アメリカ、日本の公認プロテニスコーチの平沢潤さん(トーランス在住)③
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高校を卒業して、そのままテニスのコーチとして身を立てようとしていた平沢さんですが、6年目に膝の怪我をしたことがきっかけで、テニスやバトミントンのトップメーカー、ヨネックスに入社します。
ヨネックス入社後の幅広い仕事が、後の平沢さんのキャリアを押し上げる大きな血肉になるのですが、そのお話は明日詳しく。
ぜんぜん余談ですが、平沢さんが後にアメリカ駐在に来る90年代半ば。伊達公子選手の全盛期で、95年には世界ランキング4位まで躍進しました。
相手の打ったボールが自分のコートでバウンドした直後の上がり端を打ち返す「ライジング・ショット」の名手でした。
その当時、伊達選手が使っていたヨネックスのラケット「RD-8」を買って、週末に公園のコートでよくテニスをしていました。初心者にはやや難しいラケットで今は大切にしまっています。
ヨネックス入社後の幅広い仕事が、後の平沢さんのキャリアを押し上げる大きな血肉になるのですが、そのお話は明日詳しく。
ぜんぜん余談ですが、平沢さんが後にアメリカ駐在に来る90年代半ば。伊達公子選手の全盛期で、95年には世界ランキング4位まで躍進しました。
相手の打ったボールが自分のコートでバウンドした直後の上がり端を打ち返す「ライジング・ショット」の名手でした。
その当時、伊達選手が使っていたヨネックスのラケット「RD-8」を買って、週末に公園のコートでよくテニスをしていました。初心者にはやや難しいラケットで今は大切にしまっています。
込山洋一の「みんなの海外生活」
込山洋一 /「ライトハウス」発行人
- 00:171.
チャプター 1
- 09:462.
チャプター 2
- 01:373.
チャプター 3
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