TOPライフスタイルメンタル・心理学研究者がそばにいるくらし【心理学対談#2 渡部綾一さん】意識研究ってそんなこと可能?59:13 2024年5月27日 223再生 問題を報告する 再生する シェアする 対談アーカイブ回です!たのしかったー!AI目次意識研究の最前線に迫る子どもの意識、どこまで分かる?クオリアとは?言葉では言い表せない体験意識研究の面白さと難しさ未来への展望と研究者としての生き方AI文字起こし(β版) # 渡部さんのXはこちら こんばんは。新リアクションのじゅんぺいです。 今日はですね、渡辺隆一さんと対談をした放送を赤い部下しましたので、お聞きいただければと思います。 結構難しかったという声も聞かれたので、ちょっと自分の興味のもむくままに聞きすぎたかなという感じはするんですが、 なかなか面白いかつ、本当にフロンティア感のある、おそらく意識の研究をしている人の中では、 そのトップクラスでかつそのトップクラスのプロジェクト、ラボに参加していると思うんですけど、 そんな方でもまだまだ手探りで進めている感じも聞いていたら伝わってくるんじゃないかなと思います。 その辺りもまだまだ伸びていく領域、研究分野というところを楽しんでいただけるといいんじゃないかなと思っております。 それでは本編、どうぞ。 # 【心理学対談#2 渡部綾一さん】意識研究ってそんなこと可能? はい、というわけで録音始まりましたので、今日は心理学対談の2回目ということで、ちょっと早くも2回目ができてすごい嬉しいんですけども、 京都大学の時の同期の渡辺洋一さんに今日は来ていただきました。渡辺さん、自己紹介をよろしくお願いします。 はい、今、京都大学文学研究館特定研究員という博士を取った後の研究員をしています渡辺洋一です。 研究の専門は発達科学と発達心理学で、主に子どもの認知発達とか意識とか脳の発達の研究とか勉強をしています。よろしくお願いします。 はい、よろしくお願いします。どうしようかな、何から聞こう。最近の生活とかってどんな感じなんですか? 最近、静和さんと一緒で3月に博士とって、今は一応職業的研究者としていますけど、生活自体はそんなに大学院生の時と変わらない。 同じ研究室にいるのであんまり変わらない。自分の参加しているプロジェクトの研究が多めになって、自分の研究もちょこっとずつ新しい研究をやっているとか、そんな感じですね。 基本的に研究室に平日は朝から夜までいるって感じです。 さすがですね。そのプロジェクトとかっていうのは、言える範囲でいいんですけど、どんなプロジェクトに受院してるんでしたっけ? 今、科研費、クオリア構造学っていう、簡単に言ったら意識、クオリアっていう主観的な体験を、今までは哲学とかそういうテーマだったんですけど、 それをどうにか科学の方法で研究をしようっていうプロジェクトが最近立ち上がってて、そこで哲学とか心理学とか農科学とか、いろんな人が集まって研究をやってるっていうのの中では、 私は発達班として、子どものクオリアというか、世界の色の見え方だったりとか、そういうものを今は研究をしています。 そういうのって経験が全くないんですけど、どういうプロセスに参加してるんですか?研究計画の段階から参加をしてるのか、それともこれちょっと実験お願いしますみたいな感じなのか、どんな感じなんですかね? そうですね。私、この科研室のプロジェクトがスタート、申請、スタートする直前ぐらいから関わりはあって、このプロジェクト全体のリーダーが土屋直嗣さんという方なんですけど、 その人と共同研究を、ちょうどこのプロジェクトの立ち上げとか、プロジェクトがスタートするときから一緒にやってるんで、裏側というか、大きなプロジェクトの準備とかの段階ぐらいからいて、 私自身が意識の研究も興味があったんで、元々土屋さんとかも知ってて、かつ自分が今いる森口さんという方が発達の研究者で、ちょうど子どもの意識の研究のコラボをやろうってときに私が研究室に入って、一緒にその研究、私も入って、3人でスタートしたとか、3人で子どもの研究をやり始めたんですけど、 そういう意味で、プロジェクト全体はなんとなく分かっている中で、自分は発達の小プロジェクトというか、全体の中の発達部門で、基本的にディスカッションから研究計画の段階で話に入っているというような感じですね。 なるほど。だから、雇用されたというのは今年度からかもしれないけど、なんとなく研究グループというか、そこには相立されたということですね。 内容についてもちょっとずつ聞いていきたいんですけど、渡辺さん、本当に僕は一番喋った研究者と言っても過言ではないのかなというぐらい、大陸自体も。こんな感じで、スペースも一緒にやったことありますもんね。スペースもやったし。 そう、YouTube。ひとわりさん、お金のお金柄とか、インタビューをやりましたよね。 そうそうそう。ごとあるごとにそういうことは喋ってるんですが、ちょっと間が空いたってこともあって、あとはぜひ皆さんに渡辺さんのことも知っていただきたいということがありますので、なんとなくそこからかというところかもしれないですけど、 研究関心で言えば、意識について知りたいっていうのがスタートなんでしたっけ?