TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe相談カフェ#101 「ありがとう」は甘えなのか問題36:52 2023年3月12日 8,406再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「ありがとう」は甘えか?その本質傷の舐め合いとなる感謝の裏側手段に囚われるリーダーの課題他者を道具化する時代の思考停止発達障害が映す多様な世界AI文字起こし(β版) # タイトルコール アラキルウィキのブックカフェ、この番組は独学の地図の執筆者であり、書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務めるアラキルウィキがマスターとなり、本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ さて、みなさんおはようございます。 3月12日、日曜日の朝になりました。 おお、そうですか、そうですか。 今日、3月12日はですね、私の長男ですね、18歳の誕生日ですね。 はい、おめでとうございますということで。 3.11の翌日だったんですよね。 震災が起きて大変な日でしたけれども、その日は家に私は帰ることができずにですね、 翌日ね、息子の誕生日、まだまだちっちゃかったんですけど、 なんとか帰ることができて、 ケーキ屋さんでね、ケーキ頼んでたんですけど、 いや、ケーキできてんのかな、みたいな。 記憶の中ではケーキを取りに行って、確かあったような気がするんだけど、 もはやあんまり記憶がないな。 まあ、そんなことを思い出します。 ということで、今日息子の誕生日であるということは置いといてですね、 今日も日曜日相談カフェのお時間です。 今日はですね、ありがとう、感謝するっていうことね。 これがある種の現状の肯定でなり、ちょっとぬるま湯になっちゃうんじゃないの? 甘えにつながるんじゃないの?みたいな、そんな問題意識ですね。 はい、いきたいと思います。それでは行きましょう。本編スタートです。 # そもそも論から考えよう はい、それでは今日は相談カフェのお時間でございます。 シーズン8、2回目になります。 中川さん、先週に引き続いてアシスタントです。どうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。中川です。 はい、先週がDXバブル世代でキツイぜと、 そういう舐められないためにどうすべきかみたいな、 そんな、はい、ツッコミどころ満載の相談でしたけれども。 バッチリ答えないカフェということで。 はい、安定の、はい、そんな感じでございましたけど。 えー、今週の相談いきましょうか。 はい、じゃあ読ませていただきます。 題して、ありがとうは甘えなのか問題です。 ありがとうの交わし合いに傷の舐め合い要素はあると思いますか? 研修でありがとうが当たり前に飛び交う職場にしましょうという話がありました。 で、この方は今も普段からありがとうって言い合う職場らしいんですが、 そこに同僚の方が、それは傷の舐め合いだと、 自分が気持ちよくなるために言っている、このまま変わらなくていい、 今のままでいいという気持ちを強め合っているということを言われて、 確かにこれまで通りがいい、教わった通りで変えたくないと思う傾向がある人が多い職場ではある。 相談者の方としては同僚の意見も一理あるかなと思っていると。 ただ、一方でありがとうっていうのを言い合うことは決して悪いことじゃないと思う。 じゃあマスターは、ありがとうが傷の舐め合いになっているケースもあると思いますか? そういうケースがあるとしたら、そんな環境にカツを入れる必要はあると思いますか? という相談です。 なるほど。 うん、面白いですね。 これ、じゃあ背景を教えてください。 この相談は、実は1ヶ月前、2月中旬くらいに寄せられた相談でして、 きっと相談者の方がまだもやってるんじゃないかなと思いまして、 ぜひマスターが一発ズバッと回答いただいて、 相談者の方の別のもやりにしていただければなと思いまして、取り上げました。 はい。これ、想像できます?中川さん、この相談。 正直、ちょっとですね、傷の舐め合いっていうところは、いまいちよくわからなかったんですけど、 何でもかんでもありがとうを言うべきなのかどうかっていうところであれば、想像できます。 