TOPビジネス投資・マネーふるふるラジオ寅の会|いもにい(井本 陽久)47:00 2024年5月16日 687再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次カリスマ数学者いもにい登場独自の教育メソッドとは?子供たちの才能を見抜く方法学校教育の現状と課題いもにい流教育の未来像AI文字起こし(β版) # 寅の会|いもにい(井本 陽久) 始まりました虎の会です。今日もよろしくお願いいたします。 よろしくお願いします。 本日ドラゴンさんお休みです。 うわー残念。すごく楽しみにしてたのに。 そうそう、あの、りゅうさんが一番楽しみにしてたよね。 ねー、やっぱ教育だからね、今日のゲストは。気になるよね。 気になるし、今日のテーマもりゅうさんがこれがいいんちゃいますか?とか言って出してくれたやつだったんですけども、ね。 まあちょっとりゅうさんいない分2人で頑張りましょう。 はい、やってみましょう。 さすがもう、オープニングトークもうないんですけど。 行こう。 りゅうさんいないともうこんだけ広がらない。 行こう。 行きましょう。ということで早速ゲストをご紹介させていただきます。 これ、じゃあ、正確なのに森川さんいけますか? いやもうゲストにもう自己紹介してもらおう。 わかりました。じゃあ、ゲストさん自己紹介お願いします。 お願いします。 どうもこんにちは。 こんにちは。 自己紹介、あの、今ずっと学校で先生をやってて。 エコー学園っていうのを鎌倉で。鎌倉二学の。 まあ自分の母校でなんですけど、そこでずっと数学の教員やってて。 今は途中非常期になって、外にいもいもって教室をやって始めて。 今年から完全にいもいも専念で。 感じですね。 よろしくお願いします。 この短い自己紹介の中に、いもいもって何回言ったんだろうっていう。 それしか残らなかったですけど。 今日はどうぞよろしくお願いいたします。 ちなみにですね、オープニングの向上を忘れておりました。 この番組は、見た目はおっさん、中身もおっさん、1986年トラゾーシ生まれのボイシーパーソナリティー、 翔平森川ドラゴンが音声プラットフォームボイシーのパーソナリティーをゲストにお迎えしてお送りするライブスタイルトークセッション、 すなわちオンライン雑談を垂れ流す番組でございます。よろしくお願いいたします。 でですね、今日はいもにぃと呼ばせていただくということで。 はい、そうですね。 これはみんなにいもにぃって呼ばせてるっていうか、子供たちもいもにぃなんですか? そうですね、いもじぃとか。大学時代からずっといもにぃって呼ばれてて。 それでそれも、みたいな感じですかね。 そのままずっと。言ったら年齢関係なく、僕はもう全然若いものですけれども、いもにぃさんとかいもとさんじゃなくていもにぃで呼ばせていただいて大丈夫ということですね。 いもにぃさんってちょっとダサいでしょ、なんかね。100歳くらいになるっていう感じで。 ダサいとか。 いもにぃちゃんみたいでなんか。 あーそういうことか。いもっぽいみたいな感じの言い方になっちゃうから。 確かに確かに。じゃあ今日はそんないもにぃといろいろ話をしていきたいと思うんですけれども。 先ほど紹介していただいた通り、すごい教育の部分でめちゃめちゃいろいろされていて。 さっきもね、お便りの方にも今書いてますけど、カリスマ数学者いもにぃ。 なんかね、めちゃめちゃいろいろ言うとこんな感じになっちゃうのかな。 だってすごい人だっていうふうに僕は聞いてるし、ちょっと森川さん言ってあげて。 あー補足? 補足。 そうですね。これ多分ね、本人が言うとちょっと嫌味に聞こえると思うんで、東京大学っていうところ出てるんですよね。 もう誰もが知ってますね。 でその上で、数学の先生を英工学院っていうところで、いわゆる頭がいい子たちを教えてるっていう。 そこをあえて非常勤っていうところに陸足を置いて、自分がやりたいことをどんどんビジネスとして形にしてると。 でも旗から見るとというか、やっぱりビジネスに見えない、やっぱり子どもたちに向けての姿勢がすごく自分は勉強になるというか。 そこをさらっとの自己紹介はちょっとあれなんで。 ハードル上げて。 NHKでプロフェッショナルの仕事の流儀っていうのに出たりとか、本を出してたりとかね。 そういうおじさんです。 ついにプロフェッショナルが虎の会に来ちゃったんですね。 あれも本当に縁だったなっていう感じで。 50歳前後で外を出て、外は全く興味なかったんで。 