TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」花に善悪はあるの?09:28 2024年4月11日 192再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次花に善悪はない?真理とは?善悪の捉え方の違いとは?人間の迷いと仏道修行の根源事実と感情、現実と迷いの狭間真理への目覚め、そして悟りとは?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅。私は遠津寺副住職方言と申します。この番組は身近な生活と仏教禅についてお話しする番組です。 今日は禅悪についてのお話しをしようと思います。 # 善悪 今日はですね、善悪についての話をしようと思います。 先日の花祭りの時に 外に 野立用の傘を出してたんですけれども、そこにあの なんていうか 空がね、下げられていまして 花に善悪はないっていうような 内容なんですけど、ちょっと言葉ははっきりと覚えてないんですけど まあそういったような内容が書かれた ものがありました 良い花、悪い花っていうものにはないと これはあの真理を表してるんですね、物事の 真理真相っていうところには善悪っていうものは存在しないってことです まあこのことがですね、なかなか 伝わらない だろうなというふうに思います。善悪がないって言っちゃうと じゃあ世の中全て何やってもいいのかっていう極端な発想になってくる人がいるんです けど そういうことじゃないですね。人は必ず 善悪ではないけれども何かこう 良さそうなことをしたいなっていうふうになってるんですよね 人間ってそういう人が喜びそうなことをやったり 良さそうなことをやることによって周りの人が笑顔になることを喜びとして感じるようにできてるんですね、なぜか でまぁ言葉として善悪って言葉があるから 自分にとって都合の良いことを善と言ったり自分にとって都合の悪いことを悪と言ったり するんでしょうけどそういうものさし自分の都合というものさしで善悪を決めていく っていうことはちょっと違うんですよね 真理っていうところを見ると まあその事実ですよね目で見たもの耳で聞いたこと 香り舌で味わったものそういったものにすべて 善とか悪とかないじゃないですか 目で見たものをどんなに 嫌に感じるようなものであったとしても目は善悪を言わないんですよね 見た景色に対して良いとか悪いとかっていうのは捉えた脳の方 その人の価値評価の方で善良いとか悪いっていうことを言うんだけれども まあそうじゃなくて物事そのもの自体には良いとか悪いはなくてそのことがその ようにあるということがあるわけです 仮にね誰かが人 いじめていたりしたとしてもですね そのこと自体その見えている様子そのものはそれがそのようにあるということが真理ですね それに対してやに感じるのは当たり前のことで それ嫌だから嫌に感じるからやらないっていうことになるわけじゃないですか止めるとかね それは自然な行為であって別にそれを否定しているわけじゃなくてですね 本当にこう物事の真理っていうのは善悪がない様子の中で私たちがまずね なんていうか一番最初のその事実その出会い頭の様子っていうのはそこに善悪がないって いうことなんですよね それを真理としてそのような 表現をするわけです花に善悪はないと いうふうないいことを言うわけですあの それがまず根本にあるということそれが物事の土台になっているってことを知らないで そこを大事にしないでその後に自分がどう感じたかとかどう思ったかっていうところ ばっかりが土台だと思って勘違いして生きていくと 地に足がついてない状態になるわけです ですから 真理っていうところはそこじゃないっていうところを知らないと人は迷うんですね なんで迷うかというと人によってその価値観というのは違うから 立場によって税額が変わってしまうから必ず争いが起きたり迷いが起きたりするよう になってしまうんです 大前提事実としてそれがそのようにただある あったね その時そのようにあった あったって過去になった時点でそれも幻のようなものですけれども 事実っていうのは目の前に今ここに目の前に起きているその様子そのもの 事実というわけですそれが真理であって それが大前提出会い頭大前提なわけです その上にその思いっていうものが出てくる 思えるという働きがやっぱりそこでも起きる しかしその思っている内容を真実真理だと 勘違いして生きているのが私たち人間迷える人間なんですね ですからその迷え迷わないで生きていきたい お釈迦様のように 迷わないでいきたいと思ったらどこを大事にするかというところです それ思いを大事にするして生きていたらこれはもうずーっと リーネーですね地獄絵図ですよ 迷いに迷って いつまで経っても納得いかずにイライラしてみたり ね悲しくなったりするわけでしょ そうじゃなくて 大事なところは それその前の出会い頭 事実 現実リアル そこが一番大事なところそれがあるということが 宝物であるってことです そこに安住して生きていけるかどうかってところが 仏道修行の根本になるわけです 根本であってそれですべてなんですね それがすべて 終了です それが納得できれば まあこれでもう成仏だったわけですよね まあそういったことが分かんない 感情に任せて 見たり イライラしてみたり しているとまあそれはその迷いの世界の中をぐるぐる回っているっていうことになるわけです ですからこの善悪についての話っていうのはですね すごく わかりやすいというか 奥の深いものかもしれないけれども まあまあでも見ればね自分が今目の前で見てる景色に税悪なのないでしょ 私の声が聞こえていると思うんですけど私の声に良いとか悪いとか 耳は言わないでしょただ音が響いているだけでしょ そこに そういう様子があると あるって言いながらももう 終わった時には消えているわけです 2回3回繰り返し聞いたとしたって1回目聞いた時と2回目聞いた時はもう違うことなんです よね 3回目聞いたらまた違う そういうふうに 事実っていうのは本当にこう その時っきりで終わっているまあ無情という言葉もありますよね 本当にこう私たちの生活というのは無情なんですこの無情という言葉も なんかすごい儚いなんか寂しいように捉える人もいるけれどもそんなこと言ってないですね 常じゃないって言うだけの話です 同じことずっとあるってことはないですね常に変化している そういうものです それを無情っていうだけの話です そういった物事言葉 に なんかこう意味をつけて なんかこう勝手にそこに感情を乗せて いるとですね なんかただの道具が 違うものに変化していくっていう様子があると思います ですから その 言葉にしても音にしても味にしても 資格から入ってきたそういう情報にしても 真理の目でですね証券というね正しい見方 証券で物事を見ていかないと 迷いますよということになります # 終わりのあいさつ 今日は善悪についてのお話をしてみました。 何かご質問、ご意見等ありましたら、聞いてみてください。質問してみてください。 いいね、フォロー、コメントなどもぜひお寄せください。 それではまた次回お会いしましょう。さようなら。 もっと見る #禅 #仏教 #花 #お寺 #善悪 #お坊さん #円通寺 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:171.初めのあいさつ08:512.善悪00:223.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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