TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe「数学的」とは何か?/「数学的話し方」実践トレーニング 深沢真太郎さん対談135:43 昨日 2,059再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次ビジネス数学の深澤氏が語るキャリア数学的思考の核「定義・分析・体系化」ビジネスで活きる「数学的」な話し方とは数学アレルギー克服!ビジネス思考の鍵「定義なき」コミュニケーションの落とし穴AI文字起こし(β版) # お品書き 荒木ひろゆきのブックカフェ、10月17日版になります。 さて、今日はですね、深澤慎太郎さんがゲストに来てくださいました。 数学教育者ということで、ビジネス数学の教育者。 あまり聞き慣れない肩書きなんですけれども、 どんなことをやっているのか、どんな思いでやっているのか、 そんなことを中心に今日は聞いて、 実はですね、深澤さんキャンプをやっていただけるんですけれども、 そのキャンプの話は週明けの月曜日に聞くことになりますけれども、 土曜と日曜を挟んで月曜ということで、2日にわたる対談の初日になります。 そして、今日の1曲はSpitzのMemories Custom。 コメント返しは先週の成長の地図の出版記念イベント、最後の枠ということになります。 はい、ということで最後までお付き合いください。 # 初めのあいさつ ハローということで皆さんおはようございます10月17日土曜日の朝になりました さあ 今日は 裏フォロー最終日ということで はい まだね僕はあの 東京にいるタイミングで収録してますけれども この2泊3日がね本当にしんどいんすよもうなんか マジでね帰りのフライトとかも本当にフラフラフラフラというか まあ家着いたらドッと疲れが出るっていうパターンなんですけどいや何なんだろうね やっぱね布団ベッドが変わると疲れるみたいなことは確実にあるような気がする はい ということで今日も頑張ってまいりましょうそれでは本編スタートです # 定義して、分析して、体系化する さあ、それでは、今日は新しいゲストをお迎えした対談になります。 ビジネス数学教育課でらっしゃいます、深澤慎太郎さんになります。よろしくお願いします。 はい、よろしくお願いします。 はい、ということで、だいぶご無沙汰しておりますけれども。 そうですね、はい。とても楽しみにしてまいりました。 いつ以来でしたっけ、なんかフライヤーの。 いやー、はい。 あれでしたよね。 そうですね、もう1年は経ってるんじゃないかしら。 はい。 うん。 ねえ、あの、フェイスブックなどでつながっておりますので、ちょっとね、ご活躍のほどは遠目に拝見させていただいておりましたけれども。 あ、いえいえ。 満を持してフライヤーブックキャンプ、納得が生まれる数学的話し方実践トレーニングというタイトルの講座を開いていただくということになりまして。 はい。 はい、そうなってしまったようでございます。 2日にわたってちょっとこの話を聞いてみたいなというふうに思いますけど。 初日はですね、このキャンプよりもうちょっと広めの話、つまり深澤さんが普段何をされていて、どんな問題意識を持っていてというそんな話をお伺いできればなというふうに思っておりますけれども。 ちょっとまず深澤さんから簡単に自己紹介をしていただいてもよろしいですか。 あ、そうですか。はい、ありがとうございます。 ご視聴の皆様と言えばいいのかな、これは。 はい、こんにちは。ビジネス数学教育課の深澤慎太郎です。 本日ちょっとお邪魔をしております。 数学的人材と僕は言うんですけれども、数学的に仕事をする人材を増やしていきたい、育成していきたいということで、人材育成教育の活動をしているものでございます。 簡単ですけれども、よろしくお願いします。 ビジネス数学教育課、なかなか見慣れないタイトルなんですけど、どんなことをやってらっしゃるんですか。 はい、僕は自分の教育テーマをビジネス数学っていうふうにネーミングをしておりまして、先ほども申し上げたように、数学的に仕事をする。 これがもっとみんなできるようになったらいいんじゃなかろうかというふうに思っているんですね。 