本当に出たいと思って出たわけじゃない。縁あって外でやることになって。 やるつもりなかったんだけど、生徒が増えて、見学者も増えて、スタッフも自然にできて。 そしたら今、いもいもって教室ができちゃったみたいな。 本当に流れで。自分は目標を持ったわけでもないし。 自分の人生ずっとそうやってきたから、目標とか全然持たずにやって。 本当に振り返ると、絶妙な流れを作ってもらえてたんだなみたいな。 だからもうそれを信じてやるみたいな感じで。 狙ってやったわけじゃなくて、そこまでビジネスも大きくなり、 学校の先生としても成功しておられるプロフェッショナルに出ちゃった。 次元が違うんですけど。 頭というか、僕は割と率直に何でも本音というか、本当に考えてることを言うから、 それが新鮮だったんじゃないかなっていう。 たとえば、いもいもって最初に名前もなかったんだよ。3年間。 だから来ている子たちも、名前もないけど来てるみたいな感じだった。 本当にそんぐらいな感じだったんだけども。 こうやってるうちに、栄光でずっと自然にやってきたことっていうのが、 実は外でこんなに求められてるんだなみたいな。 そもそも説明会とかやるときでも、学校の成績は上げませんって約束して。 人が来るんだよね、それでね。 プロフェッショナルも結局、あいらかなんかに名もなき教室みたいな感じで出たときに、 これなんだ面白いなみたいになって、1年間ずっと追っててくれたみたいで。 それでオファーが来たみたいな感じで。 だから本当に、ある意味力抜けて、商売として成立させなきゃと思ってないし、 成立させるために何かやって続けるぐらいだったら、 本当に純粋に子どもたちと向き合って、なっちゃった方がいいなっていうのはぶれてない。 本当に本質的なことをやってるんでしょうね。 教育って、ある種、みんな語れるし、 もう迷信が多いでしょ。 例えば、みんな同じ教育を受けてるから、それを問い直すってことをしない。 例えば、学校でやってることはどうなんだろうとか、テストって何なんだろうとか、 テストを別に反対してるわけじゃないけど、 でも、そこは考えない。 とにかくそこでいい成績を取ってほしいとか、 そういうことを前提にして考えるっていうのは変わらないから。 だから実は、本質的なところを掘らずに、ずっとそのままにされてきた業界なんだよね。 だから、ある種、掘るところがたくさんあるというか。 ちなみに、いもいもで何やってるかっていうのを、 初めて。まだ知ってない方もいると思うんで、説明できます? これほんとまず、何言ってるのがすごい難しい。 なぜかって言ったら、みんなは学校の枠組みに考えるじゃない。 学び場なんだけども、だから何言ったときに数学とか、 コミュニケーションとかって言うけど、 ちょっと全然それとは似て非なるものだから。 でも、何を大事にしてるかって言ったら、 これも一言で言うのは難しい。 でも、子供は変えようとしないっていうことかな。 自分が現場にいて、何で学校の先生をずっと続けたのか。 ほんと幸せな人生だなって思うけども。 現場の人っていうのは、誠実に働いていればそうなるはずなんだけど、 子供って本当に無防備になったときって、すごい魅力の塊で。 要するに、ありのままの自分っていうのかな。 自分であるっていう、ありのままの自分でいられてるときって、 子供って本当にすごくて。 学びっていうのは、本当は優劣で評価してる時点で、 子供は評価されたいから、自分は出さないっていう。 自分のやり方とか自分の考え方でやったら間違えるでしょ。 だって試行錯誤だから、それは。 だから、そんなやり方でやんない方がいい。 勉強っていうと、正解っていうか、 教えてもらった時筋なんだっけみたいな考え方するから、 実はもう全部自分封じてんだよね、子供たちってね。 自分は、例えば学校で学んだことに対して、 これがこうなるんだったら、これってこういうことですか? これをこっちに変えてみたらどうなるんですか?みたいなことを、 学校でベラベラ喋りだすと、授業進まないから、 すごい嫌な顔されるんですよ。 僕、結構小学校の時、そういうことしてたんで。 本当にもったいなくて。 でも、ある学校で勉強ってやった時には、 やっぱり正解は何だろうって考え方をする。 今ね、よく自分で考えるとかってよく言うけど、 あれって自分で考えるじゃないんだよね。 要は、人に聞かないで自分で考えなさいっていうのは、 習ったやり方をどう活用すればできるのかな、 つまりどの例題と一緒だとか、 そこを自分で学んで、 ちゃんと正解を出せるようにしましょうっていうのを、 自分で考えるって言ってるけど、 そこには自分はいない。 