TOPハウツー・学習歴史【にちにち気づきだより】第684話 平安の一生⑤血の繋がりを超えて、続いていく縁13:26 11月4日 108再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次平安貴族の子育て、その知られざる担い手とは源氏物語に学ぶ血縁を超えた絆の秘密七五三の源流と貴族の子供の成長儀式師匠と弟子の関係性が教えてくれる縁の形離れてわかる長く続く縁と学びの真髄AI文字起こし(β版) # 今日はどんな日? 日々気付きだより佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、毎朝、平安の行事、季節の移ろい、 当時の人の暮らし、そして衣のこと、その日の暦を一つお話ししています。 千年前の営みが、今の暮らしや仕事にどう繋がっているのか、 毎朝一つお届けしています。 今日はシリーズ、平安の一生の続きをお届けします。 9月には赤ちゃんの誕生と名付けについてお話ししました。 10月にはイソカの祝い、そして100日のお祝い、モモカの祝いを取り上げましたね。 幾度も成長を祝いながら、見守られてきた赤ちゃんが、少しずつ幼い子供へと育っていきます。 さて、平安時代の貴族の子供たちは、誰に育てられていたのでしょうか。 もちろん、お父様、お母様がいましたけれども、 日々のお世話には、親とは別の人が深く関わっていました。 メノトです。 今日はこのメノトという存在と、そこから生まれた血のつながりとは違う縁についてお話をしていきます。 # 乳母と乳母子 平安時代、貴族の家では生まれた子供を育てるために、目の戸を迎えることがありました。 目の戸は母親に代わって父を与えて、日々の世話をしながら幼い子の成長を支える女性です。 ただし、実の母が育児に関わらなかったわけではありません。 母親も子供の将来を暗示、教育や暮らしに心を配っていました。 目の戸は親と共に子供を支える大切な存在だったんですね。 そして、目の戸には自分自身の子供がいることもあります。 その子を目の戸子と呼びます。 目の戸に子供と書いて目の戸子です。 目の戸に育てられた貴族の子と目の戸自身の子。 血はつながっていませんが、幼い頃から近しい関係にあることがありました。 源氏物語にもそのような人物が登場します。 コレミツです。 コレミツは主人公の光源氏の目の戸の子でした。 物語の中では源氏の身近に仕えていて、人には言えないような用事まで任されています。 光源氏の恋の秘密を知り、そのために動くこともある人物です。 なぜそこまで深く信頼されたのでしょうか。 目の戸の家との長い結びつきがあって、幼い頃から身近に仕えてきたこともその理由の一つなのでしょう。 ただし、そこには主人と仲者という身分の違いもありました。 家同士の結びつきや互いの立場に関わる事情もあったはずです。 ですから、今の私たちが考える対等な友人関係とは違います。 それでも血縁だけでは説明できない長い深い関わりがあったんですね。 私は目の戸語という言葉がそのような関係を表していることに興味を持っています。 さて、幼い子供の姿にも当時ならではの習わしがありました。 小さな頃は髪を剃ったり、短く整えたりすることがあり、成長すると髪を伸ばし始める節目を祝いました。 後の髪置きにつながる習わしです。 現在では11月15日の七五三に三歳の髪置き、五歳の袴着、七歳の帯解きというお祝いが伝えられています。 まあ、合わせて七五三と呼んでいますよね。 ただ、これらの儀式の形や日取りは時代とともに変わってきました。 平安時代から全てが現在と同じように行われていたわけではありません。 そして、私が学んだ中では、この11月15日は武家が考えたお祝いで、貴族とは違う。 宮中の方はその時、その人、その日時というものは、その人にとって良き日を選んで行っていましたので、今の公室でも11月15日にされていないんですよね。 9月にされている方もいれば、10月にされている皆様もいらっしゃったはずです。 11月15日という日は、日本国全員がそういう日ではないということも覚えておいてください。 昔は子どもが幼い時期を無事に過ごして、成長していくこと自体が大きな喜びでした。 今もそうですね。だからこそ人生の節目ごとに祝いの儀式が設けられていたわけです。 この11月15日の私たちが今行っている七五三にまつわる神置きについては、本当に今回の11月15日にもう少し詳しくお話をする予定ですので、お楽しみにお待ちください。 # 師匠と弟子 この目のとや目のとごのお話、実際に仕えていた方と本当に血縁関係もないのに長くお付き合いのある、その話を聞くと、私の場合でしたら、長くお世話になっている自分のお師匠さん、師匠のことを考えるんですけれども、 もちろん親と師匠は同じではありません。親は高校卒業までずっと私を育んでくださいましたけれども、高校卒業して東京に出てきて、そこからは本当に先生にお世話になっているわけです。 私にとって親というのは、生きていくための術を教えてくれた人だなと思っています。そして師匠は、自分が身につけた技を使って社会に貢献するとはどういうことなのかということを教えてくれた人だと思っています。 今も教え続けてくださっていますが、大変ありがたいご縁です。学んだ学校を卒業してからも、この先生とのご縁は続いていますけれども、その間にはやはり数年間、師匠のもとを離れていた時期も実際あります。 