TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」仏法で言う法とは一体なんだろう?12:10 2024年10月6日 164再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次ダルマ大師と禅の起源を探る仏法における「法」とは何か?座禅と日常のつながり満ち足りた状態とは?真理のつかみ方とは?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅。 私は遠通自住職方言と申します。この番組は身近な生活の中の仏教や禅についてお話ししている番組です。 教育についてもお話ししています。 # 法とはなんだ? 10月5日、昨日はダルマ祈という、そういう供養の日でした。 ダルマ祈というのは、みなさんが知っているダルマさんて、 赤い、まん丸い目を入れる、お正月に買うものです。 そのダルマさんの元となったというか、 あれ自体が、座禅を組んだ姿を、ああいう形にしているんですよね。 みなさん、ダルマ落としとかでも知っているかもしれませんが、 そのダルマさん、実在したお坊さんなんですね。 禅宗のお坊さんです。 禅宗のお坊さん、その時、禅宗なんていうことを言っていたかどうか、 ちょっと私はわからないんですけど、 お釈迦様から始まりですね。 我々、菩提、ダルマ大和尚って言っているんですけど、 そのダルマ大和尚がですね、インドから中国へ渡り、 中国に、不況に来たわけですよね。 そこで、消防玄像という、 聖伝の、要するにお悟りを伝えに来たんですよね、中国に。 あまり書物とか残されている文献は少ないそうなんですが、 そこでですね、 スーザン・ショウリンジというお寺が中国にありますけれども、 そこで、面壁苦伝って言うんですけど、 面壁というのは、壁の方を向いて、9年間座禅をしたと言われています。 そんなことで、座禅をしている姿から、 ダルマというのがね、今皆さんが知っているダルマさんというのができたということになります。 そしてその後もですね、エカというお弟子さんがいて、 そこからですね、ずーっと長く弟子に法を継いでいくんですね、 聖伝の仏法をですね、受け継いがれていきまして、 相当宗の、まさに私の所属している宗派、相当宗の道元禅師に伝わり、 そして日本の禅宗のお寺ですけれども、相当宗にずーっとつながってきていると。 私も実際にその法を継いでいるわけなので、 皆さんですね、禅宗のお寺さんはこのダルマさんが、ダルマ大和尚がですね、 の所まで行き着いていくということになるわけですね。 辿っていくと。 この伝わっている法と言われているものなんですけれども、 要するに簡単に言えばその悟りということなんですけれども、 そういう知識としての教えではなくて、 そうした救いの道、その法を伝えていくというのが、我々僧侶の役目の一つでもあるということになるわけです。 で、今日ですね、ちょうど、今日というか昨日か、 昨日ですね、山で学ぼうというね、毎月第一土曜日にやっている、 イベント的にやっている、そういうネーミングでやっている座禅会、 そして社教会、そして茶道。 茶道はお茶を楽しむ喫茶子という名前にしていますけれども、 この三つがですね、同じ日に行われるということで、 そういうイベント的なことをやっております。 で、昨日はですね、東道、前住職ですね、東道からですね、話が、法話がありまして、 その中でその法についての話がありました。 その法についての話なんですけれども、 まず法って何かというと、という話なんですね。 法って一体何なのかという話だったんですね。 で、法律で、法律って一般的に言う法ですね、法律の世界の法というのは、 水、山水に去ると書くから、水分をすべて抜き去った後に残ったものを法というんだという風に、 法律の世界では教えるという風に、 まあその、どこかのね、法律の法学部の、まあ多分その教授からですね、 そういうことを聞いたことがあるそうです。 ですが仏教の世界ではそうは言わないよというところで、 川の流れそのもの、上から下に流れていく、流れ去る様子を法というんだと。 まさにそれって、目の前にある様子、たまたま川をたといに出しましたけれども、 そうした様子、今だったら何が見えているんでしょうかね、皆さんは。 それぞれの景色が違うと思いますけれども、このボイシーを聞きながら見ている景色がある。 まあ耳で聞いているわけですから、耳の様子で言えばこの私の声が響いているというのが法ですよね。 目で物を見ているのであれば、見ている景色そのものが法です。 何かをもしかして口に運んで食べていたり飲んでいたりするなら、その味が法です。 肌で暑いな寒いなとか、何か触れている感触を味わっているならば、それが法です。 つまり、この体の機能を使って感じている様子そのものが法であると言えるでしょう。 仏法と言えますし、命の働きとかって表現もするかもしれないし、仏性と言ったりもしますよね。 つまり、そういう様子そのものが一体何なのかって話になってきちゃうとまたずれてしまうんですけれども、 そういう様子があると。それで十分足りないものもなく、満ち足りている。それで満足できる。 他に何も求めない。そこに安住しきっている。その様子が法って言うんですね。 どうでしょうか。皆さんは今自分の置かれている様子に安心しきっていますでしょうか。 何か足りないなとか感じていますか。物足りないものがありますか。どうでしょう。 全て満ち足りているとそこで思えるかどうか。どうでしょうかね。 何か不足があるんでしょうか。見ているものに。もう少しこういう風に見えた方がいいとか。 もう少しこんな風な聞こえ方をしていた方がいいとか。そういうことがありますかね。 その辺のところで事実っていうものをしっかりと見極める必要があるんですよね。 これが私たちが座禅をしながらいつも求めているところになるわけです。 # 終わりのあいさつ なんかこうはっきりしない、つかみようのない話だなーって感じるかもしれませんが これが真理と言われているとこですよね つかめてしまったら それは真理ではないですね 思いっていうものも 出てきては消え出てきては消え 消え去っているんですよね だけどそれをつかんでしまうとそれは 違うものになってきますよね握りしめてしまうと迷いのもとになってきます 悩み苦しみ迷いのもとになるわけです このつかまない 手放した 手放している様子 手放す必要すらないんだけれども握ろうとしない様子 そのままで安心して生活できる そこに豊かさと幸せがあるってことです ぜひですね 今言っている私の言っていることが理解できる人できない人いると思うんですけれども 何言ってんのかなぁとねなんか不思議な話してるなぁというふうに思う人もいらっしゃるかもしれませんが まあ何度か聞いていただいてもいいですしわからなかったらですねぜひ コメントご質問していただければいいです それから まあ dm 等でね連絡いただいてもいいですし まあ何かねアクション起こしていただけるとまた次につながると思いますので また次のボイシーでねお返事もできるかもしれませんしぜひぜひですね 今日聞いて感想 ご意見でもいいです いいねフォローはぜひよろしくお願いいたします そんなわけでですね まあたった10分ぐらいの話なので それで 腑に落ちるとか すっきりものが見えるとかってことがないかもしれませんけれども ぜひぜひですねこれをきっかけに何か人生 考えるヒントにしてもいただけたらいいかなと思います それでは今日も聞いていただきましてありがとうございますまた次回お会いしましょう さようなら もっと見る #マインドフルネス #禅 #仏教 #法話 #お坊さん #達磨大師 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:181.初めのあいさつ09:262.法とはなんだ?02:263.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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