なぜかというと、僕が数学にだいぶ親しんだ人間で、例えば物を考えるにおいても、今こうやってお話をしてますけれども、 お話をするにしても、あるいは物を書くにしても、ひょっとしたら生きるにしても、とにかく数学のフィルターが入るんですね。 そういったものを表現していくと、好ましく受け止めていただく方も結構いらっしゃって、特にビジネスパーソナルの方が。 ならば、働いている人たちに役立つものであれば、どんどん表現をして、教育というとおこがましいんですけど、 同じようなことをやっていただけるのであればそれは喜ばしいことだから、たくさん伝えていこうと、シェアしていこうと、そういう感じです。 もともとのキャリアはどんな感じなんですか? はい。結構恥ずかしいですね、これね。 本当にまさに数学に結構のめり込んだ少年・青年時代で、大学院も数学で、数学の先生になるんだろうなというふうに思っていたんですが、 当時、なかなか数学の教員の空きがなかったというか、採用試験に受かってもすぐに先生になれない。空きがない、枠がないみたいな。 そういう時代があってですね、それもったいないなと思いまして、予備校の数学の先生になりました。 はいはいはい。 はい。いわゆる塾予備校、受験指導ですかね。 うん。なんですけれども、若かれし頃の僕は受験指導ってやってみたんですけども、非常に退屈でですね。 偏差値40を偏差値60にすれば評価されるという世界、当たり前なんですけど。 そのためにはこういう授業をすればしなければならないみたいな世界で、まだまだ青かった深澤青年には肌に合わなかったんですね。 俺のやりたい数学の授業をやらせてくれみたいな。 なるほど。 どうもこれは合ってないぞということで一旦卒業させていただいて、全く別の業界で、いわゆるザ会社員、ビジネスパーソンみたいなものを全く違う業界で経験させていただいて、気づけば十数年。 最後は半分リストラのような目にあったんですけど、外資の会社だったんですけどね。 職を辞めることになって、もともと数学教育の血が流れていましたし、ビジネスパーソンとしての経験も十数年ありますから、 働いている人の悩みとかかゆいところとか喜びとか、そういったものは一応理解してますから、 ならばビジネスパーソン向けの数学教育って僕のコンセプトになるんではないかと、単純な二つの要素の掛け算ですよね。 いろいろマーケット調べてみると、少なくともそういう肩書きはないし、そういうプレイヤーもいないということで、これは始めたら勝てるなと思って始めたよっていう感じです。 なるほど。そうかそうか。 なるほどね。だから普通にビジネスパーソン十数年やられて、そこに掛け算として数学を教えていったというのが加わったキャリアなんですね。 おっしゃる通りです。 そこが珍しいみたいです。 確かにね。働いているときはどんな仕事をされてたんですか? 業界でいうとアパレルファッションの業界です。全然違うところです。 そのときに、例えばマーケティング的な需要予測やってたとかそういうわけでもなく、普通に数学は封印していた? 最初は封印しました。とにかく数学を一旦封印して、数学とかデータとかロジックとかっていうものを使っていなさそうな世界に行ってみようと思ったんですよ。 はいはいはい。 真逆にとにかく行きたかったっていう発想があって。なので思いついたのがファッションの業界。 確かにね。 感性とかセンスとかで戦ってそうじゃないですか。 だからそういうところに僕みたいな人間が飛び込んだらどんなことが起こるんだろうと思いまして。 行ってみて、最初はお店の接客とかやりましたよ。 そっから? はいそっからです。当然全く新しい業界だから、一から勉強なんで。 はいいらっしゃいませお似合いですねなんていう風に言って。 で少しずつ僕の個性を知ってもらって、いわゆる本社勤務になってマーケティングとか新規事業の開発とかいわゆるマネジメントとかそういったところまでいずれは任せていただけるようになったと。 へー。 そんな感じ。ちょっと変わってると思います。 徐々にそこで数学的知見を使うようになってきたって感じですか? そうですね。徐々に。他の方々が苦手なテーマなので、分野だったので。 じゃあ深澤くんはこういうことできるの?深澤くんはこういうこと得意?とか。 