TOPトーククリエイター中村淳彦の「名前のない女たちの話」【2019年】奥さんが膠芽腫になってしまった。25:39 昨日 1,107再生 問題を報告する 再生する シェアする 2019年は亡くなった奥さんに膠芽腫の診断が下りました。あまり思い出したくない年ですが、収録ボタンを押して話してみます。AI目次妻の異常な変化とその兆候脳腫瘍告知、医師の表情で覚悟長時間手術後の過酷な現実膠芽腫判明、希望なき病状進行する麻痺、未知の介護生活AI文字起こし(β版) # 【2019年】奥さんが深刻なガンに。 ハッシュタグ企画のですね、2019年の私ね、えっとこれもうこれ時期終わっちゃうよね。もう終わったのかな?2019年の私はちょっと話さないといけないなと思って、話さないといけないなっていうより、話したいとこがいいかなと思うので、話すんですけど、ここからね、奥さんがんになってるんですよね。 で、がんになって、えっとまあ亡くなったんですけど、えっと2019年が、2019年ちょっと何の準備もしてないで話すけど、ちょっと思い出すと、えっとね、奥さんPTA、子供の中学校のPTA会長をやっていて、それでPTA会長をやっているのは、中学3年生の時にね、1年間、なんかのね、男性が本当はやるんだけど、 その間に1年だけちょっとやるっていうことで、PTA会長をやって、PTA会長っていうのがなかなかのね、えっと大きな仕事で、それね、えっと2018年から19年の3月までやってましたね。 なんだけど、それでね、PTA会長をやっている間に、いや今、いや変だなと思ってたんですよね。えっとね、何やったかな、えっと酒を飲んで、酒を飲んでね、変な寝方するとか、だから気絶するように、気絶までいかないけど、倒れるように眠ってしまうとか、あとね、いや何やってんだと思ったけど、 なんかのね、料理をかけていて、それが燃え上がってるんですよ。で、本に寝てるんですよね。それで、うちの2階がもう火事になったみたいに、煙まみれになったところで、えっとそれでも寝てたりして、で、俺1階にいたんだけど、煙がガーってくるから、 いや、な、何々と思って、そしたらなんか、何かのね、料理を火付けっぱなしで、えっとそれが燃えちゃって、煙だらけになってるんですよね。いや、これはちょっと変だなと思ってたんですよね。で、変だなと思っていて、なんで病院行ったのかわかんない、なんかでね、頭が痛かったのかな、何か、ああ、倒れたんだ。 あの、で、自転車でね、えっと、自転車で動くわけですよ。で、スーパー行ったか中学校行ったかわかんないけど、えっと、自転車を通っていて、えっと、植え込みに倒れたんだから、コケ、自転車がね、なんか、普通に漕いでるはずなのに、えっと、転んで、自転車が転んで、植木に、植木になんかで、血まみれになって帰ってきたみたいなことが、 2回あったんですよね。で、いや、変でしょ、明らかに変だなっていうのを思ってたんだけど、で、えっと、俺あんまり医療詳しくないから、それで、なんか病院行ったんじゃないですか、本人が。本人が病院行ったのが、2019年の、えっと、2月の末か、3月の頭に病院行ったんですよ。 で、病院に行って、えっと、で、帰ってきて、いや、なんか、あの、大きな病院行ってくれって言われたみたいなことを言っていて、大きな病院が高島平中央病院って、高島平の大きな病院にあるんだけど、えっと、近くのなんか病院行ったら、えっと、ちょっとね、それでなんか脳の写真を撮って、えっと、脳の写真撮って、いや、もしかしたらちょっと変かもしれないみたいなこと、 小さな病院に言われて、で、えっと、大きな病院行けって言われたっていうのがあった、あったね、あって、あれ、3月の半ばだよな、3月の半ば、半ばに、えっと、それで病院行った後に、大きな病院行ってくれって言われたとか言って、それで封を開けないでくれっていうのを小さな病院に渡されて、 これで高島平の大きな病院行ってくれって言われて、ついて行ったんですよね、で、ついて行って、えっと、いや、もう嫌な予感してたよね、もうその時、いや、ちょっと、な、なになにと思って、で、高島平中央病院に3月15日ぐらいですかね、行って、えっと、なんか脳神経外科かなんかの人が出てきて、 病院のあそこでね、あそこで、その封を開くんですよ、で、封を開いて、いや、これ嫌な予感するなと思って、もうね、ちょっと、あーと思って、俺、なんだっけ、本人が前に、先生の前に座っていて、で、俺はね、ものすごい離れてたね、ちょっと遠くから見てて、並んで、奥さんと並んでるわけじゃなくて、遠くから見てて、えっと、これどうなっちゃうのと思って、 