【古典の授業は必要?】「随筆」というコンテンツに出会って衝撃を受けた高校生時代。
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台本
・普段は1歳と2歳の年子ママをしながらSNSやブログで仕事するフリーランス。
・今日はvoicyのホットトピック企画→「古典は必要か?」が今の仕事につながってる
・この企画をみたときに知ったんですが「古典が必要ない」って言われてるとかなんとか。
結論から言うとなくさないでくれ!と思ってます。
確かに「生活に必要ない」の分類かもしれないけれど・・・自分の子供達が古典に全くふれずに人生終了するのはちょっと寂しいなと思う。と思う理由について話します
・私は5教科でいうと国語が好きなタイプだった
父親(小学校教員)専門が国語
作文を書くのが大好きだった
本を読むのも好きだったけれど頭の中で文章を考えたり、書くのが好きだった
夏休みの日記とかも得意
あったことを話したくてしょうがない ずっとしゃべってる子だった
読書感想文に命をかける
学内で賞がもらえると図書券がもらえる
自分はお小遣い制ではなく、ほしいものがあったときに申請するシステム
それで足りなかったわけではないけれど本屋大好きだったので図書券があると好きな本とか文房具かえるし がんばって書く、図書券もらうをやってた
中学の時も同じ手法。
学内で読書感想文選ばれると学外のコンクールに出されるようになった
ただ学内のでは何もいわれないのにコンクール用になるとその時点で先生の赤ペンがめちゃくちゃ入るようになって 中3ぐらいで真っ赤になって帰ってきた時にちょっと自分のなかでキレた
私の文章じゃないって
本も好きだし作文も好きだし一生懸命やってきたけど なんだったんだろうとおもって
そこから急にどうでもよくなって何を書いても伝わらないし楽しくない、が続いた
高校に入ってからもしばらく。ぶっちゃけ自分のクラスは結構あれてていろんな意味で自分守るのに必死。ただテストの点とれないと学校も楽しくないよな。思いつつも正直好きじゃない授業
ひまなときは本を読むスタイルになった。その時にであったのがさくらももこさんの「もものかんづめ」。エッセイというジャンルにドはまり。こういう文章があるんだ。
そしてその後高校で出会った古典が「枕草子」。随筆。1000年も前からエッセイってあったんだ!
今なら言語化できるけど「有益かではなく好きなことを文章にする」という文化があったこと、それが今もジャンルとして存在することに感動した
自分で枕草子を書こうという授業で「いとおかし」、つまり自分の好きなものをただ箇条書きみたいにあつめただけの文章を提出。「うつくしきもの」っていうののパクり。
→先生が授業で紹介、枕草子の本(現代語訳つき)をくれてとても嬉しかった。
人にどうみられるか読まれるかがしばらく怖かったけど それきっかけに
読書感想文も英作文コンクールも、エッセイコンテストも応募してガチった
賞がもらえたり先生にほめてもらえたり 他の人の目にふれても怖くなくなった
「自分の価値観ををきちんと伝える」ことの意味や大切さを学んだことが高校時代で
そのきっかけが枕草子だった。今コンテンツクリエイターとして、時々思い出してるエピソード
今でもへんなこといったら炎上したり、心無いコメントがついたり、人からどうみられるかは一生ついてくる
でもやっぱり何伝えたいのか、どう伝えるかを一生懸命考えることは大切。
これからAIがますます発達してきたら 「これ社会に出てから役に立つわけ?」っていうのが私たちの学生時代と比にならないぐらいたくさんでてくる。
だからこそシンプルにで「文学(とか歴史とか科学とか)を通して価値観とか人に出会う」っていう経験を自分の子供達にはしてほしいなと思う
(あと個人的には源氏物語の授業も最高に好きだったしまた学び直したいぐらいです)
・普段は1歳と2歳の年子ママをしながらSNSやブログで仕事するフリーランス。
・今日はvoicyのホットトピック企画→「古典は必要か?」が今の仕事につながってる
・この企画をみたときに知ったんですが「古典が必要ない」って言われてるとかなんとか。
結論から言うとなくさないでくれ!と思ってます。
確かに「生活に必要ない」の分類かもしれないけれど・・・自分の子供達が古典に全くふれずに人生終了するのはちょっと寂しいなと思う。と思う理由について話します
・私は5教科でいうと国語が好きなタイプだった
父親(小学校教員)専門が国語
作文を書くのが大好きだった
本を読むのも好きだったけれど頭の中で文章を考えたり、書くのが好きだった
夏休みの日記とかも得意
あったことを話したくてしょうがない ずっとしゃべってる子だった
読書感想文に命をかける
学内で賞がもらえると図書券がもらえる
自分はお小遣い制ではなく、ほしいものがあったときに申請するシステム
それで足りなかったわけではないけれど本屋大好きだったので図書券があると好きな本とか文房具かえるし がんばって書く、図書券もらうをやってた
中学の時も同じ手法。
学内で読書感想文選ばれると学外のコンクールに出されるようになった
ただ学内のでは何もいわれないのにコンクール用になるとその時点で先生の赤ペンがめちゃくちゃ入るようになって 中3ぐらいで真っ赤になって帰ってきた時にちょっと自分のなかでキレた
私の文章じゃないって
本も好きだし作文も好きだし一生懸命やってきたけど なんだったんだろうとおもって
そこから急にどうでもよくなって何を書いても伝わらないし楽しくない、が続いた
高校に入ってからもしばらく。ぶっちゃけ自分のクラスは結構あれてていろんな意味で自分守るのに必死。ただテストの点とれないと学校も楽しくないよな。思いつつも正直好きじゃない授業
ひまなときは本を読むスタイルになった。その時にであったのがさくらももこさんの「もものかんづめ」。エッセイというジャンルにドはまり。こういう文章があるんだ。
そしてその後高校で出会った古典が「枕草子」。随筆。1000年も前からエッセイってあったんだ!
今なら言語化できるけど「有益かではなく好きなことを文章にする」という文化があったこと、それが今もジャンルとして存在することに感動した
自分で枕草子を書こうという授業で「いとおかし」、つまり自分の好きなものをただ箇条書きみたいにあつめただけの文章を提出。「うつくしきもの」っていうののパクり。
→先生が授業で紹介、枕草子の本(現代語訳つき)をくれてとても嬉しかった。
人にどうみられるか読まれるかがしばらく怖かったけど それきっかけに
読書感想文も英作文コンクールも、エッセイコンテストも応募してガチった
賞がもらえたり先生にほめてもらえたり 他の人の目にふれても怖くなくなった
「自分の価値観ををきちんと伝える」ことの意味や大切さを学んだことが高校時代で
そのきっかけが枕草子だった。今コンテンツクリエイターとして、時々思い出してるエピソード
今でもへんなこといったら炎上したり、心無いコメントがついたり、人からどうみられるかは一生ついてくる
でもやっぱり何伝えたいのか、どう伝えるかを一生懸命考えることは大切。
これからAIがますます発達してきたら 「これ社会に出てから役に立つわけ?」っていうのが私たちの学生時代と比にならないぐらいたくさんでてくる。
だからこそシンプルにで「文学(とか歴史とか科学とか)を通して価値観とか人に出会う」っていう経験を自分の子供達にはしてほしいなと思う
(あと個人的には源氏物語の授業も最高に好きだったしまた学び直したいぐらいです)
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- 09:591.
1000年も前から随筆(エッセー)があることに感動した変態JKの話です
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