TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」プライドは程よくあれば良い09:53 2024年10月30日 181再生 問題を報告する 再生する シェアする プライドって高くても低くても問題になります。生きづらくなる。どうしたら良いのだろう。そんな話です。AI目次程よく持つプライドの重要性とは高いプライドと低いプライドの落とし穴自己中心的プライドの弊害とは?仏教的視点から見た理想のプライド自信とプライド、その違いはどこに?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ ソウル方言の座らない座禅。私は遠津寺住職方言と申します。この番組は身近な生活の中の仏教や禅、 教育についてお話ししている番組になります。 # プライドは高くても低くても良くない 今日のトークテーマは、「良いプライド・悪いプライド」ということで、プライドについてのお話をしようと思っています。 プライドが高いというのは、高い人はですね、私自身もそういうところがあるなんて自分で思っています。 すごく生活しづらいですよね。要するに、自分の非を認めない部分がある。 要するに、自分が人よりも劣っていることを認められない、みたいな、そういう部分を持っている。 それってすごく生活しづらいじゃないですか。本当の自分というのを認められないわけですから。 能力がないとか、そういうところを認められないわけです。 これはすごく生活しづらい。プライドが高いということですね。 仏教で言うと、サンスクリット語のマーナって言うんですけど、マンっていうね、傲慢のマンっていう字が当てられますけれども、 マンっていう部分に当たるんじゃないかなと思います。 傲慢な態度。それはプライドが高すぎる。悪いプライドに当たるんじゃないかなというふうに思います。 自分の非を認められない人と比較して、自分が認められていないと気が済まないとかね。 そういうのがプライドの高い人なんでしょうね。 周りが自分と同じ考えでないと許せないとか、そういう人もいると思います。 プライドが高いということはですね、人の気持ちを理解しようとしたりとか、他の考えを受け入れようとしたりとか、そういうのができないということになるわけですよね。 先ほどちょっと言ったんですけど、私自身もそういう部分があったなって思います。過去を振り返ると。 すごい生きづらかったし、失敗をしたくないから挑戦もしなくなってくる。 これはすごく悪いですよね。 私の場合はですね、ちょっと話ずれてしまいますけど、失敗してもいいやって思えるようになったし、 別に失敗したからといって何か傷つくわけでもない。自分にしか傷つくわけでもないし。 そういうことに気づいたから、別にプライドみたいなものは捨ててしまおうというふうに思ったんですね。 これは本当に毒ですね。仏教で言う三毒って、とんじんちってよく出てくるんですけど、 そのとんじんちにもね、三毒には入らないんだけれども、それと当たるぐらいの毒と言ってもいいと思うんですね。 まんって言うんですけど。 で、この悪いプライドなんですけど、もう一つ仏教で言うと、このまんにあたるのは、前にも言いましたけれども、ひげまん、ひげするっていうまんですね。 自分なんてどうせできないみたいな。自分なんて自分なんてっていうふうにして、人と比較して自分は劣っていると決めつけているっていう、その決めつけですね。 これは傲慢な人と変わらないです。プライドが高すぎる人と同じ極端ですね。 両極端になりまして、そちらも同じように毒ですよね。これは人に迷惑をかけます。周りの人が不幸になる。 例えば、良かれと思って、例えば誘ったことを、私なんてと言って断るっていうような人いらっしゃったりすると思うんですね。 こういうのやってみたらとか言ってても、私なんか、いやできませんなって言ってやらないとか。周りの人も嫌な気持ちになってくるじゃないですか。 勧めても勧めてもそれに乗ってこないっていうのは、いい気分じゃないですよね。 これ、ヒゲするってことも、そのプライドが高い人と同じですね。同じように問題、悪いプライドと言えるかもしれません。 プライドが高いっていうことと低すぎるってことは、同じくらい苦しみがあるというふうに思っていた方がいいかなと思います。 良いプライドっていうのは、自信を持っているってことだと思うんですね。 単純に。自分の進むべき道が間違ってないなと。 これが自分の進むべき道っていうのは、自我によって決められた道だと、自分が勝手に決め込んだ考え方で進んでいくってことになってくるわけですけど。 これが仏教で言ったら、例えば心理、お悟りの道であれば、これは自分が決めたことではなくて、本当にそうだってことじゃないですか。 誰が聞いても誰が見ても間違いのない道だと。100人いたる100人全員が納得できる道であるということであったら、そこは自信を持っていいと思うんですよ。 ですから、自我によって決めた、善も悪もないような、どっちだっていいようなこと。いっぱいあると思うんですよ。 白だろうが黒だろうがグレーだろうがピンクだろうが、何だっていいようなこと。 それを自分の趣味で持って、こうじゃなきゃいけないって決めつけてしまうのは悪いプライドだけれども。 どう転んでもいいけれども、例えば皆さんで話し合って決めた方向性とか、それに乗っていれば、方針に乗っていたら、そこは自信を持って突き進んでいくということでいいと思うんですね。 ただこれが人と位置を外れていた、人を傷つけるようなことになっているようなことであったら、それは自信を持って突き進むべきではないですけれども、周りの人を幸せにするような、万人が幸せになるようなことであれば、自信を持って突き進んでいいと思うんです。 そういう自信を持って突き進む力を持っているということは大事だと思うんです。 それをプライドというのか分からないんですけれども、自分という捉えも色々あると思うんですけれども、自我による自分ではなくて、本来の人としての自分、そういった働きを大事にしているということは、 人生を豊かにしていくと思います。ですからこの自信を持って突き進めるというのも良いプライドと、私なりに捉えて今日お話ししてみました。 # 終わりのあいさつ 今日は良いプライド、悪いプライドというお話をしてみました。 プライドって聞くとですね、 どういうイメージを持っていられるのか、 人によってね様々だと思いますけれども あのプライドを表でいっぱい的に言ったり 逆にプライドが高すぎることで 息づらさを抱えている方もいらっしゃる 本当にですねこの 極端な 発想じゃなくてですね 仏教でいう中道ですよね 真ん中のあたりちょうど心地よいプライドを持つというのが一番いいんじゃないかなと いうふうに思います。 それでは今日も聞いていただきましてありがとうございます。 いいね、フォロー、コメントなどもぜひお寄せください。 それではさよなら もっと見る #禅 #仏教 #お坊さん #良いプライド悪いプライド 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:181.初めのあいさつ08:352.プライドは高くても低くても良くない01:023.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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