釈迦の出家と修行について〜出家は仏教だけのものでは無く、乞食は仏教出家者の生活の大原則〜【#0256】
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ゴータマ在世、当時のインドは厳格な身分制をとるバラモン教がインド社会(主に北インド)の基本原理であった。そのような時代の中で、バラモン教社会(俗世間)の中から飛び出して違う価値観の中で生活を行う人々が現れた。彼らは、バラモン教のとる生まれによって身分が固定される制度に反発し、「生まれではなく個人の努力によって幸福を得ることができる」と考えた。そして、それぞれの修行方法を研鑽し、家族や財産を顧みずに森の中で修行生活を送っていた。1人で修行する者もいたが、中にはグループを作って俗世間とは別の島社会を形成する者たちも現れた。そういった出家修行生活を営む人々が作り出した、沙門世界(シュラマナ:努力するもの)というより大きな島社会が当時のインドにはあった。
ゴータマが家族や身分、財産を捨ててカピラ城を出た際には、たった1人で出家・修行をはじめたと思われるかもしれないが、そんな彼を受け入れる沙門世界が当時のインドにはあり、彼自身もそれを承知して出家したのであった。
ゴータマは、沙門世界に入ると師を求めて修行法を学んだ2人の師につき教えを乞うが満足できなかったのか、その元を離れて独自の修行に励む。最初に苦行に取り組むが自らそれを辞めて、身体を安定させた状態での瞑想修行を採用する。そして、菩提樹の下で悟りを開きブッダとなった。(悟りをえたので今後はゴータマをシャカムニと呼ぶ)
ブッダとなったシャカムニのところに2人の商人が「食べ物を布施したい」と現れるが、シャカムニはその施しを受けるための鉢を持っていなかった。そこへ四天王が現れてシャカムニに鉢を与えられ、その鉢を使いシャカムニは商人たちから施食を受けて、それを召し上がった。そして、2人の商人はシャカムニの最初の在家信者(優婆塞)となった。
このエピソードは仏教教団が乞食(こつじき)という一般社会の好意に全面的に依拠した形での食事を得る方法を採用したことを示す象徴的なものである。もし、シャカムニ1人で仏教教団が終わるのであれば、「山の木の実を食べる」「残飯を漁る」や極端なことを言えば「餓死する」等の方法も採用できたが、数多ある方法の中から乞食を選び取った。この後、布教し同調者を集めていき集団を形成していく中で、乞食生活は仏教修行者の生活の大原則となる。
参考文献『出家とは何か』佐々木閑
https://amzn.asia/d/bfRWpoV
ゴータマが家族や身分、財産を捨ててカピラ城を出た際には、たった1人で出家・修行をはじめたと思われるかもしれないが、そんな彼を受け入れる沙門世界が当時のインドにはあり、彼自身もそれを承知して出家したのであった。
ゴータマは、沙門世界に入ると師を求めて修行法を学んだ2人の師につき教えを乞うが満足できなかったのか、その元を離れて独自の修行に励む。最初に苦行に取り組むが自らそれを辞めて、身体を安定させた状態での瞑想修行を採用する。そして、菩提樹の下で悟りを開きブッダとなった。(悟りをえたので今後はゴータマをシャカムニと呼ぶ)
ブッダとなったシャカムニのところに2人の商人が「食べ物を布施したい」と現れるが、シャカムニはその施しを受けるための鉢を持っていなかった。そこへ四天王が現れてシャカムニに鉢を与えられ、その鉢を使いシャカムニは商人たちから施食を受けて、それを召し上がった。そして、2人の商人はシャカムニの最初の在家信者(優婆塞)となった。
このエピソードは仏教教団が乞食(こつじき)という一般社会の好意に全面的に依拠した形での食事を得る方法を採用したことを示す象徴的なものである。もし、シャカムニ1人で仏教教団が終わるのであれば、「山の木の実を食べる」「残飯を漁る」や極端なことを言えば「餓死する」等の方法も採用できたが、数多ある方法の中から乞食を選び取った。この後、布教し同調者を集めていき集団を形成していく中で、乞食生活は仏教修行者の生活の大原則となる。
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