だから子供ってでも本当にすごくて、 学びっていうのは基本的に自分を拠り所にして、 ああでもない、こうでもないってやることだと思うし、 自分を拠り所にしないで何の意味があるのって思うから。 だから今まで何やってるかっていうことで言うと、 例えば数理の教室もあるけど、 問題っていうのは正解を出すためじゃなくて、 ある種、なんかこう、 ぽんとこう、もやもや気持ち悪いものを置くと、 それが問題だったり、 あるいはそもそも起こってる現象これなんだみたいな、 気持ち悪いものを置くと。 気持ち悪いってどういうことかって言ったら、 要は今まで自分が学んできた手持ちを、 使えないから気持ち悪くなる。 例えば方程式も使えない、 例題もあるし、なんとかさんでもないし、 この数学の分野でなんでもない、何で解けばいいんだみたいな、 もうそういうんじゃない。解き筋もないし、 とにかく、なんじゃこりゃみたいな。 そもそも正解、こうやればできると思ってやったってしょうがないような問題を ぽんと置いたら、どうなるかって言ったら、 子供って自分を出さざるを得ない。 これ大人もそうなんだけど。 自分を出さざるを得なくて、 自分を出したところをちゃんとこっちから見て取るっていうことかなっていう。 必要ならば、声かけたりとか。 でも見て取ることで、ほぼもうそれでいいっていう感じかな。 見て取るの部分がすごく気になるんですけど、 そこをキャッチしてあげることってのは難しいことなんでしょうか。 例えば、我々も、僕も森川さんも、 まだ小学校上がってないですけど、森川さんは上の子もいるけどね、 そういう子どもたち、自由な発想をさせてあげたいと思って、 いろいろ自分たちなりにやってるんですけど、 それをずっと出てきたところっていうのはどうやってキャッチするんですか。 見て取るっていうのは、 例えばね、何かを伸ばしたいから、 その才能の芽をちゃんとキャッチしようっていうのは見て取れないわけ。 だってこちら側が期待してるものはあるから、 こういう部分はいいっていうのがあるから。 例えば、学校なんて毎日、授業なんて毎回そうなんだけど、 子育てしてる中でね、 本当に子どもの何にもとらわれてない行動だったり、 言葉だったり、視点だったりに感動することってないですか。 めちゃめちゃあります。 毎日なんか感動してる。 それって何かって言ったら見て取ってる。 つまり、自分は本当はこういう風になりたいって、 つまり何かの視点にとらわれて、 不安を拠り所にしてるんだよ。 つまり外の評価軸でちゃんと生きていけるかっていうところを拠り所にして、 子どもってどうしてもやみちゃうんだけど、 それに対して問題提起。 なんでこんな生き生きしてるんだろうみたいな。 子どもって何て当たり前のように今を生きてるんだろうとか、 そういうもの、 それはこっちが目的を持って、 例えば問題を言った時に、 これをどうやって解けるにしようとか思った瞬間に見えなくなる。 だってその目的を持っちゃったら、 その目的にかなってるかどうかっていう視点でしか見えなくなる。 子どもは見えない。 評価の軸みたいなのができちゃう。 だからほら、同じ子ども見ても、 本当に感動してリスペクトする人もいれば、 本当にイライラする人もいるっていうのは、 子どもに問題があるわけじゃなくて、 こちら側に純粋に子ども見れてるかどうか。 ただ子どもっていうのは、 基本的に近くにいる大人の期待に応えたいっていうのはすごい強い。 もっと言うと期待に応えたいじゃなくて、 期待に応えられなかったら見捨てられるっていうぐらいの恐怖を持ってる子ども。 基本的に親が喜んだことをしたいし、 だから逆に言うと、 親によって自分自身っていうのをずっと押し込めて、 いわゆるその評価軸で喜ばれることをするみたいなもの。 子どもがみんなそうなる。 どんどんどんどん自分を閉じさせちゃうのね。 言葉あったりかわかんないですけど、 いい子になっちゃうってことですかね。 いい子になっちゃう。 でもそれが、例えば家ですごくいい子だったりするのが、 誰かと遊んでる時の自分の子どもが、 もう完全無防備で、 その無防備ってこんなに生き生きてるんだって思う瞬間があるでしょう。 