世界に日本の食文化を広める早川宗徳さん(パロスバーデス在住)①
13:25
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早川さんの挑戦は、このアメリカ社会に無かった食文化、「日本の焼肉(ジャパニーズ・バーベキュー)を根づかせるという挑戦でした。
アメリカには元々公園や裏庭で大勢でバーベキューをするという文化はありましたが、室内のグリルを囲んで、自分たちの食べたいお肉を注文して、焼きながら取り分けて食べるという文化はありませんでした。
少し話は変わりますが、私は日本プロ野球の選手のメジャーリーグ挑戦への道を切り拓いた、あのパイオニア、ミスターベースボール野茂英雄さんが大好きです。
野茂さんが歩いてきた跡が道になって、その道に続く選手が続々と現れ、今日のメジャーでの日本人選手の活躍につながっていると思います。
1995年、野茂さんはドジャースとマイナー契約を交わしました。
年俸はわずか10万ドルでした。その後のメジャーでの活躍は説明するまでもないでしょう。
今ではメジャーで実績のない最初の年から、1000万ドル、2000万ドルの年俸を稼ぐ選手が珍しくありませんが、もし彼らが最初のパイオニアであったら、まずはお手並み拝見だったでしょう。
野茂さんが海を渡ったその当時、アメリカで必死の思いで生きていた私たち日本人はどれほど野茂さんの活躍に勇気づけられたかわかりません。
さて話を戻します。
アメリカの主要都市に行けば、まず目にするあの牛角の看板を見ると、ゼロから試行錯誤、暗中模索で、焼肉文化を切り拓いたパイオニア、早川さんの挑戦を思います。
その先が約束されていないことに踏み出していく勇気は、業界も、分野も、世代も、人種も、超えて、私たちの胸を熱くしてくれますね。
明日からは、アメリカ社会の底辺の底辺から、自らの意志で扉をこじ開け、時には体当たりで壁をぶち壊しながら、日本から進出した飲食店のトップランナーのひとりになるまでの軌跡をお話いただきます。
では今日はこのあたりで。素敵な1日をお過ごしください。また明日!
アメリカには元々公園や裏庭で大勢でバーベキューをするという文化はありましたが、室内のグリルを囲んで、自分たちの食べたいお肉を注文して、焼きながら取り分けて食べるという文化はありませんでした。
少し話は変わりますが、私は日本プロ野球の選手のメジャーリーグ挑戦への道を切り拓いた、あのパイオニア、ミスターベースボール野茂英雄さんが大好きです。
野茂さんが歩いてきた跡が道になって、その道に続く選手が続々と現れ、今日のメジャーでの日本人選手の活躍につながっていると思います。
1995年、野茂さんはドジャースとマイナー契約を交わしました。
年俸はわずか10万ドルでした。その後のメジャーでの活躍は説明するまでもないでしょう。
今ではメジャーで実績のない最初の年から、1000万ドル、2000万ドルの年俸を稼ぐ選手が珍しくありませんが、もし彼らが最初のパイオニアであったら、まずはお手並み拝見だったでしょう。
野茂さんが海を渡ったその当時、アメリカで必死の思いで生きていた私たち日本人はどれほど野茂さんの活躍に勇気づけられたかわかりません。
さて話を戻します。
アメリカの主要都市に行けば、まず目にするあの牛角の看板を見ると、ゼロから試行錯誤、暗中模索で、焼肉文化を切り拓いたパイオニア、早川さんの挑戦を思います。
その先が約束されていないことに踏み出していく勇気は、業界も、分野も、世代も、人種も、超えて、私たちの胸を熱くしてくれますね。
明日からは、アメリカ社会の底辺の底辺から、自らの意志で扉をこじ開け、時には体当たりで壁をぶち壊しながら、日本から進出した飲食店のトップランナーのひとりになるまでの軌跡をお話いただきます。
では今日はこのあたりで。素敵な1日をお過ごしください。また明日!
込山洋一の「みんなの海外生活」
込山洋一 /「ライトハウス」発行人
- 00:171.
チャプター 1
- 09:532.
チャプター 2
- 03:163.
チャプター 3
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