そういう風に色々相談してくれる? はいはいはい。 皆さんが苦手な仕事を振ってくれる?ということでありがたいことにお仕事がさせていただきました。 なるほど。だからこそ現場の解像度が色々あるわけですね。その辺は。 そうですね。もう会社員は辞めてだいぶ経っちゃってましたけども、記憶の中にはちゃんとあるんですよね。 今企業の研修とかやってますから、現場で戦っている皆様と結構会って喋るので、その辺りの感度は他の数学の専門家の方よりもあるんじゃないかとは思ってます。 なるほどね。 数学って結構アレルギーを持ってる人も少なからずいると思いますし。 はい。 このね、大体高校1,2年ぐらいでちょっとなんかドロップしかかるみたいな。ありますよね。 もうちょっと受験で数学外しようかなみたいななんかあると思うんですけれども。 はい。 その辺、深澤さん、今の既存の教育システムの数学の教え方のちょっといけてない部分と、一方でビジネスでそういう数学が使えるんだぞみたいなそのギャップみたいなところも問題意識あるんじゃないかなと思うんですけれども。 その辺どんなふうにお考えになってるんですか。 はい。数学の教育の話なのかなというふうに理解をしましたけれども。 まず今のやっぱり学校でやられてる教育っていうものは将来使える役立つっていう文脈で言うと、あまり適切なものではやはりないんだろうなというふうには思いますね。 現場でやってらっしゃる先生方にはちょっとね、なかなかシャープなことを言ったかもしれませんけれども。 別に彼らが悪いわけじゃなくて、教育を考えてる人が悪いと僕は思ってるんですけど。 まあやっぱり適切ではないだろうなというふうに思います。 具体的に1個言うんであれば、やはり誰かが作った正解のある問題を解かせるっていうことは、社会に出てからはあまり通用しない動作みたいだねと。 完全にそれは受験っていうシステム競争っていうものを通過するための動作になっており、受験を通過してその後社会に出てから正解のない問題に答えを生んぬんみたいな。 そこになったときにやはりどうしてもつまずく。 そして実際につまずいている人をたくさん見るので、既存の数学教育がもちろんあってもいいと思います。 なしにする必要はないんですけれども、それとは別に、数学というものを通じて得られるセンスとか、思考法とか、そういったものがちゃんと学べる。 あるいは鍛えられる時間が数学の授業以外にあればいいんじゃないかなというのが僕が思っていることですかね。 それって算数的と数学的っていうのは何かニュアンスの違いってあるんですか? 算数って読み書きソロ版というふうに言いますけれども、算数というのは要は計算をすること。ものすごく単純化して言えば指則演算できること。 これが算数教育、算数執行のゴールであろうと。 では数学執行、数学的執行というのは、対比のためにわざと極論を言いますけれども、計算をしないでするものが数学的執行じゃないかと。 面白い。どういうこと? 例えば数学をするとき最初に何をするかというと、まず定義をするんですよね。 三角形の授業をしたかったら、まずそもそも三角形というのはどういう図形かというところを今から定義しますねって先生言わないと三角形の授業始まらないんですよ絶対に。 三角形というのはこういう図形ですよ。じゃあ一体どんな特徴があるかなって多分授業は展開していく。 どんな特徴があるかなっていうのは、ここの辺の長さとここの辺の長さを比べるとどっちの方が長いかなとか。 こことここってどれくらいの比率になっていると思うとか。三角形の性質を分析していく。 最終的には数学のゴールは、例えばですけれども直角三角形っていうのは三つのこの辺にこういう関係があるんだよみたいな。最後体系立ててまとめる。 これが数学の営みなんですね実は。 今僕が申し上げたキーワードだけ拾うと定義して、次に分析して、最後に体系化する。これが実は数学。 すごく極論を言うと定義して、分析して、最後体系化するまとめるというこの一連の行為に計算はなくたっていいじゃないかと。 だって私たちビジネスパーソンも普段試行するときにこういうことを多分やってるはずと思うんですよね。やってる間違いなく。 だから数学的試行っていうのは実はビジネスパーソンみんなが使うもの、必要なものというふうに僕は整理をしてます。