だから実は我々は、 子どもが自分なりのままをふっと無防備に出してる瞬間って、 本当はみんな見てとれるんだけど、 ただ、親になって、 子どもの将来とか教育とか、 将来これが身につけた方がいいんじゃないかとか、 どんどん思うようになればなるほど、 その視点で、 今子どもがやってることは意味があるだろうかっていう目で見るから、 全然それが見てとれない。 でも本当はそれが授業で一番できて、 要は授業って、 発想とかどうやって考えるとか、 どうやってやるかとかっていうのは、 自由じゃない?本来。 実は自分の考え方でやってみたり、 あるいは脱線して、 こういう風に脱線して、 ちょっとふざけてみたら、 こんなに周りの人が心動かすんだって思ったら、 存分に出せるじゃない?学びって。 実は学び場って自分が思うのは、 先生が褒める褒めないとかっていうことじゃなくて、 ありのままの自分がふっと出した。 ふっと出した自分って、 意外にみんなの心動かすんだって知るっていう。 人って本当はありのままの自分を出したら、 怒られるって思う。 でも自分を寄り所にして、 ふっと思わず言っちゃって、 ビクッてするけど一瞬。 でも先生笑って面白がってるとか、 周りの子もすごく心動いてるってなることで、 自分は自分でいいんだって。 もっと言うと自分は自分でいいんだなんてことも、 考えなくなるぐらい当たり前になる。 授業で一番できる。 授業はそれはもう、 自分の感覚だと、 彼らが今持ってる手持ち、 いろんな学んできちゃったもの。 学んできちゃった手持ちを塞いで、 はい、どうぞって。 塞いで。 その代わり、不自由だよね。 習ったら使いようがないから。 でもその代わり、 どんなやり方しても、 それは自由。 ある種、学びの環境を、 一般的に考える、 考えるみたいなのが逆だよね。 なるほど。 使いようなんて一切してないし、 むしろこっちは、 しっかりとキャッチする。 それでもやっぱり授業やってると、 どっかで目的を持っちゃって、 あるいは、別のところでやったら、 これめちゃめちゃみんなが興奮して喜んだよ、 っていくと、 ある授業では全然違うところから、 切り口からある子が、 興味を持って、 そしたら持っちゃったら、 ああ、もったいない、 本当はこういうようなので、 プルプルさせられるのに、 って思っちゃった瞬間、 見れなくなる。 でもそれって今でもそういうのあって、 だからそれを常に、 見て取るというか、 自分と向き合ってるってことと一緒、 っていう感じ。 それをやると。 結果どうなるかなって、 どうでもよくて、 もちろんね、 例えば、 例行で自分のような授業をやりました、 そしたらどうなるか、 って言った時に、 進学はほぼ変わらない、 自分の教えた学年。 ほぼ変わらないけど、 例えば、 数学オリンピックとか、 数学講師園とか、 事務船とか、 そういう系はすごい、 一気に増えるんだよね。 それは何かって言ったら、 みんな数学講師園とかあんまり知らないと思うから、 オリンピックとか、 いわゆるできるできないじゃないんだよ。 やっぱもう、 研究的な学びっていうかさ、 自分で問いを持って、 じゃあこうやってみようかな、 最初追ってた問いと全然違う、 問いを追ってるとか、 本当にだから、 自分を拠り所にして学ぶっていうのは、 それはアカデミックの方に繋がっていくんだよね。 そんなの俺どうでもいいし、 そうなったら自分の、 授業の成果があるなんて思ってなくて、 自分の授業の成果って、 自分にとっては、 自分が、 子供のそのままを見て取れてるかどうか、 ってだけなんだよ。 それをやってるうちに、 すごい人気な、 学校っていうか、 いやー、 英校でやってたときは、 別にそこを気にしてたわけじゃないけど、 口コミで、 小学校受験の人に広がるじゃない? 先生がいるらしいよみたいな。 それでちょっと知ってもらってたみたいで、 割とそこら辺で知ってもらってたっていうのはあるけど、 でも、いもいもとかは、 別に本当に何の力みもなくやってたら、 学校とかで本当は、 学校で言ってるけど、 本当はちょっと息苦しかったんだよねとか、 学校の勉強をやってるけど、 全然つまらないんだとか、 あるいは、 引きこもってる子とか、 不登校の子とかっていうのが、 いもいもは、 教室入る一本目から全然平気みたいな。 これ何なんだろうみたいな。 自分もよくわかんなくて。 それで求めるに応じて、 教室を一個、二個増やしてたら、 コロナだよね。 コロナでやっぱり、 大人の考え方が結構変わったというか、 変わった人が増えた。 