TOPトーク専門家建築業界で自分らしく生きていくラジオ大屋根リングをデザインした藤本壮介さんって何者!?15:17 2025年9月27日 47再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次世界的建築家への意外な原点とは大学時代に建築を学ばなかった理由独立を選んだ藤本壮介、その決断の背景青森県立美術館コンペ入賞が転機に?万博リングに込められた建築家の想いAI文字起こし(β版) # チャプター1 建築業界で自分らしく生きていくラジオ このラジオは一級建築士兼動画クリエイターの小建築士が 建築の魅力や業界を自分らしく生き抜くためのヒントを共有している番組です。 さて今日はですね、リスナーさんからいただいている質問に答えるような会にできたらなと思っております。 総集さんから、私は建築素人なので安藤忠夫や熊賢吾などの建築家しか知りませんと 何か建築画を紹介するような放送を撮っていただけないですかというリクエストをいただいたので 今日はですね、そちらにお答えするような会ができたらなと思っております。 誰を紹介しようかめちゃくちゃ迷ったんですけど まずは今すごく話題の大阪関西万博で活躍されている藤本壮介さん 大屋根リングをデザインしたと言われている藤本壮介さんのサクセスストーリーというか どういうところが藤本さんのすごいところなのかというところを生き求めていけるような そんな会にできたらなと思っておりますので 大学時代の話とかそこからどうやって世界的に有名になっていったのか そんなところを共有できるような会にできたらなと思っております 最後まで10分ほどお付き合いいただけるとすごく嬉しいです というわけで早速本題なんですけれども 藤本壮介さん今やかなり有名な建築家になって 今では大阪関西万博でお屋根リング会場デザイン 会場全体のプロデューサーデザインをするような立場になっておりますけれども 幼少期から高校大学ぐらいからどのようないきさつで今のような建築家になったのか というところからお話できたらなと思っております 藤本壮介さんなんと北海道の朝日川からすぐ近いところにある東神楽町かな というところで生まれています そこで新学校である朝日川東高校という地元で有数の京大東大を排出するような そんなエリートの高校に進学しまして 見事東京大学の建築ですよね 工学部の建築学科に1990年に入学しております ちょっと意外だったのが大学入って建築をゴリゴリやっていったのかなと思っていたんですけれども 実はそうではなくて藤本さんが本格的に建築を学び始めたのは なんと学部2年の途中からだと なんか僕とすごい似てるなと思ったんですけど 僕も1年生の時はほんとチャランポランで 何も宿題課題をやっていかないどうしようもない学生だったんですけど なんか共通点が見えてすごく親近感が湧いた点です そこから建築教育、建築学をちゃんと学んだのが2年半ほどだったと そのため藤本さんの中には建築の核となるような考え方が 自分の中にはまだないと感じて まだ何も成し遂げていないという思いで大学卒業を迎えました そこで大学院の進学も検討したそうなんですが 当時の大学院の研究主体の教育方針になかなか魅力を感じられず さらに就職活動にもなかなか踏み切れず 憧れていた伊藤豊さんという教授だったり サナーという、こちらも世界的に有名な建築家の事務所に行きたかったけど 面接に行く勇気さえなかったという風に本人が語るほど すごい内向的な性格だったそうです そういった性格も影響して 結局どこにも所属せず、そのまま独立するという道をなんと選びました いきなり大学卒業して、確かに大学院行ってなかったので意外なんですけど 大学院行かずにそのままフリーランス、独立をするという 大手事務所に就職したり 有名な建築家の下で修行するというのが建築家のセオリーとしてあるのかなと思うんですけど 藤本さんはそうではなかったと で、卒業後何していたかというと どこにも所属せずに昼頃に起きて街をブラブラ散歩して ひたすらアイデアを練るという日々を送っていたそうです で、コンペ 設計案を出して 一党になればその案が採用されたり 表彰されたりというようなコンペティションですよね 競争をするようなそういったコンペにどんどん出していったと ただ全然そこでそうなめにしていったわけではなくて 一個何か受賞すればいいかなというぐらいで 楽戦楽戦ばっかりだったというふうに語っています そんな中で天気が藤本さんの中で訪れます 青森県2000年に 2000年ってあれですね 大学卒業して6年経ってますけど 6年経った28歳ぐらいかな の時に、違う20、30歳ぐらいの時か の時に公募で行われた青森県立美術館の設計競技 コンペですね において、藤本さんは 建物全体をガラスで覆うような 斬新な透明な美術館を提案します その案はですね 優勝こそ逃したものの見事2位に入賞して その時審査員になった伊藤豊さん 目標としていた伊藤豊さんから 新世代のホープという風に高い評価を受けたそうです 伊藤さんはですね 同年の新建築 建築業界ですごく有名な雑誌ですけれども その新建築で藤本さんの案を取り上げ絶賛したため この結果はですね 業界内でかなり大きな話題となったという風に言われています 藤本さんはですね それを受けて賞金を受け取ったわけでもなく 何か劇的に変わったわけでもないけど やっと水底、水の底から水面まで浮かび上がってきた気がした という風に手ごたえを語っております この金平入賞を機にですね 藤本さんは建築士事務所登録を行い 正式に藤本宗介建築設計事務所を設立します 逆にそれまでやってなかったんだって感じなんだけど