それとも子どもについて知りたいっていうのがスタートなんでしたっけ? そこに関しては、実は両方別々のスタートだったんですよ。話したことあるんですけど。もともとは子どものために何かしたいっていうのが昔から思ってたことで、 もともとは子どものカウンセラーとかになるのもいいかなって思ってたのかもしれないですとか。ただ一方で、自分の中で、私が子どものときに特に大人とうまくいかなかったことが多くて、 そういう経験があって、なんで子どもは大人にちゃんとわかってもらえないのかとか、子どものことをもうちょっとわかってほしいとか、そういうものが一つと、もう一つは、そもそもなんで子どもがわかってもらえないかとか、 あるいは自分、それもしかしたらなんかそれぞれ違うような経験をしてるとか、私自身も周りと会わなかったのが、私がなんかちょっと変わっているのかなとか、考え方とか、もしかしたら世界の見え方とかそのレベルでも自分って違っているのかなとか、 そういう自分の存在とか自分が感じてるものが疑問に思っちゃったときがあって、 だからそういうところで自分の意識とか自分の考えてることとか、この世界がどうなっているのかってこともちょこちょこ興味がありつつ、 自分がわかってもらえない、大人と子どもは大人にわかってもらえないみたいな思いがあって、子どもの人権を取り戻したいみたいな。 取り戻すってあれですから。 もっと子どももちゃんと尊重してほしいみたいな。 そういう考えとかもあって、最終的に研究する上で、両方混ぜちゃったら、両方好きなことできるのかもみたいな感じが最初のきっかけだったかもしれないですね。 なるほどなるほど。 なるほどね。意識はどうやって研究するんですか? そこなんですよ。ただ、最近になって、脳と組み合わせるとか、計算論でシミュレーションするっていう方法がだいぶベースになってるっていうのはありますね。 心理学とか最初のスタートって内観とか、内的世界の研究だったわけじゃないですか。主観とか。 そうですね。 だけど本当にそれのエビデンスとか客観性がないっていうところで、データとか客観的に計測できる行動をベースにした時期があって。 だけど最近そういう行動の指標が結構良くなってきたりとか、脳活動とか整理反応とかを見ることで、 もう一回改めて主観というものを、主観そのものだけじゃなくて、行動とか整理指標とかと一緒に考えることで、 もう一回ちょっと主観とか内的世界とか、自分の中の部分に研究。 中の部分を研究してみようっていう動きというか流れがあったのかなっていうところですね。 面白いですね。 なんか、渡辺さんの研究対象って何歳児ぐらいなんでしたっけ? 実際に調査しているのはだいたい5から12歳ぐらいだから、幼稚園、保育園から小学生がメインターゲットですね。 それぐらいになるとおそらく内観とかっていうのが、どれぐらい本当のところを捉えられているかは別として、できなくはないわけですよね。 うんうん、そうですね。 どうぞどうぞ。 ただ、一般的な興味というか研究のコアな部分っていうのは、意識がどこで生じるかっていうスタートポイントっていうのもやっぱり結構、そこはたぶん。 ああ、面白い。スタートか。うん、なるほど。 ってなると、最近研究とかも出てましたけど、大児の段階からある程度はあるんじゃないかとかが多いんですけど、 ただやっぱり、そう言ってもなかなか研究として難しいので、 私的には調査ができる年齢を徐々に下げていくっていうような方法をやってみたらいいかなっていうところで、 小学生とか5、6歳。これから2歳、3歳とかはちょっとチャレンジしてみたいなとか、そういう感じで研究をしていますね。 なんか、意識があるっていうのは、これもう結構ディープなんですけど、 意識があるっていうのは、例えば目の前に何か対象物があって、それが刺激が、視覚的に刺激が入ってきて、 で、視覚が活性化したりしたら、それっていうのは意識があるっていうことなんですか?そういうことじゃない? そういうことです。ただ意識って言葉自体が、インクルード。意識が持ってる意味って結構広いんですけど、 最近結構意識って言葉、3つに分けることが多くて。 いいですね。 今のそういう見える見えないって話は、意識のコンテンツ、意識の内容の話、クオリアなんですけど、 何を体験しているかっていう質とか内容になってきて、 それはまた死んでる、生きてるとはちょっと別な感じですよ。 寝てる、起きてるとかとはちょっと違う意識の内容とかを考えるときには、 考えるっていう、何ですかね、そういう視覚的な意識とかって言い方しますけど、 そっちよりの定義になってくるという感じですね。 他は意識のレベルとか、発生状態とか、 最近だと渾水状態とか植物状態とか、起きてる寝てるとかっていう方は意識のレベルって言い方をしていて、 0100の電源とかスイッチみたいな感じですかね。 2つは同じ意識って言葉を使うんですけど、ちょっと意味してるのが違っていて。 