律蔵について②【#0625】
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律蔵について①【#0615】
https://r.voicy.jp/qkKnrXBgK1o
律蔵と部派分裂
律蔵のない仏教僧団はあり得ない。仏教僧団には必ず律蔵が伝えられ、一つの僧団には一つの律蔵があった。一つの集団が異なる法律を持つことはあり得ないからである。シャカムニ時代の仏教がその後も単一性を保持しながら存続していたのならば、現代には一つの律蔵しか伝わっていないはずだが、現実はそうではない。完全な形で残っている律蔵が6つあり、このことが仏教僧団が長い歴史の中で分裂してきたことを示している。
伝説ではシャカムニ滅後に、上座部と大衆部の二つに分かれた。これを根本分裂という。その後も分裂を繰り返し最終的には20ほどに分かれたという。
6本の律の名前は次のとおり
1 パーリ律
2 『四分律』
3 『五分律』
4 『十誦律』
5 『根本説一切有部律』
6 『摩訶僧祇律』
パーリ律や『根本説一切有部律』のように現在も使われ続けている律もある。
日本の仏教僧団はこの中のどの律も使用していない。日本に仏教が導入されたのは、国家権力が国を統治するためであり、比丘や比丘尼はそのプロジェクトの実行員(国家公務員)であった。国家公務員が律蔵によって、独自の共同体を運営することは認められず、国家の規則に従うことが求められた。
鑑真和尚が日本に律を持ち込んだが、それは出家作法だけを伝え、国家公務員としての比丘・比丘尼を生産するための手段で、その他の律は無視された。
出家作法は律蔵で厳密に決められた重要な儀式だが、律蔵が定着しなかった日本では、律蔵の権威はなく、次第に出家作法にも変更が加えられるようになった。教団ごとに違った出家様式をとるようになり、律蔵からかけ離れた儀式をとってもその団体における仏教出家者として認めら得るようになり、律蔵による厳密な出家儀式を執り行う団体は一つも無くなってしまった。日本の仏教は「律蔵なき仏教」という非常に特殊な状態なのである。
律蔵研究の意義
律文献は思想的な記述は少なく、仏教思想を理解する直接の資料とはなりにくい。しかし、そこに含まれる情報は多様であり、仏教の本質を理解するための最重要資料ともなりうる。
経と論は一貫した思想に裏打ちされているのに対して、現実の状況に対応しながら編纂された律は雑多な情報の集積のようであるが、その雑多な情報は現実社会の反映である。出家というテーマも経と論から理念的なことは知ることができるが、実際の作法や、その作法が示す社会性といった知識は律によらなければならない。
仏教を一つの宗教団体ととらえて、その現実の姿を社会との関連性の中で理解するということが、現代仏教の諸問題解決の鍵となる。日本仏教の「律を持たない」という独自性は、律をもつ本来の仏教の比較によって認識することができる。
参考文献
『出家とはなにか』佐々木閑
https://amzn.asia/d/9sjfCNA
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律蔵と部派分裂
律蔵のない仏教僧団はあり得ない。仏教僧団には必ず律蔵が伝えられ、一つの僧団には一つの律蔵があった。一つの集団が異なる法律を持つことはあり得ないからである。シャカムニ時代の仏教がその後も単一性を保持しながら存続していたのならば、現代には一つの律蔵しか伝わっていないはずだが、現実はそうではない。完全な形で残っている律蔵が6つあり、このことが仏教僧団が長い歴史の中で分裂してきたことを示している。
伝説ではシャカムニ滅後に、上座部と大衆部の二つに分かれた。これを根本分裂という。その後も分裂を繰り返し最終的には20ほどに分かれたという。
6本の律の名前は次のとおり
1 パーリ律
2 『四分律』
3 『五分律』
4 『十誦律』
5 『根本説一切有部律』
6 『摩訶僧祇律』
パーリ律や『根本説一切有部律』のように現在も使われ続けている律もある。
日本の仏教僧団はこの中のどの律も使用していない。日本に仏教が導入されたのは、国家権力が国を統治するためであり、比丘や比丘尼はそのプロジェクトの実行員(国家公務員)であった。国家公務員が律蔵によって、独自の共同体を運営することは認められず、国家の規則に従うことが求められた。
鑑真和尚が日本に律を持ち込んだが、それは出家作法だけを伝え、国家公務員としての比丘・比丘尼を生産するための手段で、その他の律は無視された。
出家作法は律蔵で厳密に決められた重要な儀式だが、律蔵が定着しなかった日本では、律蔵の権威はなく、次第に出家作法にも変更が加えられるようになった。教団ごとに違った出家様式をとるようになり、律蔵からかけ離れた儀式をとってもその団体における仏教出家者として認めら得るようになり、律蔵による厳密な出家儀式を執り行う団体は一つも無くなってしまった。日本の仏教は「律蔵なき仏教」という非常に特殊な状態なのである。
律蔵研究の意義
律文献は思想的な記述は少なく、仏教思想を理解する直接の資料とはなりにくい。しかし、そこに含まれる情報は多様であり、仏教の本質を理解するための最重要資料ともなりうる。
経と論は一貫した思想に裏打ちされているのに対して、現実の状況に対応しながら編纂された律は雑多な情報の集積のようであるが、その雑多な情報は現実社会の反映である。出家というテーマも経と論から理念的なことは知ることができるが、実際の作法や、その作法が示す社会性といった知識は律によらなければならない。
仏教を一つの宗教団体ととらえて、その現実の姿を社会との関連性の中で理解するということが、現代仏教の諸問題解決の鍵となる。日本仏教の「律を持たない」という独自性は、律をもつ本来の仏教の比較によって認識することができる。
参考文献
『出家とはなにか』佐々木閑
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横山瑞法のお寺の縁側ラジオ
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- 09:371.
日本の仏教は律蔵なき特殊な仏教
- 04:502.
それでも律を学ぶ価値
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