#1932 誰かにするケアはなぜ疲れるのか?③ 社会編
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ケアする側は誰かのニーズを察してなにをどのようにするかという考える行為、感覚的活動をずっとしている。では世の中はそれをどう見ているのか。
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子どものニーズ 親のニーズ 庇護のニーズから考える
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コメント

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行政(=世の中)ではなく、基本的に本人(親や子供)に決めさせてほしいですね!当事者たちの気持ちを尊重されると楽になることたくさんありますよね。
子ども産む時に迷うのがお金よりも人手だなと思ってたので、このSAを担ってくれる人が多い・理解してもらえるほど子どもは育てやすいし回り回って1人あたりのSAが減ってみんな生きやすいのではないか、と思いました。
三部作お話ありがとうございました。
年子の子供がいるのですが、年子の場合下の子の育休中のため点数が足りず上の子を認可保育園に入れられず、結果認可外の保育園に入れなくてはならないという事を経験しました。
上の子の育児で疲弊し、一歳児と新生児を両方見るという選択肢は自分にはなく、そして職場復帰を考えていたので、子供を産んで働け、という社会で何故それに向けて前向きに準備もできないのだろうとモヤモヤした事を思い出しました。ケアに対する考え方が根本的な制度設計にも影響しているという気がします。
このシリーズ面白かったです。感覚的なことの視覚化や言語化を最悪夫と子だけでも共有理解できるようにならねばと思います