TOPビジネス経営・マネジメントVoicy社長の頭の中2016年私は走り回っていた。#2016年の私20:13 10月10日 問題を報告する 再生する シェアする AI目次2016年の挑戦: Voicy創業の背景仕事の絶頂期から起業への覚悟奮闘の日々: サービス開発と広報戦略異例のアナウンススクール通学体験逆風の中でのTechCrunch決勝進出AI文字起こし(β版) # 2026年私は走り回っていた。#2016年の私 Voicy10周年記念 この10年を振り返る2016年の私 ということでね 僕タイトル間違ってますね 後でアーカイブの時に直しておきます 2016年私は走り回っていたっていうね そんな発信をしたいなというふうに思っています 今日はどんな話をしたいかというと 簡単に言ったら 2016年がどんなものかというのをやりたいんですが Voicyが今回10周年になるタイミングでね みんなで10年振り返ってみたらいいんじゃない? ということで 1周年ずつその年の自分を出していこうと思いました その時のタイトルをめっちゃかっこよくしたくて 2016年私は尖っていたとかね 2017年私は悲しみに暮れていたとかね そういう何か一言を足してね やっていったら一番かっこいいかなっていうふうに 思っていました その中で僕はですね 2016年振り返ると 2016年私は走り回っていた そんな年でした Voicyの会社の設立が2016年の2月 そしてサービスのリリースが 2016年の9月の23日でした 2016年の2月は まだ僕は東松という会社で働いていました 2014年、15年、16年と3年間 その会社で 当時やっと世の中にブームが来たベンチャー業界の中で いろんな企業をする企業家のブレインとして いろんなお手伝いをするというポジションにいてですね 自分としては初めて仕事が面白くなりました 自分が関わったらいろんな会社が述べてくれたり いろんな会社のチャンスポイントに自分が関わったりして 大方が関わってくれて よかったって言ってくれたりするのがすごく面白くて 何なら人生で仕事って面白いって思った時の絶頂期だったんじゃないかな という風に思います その中でも2015年 その1年前ですね の夏ぐらいから 自分でいろんなサービスを作ってみたりとかね 当時はスタートアップウィークエンドとかの なんだっけ ハッカソン みんなで何かプロダクト作ってみようみたいなイベントがすごい流行っていて 自分がそこに出てですね 自分でも審査員やったりとか 一緒にプロダクト作ってみたりとか いろんなことをしていました その中で偶然共同創業者の久保田と出会って あと他にも何人かいたんですよね プロダクトを作ってみようよと言いながら 土日に集まったりとかして サービスを作っていっていて 結局毎週毎週必ず来るのは僕と久保田だけだったんですよね 一緒にサービスを作っていって 2015年の夏からやっていったら 途中でいろんなサービスを考えたりしてたんですよね 面白いサービスだったんだよね それもまた僕の声の履歴書で聞いてください そしたら途中で声が来るかも 声面白いかもと思って Voiceを立ち上げて そして2016年になる前に 久保田が会社辞めますみたいなことを言って とりあえずサービス作ってみます おーまじかってなってね 分かったら辞めなきゃって話になって 2015年の年末に会社が一振り経った 本当に年末の年末に会社の代表に辞めようと思うと 事業を作って起業してみたいと思う 自分が起業の支援をする会社にいたので いつかおばあさん起業するのは何なのとか いろいろ言われたりしたんですけど 僕はいろんな会社をたくさん見て 自分がやるんだったら 自分の人生の中で一個 めちゃくちゃ大きな挑戦をしたいと思ったし 何かユニークなことをしたい 誰もすでにある事業を とにかく早く作るとか安く作るじゃなくて 誰もやらないようなものを作れるんだったら それには人生をかける価値があるなと思ってました 当時僕は35歳で 10年 35歳から10年が 一番全力で働けるんじゃないかなって思ったんですよね その油守った10年間を 自分の企業というものに継いだせたら すごく面白いんじゃないかと思ったのを覚えています その中でいろいろ考えながらも 僕はやっぱり人がすごく好きで メディアも好きで その当時Xがすごく荒れていて 誹謗中傷がすごくて まだ情報開示とかなくて 人が苦しくなっちゃったりとか 自殺する方が出たりとか そういうことも起こった時代でしたね その中で 目の情報はやむほどあるけど 耳の情報って全然ないな 耳の情報がインターネットに載ってないな これはやっぱり 人間の力がまだ足りてないんだろうな そして話が面白い人ってすごくいいし 目の前に大谷翔平がいても 探りしてくださいという人はいないだろうな 絶対喋ってほしいと思うだろうな 人が喋るというのは絶対に価値があるから これをサービスに載せられるものを作ってみよう 老若男女をみんなが使ったりとかして