うん。そういうポイントもありますよね。 これね、僕もね、すごいよくわかるんですよ。 これ、特にね、僕が若き日とか、大学時代とかもこんな感覚あったんですよね。 そうなんですか。どういうところですか? いや、つまりですね、こう、ぬるいっていうね。 あの、なんか、現状に対する肯定をするっていうことは、ぬるさにつながるんじゃないかみたいな。 もっと俺らのチームは上を目指すべきだろうみたいな。 こんなところで、よしよし、ナイスファイトとか、ナイスチャレンジみたいなことを言っていることがものすごくイライラしてた時期がありましたね。 マスターにもあったんですね。 あったあったあった。だからこの相談者に対して、傷の舐め合いだって言っている人の気持ちはめっちゃよくわかる。 ああ、そうなんですね。 若かるし日は、だから、その社会人になっても、なんか、もっとさ、なんか、ガツガツいこうぜみたいな。 なんか、その辺の感覚は、ちょっとね、なんかハングリーさが足りないみたいな部分も含めて、なんか、ちょっとね、こういう風に言いたくなった気持ちはすごくよく覚えてます。 ああ、そうなんですね。 で、今になって思えばですね、全てはバランス問題なんですよね。 だから、現状そのものを受け入れるっていうのと、そして目標を高く持つみたいなことっていうのは両立し得るわけなんでしょ。 両立。 だから、ある種の矛盾状態じゃないですか、それって。 そうですね。 現状肯定と目標を高く持つっていうのって、ある種矛盾に感じてしまう瞬間っていうのがあるんですけれども、 そりゃ両立し得るっていうことに気づいた瞬間、やっぱりその現状に対する感謝ってむちゃくちゃ大事だなと。 そして、感謝があるからこそ高い目標にチャレンジできるんだよねっていう、そういうことでもある。 だから、石井亮介さんが心理的安全性の方に書かれましたけれども、 心理的安全性のある高い組織っていうのは、ぬるい組織ではないっていう、 そういう表現をされていたと記憶してますけれども、まさにそういうことですよね。 感謝みたいなことっていうのはとても大事であるけど、 もう一つ高い目標設定みたいな、そういうことを合わせてその矛盾状態をチャレンジしていくっていう、 そういうことなんじゃないかなって思いますけどね。 実はこの相談者の方と発言をされた同僚の方っていうのは、お二人ともマネージャークラスらしいんですね。 そうするとさっきおっしゃった心理的安全性を作っていくようなリーダーの一人だとは、 お二人ともそういう役割もあるとは思うんですけども、 現状工程の中で感謝するっていうところで、 さらに目標を高く持ってもらうような組織を作っていくっていうのは一見ちょっと難しいかなと思うんですけど、 どうやってやっていけば達成できますかね。 多分ケースバイケースなんでしょうね。 その人たちがどれくらい成長意欲がもともと今芽生えているのかそうでないのか、 まさにこの傷の舐め合いっていう話があったと思うんですけど、 本当に傷ついている状態なのか、それともそうでないのかっていうことによって、 多分アプローチは全然違うと思うんですよ。 本当に傷ついてるんだったら、ちゃんと舐めてあげないとダメですよね。 舐めるって表現はちょっと正しくないんですけど、 治癒してあげるってことは大事じゃないですか。 そこに高い目標みたいなこと言っても、心が離れてしまう可能性があるので、 みんな一応に傷ついているんだったら、その傷をちゃんと癒すっていうのが最初のフェーズになると思うんですよ。 ところがそうではなくて、もう何となく目的を失っていて、 感謝が大事だっていうから表面的に感謝だけしか口にしてないみたいな、 そんなようなあれだったら、ちょっとモードを変えようかっていう話で、 ちゃんと目標みたいなことを提示しながら、 そこに向けていろんなマイルストーンを刻んでいくみたいなことが大事になってくるかもしれないですよね。 そうするとさっきの目標っていう話でいうと、 以前マスターがラグビーの、ごめんなさいちょっと名前を忘れてしまいましたが、 対談されていらっしゃったときに、 野沢さんかな? 野沢さんと対談されていらっしゃったときに、 やっぱり目標を最初に過ぎてるっていう工程が最近はできているっていうような話があったかと思うんですけど、 職場なんかでも同じように、現状がどういう状況にあって、 この組織、チームとしてどういうところに着手していきたいのかっていうところを、 チーム内で擦り合わせるっていうことから始めていくっていうところが大事なんですよね。 