TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#667 人生を考える...成功?それとも納得?11:43 10月29日 196再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次人生を振り返る基準:成功か納得か?「成功」が招く他者の視線と罠納得こそが自分と向き合う術成功と失敗に囚われない生き方納得へ導く全力を尽くす生き様AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 山梨県の甲州市、武田信玄公の母大寺、縁日の留宿を務めております古川周券と申します。 きょうもどうぞよろしくお願いいたします。 # 「人生を考える」に最もふさわしいテーマ 今日は、人生を考えるということで、成功、それとも納得、というお話をしたいと思います。 このVoicyで、私は時々、その人生を考えるという大きな括りで、お話をさせていただいているんですね。 これは、この人生を貫いて、自分のテーマとなるような大きな問題の時には、人生を考えるというふうに、振りかぶったテーマですよ、と、皆さんにお伝えしようと思って、枕につけているんですけれども、 それこそ、この今日のお話は、人生を考えるというのにふさわしいお話だと思います。 自分の人生を振り返って、評価する。良かったと思うのか、いけなかったと思うのか。最終的に誰もが、時々たちともあって、自分の人生を振り返りますよね。 その時に、良かったと思えるのか、どうだったか、これは結構大事な問題なんですね。 だけど、何を基準に自分の人生を判断するか、それは成功で判断するのか、それとも納得で判断するのか、これってずいぶん違うことなんですよね。 成功で判断するってどういうことかというと、それは結果を見て決めるということですよね。 そうすると、自分の思い通りの結果が出ているならば、ある程度納得するということはできるかもしれませんけれども、結果が出なかったらどうするか。 もう成功とは言えないですよね。成功と言えない時って、なかなか納得できないんだけど、でも成功が失われてしまったら、もう納得するしかなくなるわけですよ。 受け入れて納得する。だから納得っていうのは幅が広い言葉なんですよね。成功って幅広くないんですよ。見たら分かります。成功か失敗か。自分の思い通りになったか、ならなかったかって、これはとても分かりやすいんですよ。 でも納得っていう場合には、要するにうまくいったから納得、自然に納得できる場合と、うまくいかなかった、成功とは言えなかったという時に納得できるかどうかって、ここがポイントなんですね。 だから今日のところで成功か、それとも納得か、みたいなことをしている時には、納得の中の意味がちょっと違ってくるんですよ。普通は思い通りにならないと納得できないんですよね。 でも人生を考えるという大きな国の中では、結局人生かけても思い通りにならないことっていっぱいあるわけですよ。だからこの場合の納得っていうのは、思い通りにならなかった時に納得できるかっていうテーマになるわけですよね。 そう考えると、この自分が思いのままにいかなかった時に、どうやって自分通りをやり遂げて、どうやって納得していくかって、これが大きな問題になるってことなんです。 でも実はこれってある意味では答えが出ているところがあるんですよ。というのは、短いスパンで考えれば思い通りになることもあるわけですよ。 そしたら自然に納得できますよね。だけど長い人生を重ねていくと思い通りにならないことが多いし、年とともに思い通りにならないことが増えていくわけですよね。 これってやっぱり人間って能力に限界がありますから、やっぱり自分の思うように生きることなんてできない。誰もが1個思い通りにしようと思ったら、その分だけ10個我慢したらならない、なんてことになるわけですよ。 そうすると最終的に自分はこれさえできれば後のことは我慢するよって、自分が一番大事にした1個さえ守られれば、それで納得できるってなるんですね。 でも本当の問題は、そんなこと言うけどこれだけは絶対と思う一番大事なものが思い通りにならないことって人生はよくあることらしい。むしろほとんどの場合そうなるんではないかなって思うんですね。 なぜかというと長年努力して人生を歩んできたけど、最後に自分が衰えていってこの世から退場する時にはやっぱり寂しいんですよ誰もが。 努力して努力して努力して一生懸命やってたけど理不尽にもお前できたことができなくなっていくって衰えていくわけですよ。理不尽にも病気になることもあるって。 そうすると同じものがずっと続いていくってことは、実はとっても珍しいことだってことに気づかされるんですね。 私たちの苦しみって命だから限りがあるって、自分の能力にも限界があるし、体って儚く脆いもんだってこともあるんですけど、同時に無情ってことですよね。 ひたひたと時間が迫ってきてどんどんどんどん追い立てられていって、そして自分が得たと思っても油断するとすぐ失われてしまう。 それにどんどんどんどん劣られていって昔で言ったことがダメになっていくって。 時間ってものがどんどんどんどん自分に迫ってくるってことの破壊力ってか時間の怖さってことですよね。 無情ってことの凄さ恐ろしさってことをやっぱり実感するわけですね。 # 「成功」を気にする時には こうした事情を踏まえた上で、今日お話ししたいと思っていることは、この成功した人生という時に、なかなか成功って難しいってことだけじゃないんです。 そうじゃなくて、人生を結果から見て、成功って考える時に、実はこっそり他人の視線というのが隠れて、張り込んでるんですよ。 成功って、自分だけが納得して満足してってことってあんまりないんですね。 