もう1つが、自己意識とか、私っていう体験とかっていうのを3つ目として考えるか、 あとはさっきの内容に含めるかっていう、ここは研究者によって違うんですけど、そういうふうに分かれてて、 私がやってる研究は、3つの意識の中でも意識の内容で、特に見える、見えないっていう視覚の意識の研究って感じですかね。 なるほど。いろいろ聞きたいけどどうしようかな。 さっきの胎児の話はちょっとだけ聞きたいですけど、胎児の話はどのレベルで意識があるんじゃないかって言われたんですか。 胎児、まずさっきの視覚の話とかで考えると、視覚とか聴覚とか触覚を私たちは意識として体験するわけなんですけど、 それを処理する脳の神経回路とかっていうのは、実は胎児のときからネットワーク自体はでき始めてるっていう話だったり、 あるいは、お腹の中にいるときに母親の声とか音を学習するっていうところで、 学習とか、主に意識に関わりそうな脳っていうのはある程度、胎児のときにもできているっていうことが大きいのかなって思います。 意識に関わる脳のネットワークとかっていくつか言われてるのがあるんですけど、 そういうのができ始めてるのが胎児のときからっていうような話ですかね。 そういうのとかいろいろあって、胎児のときとか、生まれてすぐの赤ちゃんでも、顔とか反応するのは有名ですけど。 意識があるってことの指標として使われる行動とか脳活動に近いものが、一応赤ちゃんでも見られたりするから、 赤ちゃんでも持ちゆる。ただ赤ちゃんはおしゃべりできないので、主観があるかどうかまでは調べられないから、推測でしかないんですけど、 ただベースはある程度あるって感じですかね。 なるほど。 いやー、そっか。 なんか全毛の人とかって、自分は見えてないんだけど、脳は活性化するみたいなパターンってあったりするんでしたっけ。 そうですね。ちょっとそこは完全に詳しくないんですけど、 ただ、新生児とかの段階で、赤ちゃんって共感覚なんじゃないかって言われることもあって。 あー、聞いたことある。 なぜなら、大人で言う共感覚とはちょっと違うんですけど、赤ちゃん、新生児って、何か視覚情報を見せたときも触覚が動いたりするんですよ、脳が。 あー、いいですね。 私は大人のときとかもそうですけど、触覚が意識とか知覚に関してコアな部分だと思っていて、 お腹の中にいるときに触覚情報が常に入ってくるんですよね。 蹴ったりとか、あとずっと皮膚とかもあるし。 新生児とかも視覚刺激を見たときにも、聴覚の刺激でも触覚が一緒に活動することがあって、 だからそこら辺が最初につながってる。 定時の段階、感覚情報の段階でつながって、徐々に分化していくっていうのが一般的な見解なんですけど、 視覚は視覚、聴覚は聴覚、触覚は触覚っていうふうに。 だから盲目の子でも最初は視覚屋っていうのは多分活動する。 なるほど。 だけど使わなくなっていくから使わないし、他の部位がそこを保管するというか、 違う処理とかに使われることがあるみたいなことはあったりします。 ただすみません、私完全にそこ専門ってわけじゃないんで、 ちょっと教科書レベルというか本とかレベルで原点当たってるわけじゃないんですけど、 そういう話は結構あったりします。 なるほど。いやー面白いですね。 そっか。 結局意識をやってることの醍醐味って、最後、今見えたとか、本人が言うみたいな。 そこが一番肝なのかなと思うんで、子供とか、もっと言ったら退治の話とか出てきてすごいびっくりしたんですけど、 どうなんだろうって思って、ちょっといろいろ深掘ったって感じですね。 でも結構、赤ちゃんとか退治とかの話のほうが、 私がやってる幼児児童よりも、皆さんの注目度は高いっていうのは結構ありますね。 それはやっぱりスタート地点がみんな知りたいってことですよね。 うんうん。 なるほど。そっかそっか。 クォリアについてもちょっと聞きたいですけど。 はい、もちろん。 クォリア。 その意識の、先ほどね、3種類の意識の分け方があるっていう風な話だったんですけど、 クォリアって何ですかって言われたら、いつも何て説明してるんですか? 意識の内容とか、コンテンツとか、言い換えてだけど。 私たちが体験してることっていうのが全てクォリアなわけだと思います。 だから、意識の内容、今感じていることそのものがクォリア。 よく言う例は、赤色を見たときの赤っていう体験とか。 うんうんうん。 っていう風に言いますけど、あれは赤のクォリアとか。 何とかのクォリアって言ったら、それを表してるみたいになると思うんですけど。 あー、なるほどなるほど。 ちょっと一般的なというか、我々意識の研究とか特にそうというか、 世界にあるものと私たちが意識してるものって必ずしもイコールじゃない。 イコールじゃないんですけど、 そういうところで、世界にあるものじゃなくて、私たちが世界にある何かを見て、 それを脳の中で体構成して、それを感じてるわけですよね。 認知のモデルとかで言うと。 そうですよね。 だから、自分の中に作ってそれを感じている対象がクォリアとかなのかなっていうところではあります。 ちょっと余計やらしいですけど。 シンプルに見ているとか感じているとか、意識しているものとかこととか内容、それがクォリアっていうような感じだと思います。 