でもそれまでに資格の勉強とかね 一級建築士の資格も勉強されただろうし その間どうやって食いつないでいったのかっていうのは 詳細には書かれていないんですけれども インタビューとかで語られているのはですね 藤本さんはなんと 親がお医者さんだったそうです 父親がお医者さんだったということもあって そういった生活もね もしかしたら何か援助を受けてできていたのかなと思うんですけれども そのお医者さんであるということが派生してですね なんと独立した後に病院の設計 病院の建築の設計を依頼されます 父親の友人から精神科医療施設の設計を依頼されます 藤本さんの父親は北海道で精神科病院を営む医者であり 藤本さんは幼少期をその病院敷地のすぐ近くで過ごしていたと どうやらその病院ではですね 患者さんを閉じ込められた病人という風に扱うのではなくて 自由を必要とする個人という風な考え方があったため 病院の敷地内に囲いはなくて 子供の頃の藤本さんは敷地内の患者さんから帰宅に挨拶をされるような環境で育ったと この経験はですね かなり今の藤本さんの考え方にすごい影響を与えているなという風にすごく思います というのはですね ここから児童心理医療施設という 小さい子が医療心理的な疾患を持つ方が入るような そういった施設の設計をしています その設計がすごく面白くて 白い箱が24個 直方体の箱が24個 緩やかに斜めになったり ちょっとずらしたりして24個並んでいるような そんな建物なんですけど 一見すると謎めいていて 非日常的な空間風景なんですけど 箱はですね 外と中を緩やかにつなげるような そんな配置がされていて くぼみというか 半個室的なコーナーになっているのが いろんなところにあると 50人の子供たちがそこで共同生活を送っているみたいなんですけど 時には一人で何か集中することもあるし 時には仲良し数人で でも時には大勢で何か隠れられるような そういった多様な暮らし方 多様な使い方ができるような 自動治療施設を設計した これがまた国際的評価をいただいたと イギリスの権威ある建築省である ARアワード2006グランプリを受賞したと ここで初めて国際的な名声を得ることになります この成功を土台に 藤本さんはその先日本国内に 数多くの独創的な住宅建築を手掛けていくことになります ここから ごめんなさいちょっと長いですね 藤本さんはいろんな住宅建築を手掛けていきます ハウスエヌというのは結構有名なんですけど 穴の開いた高い壁を 住宅の外壁に囲うように計画して その中で庭があったりとか 何か箱があって そこで住宅生活をするというような住宅を作って その中と外をすごく曖昧にするみたいな設計が すごく多いのが藤本さんの特徴なのかなと思っています そこから日本に留まらず 国内でいろんな建築をやった先に 今度はヨーロッパで 国際舞台でも大きく花開くことになります ベネチア・ビエンナーレ国際建築展では 伊藤豊さんを率いる日本館のプロジェクトの一員として 国際最優秀国家冠賞を受賞したりとか 翌年にはイギリスの伝統であるサマープロジェクトで サーペンタイン・ギャラリーパビデオンの設計で 史上最年少 42歳で史上最年少なんだ 選出されたりだとか 本当にそこからトブトリを落とす勢いで 国際コンペにもどんどん勝っていったというような キャリアを歩まれて ついに2025年には 大阪で行われる 大阪関西万博の会場プロデューサーを 手掛けたということで 藤本さんね かなり特殊なキャリアで 何かどこかの大きな建築事務所に入ったわけではなく 自分で何か街をブラブラして いろんなアイディアを膨らませていた 何もその時期に建築を作らなかったというのが 逆にアイディア発想力を膨らませる原動力となった というようなことがいろんな方からも言われているという すごく面白い建築家さんなのかなという風に思います という感じで藤本さん 藤本壮介さんの 生い立ちというかね キャリアを簡単に ご紹介させていただく会にさせていただきました いかがだったでしょうか 他の建築家さん この人も紹介してほしいよとか 壮さん目線でこの人どういう風に面白いかなとかいうのも ぜひコメント欄で教えていただけると すごく嬉しいなという風に思います 外と中を曖昧にするみたいな そういう建築が多いという風に言いましたけれども 最近藤本さんね 最近直近の大屋根リングも リングで囲っているんだけれども 中と外が リングの中は海外パビリオンになっていて 外は企業のパビリオンになっていたりとか 結構その外の中を分けてるんだけど リングすごい大きな軸組みなので 繋いでるようでちょっと隔てているような そういった曖昧な建築を作るのが すごい得意な建築家さんなのかなと思って 僕はすごく面白く見ています というわけで 藤本壮介さんについて 今日はご紹介させていただきました 何か参考になることがあったら コメント欄、いいねボタンもしくはコメントで 教えていただけるとすごく嬉しいです というわけで 今日の配信はこんな感じで終わりにしたいと思います また明日の配信でお会いしましょう バイバイ もっと見る #一級建築士 #大阪関西万博 #藤本壮介 #大屋根リング 建築業界で自分らしく生きていくラジオプレミアム放送配信中!15:171.チャプター1コメント感想・質問・応援メッセージを書こう さい2025年9月28日藤本壮介さんの外と中を曖昧につなぐ建築、日本の縁側みたいですね。関西万博でも大屋根リングは、上に登って季節を感じて過ごせたり下の日陰にも役割があったりで、まさに縁側みたいな機能を果たしていると思いました!返信
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