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はじめまして。石田多朗と申します。
下に書いてあるプロフィールを見て、興味を持っていただいた方は、作曲であったり、生活の裏側の話などをしていきますので、聞いていただけましたら幸いです
ボストン生まれ。幼少期をサンフランシスコで過ごす。 日本にわたり上智大学で学んだあと、23歳から音楽を一から学び始める。翌年、東京藝術大学に入学。音楽を学びつつ、作曲家としての仕事を始める。
2014年、法隆寺に関する展覧会のBGM制作を依頼された際に、初めて雅楽での作曲に挑戦。雅楽を約1ヶ月半学び、半月で作曲したオリジナル雅楽曲「骨歌」が坂本龍一氏に評価される。このときより、日本を代表する雅楽団体・伶楽舎とのご縁が始まる。
2016年、躁うつ病を発症。長期の療養を経て栃木県・那須に移住。音楽を辞める覚悟を持つが、偶然が重なり、徐々に音楽活動へと復帰。
病の寛解後、それまでの常識や藝大で学んだ理論を含む全てを問い直し、人生や音楽、社会の根本からの再考に取り組む。この思索と再構築のプロセスが、自身の音楽哲学と作曲手法を根本から変え、以後の独特な音楽的思考の礎となる。自身にとっての雅楽の意味を再認識し、雅楽に関する作品制作・発表を本格的に開始。
2022年、グラミー賞受賞作曲家でナイン・インチ・ネイルズのメンバーでもあるアッティカス・ロス、レオポルド・ロス、ニック・チューバからの共同制作オファーを受諾。雅楽のみならず、クラシックや電子音楽を含む過去の創作実績が評価され、SHOGUNのサウンドトラックを担当する。
SHOGUNの音楽は世界中で高い評価を受け、エミー賞、グラミー賞など多くの国際的な賞を受賞・ノミネート。雅楽や日本の伝統音楽を世界最高峰の音楽家たちとともに制作するという希少な経験を得る。
その後、日本の音楽を更新すべく、雅楽と西洋音楽の垣根を超えた新たな音楽世界の展開を志す。雅楽に弦楽器やピアノを融合させた独自の楽曲群を次々に発表し、またソロ作品の発表や単独公演も開始。ジャンルや形式を超えた表現に取り組む。
さらに、SHOGUN以降は、音楽に限らず日本文化や社会をめぐる哲学的な視点が評価され、海外の音楽イベントや文化施設における音楽監督、プロデュースといった分野でも活躍している。
下に書いてあるプロフィールを見て、興味を持っていただいた方は、作曲であったり、生活の裏側の話などをしていきますので、聞いていただけましたら幸いです
ボストン生まれ。幼少期をサンフランシスコで過ごす。 日本にわたり上智大学で学んだあと、23歳から音楽を一から学び始める。翌年、東京藝術大学に入学。音楽を学びつつ、作曲家としての仕事を始める。
2014年、法隆寺に関する展覧会のBGM制作を依頼された際に、初めて雅楽での作曲に挑戦。雅楽を約1ヶ月半学び、半月で作曲したオリジナル雅楽曲「骨歌」が坂本龍一氏に評価される。このときより、日本を代表する雅楽団体・伶楽舎とのご縁が始まる。
2016年、躁うつ病を発症。長期の療養を経て栃木県・那須に移住。音楽を辞める覚悟を持つが、偶然が重なり、徐々に音楽活動へと復帰。
病の寛解後、それまでの常識や藝大で学んだ理論を含む全てを問い直し、人生や音楽、社会の根本からの再考に取り組む。この思索と再構築のプロセスが、自身の音楽哲学と作曲手法を根本から変え、以後の独特な音楽的思考の礎となる。自身にとっての雅楽の意味を再認識し、雅楽に関する作品制作・発表を本格的に開始。
2022年、グラミー賞受賞作曲家でナイン・インチ・ネイルズのメンバーでもあるアッティカス・ロス、レオポルド・ロス、ニック・チューバからの共同制作オファーを受諾。雅楽のみならず、クラシックや電子音楽を含む過去の創作実績が評価され、SHOGUNのサウンドトラックを担当する。
SHOGUNの音楽は世界中で高い評価を受け、エミー賞、グラミー賞など多くの国際的な賞を受賞・ノミネート。雅楽や日本の伝統音楽を世界最高峰の音楽家たちとともに制作するという希少な経験を得る。
その後、日本の音楽を更新すべく、雅楽と西洋音楽の垣根を超えた新たな音楽世界の展開を志す。雅楽に弦楽器やピアノを融合させた独自の楽曲群を次々に発表し、またソロ作品の発表や単独公演も開始。ジャンルや形式を超えた表現に取り組む。
さらに、SHOGUN以降は、音楽に限らず日本文化や社会をめぐる哲学的な視点が評価され、海外の音楽イベントや文化施設における音楽監督、プロデュースといった分野でも活躍している。
石田多朗の『アートと音楽で考える』
石田多朗|作曲家・音楽プロデューサー
- 09:401.
自己紹介 こんなのでいいのでしょうか
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こちらはかなり気楽な感じでやっていこうかと思います。よろしくお願いいたします。