それで先生が封を開けて、パンって写真を、あの、白い電気にパンって、あの、封開いて、つけたんですよ、で、つけた瞬間、先生の顔見てたけど、えっとね、つけた瞬間ですね、あの、あー、あーっていう、あーっていう顔したから、あー、もうこれダメだと思って、えっと、もうそこで、そこでね、ちょっと悟りましたね、 えっと、あー、これダメだと思って、いや、まあ、マジかよと思って、えっと、パニックまではいかないけど、まあ、冷静だったね、冷静ではあるよね、あー、あーみたいな感じですよね、あー、で、先生の顔だけで分かって、その後ね、えっと、説明が始まって、あの、表明はね、言わないんだけど、 あー、これは、あの、緊急手術必要ですっていう話にすぐになって、それで本人はね、はいはい、聞いてたね、はいはい、聞いていて、えっと、で、緊急手術で、で、PTA会長だから、PTA会長だから、20か21とか22に、あの、中学校の卒業式あるんじゃないですか、中学校の卒業式で、あの、な、なんだ、えっと、 区長かなんかの後に、えっと、区長じゃないかな、なんか誰か校長先生があって、区長のなんとかのお祝いの言葉があって、その後にね、PTA会長のお祝いの言葉みたいなので、ちょっとダンジョンにね、卒業式上がらなきゃいけないみたいなのがあったんですよね、で、卒業式で緊急手術って言われて、ちょっと卒業式の後にしてくれみたいな話になったなあ、なって、 で、その、その帰りに、えっと、ああ、まあ、ああ、っていう感じでしたね、で、何言ってたかなあ、あの、子供にどう言おうかとね、あの、本人の親にどう言う、もう言わなきゃみたいなので、えっと、そんな話した記憶があんね、 それでもう、あれですね、で、えっと、そこの間、何考えてたかなあ、何考えてたかわかんないけど、緊急手術で、緊急手術で、あの、何、手術してみないとどういう病気かわかんないみたいな言い方だったけど、で、えっと、結局、脳腫瘍だったんですよね、で、脳腫瘍のね、最悪なやつっていうのが後からわかるんだけど、 で、もう、俺は、あの、その、先生が写真開けて、あの、ホワイトボードみたいなのパンって付けた瞬間に、えっと、ああ、これもダメだと思って、えっと、だったんですよね、で、で、えっと、えっと、卒業式か、卒業式で、で、本人がね、壇上あがるんだけど、いやあ、もう、もう、ちょっと変だったよね、階段の上りよりもちょっと微妙だし、 えっと、ちょっと、あの、見てる人はね、ちょっとわからないぐらいだけど、うん、やっぱちょっと変ですよね、あの、階段の下り方が変だったりとか、あの、しゃべる言葉ももう最低限でね、最低限で1分も話してないんじゃないですかね、本当に無難な言葉ちょっと言っただけで、えっと、下りちゃったみたいな感じで、えっと、で、なんか終わったんですよね、卒業式終わって、 で、その翌日の翌日に、え、私立か、私立じゃないか、入院しろか、入院しろで、えっと、それで、入院してから私立どうするかで、結局、あの、3月の、もう一個こま早い方がいいって言われて、3月の末に、えっと、私立して、あの、いや、大私立だったよね、で、えっと、5、6、7、8時間やってたんじゃないですか、 で、ああ、と思って、で、腫瘍ができてるって話で、で、腫瘍の中でも、何の腫瘍で、えっと、ひょ、表面にできてるのだったり1回の手術で、なんとかなるのかもしれないけど、なんか脳の中にできてるとか、あと脳の中心に近いところにもあるとかで、うーん、だから取れないんですよね、取れない、取れ、で、取れるものだけ取って、えっと、7、8時間やって、 あの、家で7、8時間で出てきた時も、メタメタなボロボロな状態で、私立ってああなるんですね、メタメタボロボロな状態で出てきて、でも、で、そこから、そこでも俺、ダメだなっていうのは、あの、まあ、分かってたから、あんまりね、えっと、あんまり治りますようにとかね、えっと、なんかそういうのあるじゃないですか、 なんとか病で、頑張ってなんだとかで、なんとか生きるぞみたいな、そういうのはね、まるでなかったかな、まるでない感じで、で、本人、本人が、えっと、ですよね、だから、まあ、で、あの、で、な、治ればいいな、なんかあの顔、治ればいいなとかもあんまり、あんまり思わなかったかな、治ればいいなとかより、いやあ、もうこれ、ああ、そうなんだっていう感じで、 