グッドポイントでですね、 この中で足りてないのは、足りてないと分からないですけど、 足りてない可能性があるのは、リーダーも含めて組織メンバーとの対話ですね。 フラットな対話っていうのが欠けている可能性がある。 気がしますね。 だから表面的なありがとうを言うとか、 そういうところに本質があるわけじゃないんですよ。 一人一人の人間として、どれくらいその相手の状態を理解して、 どういうパーソナリティであり、今どういう状態なのかっていうことを、 ちゃんと理解して対話できているかっていうことが全てなんですけれども、 こういう相談が出てきてしまう背景って、 一人一人の理解の解像度が荒い中で、 イデオロギー的に感謝だとか、目標だとか、何とかだって言っている、 リーダーの持論をぶつけ合っているみたいな感覚はありますよね。 手段だけ取り出されちゃっているということですね。 だからこうなった時によく悲劇的なことが起きるのは、 手段手段ってなって、今ってこういうやり方がめっちゃ効果的らしいぞと。 360度評価が云々だとか、相互投票制度が云々だとか、 感謝カードが云々だとか、ワンオワンがどうのこうのとか、 手段そのものはめちゃくちゃいろいろあるわけじゃないですか。 百花繚乱ですよね。 手段の奴隷になっていくみたいな。 そうすると、根本的に足りないのは相互理解じゃんみたいな。 で、メンバーからしてみたら、 リーダーが何を目指しているのか全然わからないし、本音で語ってくれないし、 私にどういう風に評価をしてくれているのか、 良いと思っているのか、良くないと思っているのか、 そして改善すべきだったら何を改善してほしいと思っているのか、 そのものが腹を割った対話ができていないという中で、 ツールばかりが飛んでくるとか、急にボーンと目標が設定されるとか、 そういう空虚な組織というのがよくあるあるですよね。 胸が痛くなってきました。 だから僕も全然やらそうなこと言えなくて、その空虚感をリーダーとしてめっちゃ体感したからわかるんですよ。 僕だってある種、手段の奴隷になっていたとき結構あってですね、 何かうまくいかないなと。 じゃあこのツールか?とか。 で、別の人からこういうの流行ってるらしいよ、いいらしいよ。 おお、面白そうじゃん。 じゃあそれやってみようか。みんなに感謝の一言書いて回すみたいな。 そんなことやってみようか。で、回した後みんなで拍手みたいな。 そんな感じでとか。やってもその空虚感が拭いされないと。 それは何かというと、根本的にリーダーである私がメンバーに対する関心がほとんどないってことなんですよ。 だから、私があなたという関係になっているのは私とそれっていうね。 これはマルチンブルガーが我と何時とか、我とそれっていう話をしていますけれども、 なんかね、組織の中にいる人が人でなく見えていたんですよ。 はいはいはい。 コントロールしうる対象。 人もまたツールの一部。 そう、人もまたツール。そんな認識でいるとね、やっぱ空虚になりますよね。 だからそこの、あなた自身の人に対する見方を変えない限りにおいては、何やっても無駄みたいな。 そうですね。 そのお話でいくと、今回の元々ってありがとうを言うべきか言わざるべきかみたいな話になってるんですけど、 それもまた、どっちかっていう話じゃないよねっていうところですよね。 何でもかんでもありがとうって言えばいいわけでも、それもまた表面的な解決手段の一つになっちゃってるわけなんだから、 相手の立場だとか考え方を知った上で、言うべきタイミングできちんとお礼を言うのがいい職場だよねっていうところですね。 そうなんですよ。だからこういうのも、安易な人をコントロールする手段としてのありがとうみたいな風になっちゃうと、 かえってマイナスですよね。 だから、2000年代くらいからかな、ビジネス界に心理学みたいなキーワードがよく、仕事で使える心理学みたいな話がよく入ってくるようになってきたんですけど、 こういうのって結構百害あって一理なしみたいな部分もあってですね。 他人をコントロールできるのであるみたいな、そういう部分だったりするじゃないですか。 だから、我それモデルを強化してしまう、つまり相手をものとして操作可能な存在であるとみなしてしまう、 そういうツールがたくさん出てるんですよね。これはちょっと怖いんですよ。だから。 