なるほど。それこそ色とか視覚とかより、それこそスタッフさとかふわふわとか、 触覚のクォリアって言われた方が結構気に入ってきません?それぞれ僕だけかな。 いや、多分そうな気がしますね。 触覚のほうがある意味、表現できてるけど表現しきれないっていう部分がある。 そうそうそうそう。 それはちょっと。 だからクォリアですね。 どうぞどうぞ。 クォリアってどっちかっていうと、哲学的な言葉だったり、難しいことをしゃべりたいときに使われるイメージですけど。 だし、言葉に言い表せないものみたいな、意味といっても使うことがあるのかなって思うんですけど。 そこらへん全部ひっくるめて、言葉で体験そのものを意味するんで。 みたいな言葉で言い表せない部分を全部含めて、そのもののクォリアなのかなとは思いますね。 いやー、ちょっと面白いですよね。 初めて聞いてくださってる方もいると思うんですが、僕は美しいとかっていう研究をしてて、 ちょっと感性的なことを研究したいなと思ってて。 ああいうのってまさに、別に説明できないけど、なんかいいぞみたいな。 僕もやっぱクォリア研究したほうがいいのかな。どう思います? だいぶ相性いいと思います。 そうですよね。 ただ、思うにクォリアとか意識ってある意味心理学との相性とか、そもそも心理学のスタートに意識とかクォリアがあるから、 なんでもクォリアといったら意識の研究になるというか、ある意味クォリアって言ってもいいんじゃないかっていうところはある気はしてて。 感情っていうのがまず一つと、感情っていうのもクォリアの研究とかでは重要なもので、 特に感情っていうのは現実世界にそれがないけど、自分がそれを体験してるっていう意味で、結構面白い意識体験ではありますよね。 赤とか本を読むとか文字っていうのは世界にあるから、それを自分が再構成して見てるっていうのはしっくりくるけど、 感情とかって世界側に感情はないわけで、我々が見たものに対して同時に感情が付与されているのが湧いてて、 ってなってくるとまさに主観的な世界の話で、 しかもそういう基本的感情じゃなくて美しさとかっていうちょっと抽象的で、 でもある程度誰もが持ってるってまさに不思議な意識体験の例なのかなって思ったりしますね。 いやーそうだよー。 勝ちつけた。 高野さんの池の根もまさに不思議な体験だし。 だからここら辺は結構面白いなって思ってますね。 いやーありがとうございます。嬉しいです。 高野さんの対談は前回撮ったので、皆さん聞いてない方は聞いていただきたいです。 ちょっとお便りが来てまして、皆さんもよかったら何でも質問とか投げていただければ答えていただけるんじゃないかなと思うので、 お寄せください。質問ではないのですが、私はこの歳になって他の人と考え方が違うことをかなり感じています。 子供の頃から違和感があったかもですというタイプです。 素晴らしい。私、子供で意識やるっていう重要性というか、大事なことだと思う点として、 個人的にみんな子供のときに不思議だなとかっていうことはあったけど、 日常の忙しさで考えなくなったり忘れちゃっていくんじゃないのかなって思ったりもしてるんですよね。 だから子供に直接聞く必要があると思うんですけど。 意識研究者はみんなだいたい、なんで意識に興味を持ったかって聞いたら、子供のときからそうっていうエピソードをみんなしゃべるんですよね。 ああ、そうなんだ。 だからある意味、そういう不思議な体験とか不思議だなと思ったけど、そういうもんかって思い出なかった人たちが意識の研究とか、研究者もそうなんですけど。 ってなったときに実際に研究者になってない方々も、やっぱり子供のときとかにそういう考え方とか感じ方が違うっていう経験は、みんな少なくとも少なからずあるんじゃないかなとは思ったりはしていますね。 なるほど。ありがとうございます。 あ、別の方から私もありますという。 すごい。 ちょっと今日聞いてくださってる方。 素晴らしい。 子供のときなかなかそういうこと言えないっていうか、私、先生とか親とか大人が嫌いだったんですけど。 なんで嫌いかって言ったときに、たぶんそういう不思議だなと思った経験とかを言ったときに、 そんなことないよとか、そんなこと考えてもしょうがないよとか、そんなことより宿題やりなさいとか。 そういうことを言われ続けると、もう人に言いたくなくなってくるというか。 子供の子育園地とか実習とか調査しますけど、こんなことしたよっていう体験を楽しそうに教えてくれるんですよね。 これってまさにクオリアを共有したいってことは共有してるし、 言語っていうのもクオリアの共有のためにあるんじゃないかなってちょっと最近思ったりするんですけど。 なるほど。 そういうのがもともとあるけど、途中からそんな体験ベースじゃなくて、 効率、体験なんですかね。未来思考型というか、今の体験じゃなくて、目的ベースの考えになっていくと、 とかそういうふうに考えるようになっていくと、なかなか体験そのものを考えたりすることは減っていくのかなとかって思ったりはしますね。 