少しちょっと極論も入れたんですけど。 そんな感じです。 そうかそうか。僕あれなんですよ。さっき言ったドロップした当事者なんですよ。高校の。 僕付属校でストレートで大学まで行けるっていう高校で受験なかったんですよね。ラグビーしかしてなくて。 そういう学校って先生もいい加減なんですよ。受験の責任ないから。 僕が受けてた高1だったかな。高2だったかな。宮慎というね。宮下慎さん。略称宮慎。 もうめっちゃ眠くてね。宮慎のせいにするわけじゃないんですよ。僕がタイダーだっただけなんですけれども。 数学って高校の数学ぐらいになると、一つの単元を落とすともうほぼほぼついていけないみたいな感じになるじゃないですか。積み上げ的なものなので。 そうですね。 もう無理っていう状態になってしまって、数学離れは加速したんですけれども。一方で、今深澤さんが言った数学的思考っていうのは、僕の中では結構自分のお庭感覚がある。 数学はダメなんだけど、数学的な思考はフィットしてるんだなと、ちょっと不思議な感覚なんですけど。 まさにそうだと思います。また極論を言うようであれば、数学を勉強しなくても、実は数学的思考というのは今からでも身につくんだよっていうのが僕のメッセージになっているわけです。 いや、それめっちゃ大事ですよね。僕に似た数学アレルギーとか、受験を数学捨ててきた人とか、結構いると思うんですけれども。一方で数学的であるっていうのは非常に大事なことですよね。 とても大事だなって、やっぱりこの仕事してて思いますよ。 例えばどんなところに、数学的ではないことに対する弊害だとか問題意識とか、お感じになりますか。 具体的なものを一つ、例えばわかりやすいものであげるとするのであれば、先ほど定義というキーワードがありましたけど、この定義をしてからじゃないと始められないんですっていう感性が、やっぱり働いている皆様にもうちょっとあるといいなっていうのはすごく感じる。 例えばですけれども、コミュニケーションするときもそうだと思うんですよね。今からコミュニケーションはあなたとしますけど、今からのこのコミュニケーションっていうのは、こういうコミュニケーションでいいですよね、というこのコミュニケーションの定義、場の定義っていうものをやっぱり最初にしないと、本来始められないものだと僕は思うんですけど、 それを始めないまま結構コミュニケーションがスタートしちゃっている場合がよくあるんだよなというふうに見てて思います。あるいは会社の中で行われるミーティングとかもそうですかね。その場の定義ができてないとやっぱり機能しない。 だから定義をしてから始めなきゃいけないっていう、先ほどのメッセージは非常に数学的であり、どんなビジネスパーソンにも結構必要なものかななんていうのは見てて思いますね。弊害の一つっていうとそれだけですかね。 数学的であるっていうことと、もう一軸あるような、今その話を聞いてて思ったんですけれども。何なんでしょうね。定義しないと進められないっていう感性はその通りだと思うんですけれども、一方で定義しなくて進めて、創発的に起き上がってくるものとかってあるじゃないですか。 つまり定義しすぎが危険であるみたいな、そういう側面も一方でありますよね。 ありますね。 その、やってみなきゃわからんだろうみたいな話みたいなものも、文脈によると思うんですけれども、一方の真理としてはあったりするじゃないですか。 よくわかります。もちろんそれはあると思いますと僕も言ってます。あっていいと思いますし。 ただそれは切り分けというか、そういうパターンもあるよねというふうに理解しておく必要があって、分けておく必要があるのかだと。今はどっちのパターンで仕事をするのかコミュニケーションをするのかっていうのは明確にできないとコミュニケーションロスが起こったり事故が起こったり。 一番わかりやすく事故が起こるのがやっぱりプレゼンとか商談でのコミュニケーションとか非常に重要度の高いコミュニケーションをしているときにやっぱり事故るなって思いますね。 なるほどね。 やっぱ重要度が高いんだからそこはしっかりやっぱりみんな抑えましょうというふうに現場では指導してます。 