当時は自分なりに考えることがあって、別の場所と言っても部署が違うという感じでしたけれども、その場所で仕事に向き合っていました。ですが、今振り返ると、その時間も私には必要だったのだと思います。ずっとお世話になるのではなくて、チャレンジするというか、自分の力を試すというか、そういう時間は必要だったんだなと思います。 それがうまくいくかうまくいかなくても必要だったと思っています。 離れて初めてわかることがありますよね。教えていただいた技の意味だったり、仕事に向かう姿勢だったり、そして自分が誰のために何をしていきたいのか、いつも近くにいると当たり前のように受け取ってしまうことがありますもんね。 けれども、離れた場所で自分の力を使おうとすると、師匠が何を大切にされてきたのかを改めて考えるようになりました。 私はその経験を通して自分の本当の意味というものを、仕事の意味を少しずつ理解できたのかなと思っています。 そして今、私自身が教える立場にいるわけですけれども、中高生の方々との関係も講習を終えたら、すべて終わりというわけではないですね。 私も学校というものもありますので、定年というものがありますから、ある程度期限というものがあります。 もちろん、どなたとも一生付き合いするということは、全員と一生付き合いすることというのはないのかなと思うんですよね。 それぞれの人生もあるし、仕事もあるし、進んでいく道も終わりなので、私も学んだ方にはご自身の力で歩いていっていただきたいなと思っていますから、 教室を離れていく方も実際いらっしゃって、その離れることを寂しいことだとはあまり考えていないんですね。 逆に外へ出て様々な経験をして、いろんな方から学んでいただきたいなと思っています。 その中で本当に必要なものをご自分で選び取っていく。 もう多分私の教室からちょっとご縁が遠のいた方というのは、力はついていらっしゃる方々ばかりなので、もう自分で選び取っていくことはできるはずです。 私自身がそうしてきたことのように、私も離れて初めて分かることというのが多かったですから、その時間も皆さんにとっても大切なんだと思います。 ただ、一つ狙っていることがあるとすれば、それはもう一度学びたいと思った時に、戻って学べる場所があることではないかなと思っています。 今の私の仕事には、先ほど言ったように定年というものがあります。 いつまでも同じ形で教え続けられるわけではないんですけれども、これまでつながってきたご縁を大切にして、何かしらの形で学びを支えていけたらなと思っています。 それは私を育ててくださった師匠への恩返しでもあるのかなと思っていますね。 そして、もし受講生の方がずっと後になって、以前のお稽古を思い出した時に、あの時佐藤先生が教えてくださったことはこういう意味があったんだなというふうに思い出していただけたら、感じていただけたら嬉しいなと思っています。 そのためにも、今目の前にいらっしゃる一人一人に真剣に向き合っていきたいと思っています。 # 11月15日放送では七五三の話しを… 平安時代の目のとごという言葉、親子ではない、血のつながった兄弟でもない、けれども幼い頃からの関わりがその後の人生にも深く続いていくわけです。 昔の人たちはそうした関係に目のとごという名前を与えていたんですね。 私は人と人との縁には家族や友人という言葉だけでは表せないものがあると感じています。 師匠と弟子という関係もそうなのかもしれませんね。 何かを学ぶために出会って、同じ場所で時間を重ねていって、やがてそれぞれの道を歩むようになっても、教わったことは心に残っています。 離れたからといってその縁がなくなるわけではありませんしね。 むしろ離れたことで初めてわかる教えもあります。 私は教えるというのはその場で技を身につけていただくだけではないと思っていて、 いつかご自身の人生の中でその学びが役に立つこと、そして必要な時にもう一度思い出したり学び直したりできること、 そこまで含めてこういうお仕事、教える仕事の意味があるのかなと最近つくづく感じるようになりました。 ご縁というのはありがたいものです。 長く続く縁というのはいつも同じ場所にいることではないですね。 いつも手をつないではい、一緒にポンというわけではないわけです。 離れている時間も含めてその人との関わりが続いていく。 師匠とのご縁から私はそのことを教わったように思います。 11月4日今日は平安の幼子を育てた目の戸と目の戸後の縁についてお話をしました。 地のつながりとは別に人の一生を支える関係があったんですね。 そして幼い子供たちは成長に応じて神や装いにも変化を迎えていきます。 11月15日にはひしごさんの神置きのお話を通してその続きをお届けします。 今日も最後までお聞きくださりありがとうございました。 それではまたご機嫌よう。 もっと見る #光源氏 #乳母 #最近心が動いた瞬間 #平安人 #髪置 #袴着 #帯解 【にちにち気づきだより】さとうみなこ/十二単着付け師01:281.今日はどんな日?04:292.乳母と乳母子05:093.師匠と弟子02:224.11月15日放送では七五三の話しを…コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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