今もね、 より進学とか、 将来勝ち組になるために、 これからの世の中、 今の学校じゃダメでこうだとか、 海外だとかさ、 そういう方により走る人もいるけど、 でも一方で、 子供が全然生き生きしてないとか、 息苦しさを感じても、 小学校の低学年からね。 低学年多いんだよね。 実際ほら、 小学校の不登校ってめっちゃ増えてるね。 そういうようなことを、 感じてきて、 いもいもっていうの。 だから、 進学塾でもなんでもないのに、 いもいもに、 通わせてくれるっていう、 親って相当変わってるか、 考え方が。 基本的にやっぱり、 怒られるっていう風に、 怒られるだとか、 息苦しいって思ってる子供たちの上には、 それで育ってきた親たちがいて、 こうやって教育しなきゃいけないって、 思ってる親たちが、 進学塾に行かせたりとか、 するわけで。 子供の今の息苦しさって、 結構もう今、 学校の先生も本当に今、 大変だと思うけど、 息苦しさってね、 大人の不安に付き合わされてるだけだ。 確信つきますね。 将来子供にはこういう人生を、 歩んでほしいとか、 勝手に絵描いて、 教育って不思議なのが、 それにはまずこれをやって、 これをやればいいんだ、 英語やれば国際人になれるんだ、 全くそんな、 あまりにも浅はかなことを、 本気でその時は、 心配してやらせるでしょ。 その成果を得られなくても、 例えば進学塾行って、 進学できなくても、 大人が今とりあえず、 不安を解消したいために、 飲む薬が子供に、 教育するってことになってる。 めちゃくちゃわかる気がする。 でも本当にもったいなくて、 子供って、 自分自身でいいんだって、 そのままの自分でいる時の子供って、 本当に素晴らしいので、 本当に素晴らしいし、 どう世の中が変わっていくのか、 わかんないし、 あたりが一つないね。 未来予想したらしょうがないけど、 でも、 子供たちが、 自分であるっていう、 自分のままでいられたら、 世の中なんて、 びっくりする方向に変わると思う。 勝手にね、結果的に。 そこを狙うわけじゃないけど。 どの段階から、 晴瀬さんは、 芋人になれたんですか? いわゆる、 最初、 栄光の先生をやってて、 ある程度のカリキュラムでやるわけじゃないですか、 最初は。 それがね、 栄光はね、 もう全然何やってもいいんだよね。 そうなんだ。 1時間目から、 先生見に来ないから。 指導とかない。 だって、 実際さ、 仕事でもそうじゃない? 習っちゃったら、 それが正解になるから。 それこそ、 見えなくなるっていうか、 自分の目で見れなくなる。 でも授業やりながら、 自分が感じた、 自分の心で感じた、 自分の目で見た試行錯誤をしていく。 しかない。 自分が栄光で本当に良かったなって思うし、 だけど、 自分は、 20代、30代ってめっちゃ苦しくて、 それは、 要は、 なんか、 やっぱり、 生徒によって、 なんだこいつはって思っちゃったりするし、 許せないとか、 こいつしょうがないなって思ったりする。 でも、 表面的に良い先生できるんで、 器用にできちゃったから、 先生、 本当に感謝してますみたいな感じには、 なると。 なんか、 すごくだから、 そういう自分がすごく嫌で、 本当にだから、 本当に十何年ぐらいずっと苦しかったよね。 ある種、 それ良かったなって思った。 自分と向き合ったから。 先生ってある種、 主流関係が、 全方面から、 容認されている立場だから、 ある種、 自分と向き合わなくても、 人のせいにできる。 だけど、 今振り返ると、 自分はしてこなかったし、 厳しすぎるぐらい、 自分と向き合ってたから、 だから、 今振り返ればよ、 目的は持ってないんだけど、 今振り返ると、 めっちゃ抽象的な、 本当に、 どの子見ても、 こいつ大好きだなって、 思えたら、 良いなって。 自分がこいつと一緒にいると良いな、 楽しいなって思ってる奴って、 自分が何かしなくたって、 結局、 気づかないところで力になれてるし、 良い関係にもなるし、 彼のことも、 より、 リスペクトできるから、 どうやって、 生徒と接すれば良いかって、 ハウツーじゃなくて、 やっぱり、 生徒と通して、 どの子見ても、 本当に魅力的だなって、 思えるようになりたいなって、 29歳ぐらいの時思ったんだよね。 それってさ、 どうやればそうなるかなんて、 ないじゃない。 持ちないじゃん。 それが良かったよね。 手持ちないから、 計画も立てられないし、 そんなの。 ずっとそう思い続けていたから、 たぶん、 日常起こるいろんなことっていうのは、 全部その方向に自分が、 視点で見れたから、 本当に気づいたら、 本当に幸せでしかないみたいになって、 子どもたちと一緒にいるのが。 