なるほど。言語の話もやっぱりすごい面白くて。渡辺さんはクオリアを共有するための言語っておっしゃったんですけど、結構言語じゃきつくないですか。 あ、その伝えきれないっていうことですか。 そうそう。 いや、まさにそう。だから表現の一つではあると思うんですけど。 それに、私が赤ちゃんと子供をやってるのは、意識にとって言語が絶対大事じゃないとも思っていて、 今の意識の共有のために言語があるんじゃないかって言い方をしたのは、言語がなくても意識はあると思ってるからで。 ああ、そういうことか。 動物とか赤ちゃんにもあると思っている立場なんですけど。 だから一つの表現方法というか、自分と他人である程度の共通理解をするために言語で状況とかを共有するって話なのかなみたいな感じなのかなとは思ったりしますね。 自分と一緒に何かをするとか、だから言語とかも2人以上いなかったら必要ない能力ですしとかかなと思います。 すみません、なんか全然話しとれちゃったんですけど。 昔とかは言語化することでこぼれ落ちちゃう体験ってあるよなとか思っては、今でも思ってますけど。 だからこそやっぱり主観報告には頼っているんですけど、言語報告だけでデータを取ることはないですね。 言語とか取りますし、体験、どうやって言語を使わないで主観を取れるかっていうのも我々の腕の見せどころというか、面白いところでいろいろ試行錯誤してるっていう感じではありますね。 脳を見る以外に何か方法あるんですか?作戦があるんですか? 今のそうですけど、例えば、今言語寄りになってるんですけど、最近どうなんだろうな、ちょっとどこまでプロジェクトで。 やめておきましょう、それは。 そういうのがあったりして、何とも言ってもあれですけど、そういうちょっと主観報告の方法をいろいろ試している。 私の研究とかだったら言語になっちゃうんですけど、体験がどのくらい強いかっていうのを、 今までの研究って見えた見えないのが2択だったけど、ちょっと見えたとか少し見えたとかほとんど見えたとかっていうようなバリエーションで聞いてみるとか。 なるほど。 あとは最近、我々の方法でもちょっとやったりしてますけど、普通に聞く。 普通にいろんな人言ってるからですけど、類似度とか、似てる似てないっていうような指標って、主観がないと答えられないんじゃないかっていうのがあるんですよ。 最近めっちゃ増えてるんですけど、動物とかだったら似てるものは速決できるけど、 似てない、違うものは完全にわかるけど、同じものもわかるけど、その中間っていうところをどう答えるかっていうような研究は増えてて。 いろんな、違う同じじゃなくてどのくらい似てるかっていうことを回答とか考えることで、結構その主観のバリエーションはだいぶ広がってる。 その方法は結構最近、オレンドで我々とかも結構取り入れてやってみてるって感じですね。 おもしろい。類似度のデータってどうやって分析するんですか?想像できない。 でも、脳活動の類似度の研究とか結構最近多いですけど、カラーマトリックスみたいな感じで、 多次元尺度法とかMDSでプロットして、どれとどれが近かったら近くに集まるとか。 データ作ると、例えば色とかだったら赤系のものは近くになるし、青系とはちょっと離れるしみたいな、 そういう図とかグラフを作ることができてとか、そういうふうにしていくことで、似てるものは近くに、似てないものは遠くにっていうようなもの解析とかができるとか、 あとは相関、つまりめっちゃ似てたら、例えば新聞に言うと相関の係数高くなる。0から1で、1がもう同じで0は全然違うっていうふうに考えたら、 めっちゃ似てるやつは0.9とかになるだろうし、めっちゃ似てなかったら0.1とかになるだろうし、 そういうふうに数値化していくことで、全体的なバリエーションとか関係性みたいなのが見えてきたりする。 なるほど。 そういうふうな方法で、我々プロジェクト動画とか結構いっぱい出してるから見てもらったらすぐ分かるんですけど、 そういう一つ一つのクオリアの関係性を考えることで、全体的な構造を抽出してみようっていうのがプロジェクト全体の目標ですね。 いやー、放題すぎて、なかなか想像しにくい話ですが、ぜひ動画の方とか見てもらって。 赤のクオリアの説明って難しいじゃないですか。赤。 だけど、赤が青とどう違うかとか緑とどう違うかっていうように、他の色との関係性で考えていったら、赤を枠付けできるというか、 クオリアそのものだけで考えたら難しいんだけれども、 他のクオリアとの関係をすることによってそれが浮き出てくるっていうようなものを、大規模にそういう関係性のネットワークみたいなのを作っていくっていうようなことを色々やってみてるっていうような感じですかね、最近だと。 なるほど。 でも赤と青がどう違うかとか言われても、言われてもって感じじゃないですか。 赤は赤だし、青は青なんだよみたいな。 そう、じゃあオレンジはどうかとか。 例えば、オレンジは赤とちょっと近いなけど、青とは違うなとか。紫は赤と青の中間かなとか。 っていうことを色々やっていくと、赤は赤だろってところが、赤は青に比べたらあれだけど、オレンジに比べたらこれらしいとかっていうように可能になっていく。 