『歎異抄』に学ぶ 悪人の自覚と救いのめあて
15:11
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みなさんいつもコメントありがとうございます😊
本日はリスナーさんからの大切な問いを入り口に、『歎異抄』に尋ねていきます。
「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」(第十三章)
意訳:そうなるべき条件がととのったなら、人間はいかなる行いもしてしまう。
「うみかわに、あみをひき、つりをして、世をわたるものも、野やまに、ししをかり、とりをとりて、いのちをつぐともがらも、あきないをもし、田畠をつくりてすぐるひとも、ただおなじことなり」と。(第十三章)
本日はリスナーさんからの大切な問いを入り口に、『歎異抄』に尋ねていきます。
「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」(第十三章)
意訳:そうなるべき条件がととのったなら、人間はいかなる行いもしてしまう。
「うみかわに、あみをひき、つりをして、世をわたるものも、野やまに、ししをかり、とりをとりて、いのちをつぐともがらも、あきないをもし、田畠をつくりてすぐるひとも、ただおなじことなり」と。(第十三章)
堂宮淳賢のありのままブッディch ーー 仏教で毎日をかろやかに生きる
堂宮淳賢/真宗大谷派(お東)僧侶 教誨師 産業カウンセラー
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堂宮淳賢のありのままブッディch
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「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」
- 05:033.
悪の自覚に頭が下がる。そんな私こそがアミダさまから見れば、救いのめあて
コメント

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伊藤嘉奈子
2025年9月19日
なるほど、悪人の自覚があるだけマシということですか。菊は作り物ではなく生き物なので、自分の思い通りに育ちません。ありのままを受け入れ見守って行こうと思います。