確かに両方あるんだけど行き来ができないみたいな、数学的に対して経験的とか身体的とか本能的とかいろんなキーワードが当てられそうなんですけど、 そっちの世界の必要性があることを認めつつ、そればっかりに依存してると危険だし、もしくはそれを持ってる人が数学的ナレッジを入れるとものすごいレバレッジが効くみたいな、そんな感覚で捉えるといいんですかね。 そうですね。今の整理で。 深澤さんがどれくらいラディカルなのかっていうのをちょっと今確認しながら話してるんですけど、世の中全て数学で考え得るものであり、数学的であるべきみたいな、そういうセンスでおっしゃってるのか、どれくらいなのかなと思って。 そんなわけないじゃないですか。 そんなにキチキチキチキチしてたら多分生きてられないですよね、この世界ね。 僕は世の中は数学的じゃないと思ってますし、人間も数学的な生き物じゃないですよ。 あ、よかったよかった。 だから難しいんですけどね。数学的じゃない生物に数学的であることを求めていくことの難しさというのはすごく感じます。やっぱり人間を相手にしてるんで。 はいはいはいはい。一方で、こんなこと言っていてあれなんですけれども、世の中を一つの公式で説明し得るみたいなことを究極の理想として数学者の人とかって考えてたりするじゃないですか。 思考としてはそうですね。 その美しい式に最終的には修練されるのである的な。僕そのセンスが全くないから、すげえなとか思ったりもするんです。 多分深沢さんもセンス的にはそんな感じです。 まず答えとしてはYESですね。だから本当に非常に窮屈な奴だなって思われることをもう覚悟して言うのであれば、とにかく何でも一行で表現したいとか。 なるほど。 とにかく無茶苦茶でもいいんで、数式っぽいようなコピーを作ってプレゼンしたいとか。 はいはいはいはい。 そういうセンスはもうバリバリの人間ですね。 いやーすごいと思います。めっちゃ憧れます。 ある種の理想があるんですよね。そういう中でね。 そうですね。やっぱり培ってきたものが数学なので、ある種細胞が数学に侵されてるんですよ。 だからやっぱりシンプルな数式を見ると美しいと感じてしまう。この感じてしまうことはもうしょうがないかなと。 人間だと思う。 だからそう感じてしまうことは、それは人の個性で尊いものなので、せっかくそういう個性があるなら大事にしようって思って今生きてますけどね。 いやーだから数学と神が極めて近い存在であるみたいな感覚ってあるじゃないですか。 神がこの数式を作ったみたいな。そういうの僕全く分かんないんで、めっちゃかっこいいなーとか思うんですよね。それが分かるセンスがね。 そうですね。僕は神とかそこまでは言ってないと思います。 ほんと数学のあまりディープなとこ行くと神が、これは悪魔のような数式だとか言い始める人が出てくるんですけど。 僕はちょっとそこまでは言ってないんで、もうちょっと皆様に近いかなと思ってます。 でも例えば美味しい料理を食べたときに、その美味しさというものが何なのかとかを考えて、なんか式にできるんじゃないかとかね。 美しさというものが数式にできるとか、そういう方向で考えを向けられる人ってすごいなって思いますね。 あ、そうですか。 憧れます。 ありがとうございますと言っておきます。ほどほどでいいと思いますよ。 逆に、荒木さんのような柔らかさのある柔軟性のある思考持ちの方には逆に言うと憧れますよね。 さっきの会話にもありましたけども、私が言ったことに対して、でも一方でこういう方向もありますよねとか、こういう視点もありますよねっていう。 やっぱりあれが出てくるところが荒木さんだよなって思いますもん。 普通だったらあれで、なるほどって言われて終わっちゃうんですよ、会話が。 ああ、確かにそうなんですね。 そうなんですよ、ほとんどそう。だけど荒木さんはやっぱり、いやでも一方でこういう視点もあるじゃないですかってやっぱりおっしゃっていただけるので、 もうこうやってお話をしているだけで今勉強になるし楽しいです。 いや、ありがとうございます。 おじさん二人が褒め合ってなんか。 そう、おじさん同士が褒め合ってる。 黄目くなってきましたんで。 すいません、失礼しました。 ちょっと初日はここぐらいまでにして。 