だから、例えばミラーリングみたいな話とかもわかりやすいのはあるじゃないですか。 相手のやってることを一緒にやるような。 だから、ミーティングで相手が腕を組んだら一緒に腕を組むとか、なんかね、こうやったりするじゃないですか。 あれはあれで、本当に心理的なね、こう、受け手側からするとそういうことを感じるのかもしれないけれども、 やってる側としてはコントロール思想に侵されているとですね。 そうですね。 これは本当に怖いよね。なんかね。 あれですよね。でも、マーケティングとかって結構行動経済学とか心理学みたいなものを駆使して、 マクロな部分では人全体の動きをコントロールしようとする試みだと思うんですけど、 それをミクロに落とし込むと、一対一の関係だとちょっとこう、上下関係じゃないですけど、そういうのが生まれがちなんですかね。 いや、だからね、僕、マーケティングってね、 罪の意識なく無邪気にマーケターですってやってる人も多いんですけど、 あそこは本当に罪深い領域で、深い悩みと共に向き合う仕事だと思いますよ。 これでいいのかっていうことですか。 そうなんです、そうなんです。そうしないとあっという間に倫理の線を超えちゃうから、 人はこうやったらクリックするのかって言ってね。 それはそれでまあいいじゃないですか。 そのね、CTR高めましょうとかね、なんかやってるうちはまあいいんだけれども、 それがだんだん肥大化してくると、人間はコントロールできるのだっていう、そういう思想になっていって、 物扱いするようになるっていうね、話にだんだんこう思想がなるから、 だからすごいマーケターの人とかいらっしゃいますけど、 よく話を聞いた方がいいと思いますね、その人の話をね。 どういう思想に基づいてるのか。だから現場担当レベルだったらまあいいんでしょ。いいんですよ。 なんだけど、より上位者になっていくと問われるのは思想としてのマーケティングであり、 あなたは人をどういうふうに見てますか?っていう倫理的な視点としての側面っていうのがものすごく問われる。 そういう触手だと。これはマーケティングに限らずなんですけどね。 難しいですね。一本間違えると独裁化していくっていうようなイメージとか。 そうなんですよ。だから今の時代は、それと常に隣り合わせであるっていう、 そういう意識を持たなきゃいけないですよね。 ABテストとかやるじゃないですか。 あります。 赤のバックと青のバックでどっちのクリック率が高いかみたいなこと、無邪気にやりますよね。 その延長に、私たちを動物として捉えるっていうか、動物というか機械として捉えるみたいな、 そんな感覚で芽生えてくるじゃないですか。 人間はこのタイミングでこうすると自動的にこうなるみたいな。 そうですね。 そうすると、人間って所詮ロボットみたいだよねっていう話になっていくと、 一気に世界が道具化していくんで。 監視社会とかと話が繋がっていきますね。 監視信音主義みたいな話はまさにね、結論はすごくあれなんですよ。 もやるんですよ。結局。 もやりますね。 めっちゃもやりますよ。どうしたらいいのって。 利便性と裏表だったりするんで、その辺の話ってね。 そうですよね。便利ならいいじゃんっていうところも一部ではありますからね。 おっしゃる通り。 だからこの時代において、人として思考するっていうことがものすごく大事になってくる。 かつての人類史を比較して今以上にそれが大事な時代ってないと思うんですよ。 つまり自分自身機械化も可能なわけですよ。機械化しても生きていくことができる時代だからこそ。 つまりずっとレコメンドに乗ってるとかね。 そうですね。 そういうふうにすれば、生きられてしまう世の中においてめんどくさい思考、考えるっていうことをどれくらいやりますかっていうのが問われてる時代。 かつては考えなきゃ生きられない時代。 ちょっとあえて雑に言うとですよ。 そうだったかもしれない。今考えなくても生きられる時代。 もしそういう見方をするんだったら、そんな時代になぜ私たちは考えるんですかっていう。 なんか相談内容と全然違う話になっちゃいえんの? いやいやいや。新たなもやり出てる。本当もやってきましたね。 ちょっと時間なっちゃったけどさ。 そうでしたか。 相談カフェらしい着地が2キロ先に着きましたみたいな感じですか。 いいですね。イエスやノーじゃないんだよっていうところですね。 そうですね。 感謝は大事だと思いますよ。大事だと思うんだけど、他者をコントロールツールとして感謝しようというところではない。 