なるほど。 それは自由記述の回答とかで何かレスポンスを得るわけですか。 でもそこが、我々だったらさっきの類似度とかで聞く。似てる似てないとかで聞くっていうような感じで。 完全な言語報告っていうよりは、心理物理実験寄りの方法で行かないとか、似てる似てないとかをいっぱいやっていくとか。 うんうん。 そっか。似てる似てないでって答えるのは、確かに1から5点とかで答えるよりは、すごい1から5点とか持っていったら、イエス・オア・ノーで答えるとかよりはいいなって思うんですが、とはいえ、 色とかだと物理的な刺激が、それこそRGBとかで表現できるわけじゃないですか。 だから赤とオレンジは色の配分がこれとこれが近くてみたいな。 そっちで全て説明できるというか、帰属されちゃうのではないかという、質問すらもちょっとよくわかんないですけど。 何か言ってるのかわかります? わかるわかります。まさに言います。そういうことを想定しつつ、実際には緑と青の境目とか、 一概にLGBの数値的な距離と一緒になってるわけじゃないっていうのもあって、 言語的な、文化の例とかでよく緑とか青っていう色の語彙によって、緑とか青の色の見え方、近くレベルと一緒だけど、 カテゴライズする段階ではだいぶ変わってくるっていうのはあったりする。 ああいうのもLGBで同じ数値的な距離で、青青と青緑っていうのがあったときに、 数値の距離は違うけど、青と緑を区別できるか、青と青というふうにカテゴライズするかとかでも変わってくる。 大きくは影響されるけど、一概にLGBの物理的な色の設定がそのまま意識として色を感じるわけではないっていうところもあって、 それを網羅的にやってみたらどこに違いが出るかっていうのをやってみても面白いのかなとか。 機械学習とかも最近発達しているから、網羅的にやるっていうことが一つ、今後の研究としてはどんどん増えてくるのかなとは思ったりします。 面白いですね。ありがとうございます。 お便りまた紹介したいんですけど、研究始める動機が面白いですということとか、 あとは体感覚だからか、言語化するのが大変で、そんな自分を受け入れて周りを観察しながら自分なりにトレーニングしていますと。 ありそうですね、それもね。 素晴らしい。言語化能力が大事みたいなことを言われる時代を生きてきた気がしてて、学校とかビジネス書とかも言語化言語化って言ってるけど、 そこまで言語化する必要はあるのかっていうのは結構思ってはいて、さっきの言語化することで落ちる情報はたくさんあるし、 言語の限界ってことを考えた上で、最低限のコミュニケーションのために言語化するのは大事だけれど、 言語化しないといけないっていうストレスな状態は、逆に体験自体を歪ませるかもなと思ったりすると、難しいなと思いますよね。 そう思いますね。そんな中でも研究して。はい、どうぞ。 すいません、色々喋っちゃって。芸術の作品鑑賞とかって言語化するかどうかで変わったりするんですかね。 確かに。芸術とか本当は別にいらないですもんね、言語化。そう思う。 なんか難しい。もちろん自分が何考えてるかとかを言語化して整理するってことは結構大事な気はするんですけど、 じゃあ何でもかんでも言語化すればいいっていうものなのかなっていうところは、言語化しないほうが感性、 言語化するってことはある程度、情報量を減らすっていう行為でもあるわけですよね。ラベル化するとか。 トレードオフがあるから、情報量を減らしたくないこととかってあえて言語化しないってことも全然あっていいしあり得るものだよなとは思ったりします。 確かに。いやいやいや、そういうことあるのかな。でも感覚的には言葉に出さないとても、 芸術とか見るときに、何ですかね、ちょっと機能的というか、ここはこれだからいいんだよな、この作品はこういうバックグラウンドがあるからいいんだよな、 美しさの厳選みたいなのを探すような目になっちゃうと、それって抜け落ちてしまった何かがありそうだなみたいなことは思わなくはないというか。 ちょっとまた研究、それちょっと面白いな。参考にします。どんどん行きます。 自分の子供を見て感じるのは大人より考えが深いのに、大人は子供がするほど深く考えてると思っていないですね。 いや、これは、私はやっぱり研究を通してこういうことを発信したいなと思ってはいるので、すごいなと思います。こういう考えで子育てをしていて。 そうですね。ありがとうございます。次。 美術の授業は感傷で言語化することがすごく求められますよね。感じたことをうまく言語化できなかった記憶があります。 確かに。そうですよね。 なんかあれありますよね。言語隠蔽効果でしたっけ。 どういう。 なんか言語化したら記憶成績下がるみたいな、なんかなかったっけ。あれちょっとごめんなさい。 でもあれに刺激によりそうですよね。記憶課題、単純な言語化、どうなんですかね。視覚刺激とか抽象画とかの研究とかですかね。 なんかあってもおかしくないですよね。これはちょっといいテーマをもらった気がしますね。 ありがとうございます。 