まずちょっと今日数学的とは何かみたいな話をお伺いしましたが、明日はこれをキャンプに落とし込んで、 特に話し方ということで実践的なプログラムになってますので、明日この話をちょっと深めていきたいと思います。 ということで今日は深澤慎太郎さんにお越しいただきました。 どうもありがとうございました。 ありがとうございました。 # 今日の一曲/スピッツ「メモリーズ・カスタム」 さあ、今日の1曲はスピッツのMemories Customという曲をお届けしたいと思います。 はい、懐かしい曲です。 これはですね、2000年に出された9枚目のアルバムですね。 ハヤブサというアルバムに収録されている曲なんですけれども、 ちょっと不思議な曲でですね、その1ヶ月前に6月にMemoriesという曲が出されているんですよ。 で、アルバム収録されているのはMemories Customという曲なんですけれども、 結構ね、劇的なアレンジがされていて、 このMemories Customというのがですね、今スピッツのライブの中では結構重要な位置を占めているということで、 今というかずっとですね、この曲が出されてから。 ライブ行くとね、いいんですよ。 この同じアルバムに入っているハヤブサという曲とこのMemories Customとですね、定番曲になっているんですけれども、 聴いていただくと、スピッツをドラマのタイアップ曲とかで知っている人、 この前のミシュラヌイトとかありましたけれども、 あと可愛いあの子とかなんだっけな、とかさ、それこそロビンソンとか、チェリーでもなんでもいいんだけれども、 ああいう甘いメロディーで、アコースティックサウンドをイメージしたスピッツを想像してこの曲を聴くとですね、びっくりすると思います。 めちゃくちゃグルーヴとリフでねじ伏せるですね、ヘビーロックなんですよ。 まさむねくんは基本的にはですね、ヘビーロック大好きな人で、 彼の声がですね、そのヘビーロックであることを許さないわけなんですけれども、 彼がゴリゴリのですね、ちょっとのぶとい声だったらもう全然違うバンドになっていたんじゃないかという風に想像するんですよね。 まあ彼自身、まあ今なんて言ってるかわかんないけど、自分の声が嫌いで嫌いでしょうがなかったということなんですけれども、 まあ可愛らしい声ですよね。しかし、まあこの曲を聴いていただくとですね、すごいこう、重厚なリフと。 これがまさむねくんの声じゃなかったらということを想像しながら聴いていただければと思うんですけれど。 まあ不思議なんですよね。そしてメモリーズという曲が出されたすぐ後にカスタムというですね、アレンジされた曲が収録されるということで。 まあこのハヤブサはですね、プロデューサーが石田さんに代わってですね、結構ね、グランジュとかオルタナティブロックそんなダイナミズムを出したですね、 バンドサウンドということを明確なコンセプトに書く。だからハヤブサとかもそうなんですけれども。 まあその中でですね、こう、もともとシングルカットされたメモリーズ、メモリーズだって。 メモリーズという曲を入れてしまうと、ちょっとね、こう、アルバム全体の重厚な空気が壊れてしまう可能性があったということで、 カスタム版と。すごいですよ。ちょっとこれあんのかな、ミュージックリップ。 あったらちょっとリンク貼っておきますので、ぜひご覧いただければと思います。 ということで、今日の1曲はSpitzのメモリーズカスタムでした。 # 頂いたコメントへのお返し はいコメント返し 近内さん、黒川さんとの対談の2日目になります 高育さんです。怒りはメタ視点を許さないという言葉にハッとしました あくまでも個人規定ですがネガティブ感情や満員電車のような抑圧された空間 思考を奪うテクノロジーなど余白を奪うあらゆるものから距離をとって生きることがヘルシーに生きる道のように思います たとえ堆積化の大地で果てしない成長が可能でもアドレナリに余白を奪われたままの人生に憧れることもないですし スマホに視線を落としたままニヤつきながら迫り来る歩行者は避けたくなるものです 自分はどんな因果の網の中にいるのか 余韻が残りました。