成功したかどうかって、結局周りでそれを見てる人の承認が得られるかどうかってことが自動的にくっついてきちゃうんですよ。 もし他人の目が気にならなかったら、成功なんてことを多分口にしないですね、私たちは。 成功か失敗かという時に、みんなが評価するものを自分が実現できたかどうかって。 そうすると、やっぱり競争とかあるわけですよ。 それをクリアして、他の人よりも優れたところを見せないと、成功って言えないって。 それを成し遂げたとしても、誰も評価してくれないようなものを、そういうのをいくら積み重ねても、成功した人生ってなかなか思えないですよね。 そういうことを大事にする時には、自分が積み重ねてきたことに対して、成功って言い方をしないんですよ。 やり遂げたとか、納得したとか、それを続けてきたってことは言えるかもしれないけど、あれをして成功したという時には、他人からの視線、他人からの賞賛が入り込んでいくんですよね。 ということは当然、他人との比較が入り込んでいるわけです。 だから、この成功か納得かっていう問いの立て方をした時に、成功って言う側方を採用すると、自動的に他人からの承認、他人からの評価ってことを、自分の評価の中にこっそり織り込んでいるってことが起きているってことです。 これは人間の差がなんだけれども、それを無自覚でやっていると、やっぱり苦しくなってくるわけですよ。 だから、自分の人生と本気で向き合う、一生懸命向き合う時に、成功ってことは危険だぞって、成功ってどっかで自分と向き合う時に目を反らす、自分の目を反らさせていくんですよ。 他人の視線を気にするってことは、他人の目を借りて見るってことなんです。 他人の評価を借りて自分を見るってことじゃないですか。 その瞬間って、自分ってどっかで自分のことを自分で評価するっていうところが逃げてるんですよね。 みんながチヤホヤしてくれる。みんなが評価されるから安心。 自分でやっていることは間違いないんだって、やっぱり誰もが思いたがるんですよ。 でも、それって自分と向き合えてないんですよね。 そういう恐ろしさがあるんです。 # 自分と折り合いを付け、自分の人生を引き受ける それに対して、納得ということを言う時に、納得には他人の視線は入っていないんですよ。 上手くいこうが、上手くいく前が、自分自身との折り合いということなんですよ。 自分の思う自分の姿と、現にある自分の姿のずれ、相というものがテーマになってますよね。 でも、この場合には、あくまでも他人がどう言おうと、結果に対して自分がそれをどう引き受けて、どう受け止めるかということにかかってくるわけですよね。 だから、前段階として、他人が評価してくれないということもあるんですよ。 でも、他人が評価してくれないとか評価してくれるとかって、いろいろ他人の目線、他人の評価基準が入り込んでくるんだけど、 最終的には、自分自身がそういう状態と折り合いをつけることができるかということに尽きるんですね。 だから、そういうことも含めて、自分自身との折り合いをどうつけるかということが、ある意味では自分とちゃんと向き合うことだということを自覚的に知る意味からでも、 自分の人生を振り返るときに、成功・失敗で振り返ろうと思っているのか、それとも深いところで、その成功・失敗とは違う尺度、深いところで自分との折り合いをつけるときに何が大事か、何をして自分は自分と折り合いをつけるんだろうか、 そこを徹底的に考える必要があるなというふうに思うんですね。 大事なことは、良かろうと悪かろうと、自分の命、自分のこの生というのは、人生というのは思い通りになるかどうか、実はなろうがなるまいがルーレットには物なんですよ。 自分の力でできることって限られてます。だから、成功して喜ぶのも、ルーレットで勝ったことを喜ぶだけですから、本当に自分の力を正当に評価したか、努力を正当に評価したかというと、 まず、たぶん、おそらく、もう衣だけで膨らんじゃったエビみたいなもんで、そんなこと、実情とは合ってないんですよね。 だから、成功したからと言って喜ぶのも間違ってるし、失敗したから自分がダメだと思うのも間違いなんですよね。自分の能力なんてそんなに大してないわけですよ。 だから問題の確信はどこにあるかと言うと、一生懸命自分の人生だから生きるんだけど、結果どうあろうと、それを自分で引き受けて納得するためにどうするか。 やっぱり、ひいものぐるいで努力しなければ、納得できないときもあるし、対して、努力しなくても、なんとなく俺がついたことがあるんですよ。 でも、大事なことは、うまくいこうがいく前が、全力を尽くして自分の人生を生きたかって、結果から振り返って納得するかどうかじゃなくて、 自分自身の中に基準を持って、これはやるとける、これはやるとける、これはやるとけるって、その上で、たとえ、わずか、ほんのに30秒ぐらいの振り返りになっちゃうかもしれなくても、 それでも、自分の人生はここだって、これが自分の人生だって言えるようなところを探していって、努力するって大事だなって思うんですね。 # 終わりのあいさつ さて、今日もお聞きいただきまして、本当にありがとうございました。 どうぞ、良い1日をお過ごしください。 もっと見る #人生を考える #成功か納得か 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:151.初めのあいさつ05:162.「人生を考える」に最もふさわしいテーマ02:483.「成功」を気にする時には03:164.自分と折り合いを付け、自分の人生を引き受ける00:095.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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