で、これ、その後どうなっちゃうんだろうな、みたいな感じですよね、で、えっと、私立して、えっと、放射線、抗がん剤と放射線の、なんかフルでやるんですよね、フルでやって、えっと、頭、毛が抜けちゃってとか、まあ、糖尿で大変だったじゃないですか、糖尿で大変になって、なんだけど、なんかね、なんか頑張ってましたね、頑張ってて、いや、頑張ってやって、 で、3ヶ月ぐらい入院してて、出てきたのかな、それ出てきたのが、3月末の手術で、6月に帰ってきたんじゃないですか、で、6月で、えっと、で、3ヶ月、手術から、手術からね、3ヶ月後には、あの、抗ガシュっていう脳腫瘍っていうのがわかって、で、抗ガシュっていうのが、助かるし、いないんじゃないですか、抗ガシュ100%ダメですよね、あの、脳腫瘍の中でも、 手に負えない最悪なやつ、で、えっと、それ聞いてもですね、なんかもう予想してたから、ああ、そうなんだっていう感じで、で、糖尿してて、その後どうなるんだろうな、みたいな感じだけど、なんか、なんか、普通に生活してるというか、まあ、家でなんか普通に生活してた、してましたよね、で、普通に生活していて、で、子供とかどうもって、 子供とかどうもったかちょっとわかんないけど、わかんないけど、子供高校生になったのか、高校生になって、えっと、まあ、だね、で、やっていて、で、糖尿がね、しばらく、しばらく続いて、えっと、で、抗ガシュって言ったらね、いつ死んじゃうかわからないような、もう、もう、ちょっとね、2週間後に生きてるかわからないような、多分そういうアレなんだけど、あんまりね、ちょっと今思い出しながらね、 今思い出しながらなんだけど、あんまりね、本人何か、何かするとか、えっと、糖尿、糖尿生活頑張るみたいな感じだったけど、普通に生活してたなあ、普通に生活してて、あの、特に、で、どうなるかわからないですよ、で、例えばね、死ぬ、いつ死ぬんだ、みたいなことわかれば、あの、死ぬ前にこれしようとかあるんだけど、ちょっとわかんないよね、わかんない、ま、ま、まるでわかんないから、 死なないのかもしれないし、死ぬのかもしれないしなんだけど、でも抗ガシュって聞いたら、それはちょっと無理だよねっていうのもあるんだけど、本人はちょっと治るつもりでいたのかな、本人は、えっと、何か治るつもりの希望もあった、あったのかな、ちょっとわかんないけど、あの、あの、そういうこと言えないんですよね、 だから、えっと、死ぬ前提、死ぬから、もう死ぬからこれしようとか、死ぬから何か食べた方がいいよねとか、死ぬだろうからこういうことした方がいいよねっていうのがね、えっと、その、うーん、そういうのはちょっと、あの、できないですよね、どうなるかわからないわけだから、あと、本人が糖尿してるわけだから、死ぬ前提の話なんていうのは、ちょっとね、そうならないですよね、 そうならないから、淡々と日常が過ぎていって、えっと、過ぎていって、だんだん悪くなるみたいな感じだった記憶がありますね、で、だんだん悪くなっていくのも、えっと、脳がおかしくなってるから、あの、えっとね、えっと、6月に戻ってきて、 3、4ヶ月は普通だった、普通だったな、ちょっともう弱ってる、ま、病人ってのはわかるんだけど、それで、なんかこう、なんか飲みながらやっていて、それで、年末、11月とか12月になってから、だんだんおかしくなってくるの、なんだっけな、あの、半身がね、右半身が動かなくなるんだよね、指が動かなくなったり、だんだん動かなくなったり、えっと、足がだんだん動かなくなったり、 とか、そういう風にね、えっと、脳のあれによって、だんだんね、ちょっと体の動きができなくなってきて、えっと、本人は相当絶望感あったと思うけど、あんまり、あんまり取り乱すとかなかったかな、取り乱すみたいなのなくて、 俺もなんかね、えっと、そういう、なんとか治るぞみたいな、なんかそういうのはない、どうなっちゃうんだろうっていう感じで見てたけど、やっぱそれ、本人、やっぱり相当つらかったろうね、あれだんだん動かなくなるので、動かなくなったらもう二度と動かない、多分動かないから、あの、でです、そうですよね、それで、えっと、なんとかしな、それで妖怪語認定取ったりとか、 妖怪語認定も、さすがにこれ、さすがに2ぐらい出るんじゃないかと思って、妖怪語認定出したら、あの、一発で4、4が出たんですよね、で、一発、ああ、もうそんな悪いんだと思って、えっと、それでだんだん動かなくなって、えっと、で、あ、向こうの親はしょっちゅう来てたね、しょっちゅう来てて、なんか、まあ、普通に生活してましたよ、 