授業も楽しいし、 子どもたちも本当に喜んでくれるし、 そんな感じになったんだよね。 自分は本当に目標を持ってこなかったし、 目標を持つということに対して、 目標ってある種、 ありのままの自分じゃなくて、 外の評価軸にとらわれて、 こうしたいと立てているものだから、 それを変更しないでいくと、 もっと苦しくなるみたいなところが、 あると思うんだけど、 こうなりたいと思っても、 その方法さえも、 計画も立てられないくらい、 抽象的に、 こうなりたいと思っても、 その方法さえも、 計画も立てられないくらい、 抽象度の高い目標って、 目標は持ってたなっていう感じ。 不思議にそういう方向に行く、 なっていう感じですかね。 僕は本当にそれ全部、 授業を通してやらせてもらえた。 すごいいいなと思ったのが、 あまり目標を立てないとか、 自由にとか思ったままにっていう話の中で、 若いときには悩むっていう、 その時間がすごく貴重な学びの時間だったのかなと、 聞いてて思って。 たぶん学校の先生やってる人たちも、 めちゃくちゃ悩んでる人たちも多いと思うんですよね。 ちょっとでもこの音声が届けばいいなって、 聞いてもらえますかね。 学校の先生は本当に今も、 八方塞がりで、 子供大好きなんだけど、 管理職の目っていうよりも、 管理職も今も外の目気にしなきゃいけないから、 それを保護者だったり、 社会だったり、 絶対無茶なこと、 あれだけ大勢の子を、 膨大なカリキュラム全員できるようにするみたいな、 それを求められちゃってるから、 言ってみれば、 暗記させて、 例題を教えて、 よくできました、 みたいなことがスタンダードになってる。 全然その子を発揮させないで、 これを覚えなさいみたいなのを、 本当にやらせちゃうし、 そうすると安心するし、 でも誰も本当にそこに、 夢があったり希望なんか感じてないと思うんだよね。 それが不安、原動力不安。 原動力不安って悲しいですもんね。 先をどうにかしたいと思ってるというか、 将来困らないようにとかって言うけど、 将来絶対困るし、 困ることなんて別にいいし、 困らないようにこれはさせなきゃって言うけど、 それがびっくりするくらい浅いやり方でしょ。 非認知能力ってさ、 非認知の部分だから非認知って言ってるのにさ、 それをコントロールして身に付けることをさしてるんだよ。 子供の人生を受け入れることを最後まで抵抗したいって感じ。 うちの妻に聞かせたら、 うちの妻に聞かせたら、 今小学校受験を、 ハリストさん知ってると思うけど、 私立を受ける受けないっていうので、 非認知非認知ってよく言ってる。 僕の常に当たるんだけど。 彼女は大丈夫なんだよね。 なぜかって言ったら、脇が甘いから。 脇が甘いから。 脇が甘いから、 どうせどっかで反抗期が来て、 反抗されて、 関係悪くなるかもしんないけど、 ここは離れていくんだよね、ちゃんとね。 中に稀に、 本当はね、 たまたま、 コントロールするのがすごく上手い親っていうのがいて、 そうすると子供はもう、 家ではチーンって感じだよね。 いい子をちょい演じるみたいな。 僕自身は、 子供の時にすごくプレッシャーでした。 いい子でいなきゃいけないんだけど、 いい子でいられない自分がいるんですよ。 それが分かってるし、 でも、やりなさいって言われる子は、 これが正しいですって言われることに納得ができないから、 どうやったらそれを、 自分が心からできるようになるんだろうって、 ずっと大人になるまで悩んでたんですよ。 僕自身は、 23歳の時にアメリカに行って、 向こうで全然考え方が違って、 すごく受け入れられたっていうところがあったんですよ。 僕自身は、 23歳の時にアメリカに行って、 向こうで全然考え方が違って、 すごく受け入れられたっていうところがあったんです。 僕自身は、 23歳の時にアメリカに行って、 向こうで全然考え方が違って、 すごく受け入れられたっていうところがあったんですよ。 僕自身は、 23歳の時にアメリカに行って、 向こうで全然考え方が違って、 すごく受け入れられたっていうところがあったんですよ。 僕自身は、 23歳の時にアメリカに行って、 向こうで全然考え方が違って、 すごく受け入れられたっていうところがあったんですよ。 僕自身は、 23歳の時にアメリカに行って、 大好きなのに自分の子供、 なんでこんなにどんどん 関係悪くなっていくんだろうみたいな。 