ということで いいですね自分はどんな因果の網の中にいるのか ちょっとね壮大な問いですけれども はいそんなことを残すことができて嬉しいですありがとうございます 北村直文さんです 自分の持ち場で自分がすべき仕事を遂行する つい目移りしがちではありますが優先すべき仕事を決めることが必要かと思いました また結果的にそれが社会全体の福祉につながることも理解しました とはいえ自分の仕事だけに意識を向けすぎることで視野は狭くなりがちです 社会は人々の仕事が集まり公共の福祉として回っている 抑えたいと思います 怒りにとらわれないことより視野が広がり思考が深まる話も納得でした こんな社会になればいいそこを想像しつつ日々凡事徹底でしょうかということで そうですね自分の仕事だけに意識を向けすぎる まあそれで安定できるって言う こともあるんですけれども一方でね それがこう視野共作につながるみたいなこともありますよね そう だから ちょっとねなんか震災が起きた時とかどうしようと思う時にまず今目の前の仕事をやる みたいな まあそんなことも ね こう 一つのね 大事なポイントなんですけれども 一方でね社会に目を向けるこのバランス感覚ね 大事ですよね あきらんさんマスターの性格は人に対してドライなのかそんな話題が何度か出てき たように思います人の悩みや課題解決の行く先は第三者からしたら好きにすれば なのかもしれませんこの言葉は自分でちゃんと考えましたかという問い返しにも聞こえ 自分で巡ろうとしなかった 思考の甘さを自覚することでその罰の悪さにマスターはドライだと一周して自分を 誤魔化しているのかもしれないそのことを考え 深く考えすぎかん 僕はね一般的にねやっぱり客観的に理解してますよ人よりもやっぱり ちょっとねー 距離感は ある人間だということは理解しているのでそういうふうに言われるのはね 本当に別にその通りだなという気もします まあ なんだけどねちょっとジタバタしているという側面もあります はいということでコメント返し以上となりますいつも皆さんありがとうございます # 終わりのあいさつ さあ、ということで、深澤慎太郎さんの対談、初ゲストだったかな? ということで初めてだったんですけども、いかがだったでしょうか? 本当にね、なんか非常に数学的な話し方をするっていうのはね、すごくよくわかる感じがします。 はい、ということで、明日、明日というか週明けのキャンプでは、週明けにはですね、この深澤さんのやるキャンプについてお届けしていきたいと思っております。 ということで今日はここまで、それではまたごきげんよう。 もっと見る #数学 #flierbookcamp 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!01:071.お品書き01:002.初めのあいさつ25:283.定義して、分析して、体系化するhttps://booklabo.flierinc.com/camp/261113904:044.今日の一曲/スピッツ「メモリーズ・カスタム」https://music.youtube.com/watch?v=6IO-dSmu8OU&si=NyKu98JbQ8baMydl03:275.頂いたコメントへのお返し00:396.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう タカイク昨日共有事項が少ない人同士ほど前提のすり合わせから入りやすいですが、ハイコンテクストな場では前提が疎かにされがちです。日々同じ面々と顔を合わせる環境にいるほど、定義から始めるといった数学的思考は有効そうですね。一方で、定義はするものなのである、といったルールが当たり前になり無思考に作業として定義し始めると、なぜ定義が必要か分からないようにもなりそうです。これもある種の定義しすぎ問題なのでしょうか。そんな時は定義のレイヤーを変えて議論の自由度をコントロールする、みたいなことが良さそうにも思います。返信
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一方で、定義はするものなのである、といったルールが当たり前になり無思考に作業として定義し始めると、なぜ定義が必要か分からないようにもなりそうです。これもある種の定義しすぎ問題なのでしょうか。そんな時は定義のレイヤーを変えて議論の自由度をコントロールする、みたいなことが良さそうにも思います。