で、年末ぐらいになったら、あの、妖怪語4ぐらいになったから、ベッド入れるがなんだとか、あの、介護用ベッド入れるがなんだとか、あともう、あ、あともう、階段の登るより年末ぐらいにはもうできないから、1階のね、俺が1階使ってるんだけど、これ丸々開けて、ここに介護用ベッド置くとか、まあ、そんな感じで、で、えっと、年末は、年末は実家に帰るって言うから、 実家で、えっと、どんぐらい、2週間ぐらい過ごしてたんじゃないですかね、で、そんな感じでしたね、そんな感じで、うん、で、どうな、俺、個人的には本当ね、あの、わ、わからないんですよね、どうなるのかとか、相当大変なことになるのかとか、そういうのはね、直らないってことは分かってるんだけど、 どういう未来迎えるのか分からないくて、えっと、まあ、ただただね、いろいろもちろん手伝ったけど、まあ、見守ってたって感じで、子供どう思ってたかちょっと分かんないですね、まあ、そうで、まあ、大変ですよ、大変で、あの、あの、家族がね、そんなことになると、えっと、まあ、ですね、大変だし、えっと、 そういうことっていうのが、みなさんで怒っている人もいっぱいいると思うけど、あの、まあ、怒る、怒りますよね、で、あの、それで、がんで、あの、がんのね、甲賀市と戦うみたいな、なんか、えっと、そういうテレビ番組でね、あの、糖尿生活で夫が、夫がなんかもう、いつも泣きながら頑張れ頑張れとか言ってる番組とか、ああいうのあるけど、ああいうのはちょっとね、ちょっとね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ね ちょっとね、えっと、うーん、ちょ、ま、まるでそんなことはなかったですね、まるでそう、そういう心境、なんでそういう心境にならなかったんだろうな、な、なんか、なんかもう、あの、3月半ばの時にね、お医者さんがあの顔したので、えっと、もう、うん、もうダメだろうなっていうので、で、お医者さんもダメだろうなって言わないけども、表情でわかるんですよね、表、あの、表情でわかるし、その後、旦那さんちょっとって言って、 で、なんか、聞いていても、あの、言葉のニュアンスがわかるんですよね、あの、こう、質問しないんですよ、あの、これ、どう、どうなるんですかとか、いつ、どう、うん、そういう質問一切しない、ただ言ってること聞いてたけど、言葉の、えっとね、はしばしとか、トーンとか、あと言ってる、うん、言ってることとかで、で、お医者さん、お医者もですね、あの、すごい、すごいね、気使って言葉選んで言ってんだけど、そういうのもわかるから、 あの、そういうのを総合して、えっと、いや、もうダメでしょうってことなんですね、ダメなので、えっと、それで、ダメなのっていうのが、あの、何とか直してくださいとか、お願いしてどうなる問題じゃない、ないですよね、どう、どうにかなる問題じゃないっていうのも一瞬でわかったし、えっと、あと、奇跡が何か起こるっていうのも、まあ、ないだろうっていうね、のもあったし、なんだけど、本人はですね、ちょっとわかんないな、そんな話できないけどね、 本人は直して生きるつもりでいたかもしれないし、えっと、っていう状況ですね、きついですね、結構ね、っていうのがね、えっと、2019年でしたね、あの、うーん、高画手ね、で、高画手、高画手ね、えっと、ちょっと、ちょっと検索しただけでもダメだってわかりますよね、で、ああ、そうなんだと思って、 で、高画手検索して、ツイッターとかでも検索すると、あの、高画手の何とかの患者とかって、2、3人出てくるんだけど、2、3人出てきて、若い子なんかで高画手になっちゃってる女の子いたよね、あの、それで、その子が、あの、何か治療して、治療してっていう、治療の、えっと、発信してんだけど、えっと、高画手、それで、直ってなんだとかね、ツイッターじゃ、その子、その、21歳ぐらいの子、直ってどうするとか、あの、 うーん、将来のこと語ったりして、こうしたいとか語ってんだけど、あの、想像通りですね、あの、ぷっつり、ぷっつり、こうしなくなるんですよね、なあ、死んじゃったってことですよね、っていうのがね、えっと、全員そうだから、ああ、ああ、ああ、みたいなね、そういう感じですね、あの、2019年ですね、あの、奥さんが高画手になってしまったってことで、で、俺、冷静ですね、 言ったんだけど、えっとね、子供どう思ってるのかとか、あと、本人は、まあ、まあ、大丈夫、本人はあんま心配してなかったよね、本人は取り乱すことなかったけど、そこですね、子供どう思ってんだろう、みたいなのが、あの、結構ストレスとか負担だったような記憶ありますね、っていうのがね、2019年でしたってことを、ちょっと話しときま、話しときました。 