#64 母が「寝たきり老人」にならなくてよかった。
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今日はXのとある投稿を見かけて考えた事をお話します。子どもの頃から、その人らしく最期を迎えるというのはどういうことか、というような話を、医者の父からよくよく聞かされていました。そんな私たち家族の母の看取りの話になります。
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- 00:131.
初めのあいさつ
- 01:592.
今日は母の看取りのお話をします。
- 09:323.
点滴で栄養を入れられるのを嫌がった母、一縷の望みをかけて点滴を外し家へ帰りました。
- 02:394.
以前インタビューをさせていただいた「終活カウンセラー」武藤頼胡(むとうよりこ)さんの記事やコチラです。
コメント

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自分の生きる・死ぬを残された者に決断させないようにしなくてはならない、と常に思ってます。
最期は江戸時代の篤姫のように所持金ほぼ0で迎えたいです😌子供が2人いるので、変に残して揉めるといけないので。
「残すものは何もありません」は、潔い‼️
それと、介護費に対する批判で、人を人として捉える視点に欠けている論調が散見されて、見ていて辛いですね🥲
人を人として捉える視点に欠けている…確かにですね。「寝たきり老人」って言葉は、家族ではない、自分とは関係のない人に対しての表現だなと、声に出してみて改めて思いました。たぶんあのまま母が寝たきりになってしまったとしても私にとっては「お母さん」なので…。
人も動物ですから、延命をしなければ本人が自分の最期の時期を決めるのかなと思いました。
うちも、義父がコロナ禍で脳梗塞で倒れたのですが、経管栄養をソーシャルワーカーが勧めてきました!しかも泣き落とし。「お父様がんばっていらっしゃいますから……」って。あれに抵抗して経管栄養を断るのはなかなかキツイものがありました。
でも、回復の見込みはほとんどなかったのでしなくてよかったと思ってます。
終活ノート、家族みんなでそれぞれ書いておくのすごくいいですね!
我が家も正解だったかは正直わかりませんが…皆でしっかり話して決めたから、納得感はあったと思いますが。
終活ノートは私もしばらく書けていませんでしたが、改めていい時間だと思います!