うちの長男は身体値で生きている気がしますが、今のお話は身体値ということですか。 身体値っていうのはどんな感じですかね。体験ベースで物事を考えるとかいうようなことですかね。 身体値、結構それはそれですごく広い概念な感じがしますね。 ありがとうございます。じゃあちょっと後ね。この生放送が実は1時間までしか撮れないということになってますので、あと10分ちょいぐらいなんですけど。 これ最後すごく高野さんには嫌がられたんですけど、ちょっとメタ的な研究の話もせっかくだったら一緒にしたいなというふうに思っていて、内容も楽しいんですけど。 これ何を聞いたら一番いいんだろうな。 渡辺さんは研究室って楽しいですか。 そうですね。基本楽しいよりなことが多いですね。 何が楽しいですか。 私研究全体で考えたときに、最初の研究デザイン考えたりとか、実験を組むっていうのは一番好きでって感じですか。そういうときは楽しいし、研究室での議論が一番好きで。 特に人の研究聞いた後にディスカッションするのは結構好きなんですけど。 研究考えてるときが一番楽しいですね。どうやったらこの現象を実験に落とし込めるかとか。 子供ってどう答えるかなとか。そういうのは楽しい方で。解析とかいろんなことやるのはちょっと好きじゃなかったりとか。 実際の実験をやった後に、自分の理想で子供たちの意識体験とか意識してることを表現できたかと言われたら、私は刺激出して見えたか見えないかとかやってるだけだから。 そういう意味ではあんまり子供の特徴とか子供の意識の面白さみたいなところはそんなに見れてないのかなとかっていうことは考え悩んだりすることはあったりとか。 子供の役に立つのかなとか。そういうのを考えるとちょっと物足りなさみたいなのを感じたりすることは多い。 そういう物足りなさを感じたときって最終的にはいつもどこに着地して研究続けていこうってなるんですか? そうですね。研究だけが一つの方法ではないとは思うので、研究じゃない別の仕事とかっていうのもありかなっていうのは最近考えてる。 自分が何をしたいかっていうのを考えたら、研究とか考えるのは好きで、実際にやるのも好きだけど、でも自分がやる研究は何かしら役に立ったり、役に立った意味があるものをやりたいっていうのはあって。 どの研究にも意味はあると思うんですけど、あると思うし、私がやってる研究全部意味があると思ってやってますけど、自分のミッション、例えば子供たちが幸せな世界を作りたいとかっていうミッションを考えたときに、 研究に限界があって、自分にできることで研究以外にあったらそっちを選んでもいいかなとか、そういう選択軸みたいなのがあるなとは思ってますね。 なるほど。ちょっとこれはいいことを聞きましたね。今後は、でも基本的には今の段階では研究を続けていくという感じですか。 大学の先生になりたいとかっていうのは、そういうモチベートあったりするんですか。 数年は研究はやろうかなと思ってますけど、その後っていうのは、逆に研究にこだわりすぎると視野が狭くなりそうだなって思ってはいて、 だから研究も一つの選択肢って思ってるぐらいで、いろんなアイディア出しながら生活するのが一番楽しいなっていうのと、 先生、楽しく研究の話するのは好きだし、次の世代とかを育てることも結構大事なことだと思うんで、 そういう先生になれる機会があったらなってみたいなとは思いますけど、それだけを考えてるって感じではないなって感じですね。 なるほど。いいですね。ここまでやったらとりあえずいいかなみたいな直近の目標とかってあったりします? なるほど。そこまではないかな。 意識の発達のある程度のレビューとか本は書きたいなとは思ってますけど、 そうです。そのぐらいですかね。もっと面白い研究やりたいなっていうのはありますけど、 論文書きより面白い実験とか作れたら楽しいなとは思いますけどね。 なるほどね。 白論は本にしてるんでしたっけ今? 白論は一応本にはする予定で、まだ止まってる感じですけど、 そうですね。幼児と児童の視覚的意識の発達の実験複数とレビューみたいな感じですけど。 さっきの色のレッドとかの話は論文出てて喋ってよかったです。ちょっと今調べてて。 どうしよう。よかったら後でもいいので知らせていただけたら。 今のプロジェクトがオープンサイエンスすごい意識してて、ホームページから行跡とか全部見れる。 興味あったらいっぱい見てもらえたらと思います。後でそこら辺シェアします。 何て調べたら出てきます?ホームページの名前だけでもちょっと。 クオリア構造とかって検索したら出てくるかな。 これか。出てきました。 クオリア構造がAとBがあって、Bは昔のやつで、Aは最新版なので。 なんか金色と黒色のQみたいなのが重なってるようなイラストですけど。 これの成果ってとこですか? 研究成果とかもずらっと。 すごいですね。こんだけちゃんと。 ぜひチェックをしてみてください。 というわけであと5分ぐらいになったんですけども。 かなべさんはいつか起業するかもしれないってことですね。 そうですね。なんか結構意識研究者起業しがちみたいなのがあって。 そうなんだ。