えっと、ああ、79人も、あの、あの、どうなんだろう、もう50、あの、これね、2019年で、奥さん、奥さんあれなんですよ、あの、亡くなった奥さんは、昨日とか一昨日出た、ゆうきとか竹本、あの、フォークソング部のね、一つ後輩で、ゆうきとか竹本と同年代、同級生で、同級生で、えっと、 フォークソング部でね、副部長とかやってたんじゃない、真面目な人ですよね、真面目、真面目な人で、なんか、結婚することになり、流れでなってしまって、で、えっと、45、46、46で、2019年46歳でしたね、で、46歳で、えっと、その、 2018年のね、後半から、あ、様子おかしいですね、様子おかしいのは、あの、酒飲んで倒れるように寝るとか、あの、転ぶとか、そういうのが起こって、えっと、病院行ったら、そういうことになったってことですね、で、私立、私立して、あの、表面、あの、私立して、表面の、腫瘍が、脳の表面だけだったら、あの、生きれる可能性あるんだけど、 中にあって、中にあるの、もうダメなんですよ、取りようがないから、あの、それを、抗がん剤と放射線治療で、えっと、小さくするっていうことをするんだけど、あの、それがやっぱりもう、あの、焼け石に水ですよね、しかも硬化種だから、あの、10種類ぐらいね、脳腫瘍っていうのが腫瘍があって、一番最悪のやつだから、あの、そんな放射線治療なんかじゃ、もう、もう、どうにかなる問題じゃないですよね、 で、っていうことで、えっと、そのね、診断名が最悪だったことでね、なんとか、もう一寸の希望もないってことですからね、あの、一つの奇跡は絶対ないっていうことなので、逆にそういうほうがね、えっと、なんかの、なんかの奇跡が起こるんじゃないかみたいなのがないわけだから、あの、冷静でいられますよね、ああ、ああ、ああって感じですよね、みたいなね、えっと、ことでした。 えっと、のんのさん、えっと、硬化種、硬化種グリオブラストーマ、ああ、そうそう、そういう名前って見つかったら1年半ぐらいみたいですね、ああ、そう、そうなんですよ、1年半、1年半持ったら、あの、いいんじゃないの、あの、だから脳のできるところが、あの、脳のできるところが真ん中から離れてたら、あの、ちょっと1年半とか大丈夫なのかもしれないけど、 あの、脳の真ん中に地下があったら、たぶん、そんな感じですよね、それで広がりがすごいんですよね、で、広がりがすごくて、検索したら絶対に助からない、もう、もう最悪すぎるみたいなことが永遠に書いてあるから、いや、大変な病気になってくれましたねってことですよね、あの、て、て、ていう感じで、2019年はですね、あの、あ、あの、3月、3月に見つかって、2019年、年末は実家に帰って、 えっと、あれじゃないですか、やっぱり相手の親からしたら、これ最後のね、年末年始だろうみたいな感じで、俺もいたのかな、いた、うん、なんかそんな感じで過ごしてたのかもしれないですね、ていうことで、うん、ちょっと喋ってみました、ありがとうございました、喋ってみました。 もっと見る #2019年の私 中村淳彦の「名前のない女たちの話」プレミアム放送配信中!25:391.【2019年】奥さんが深刻なガンに。コメント感想・質問・応援メッセージを書こう バインハルト昨日今月の『邪気ちゃんねる』でも過去の事をお話くださり、その中で中村さんは「俺は根を上げなかっただけで〜」とお話しされてましたが。中村さんはこの10年を振り返るだけでも、幾度となく大変な時期を乗り越えて、現在があられるのですね✨私の現在の年齢は、亡くなった奥様と同じ46歳で、1人息子子育て中なのも同じです。放送を拝聴しながら、感情が込み上げました😢✨その頃を語って下さり、ありがとうございました。それにしても、10年を振り返るとか能天気なハッシュタグテーマですね。大なり少なり皆大変だったと思います。10返信
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それにしても、10年を振り返るとか能天気なハッシュタグテーマですね。大なり少なり皆大変だったと思います。