TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」音と声の違いってある?11:03 2025年1月9日 231再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次音と声、4歳児の純粋な視点とは?日常の音への捉え方、その違いとは?感覚のずれから生まれる心の葛藤とは?子供に学ぶ、純粋な心のあり方とは?自我と純粋さ、その狭間にあるものとは?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。僧侶方言の座らない座禅の時間です。 私は遠津寺住職方言と申します。 救いのある仏教、禅、子育て、人育て、教育などについてお話ししています。 # 声?音?どう違う? 今日は寒いですね、今朝は。 昨日も寒かったですけれども、ここ数日、急に寒さが増してきたというか、 日本海側の方は大雪だそうですね。 本当にいかにも冬というような感じの寒さが来たなという感じがしますね。 この寒さというのも人によって感じ方が違うんですよね。 面白いなと思いますよね。 寒いと言って共感してくださる方もいらっしゃるだろうし、 まだまだ暖かいと、全然寒さは感じませんよという人も多分中にはいらっしゃるんですよね。 それこそ同じ部屋にいても何も感じない心地よく過ごせる人もいれば、 寒いと感じる人がいたり寒いと感じる人がいたり、 もちろんそれぞれの服装の違いもあるでしょうけれども、 感覚の違いみたいなものがあるじゃないですか。 だから、夏とかはエアコンの温度設定とかで家族の中で揉めるとかね、 そういう話もよく聞きますけれども、 それって感覚って人によって全然違うんだなというふうに思うんです。 そんな中で、先日というか、先日もあったんですけれども、 私の一番下にいる娘、今4歳なんですけれども、 そろそろ5歳になるというぐらいの年齢です。 音とか声とか、周りから聞こえるものを全て声とまとめて表現するんですよ。 それこそ救急車とかバトカーとかのサイレンというのかな、 ピーポーピーポーとかウーとか、そういうのを聞くと声って言うんですよ。 これってすごく真理というか、そうだよなというふうに私は思うんですね。 全部声。鳥の声とかもそうだし、私たちが喋っている言葉も声だし、 ピアノの音とかも声って表現するんです。ピアノの声って言ってるんですよ。 そういう聞こえるものを全て声というふうに捉えているんだなというふうに思うんです。 もちろんね、それをこれは声でこれは音でしょって言えば理解できると思うんですけど、 でもそれって考えの上で私たちが分けているだけであって、 全部音である。私なんかは全部音っていうふうに思うんですけど、 それをまとめて声って言葉と上で表現しているだけであって、 全部同じで違いないんですよね。耳に響いている様子っていうのは変わらないんですよね。 だけどその後に私たちがそれに対して認識した後に評価するわけじゃないですか。 良いとか悪いとか、その中身について問題にしたり喜んでみたりするんじゃないですか。 同じ音を聞いても。音っていうのはその人その人の言葉を受けた後に、 誰かから聞いた言葉を受けた後に喜んでみたり悲しんでみたりするんですよね。 怒ってみたり、そういうことってあると思うんですね。 これって例えば救急車のサイレンの音とか、そういうのもそうだと思うんです。 例えば私、昔のことをいろいろ思い出すと、救急車のサイレンの音を聞くと、 すごく不安になったりとか心配になったりした時期ってあって、 その時っていうのは、それはただのピーポーピーポーっていう音だけなのに、 そこに自分なりに、自分で勝手に問題を作ってたんですよ。 要するに私の体としては、その音が響いているだけなのに、 それ以上にいろいろ想像して、自分の今までの経験だとかそういうものと重ねて不安になって、 手を合わせたりとかすることをしてた。別にそれが悪いとかってことじゃないと思うんですけど、 いちいちそんなことやってたら、生活が成り立たなくなってくるわけじゃないですか、実際は。 だけど、人ってそうやって問題を作っていくっていう癖があるんですよね。 どんどん悪い方向に行くというか、負の感情に支配されていくような、そういう雰囲気って分かりますかね。 ですから、音は音であると。仮にそれが声って普段私たちが言っているものであっても、 耳からしたら声も音も同じですよね。ただ響く、響いているだけ。 まずそれが真理として、事実としてあるということ。 そしてそれはその時その時で立ち消えていっているということ。 ここに目を向けるということがどれだけ大事かということ。 これって私たち普段生活していく中で忘れていることだと思うんです。 その場だけで、そのばっきりで全てが消えてなくなっているんですよね。 その声にしろ音にしろ何にしろ。 だけどそこにこだわって握っているというのは、自分の頭の記憶だとか、こだわりみたいなところで握っている。 要するに自ら問題にしている。しかもそれを人から与えられたものだと思い込んで問題にしているという様子があるんですよね。 そこに目を向けていかないと、私たちの善の修行、修行とか言うと、勝手に私はお坊さんじゃないしとかになっちゃうんだけど、そういうんじゃなくて生き方の方向性というのがずれていってしまう。 ここを大事にしようよというところですよね。 事実に触れるというところ、そこを大事にしたいですよね。 小さい子供の頃はみんながそういう風にできていたんですよ。 うちの娘だけは特別なわけじゃなくて、みんながそういう風にできていたんですよ。 だけどそれができなくなってきてしまうんですよね。成長すると。 それがいいことだという風に捉えることもできるかもしれないけれども、だけど以前自分が小さい頃はできていたことなんだから、それにまた戻ることによって自我というものが邪魔していた部分がなくなる。 要するに自我ができたからこそなくすことができるということがあると思うんですよ。 もともとなかったもののままだったら、わからなかったものが、自我というものが芽生えて、それが逆に邪魔をするようになったら、それを今度もともとないんだなということに気づくような方向に持っていくということはすごい大事なんですよね。 だから子どもから学ぶというのは、そういう純粋さというところで勉強させられることがたくさんあると思うんですね。 # まとめ いつかこの話をしたいなと思っていたんですが、 今日たまたまちょっとふと思い出したので話すことができました。 ごくごく当たり前の生活の中にこういうことってあると思います。 小さい子供を見ていると結構いろんな場面でそういう風に大人が否定してしまうような いやそれは違うよって言ってね、否定してしまうようなことの中に 実は真をついていることって結構あったりするので、 ぜひですね、そんなところを目を向けて見てみるとですね、 近くにお子さんがいらっしゃるような方はですね、 そういう風に見てもらうと学びになりますよっていうところで見てください。 ただですね、なんか気づいたことがあったらコメントいただけると、 そういうのをシェアしていただけると皆さんの学びにもなりますので、 ぜひよろしくお願いいたします。 それでは今日も聞いていただきましてありがとうございます。 また次回お会いしましょう。 それではさよなら。 もっと見る #禅 #仏教 #音 #事実 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:211.初めのあいさつ09:292.声?音?どう違う?01:143.まとめコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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