本当の感謝をしましょうというメッセージは付け加えておきます。 はい。ありがとうございます。 ということで、中川さんアシスタントでした。どうもありがとうございました。 ありがとうございました。 # 『発達障害の人が見ている世界』 それでは今日のフライヤーのコーナーです。 今日はですね、発達障害の人が見ている世界という本になります。 著者ですが、岩瀬敏夫さん。 精神科医、医学博士でらっしゃいます。 東京国際大学医療健康学部純教授でらっしゃいます。 アスコムからですね、2022年9月出た本になります。 発達障害の人が見ている世界というタイトルね。 そのものズバリなんですけれども、失礼なことは平気で言ったり、繰り返し約束を破ったり、ミスを連発したり、 そんなちょっとだけ付き合うのが大変な人を見ると、ついやる気がない、能力が低いという判断をしてしまいがち。 しかしそういう人たちの中には、かなりの割合で脳にある特性を抱えている人たちが多いのだということを指摘するということですね。 その特性の一つが発達障害。 発達障害かグレーゾーンか定型発達かというですね、そういう区分もあるようなんですけれども、 これも実は相当荒い区分で、本当は人それぞれ、いろんなスペクトラムがあるということなんですけれども、 あえて大きくそういうふうに分けてみると、発達障害と言われる人たち、どんな状態なのかということの一つのあれがあるわけですよね。 例えばADHDの特性としては不注意とか多動性、衝動性が挙げられると、 不注意が原因で忘れ物をしたりケアリスミスを連発したり、注意の持続も苦手、細かい仕事やマルチタスクがこなせないと、 いうことですね。なので思いつきで行動するために軽率だと見られがちであるとか。 ASD、自閉スペクトラム症の特性としてはコミュニケーション障害、同一性の保持、感覚過敏、この3つが知られているということですね。 ASDの人は相手の言葉や表情の裏側を想像する力が弱いと、だからコミュニケーションが円滑に進まないことが多いと。 なんか皮肉とか言われたら、その言葉の裏側にある意図を読み取れずに、そのまんま皮肉と理解できず感謝してしまうとかね。 ありがとうございます、そんなことを言ってしまうとか。 同一性の保持というのは変化に弱く、いつも同じ行動を好み、考え方が固定化されているということですね。 急な予定変更とか環境の変化を極端に嫌うと。 聴覚、視覚、嗅覚、味覚といった感覚が生活に至少きたすほど過敏な、感覚過敏な人もいるということですね。 こういう、普通の人から見ると、そんなの気にすんなよとか軽く言っちゃうわけなんですけれども、 実はすごい、そう気にしたくないんだけど気になっちゃうっていうことだったりする。 だからこれ分かんないですよね。 だからそういう人がいるんだということをちゃんと、まずは理解するっていうことなんでしょうね。 はい、ということで。 さあさんとかね、自分でADHDだという話をされていて、忘れ物が多いとか、注意力欠如しているとか、そういうことね、結構おっしゃってますけれども。 そういうのをあまり表に出せずに、うちに抱えたまま、 いやあいつさあって言われてしまう人も多いんじゃないかと思います。 はい、なのでぜひ、当事者のみならずですね、マネジメントに携わる人とか、いろんな人が読んでみて学ぶ、そんな領域のような気がします。 今日のフライヤーは、20歳以外の人が見ている世界でした。 # 頂いたコメントへのお返し はい今日は先週ですね相談カフェ100回ということでDXについていけない おじさんというそんな話でしたけど中川さんです 収録でお世話になりましたありがとうございました途中お聞き苦しくなってしまい リスナーの方々には申し訳ありません自分が参加している会へのコメントはしづらいですね DXは変革ではなく連続した変化の一部分にフォーカス名前をつけているだけという話が印象的でした ゲームチェンジしたわけではないんだから世の中の変化と 前向きに付き合ってみればついていけないと思っていたことも意外となんとかなったりする 不安嫌いをなくしていこうと思いました ニコさんが中川さんとても聞きやすい声でした途中の音声変化も収録が入ってないので私 いうには問題がありませんでしたマスターへの返答も グッドばかりで思いっきり頷いてましたと いうことでいやーでも 途中声が dx してましたけどねまあああいうのも 