子供が自分に対して 気遣っているのも分かるじゃん。 分かると、 それを止められない自分みたいにいるでしょ。 だから本当親って大変なんだよね。 時間経てば経つほど 苦しくなりそうですね。 だから、 自分はその、 そういう子は、 若い頃から もっと受け入れてって するのがいいのかとかって そういう話じゃなくて、 少なくとも、 子供も大人もそうだけど 全ての人にとって あるのは 今ここしかないから。 だから、 今までの過去 いろいろあったかもしれないけど、 それが 今あるよねみたいな。 例えば、 そういうすごく人の顔色を見るような ことをずっとして 苦しかった人は、 逆に言えば、 その経験をしたからこそ できるようなことってあるし、 実際、 例えば、今ね、 僕がすごくお世話になっている星山さんっていう 発達支援の第一御社の方だけど、 あの人なんかやっぱり ずっと親の顔色を見ながら 生きてたから、 逆に言うと、 子供の心とか人の精細な心っていうところまで 見て取れる。 だから、 なんかその、 本当に、 自分が教員としてやっていること っていうのは、 やっぱり 出会う子供たちの 過去も全部含めて、 それをちゃんと 受け止めて、 ちゃんとそこを、 今、無防備なその子を見てあげる。 見て取るっていうことを 自分はすると。 でもそれによって、自分が開放されていくんだよね。 結局、ほら、 例えば、 子供にイライラするとかっていうのは、 そこまさに、実は、 子供の中に 自分が否定している自分がいるんだよね。 その中に。 もしそれが本当は 自分がそう思っているっていうのが 外に現れたら、めっちゃ怖いっていう 自分を 他人の中に見るとイライラする。 怒ったり。 だから、実は、 イライラするとか、 怒るとか、 不安になるっていうのは、 逆に言うと、 自分が抑圧してきた自分とちゃんと向き合う っていうことでもあるから、 子供が させてもらえている。 そういうメカニズムなんですね。 多分、僕も森川さんもそうだと思うけど、 子供にイライラしないよね。 本当に、 多くの親から羨ましがられる。 イライラして 変わりそうだなって逆に思う。 うちの妻なんかもイライラしちゃう時があるんですけど、 子供は何にも関係ないのにって思いながら 横で見てる。 でもやっぱり、 コメントで、 理想の先生は理想の親はとかってあるけども、 それもまさに、 先生とか親っていうのはこういうものだっていう 答えを知りたがる。 っていうところだけ。 そんなの考えないでいいと思ってて、 むしろ、 先生って何だろうとかっていうよりも、 自分が教員をやらせてもらって思ったのは、 子供にイライラして出会った子って、 自分がその子に会う必要があったから、 出会ったんだなって思う。 俺は親やってないから、 自分の子供いない。 親なんてまさにそうじゃないかなって思う。 子育てって子供のためじゃなくて、 自分のためというか、 その子に出会ったのは、 その子に自分が出会う必要があったから。 その証拠に、 多分どんな親でも、 子供を変えようと思って成功した人って、 ほぼいないと思う。 結局挫折ばっかり変えるっていうことを 目標に置く限りも、 挫折ばっかりだと思うんだけど、 全員子育てとして変わったと思う。 しかもそれが変わる方向っていうのが、 より自由な方向とか、 何か身につけるっていうよりも、 余計な背負ってたものを、 手放すみたいな方向に変わってると思う。 それがまさに、 子供がその機会を与えてくれているし、 理想の先生、理想の親とか、 今目の前の子供との出会い、 自分のためだよ、 自分が出会う必要があったからなんだ、 っていう視点で見ると、 変えようっていうことが、 もったいなくなるって感じなんだよね。 本当その通りですね。 本当その通り。 かなりいもにぃにたくさん喋ってもらったんだけど、 まだまだ全然聞ける。 お寺とかで話したよね。 子供に授業したいし、 大人にも授業したいし、 それが一番実感してもらえると思う。 言葉で説明しても、 ピンとこないと思うんだけど、 授業って本当に、 ありのままの自分。 自分を拠り所にするからこそ、 こんなに学びって面白いんだっていう。 子供ってすごいよっていうのが。 もっとお話、お聞きしたいですってコメント来てます。 ただもうお時間の方が。 いもにぃレイディオの方で、 最近2ヶ月くらいあんまりやってないのかな。 いつ再開予定ですか? どうしようかなと思って。 今、自分の中で、 何をやっていこうかな、 みたいなことをちょっと考えていて。 