え、そうなの? あらやるかなべさんも起業してるんですけど。 みんなではないけど、意識の研究者は割とラフというか自由な方が多いから。 あと意識研究してる人たちって結局最終的に自分の意識とかにも興味があるのがスタートだから。 やりたいこととか自分の表現っていうところを結構大事にしてるのかなとか思ったりするんで。 そういう自由さっていうのは引き継いでいきたいなと思ってるんですけど。 今後もいろいろと情報共有していただけたら嬉しいですし。 何か一緒に研究とかしたいですけどね。 そうですね。 美的感覚の子どもの研究とか一緒にやりたいなっていうのは。 ねえ、そんなめっちゃやりたいわ。ちょっと子どものデータ取れないんで。 何卒。 お願いします。ちょっとそれも。 ちなみに渡辺さんと共同研究とかの機会は開かれてるんですか、ずっと。 そうですね。基本、私のキャパ次第なところですけど、いろいろ共同研究をやったりしてますね。 すごい。今、やりましょうっていうのが来ました。 これは言っていいのかな。 高野さんからいきましょうね。高野さんもじゃあよかったら。 子どもはいつからあるのかとか、子どものときどうか結構面白いなって前から思ってて。 そう思う。 意外と感じないとかもあるのかなとか。逆に。 それこそ前回の対談では、子どもも異形の念を感じるっていう論文が出てて。 いやいや、それって本当かよみたいなことを2人で喋ってたりしてたんですよね。 結構、興味あるところかなとも思ったりしますね。 すみません。ちょっともう多分切れちゃうんですが。 最後ごめんなさい。コメント。 私たち一般庶民レベルに研究結果が還元されることを願います。研究者の方々応援しています。 私も引き続き考えたいですということです。 ありがとうございます。そうですよね。そこら辺もいろいろみんなとやっていけたらなと思います。 ありがとうございましたというコメントも来てますので。 じゃあこれでシニアスタイダーの2回目渡辺隆一さんとの対談を終わろうと思います。 渡辺さんって宣伝とかないですもんね。別にクラウドファンディングやらない? ちょっと今は宣伝してるんで。クオリアフォースとかのいろいろな研究とか私の研究を皆さん見てくださいっていう感じですね。 よかったら、固定コメントのところに渡辺さんのXのアカウントも貼ってるので、よかったらフォローしていただいて、 渡辺さんの今後の活躍にも期待というかウォッチしていただければと思います。 じゃあ渡辺さんありがとうございました。 ありがとうございました。 皆さんありがとうございました。終わります。 もっと見る #心理学 #意識 #発達心理学 #幼児 #研究 #視覚 #心理学者 #クオリア #発達科学 #クオリア構造 研究者がそばにいるくらし心理学者じんぺー01:081.渡部さんのXはこちらhttps://x.com/watanaberkyoto?t=4qs8iVR1bGD11ArwLqDNzA&s=0958:062.【心理学対談#2 渡部綾一さん】意識研究ってそんなこと可能?コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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#1045【勝村智樹さん・横山詢さん】盆栽の魅力について徹底深掘り 1時間7分・9月26日・ 145再生AI目次お二人の専門と盆栽研究の融合日本文化としての盆栽を世界へあいまいな盆栽の歴史と現状「引き算の美学」再考とその挑戦スローライフがもたらす新たな価値
#1044 芸術の好みは9割が個人差 12分・9月24日・ 78再生AI目次「芸術の好み9割は個人差」の真意顔と芸術品に潜む美意識の差自然物が持つ普遍的な美の法則とは人工物の美に個人差が大きい理由生け花に見る自然と人工の境界線
#1043【大阪から生配信】シルバーウィークどんな感じですか? 43分・9月23日・ 57再生AI目次ボードゲーム論文執筆と研究の真意来日中のドイツ人ボスと書道体験書道研究「Japanese Calligraphy」の進捗注目イベント:東流さんと白木夏子さん日本から世界へ!怒涛の海外移動計画
#1042 なぜAI時代に美意識が大切になりそうなのか 13分・9月19日・ 83再生AI目次AI時代に美意識が必須となる理由とはAIの平均化がもたらす社会への影響対話型AIが導く個性の消失AI時代の自己、美意識の再定義自分らしさを保つ「軸」の探求
#1041 岩手で宮沢賢治、妖怪、芭蕉に触れてきました! 18分・9月17日・ 86再生AI目次宮沢賢治の童話世界とインスピレーション源遠野物語を育んだ幻想的な地奥州藤原氏が目指した平和の形松尾芭蕉が平泉で詠んだ名句日本の伝統芸能への新たな関心
#1040【伊藤東凌さんと対談】研究者の仕事はどうなっていくのか?熱狂と危機感の共存 32分・9月15日・ 212再生AI目次AI時代に問われる研究者像研究に不可欠な「人間らしさ」データ取得の「温度」と「場」研究者の未来、危機感と熱狂キャリアを彩る「継続」の物語