面白いですねうん実はね途中でちょっと カットを入れておりますので当日はですねあそこにブランクが結構あったりしたんですけど まあよかったですはい いたるさんなめられたくないという動機その裏側に何があるのかと思います実際にリスペクト されていない感覚があるのか それともラバーラベルを張ることで勝手に対立の構造を作っているのか なんか両方ありそうな気がします dx に限らず知識やスキルステータスを持つものと持たざるものにそれぞれ 別のラベルを張って距離を置き同じラベルの中までまとまろうとするから疑似的に対立 の構図が生まれ次第にエスカレートしていく人類こればっかりやってる気がします でも初めの問い次第で変えられるかもということです 人類はこればっかりやってる歴史ですよね カトリックタイプロテスタントだとかねー キリスト教体スラム教だとかねそういうこう見えないものにラベルを張って違いを作り 対立を作る まあこれが人類の歴史だったりもします 悲しいんですけど山下悟さん中川さんの声が宇宙人にトランスフォーム これを得体の知れない扱いにくいものとして遠ざけるか面白そう何か利点があるかもと 受け入れるか 結局そのマインドが大事というしさとそしてその当事者の変化の本質に気づきにくいという 怖さ 変化の本質を捉えるにはという新たな問いを受けておりましたということで 学びに続きつなげていただいて助かりますという中川さんの声です いや面白いですね確かに 自分では気づかないでも変化しちゃってるみたいなね そういうメタファーとして捉えることも可能ですね面白い ぐるぐる鈴木さんです100回目のボイストランスフォーメーション中川さんの声が 突如変化し土木も抜かれました100回目にふさわしい仕込みが入った変革会ですね 100回おめでとうございます8期のメンバーも充実してそうで大変楽しみです 1月の連続放送断熱の危機を乗り越えてアシスタントカフェ のこの充実ぶりがリスナーとともに歩むブックカフェ にトランスフォームしたと言えるでしょうか 僕自身も音声配信をしていますが継続も大変でして マスターやこのコミュニティも見習い頑張ります 町田さん風にしてみましたということですが 町田さん風にするとねそんなひと時でしたみたいな 今回もこういう話で とても楽しいひと時でした そんな感じかなもうちょっとあの トランスフォームすると いやー本当にね100あの100回まで来まして 相談会もねこれも皆さんアシスタントの皆さんの賜物でございますありがとうございます et さん x は日常的に起きているようは1個ずつやっていたこと一気に効率よくやる 弓矢立つの一環そこに今デジタルツールが出てきているだけ これが本質を見極めるということですね 普段様々なことに対して本質の何かを自分で通ってないことに気づきました世代論に持ち 込み自分とは関係ないものを切り捨てたりしないよう日頃から本質をとまずは試してみ そんなことをやっていきたいと思いましたということですね そうそう x はね日常的にね1ミリずつ起きてんですよ ね後から振り返るとあれがねおにゃらら x だと言われると いうまあそれだけの話なので そんなに大きく構えなくていいと我々は x を乗り越えているのであるというそんなことです よね メグさんエクセルのメタファー聞きつつなぜマスターに it 音痴がバレたのと思わず突っ込みを 入れました pc を触れてはならぬという環境下に長らくいたため基本的なことから 始めていますとりあえず試食する食べてみないと味はわからない過去の 自分に伝えたいですと いいことですいいことですね とりあえず試食すると よねそう意外にね面白かったりするんですよね ああなんだこんなもんかみたい 僕も食わず嫌いなものたくさんありますけれど自分に言い聞かせています 原産です中川さん初回お疲れ様でした20代前半の人と話していると現代は情報が 飽和していてほとんどの共通の隙がが回し 過去の良作や狭い世界と出会っている方が裸んで多いので dx は情報の構図を一歩引いて プラットフォーム化し改めてユニと行き来せなかったアーカイブとフィジカルが一体化 した状態みたいに捉えています過去の作品を上の世代も再発見し若手と共感できれば 舐められることもなく盛り上がれることもあります なので個人の主体性のスキルがより必要になってくるのだと思います ということですね まあ接点はあると いうそんなことかな 接点はあるし作ることができるのであると