ボイシーとかも全然楽しいし、 たくさん聞いてくれるので、 楽しいんだけど、 自分が一番、 やってワクワクするというか、 こっちをやる流れなんだなと思うのは、 どれなんだろうみたいなのを、 ちょっと今最近考えてて。 ボイシーリスナーとしては、 みなさんいもにぃに再開してほしいと、 思っていると思いますけれども。 多分めちゃめちゃあるんで。 自然体験とか全然離さないんだね。 そうなんです。 もう残り2分となりまして。 ボイシーは1時間でライブが切れてしまうので。 また今度、 ドラゴンさんいるときに、 ぜひ一回お越ししたいですね。 ぜひまた呼ばせてください。 いもにぃのこの、 いもいもですね。 いもにぃの、 いもにぃの、 いもにぃの、 いもにぃの、 あといもにぃの、 いもいもですね。 学校の方は東京でやられてるんですかね? 基本的には。 四ツ谷でやってるのと、 野外の平日日々にやってる、 森の教室とかっていうのが、 あきる野とか、ひのはら村とか、 いいとこ。 毎週やって。 不登校の子。 あるいは、 月曜日、水曜日はいもいもみたいな。 学校もカスタマイズして、 学校も使えるものの一つとして、 やってる子が多い。 なるほど。 登校か、 学校行くか行かないか、 ゼロか百かって、 ある種不自然で、 親も子どもも不安だろうけど、 そういうのはこれからスタンダードなんじゃないかな、 と思うけどね。 素敵です。 皆さんちょっと、 コテコメントの方に、 ホームページ貼ってありますから、 ぜひ調べてみていただきたいのと、 いもにぃの、いもにぃレディオですね。 いもにぃの教育レディオをフォローしていただいて、 過去の放送もたくさんありますので、 聞いていただければと思います。 ぜひ。 ありがとうございます。 あと30秒ですもんね。 そうなんです。 いや、まじであっという間だったな、今日。 すごいね。 改めて聞いちゃったね。 そうですね。 まさか森川さんの親戚に、 こんな人がいるとは。 ちょっとまた別の機会で、 いろいろまたお話聞かせてください。 今日はありがとうございました。 失礼します。 失礼します。 もっと見る #しょーへい #寅の会 #井本陽久 #イモニイ ふるふるラジオプレミアム放送配信中!47:001.寅の会|いもにい(井本 陽久)https://r.voicy.jp/6MmO6NrdKEGコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 不明なユーザー2024年8月15日(規約違反によりコメントは削除されました)返信 移住猟師マサキ2024年5月18日親の不安を解消する為の教育。それに焚き付けるお受験ブーム。これは刺さりすぎる親が多すぎるお話しですね。3返信 さちこ🦜🦜🦜2024年5月17日森川さん。お疲れ様。昨夜の🐯会。寝落ち欠席🙏永遠の課題。私が親で良いのか❓親になって良かったのか❓⬅の謎が解け肩の荷が降りた気がした配信でした‼️まだまだ👋お話聞きたかったです‼️次回は龍🐉さんも含め又リベンジ配信お願いします🙏配信ありがとうございました‼️(∩´。•ω•)⊃ドゾー🍺🍺🍺3返信 Noriko Hashitani2024年5月17日めちゃくちゃ感動しました!聴いて良かった~と思いました✨5返信
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家とお金#5|住宅ローン控除でよくある勘違い、全部ほどきます 10分・9月4日・ 301再生AI目次住宅ローン控除の基本:0.7%還付の仕組み戻る額は納税額が上限?意外な落とし穴ローン控除は現金ではない!資金繰りの罠源泉徴収票でわかる!あなたの控除限度繰上げ返済とペアローン控除の盲点
家とお金#4|頭金はいくら入れる?入れない選択もあります 27分・9月2日・ 470再生AI目次住宅頭金「2割」の常識、そのルーツ貯金を守る!頭金ゼロの賢い選択術森川氏が語る!キャリアを変えた決断の瞬間60歳からの住宅ローンと不動産活用術新チャンネル始動!AIが変えるお金の未来
それに焚き付けるお受験ブーム。
これは刺さりすぎる親が多すぎるお話しですね。
昨夜の🐯会。寝落ち欠席🙏
永遠の課題。私が親で良いのか❓親になって良かったのか❓⬅の謎が解け肩の荷が降りた気がした配信でした‼️まだまだ👋お話聞きたかったです‼️次回は龍🐉さんも含め又リベンジ配信お願いします🙏
配信ありがとうございました‼️
(∩´。•ω•)⊃ドゾー🍺🍺🍺
聴いて良かった~と思いました✨