきます。 もちろん季節の食材はそれだけではありませんが、食卓を眺めていると季節の移り変わりが感じられますね。 この冬野菜の甘みのお話を聞くたびに、あることを私は考えます。 寒さに備えるために起きた変化が、私たちにはおいしさとして届くということです。 そしてその変化が生まれるためには、寒さの加減も大切なのですね。 実は教える仕事にも少し似たところがあるように思います。 # 気づきのはなし エモン道の稽古では、受講生の方がなかなか思うようにできない所在に向き合って、もう悶々としている場面というのがあります。 手順は覚えているんですけれども、なかなかこの重ねの色目がうまく出ないとか、襟が一定にならないとか、美しく整わないということに悶々としていらっしゃいます。 何度やっても同じところで手が止まってしまって、もうまた悶々としている方というのがいて、向き合っているなと思って、逆にじっとそのまま待つことというのもあります。静かにね。 そんな時に私は、どこまでご自身で試していただくかということを考えます。 すぐに手を私が添えれば、形は整うかもしれないし、その方もあ、そうかと思って気づいてやるかもしれませんけれども、このエモン道というのは直すという所作がないものなんですね。 一般的な着付けでしたら、ちょっと襟がずれたらまたそっと寄せるとか、シワが出たらシワを取るとかというのがありますけれども、エモン道のいわゆる十二ひとや側体などをきれいにおふくあげするときの所作には、一手で決めなければいけないので、直すということはなく、直さなくてもいいように学ぶ。 そこが大事になってきます。 すぐに手を添えなくて、その方がご自身の手で気づく機会というのを失いたくはないので、どこまで皆さんがされるかなと思って静かに待っていることが多くあります。 反対に何もお伝えしないで、ただ繰り返していただくだけでは、やはり同じところで迷い続けることもあるので、そこの塩梅というものが私の方も考えるところなんですね。 この加減が教える仕事の難しさでもあって、大切なところでもあると思っています。 例えば衣を扱う手に、必要以上の力が入っていることがあります。きれいに整えようと一生懸命になればなるほど、布を強く引いてしまうんですよね。 そのまま何度繰り返しても良い形には繋がりませんし、まあ、そもそも衣を痛めてしまうということに繋がります。 そんな時には一旦手を止めていただきます。どこに力が入っているのか、そしてどこに力が入っているのかも気づかずに力を入れているということもあるので、一度手を止めて呼吸を整えていただくということもします。 地球には重力があって、この衣というのはストーンと下に落ちようとしているんですよね。それをうまく使うのが一番、自分にとっても衣にとっても一番良いんですけれども、無理やり自分の思うように持っていこうとすると、やはり力が入ります。 この布は、この衣はどこへ動こうとしているのか、一緒に確かめてからもう一度手を動かしていただきます。すると、先ほどまで難しく感じていたことが少し分かるようになる場合というものがあります。 私はその小さな変化というものを大切にしています。もちろんすぐにはできないこともあって、同じところで何度も迷う日もあるし、毎回毎回迷うお稽古というのもその方にとってはあります。けれども、難しいことに向き合っている時間が必ずしも無駄ではないということに気づいてほしいんですよね。 大切なのはその方にとって、今どのような学びが必要なのかということを見極めることなのだと思っています。これはもう私が私に対しての助言のような言葉ですけれども。 少し手を離して考えていただく方が良いときなのか、一緒に手を動かして感覚を確かめた方が良いときなのか、そして今日はここまでにして次のお稽古につないだ方が良いのか、その判断というのは受講生の皆さん同じではなくてそれぞれなんですね。 できないことに向き合う時間も私自身もありましたけれども、ただ苦労することが学びなのではなくて、そこから何を知るかというものがとても大切なのだと思っています。 教える人は学ぶ人の代わりに技を身につけることではないけれども、その方が自分の力で自分の力を育んでいけるように難しさの加減を考えることというのはできます。私はそういう目をこれからも自分自身が養っていきたいなと思っているんですね。 # おわりに 寒さに備える野菜が糖を蓄えている。その結果として甘みが増すことがある。 私はこの自然の仕組みをとても面白く感じるし、とても感動しますね。 ただここで忘れたくないことがあるとすれば、寒さが野菜の甘みにつながるからといって、厳しい寒さに当て続ければ良いというわけではないということです。 強く冷え込みすぎていれば野菜は傷んでしまいますもんね。 傷者にもなってしまうわけです。だからこそ育てる人というのは、気温や野菜の状態を見ながら収穫の時期を考えているはずです。 人が何かを学ぶときも同じようなことが言えると思います。 難しいことに挑戦して初めてわかることもあります。けれども苦労すればするほど上達するかといったら、そうでもないかなと思います。 あまり大きな負担は、学ぶ楽しさを失わせてしまうことだってあるからです。 私は教える立場にいますけれども、その違いに気づいていたい、気づける指導者でいたいなと思っています。 すぐに助けた方が良いときもあれば、もう少し待った方が良いというときも多々あります。 その方の様子をよく見て必要なところで手を添える。 そこには一つの決まった答えがあるわけではありません。十人いたら十人違います。 野菜を育てる人が畑の状態を見ながら収穫のときを考えるように、私たちも目の前の人に合わせて教え方を考えていく。 そこが大切だなと常に思っています。成長に必要なのは厳しさそのものではありません。 自分の力を少しずつ育てられる相応しい環境なのだと思います。 はい、今日はこれから美味しくなる冬の野菜のお話でしたけれども、めぐりめぐって人と大根のお話をくっつけてしまいました。 大根と株など寒さに備えて甘みを蓄える野菜があります。 その味わいの向こうには植物のもつ生きるための仕組みがあるわけです。 今夜は大根や株を温かい煮物や汁物でいただいてみてはいかがでしょうか。 いつもの食卓にも季節の移ろいが静かに届きますよ。 はい、それではまたごきげんよう。 もっと見る #大根 #衣紋道 #冬野菜 #寒締め #平安の食卓 #羹 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ01:381.今日の話し04:322.暦のこと05:483.気づきのはなし02:584.おわりにコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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