そんなことかなと思いますけれどもまあね確かにそういうことはありますよね断絶なんてないと それを作っているのは自分の脳の中だけである まあそんな風にも言えるのかもしれません つすさんカタカナ用語 dx とかカタカナ用語だとそれだけでシャットダウンする人は多いですね これが効率的だとは思えませんがカタカナ用語に接すると一旦自分に引き寄せて デジタル化による業務変革とか変換することから始めたらいいかと思っています そうそうまあ自分なりに変えてみる そうすると手触り感よくなったりしますよね それが本質を理解するということにもつながるんだと思います にこさん荒木マスター本日も名回答ですっきりです私も質問者と同じ問いを疑問に持たない タイプでとプチ反省です 自己紹介は名前のほかに何が何を言えばいいのか と家族構成もラベルになりますが仕事もかな実は年齢を言うには2つ理由があります 1この人はかなり年上か少し年上かと相手が悩む時間を減らしたい に歓励を超えているから多少のことはできなくてもご容赦ください との逃げ まあいいんじゃないですか自分でね年齢を自分で言う分にはね しかし年齢というものはすごい強烈なメッセージ感があるので人はその年齢を ベースに何か物事を判断しがちであるという そこの部分も理解することは大事のような気がしています ねえしょうがないね人間の認知ってねああああそう 22歳方とかね なんかね人間てそうなっちゃうんだよね 町田勝さん言葉の解像度が荒いとどうなるのか考えさせられる会でした 安易な記号論の行き着く先は記号化することで考えることなく過ごせるのは当人に とってストレスなく原因を記号とひも付けることで安心するかもしれない 荒い解像度で世界を見ることは思考を絡め取られ反射的に物事を捉えることにつながる のだなぁと改めて感じました あるある網目の荒い古いは何でも下に通してしまう 網目の荒い古いか 何でも下に通してしまう古いの下はレッテルや完全調和区のうごめく世界そんな妄想をしました まずアテルさんの名言が浮かびました言葉に気をつけなさい日常の言葉を振り返りたいと思います まあねあの サピア往復仮説じゃないけどね人間は言語によって世界を見ているみたいな まあそんな側面もありますからそれは仮説でしかないんですけれども ねぇ そういう側面は確かにあると思います 語彙力大事ですはいということでコメントが非常になりますいつも皆さんありがとうございます # 終わりのあいさつ はい、ということで相談カフェ今日は101回目ということでした。けれどもいかがだったでしょうか。 さあ、しばらく対談が続くことになるかな、そんな気がしています。 また、はい、いろんな人とガチャガチャ話しておりますので、楽しんでいただければ幸いです。 今日はここまで。また明日。 もっと見る #感謝 #心理的安全性 #現状満足 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール01:492.初めのあいさつ21:233.そもそも論から考えよう04:094.『発達障害の人が見ている世界』08:585.頂いたコメントへのお返し00:256.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2023年3月15日マスターの大学時代のお話。私は「ドンマイ!」とか「ナイッシュー!」とか、そんな声をあげまくっていたので、ゆるさを作り出していたのかもな、と振り返って思います😅私はサッカーでGKをやっており、身長が172cmと小柄なため、声を出したり、マークの指示を出したり、自分のできることはなにかと考えた末での声出しでした。しかし、ある時から、あまり考えず、自分の信じてきた道を継続することしかしなかったかもな、と今になって思います。返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2023年3月15日原点に帰るというか、そのままでいいの?それってどうなん?と自分に問いかけることが必要だったかもなぁと。過去を振り返りつつ、今もそうなっていないか。そして、感謝とか、ありがとうとか、そんな言葉を、なあなあに使っていないか。自分に問いかけてみようと思います。 すっすー2023年3月13日チーム内のエンゲージメント強化部下のエンゲージメントを強化するため、リーダーから色々な施策が取られますが、形式的になりやすいですね。声かけをするとか、感謝を言い会うとか、実施しますが、仏像に魂が入っていないような形ばかりのものになりやすく、気づいたら、何故始めたかもわからないものもありますね。2返信 E•T2023年3月13日「腹を割った対話」表面上だけのありがとうが多用される組織は緩い。というのはハッとさせられました。組織が何を目指し、各人の役割は何か、それが明確になったうえで、感謝を伝えあう。当たり前のようで、とても難しいと感じます。表面的なありがとうでも、人間関係構築、組織の風通し、心理的安全性確保、これらの土台作りには一定の効果がありそうです。そのうえでさらに強い組織にする為に、厳しさを取り込む。そして深い感謝のありがとうが飛び交うのが理想ですね。1返信 eiko2023年3月12日マスターの言葉、いちいち心に響きました!なんか、胸のつかえがとれていくような言葉の数々!何度も聴きました!何度も聴きたい配信!心の相互理解ですよね!うちの会社は、サンクスカードなるものがあって職制は年に渡さなくてはいけない枚数が決まってるらしいです。まさしく、ありがとうがツールになってる典型です。今日もありがとうございました!2返信 カフカ2023年3月12日最近の「心理的安全性ブーム」になぜかモヤっとしていたのですが、その理由を言語化して頂いたような気がしました。メンバーの意見をただ聞くだけでは、ぬるいチームになる。まずは傷の痕をきちんと観察し、その治し方を知っている必要がある。もっと言えば、チームが目標に向けて真剣にあればあろうとするほど、観察力や対話力や手段のバリエーション(それに伴う知識や思考の深さなど)の高さが求められる気がします。そう考えると、心理的安全性を作るって実はめちゃくちゃ難しいのに、ライトに使われがちな気がします。3返信 もっと見る
横串はインド人に揃えてもらおう!/『正解を探す日本人、最適解をつくるインド人』坂田幸樹さん対談2 30分・10月2日・ 2,906再生AI目次正解か最適解か?日印思考の差デジタル時代の働き方変革の鍵野球部文化にサーファーは無理?日本企業のインド戦略と成功要件産業横連携にインド的思考の活用
インド人の特性って何?/『正解を探す日本人、最適解をつくるインド人』坂田幸樹さん対談1 34分・10月1日・ 3,160再生AI目次最適解を生み出すインド人の行動原理日本とインド、縦横社会が導くビジネスの違い専門性ゆえのインド企業の「顧客不在」課題日本人が困惑するインド特有のコミュニケーション多様性が生むインド人の強さと日本への示唆
私は「ドンマイ!」とか「ナイッシュー!」とか、そんな声をあげまくっていたので、ゆるさを作り出していたのかもな、と振り返って思います😅
私はサッカーでGKをやっており、身長が172cmと小柄なため、声を出したり、マークの指示を出したり、自分のできることはなにかと考えた末での声出しでした。しかし、ある時から、あまり考えず、自分の信じてきた道を継続することしかしなかったかもな、と今になって思います。
過去を振り返りつつ、今もそうなっていないか。そして、感謝とか、ありがとうとか、そんな言葉を、なあなあに使っていないか。自分に問いかけてみようと思います。
部下のエンゲージメントを強化するため、リーダーから色々な施策が取られますが、形式的になりやすいですね。
声かけをするとか、感謝を言い会うとか、実施しますが、仏像に魂が入っていないような形ばかりのものになりやすく、気づいたら、何故始めたかもわからないものもありますね。
表面上だけのありがとうが多用される組織は緩い。というのはハッとさせられました。
組織が何を目指し、各人の役割は何か、それが明確になったうえで、感謝を伝えあう。当たり前のようで、とても難しいと感じます。
表面的なありがとうでも、人間関係構築、組織の風通し、心理的安全性確保、これらの土台作りには一定の効果がありそうです。
そのうえでさらに強い組織にする為に、厳しさを取り込む。そして深い感謝のありがとうが飛び交うのが理想ですね。
メンバーの意見をただ聞くだけでは、ぬるいチームになる。まずは傷の痕をきちんと観察し、その治し方を知っている必要がある。
もっと言えば、チームが目標に向けて真剣にあればあろうとするほど、観察力や対話力や手段のバリエーション(それに伴う知識や思考の深さなど)の高さが求められる気がします。
そう考えると、心理的安全性を作るって実はめちゃくちゃ難しいのに、ライトに使われがちな気がします。