いろんな人の話が聞けるサービスになったら 楽しいんじゃねって思ったし 僕は親父がアナウンサーで すごくアナウンサーになりたくて TVSという系列のMBSというね 大阪の毎日放送で ヤングタウンという番組の パーソナリティーをやったりとかしていて でも40くらいになると 若い子に枠を渡すので 裏方に回る そこから親父がしょんぼりしてて でも親父の声聞きたい人は 何百人かいるはずなのに 出る場所がなくて 1人1個ラジオ局とかがある世界って きっと面白いだろうなと思ってたし 僕は海外をずっと放浪してた時に いろんな日本人と会うってことをやってきて こんなに面白い人いっぱいいるのに みんなの声がなかなか届かないのかなと思って 全員1人1個放送局あったら もっと聞けんじゃんっていう とにかく忙しかったりとか いろんなことに没頭してる人が ちょっとの隙間の時間で 発信できてる場所があったらいいなって 思って作ろうと思ったんですよね なんで別に声のサービスっていうのに こだわったわけじゃなくて 発信のコストを極限まで下げるっていうことですね っていうのを考えて 推して喋るだけっていう世界を作れば もっと忙しい人でも話せるなって思って 考えたりとかしてたし 人の魅力っていうのがめっちゃすごいから 人の魅力は絶対これからも残ると思ってた 当時技術がすごく進歩していっていて 僕は未来を見る仕事をしてたので どんどん機械化されていって 機械がいろんなものを作っていくと 人は人らしいものに もっと求めるようになるだろうなと思ってたし それから動画とかも すごい過激になっていったりとか いろんなものを作られるけど 最後は人が喋るコンテンツばかりになってくるだろうな って思っていて だから喋るっていうものを 形にしたいなっていうふうに 思ったのを覚えてますね 当時2016年の初めは まだ東松にいて 僕が辞めるのは3月ぐらいかな クォーターを 友人の会計事務所の空き部屋に 空きテーブル借りてもらって そこに座ってもらって 僕はいろんなところに話しに行ったりとかしながら 走り回っていて カレンダーをさっきから見てたんですけど 僕は1、2、3月会社退職するまで 走り回りながら 休みの日はクォーターとプロダクトの話を ワーワーやるっていうのをやって 夜もそんなのやるって 本当に走り回ったなという感じです もともといろんな会社の相談に乗るっていうのを やってたんで 僕は結局2016年 年中隙間時間は いろんな会社の授業相談に乗ってるね っていうのは面白いなと思っています 設立サービスを作ったはいいんだけど そこからKDDIっていう会社の中で アクセラレーションプログラムで 育ててくれるプログラムがあって 4月から9月の末までの 半年間入れるっていうものだから それにエントリーしたら受かったんで これでKDDIのオフィスに入れるって言って KDDIが光江の34階みたいなところに みんなを使っていいよっていうのを 入れたんですよ そこでいきなり2016年は 僕らはとてつもなく景色のいい 渋谷の光江の36階で 仕事をするっていうチャンスを得たんですよね その景色を見ながら 俺らがこれぐらいのレベルの視野から オフィスの見れるオフィスに入れるのには 10年はかかるよねみたいな話してたら しっかり10年経って 当然のように光江には入れませんでした いまだに3階のオフィスにいるわけですけども そんな感じで当時やってましたね とにかく窪田はサービスを作る 尾形は横でこんな機能があったらいいと思う あんな機能があったらいいと思うとか言って 散々言いながら言いたいことは言ってましたね 窪田さんが作るのがリリースするまで9月なんで その間はいろんなネットワークを作らないと 僕このカレンダーみたいな いろんな人に会いに行ってるわ こんなに人に会いに行っても ほとんど身になってないよね めちゃくちゃいろんな人に会って話して 来い来ると思うねんっていう話とか散々してます それからベンチャーキャプチャルと話したり いろんなアクセラーションプログラムに 申し込みまくってみたり でも大体いろんなところに申し込んでも そもそも自分がアクセラレーションプログラムを いろんなところでやってた人だったりとか アドバイスしてた方なんで なんで尾形さんが来るのとか言われながらやってましたね 5月にもハッカソンに出たりとかして 仲間集めをしたりとかしてますね ちょうどこの頃はですね 自分が話す人たちともっとネットワークつけないといけないし 自分も話し方を学ばなきゃって言って 久保さんのサービス作ってる間僕は テレビ朝日のASKっていう アナウンススクールに通ったりしてましたね それが今カレンダー見て そうか通ってたわと思ってね アナウンススクール行ったらさ 35の兄ちゃんがさ おっちゃんがさ 周りの女の子たちはみんな大学生でキャプキャプしててね ミスコーンみたいな女の子たちが学んでる中にですね 35のおっさんが行ってきたら もしかしてテレビ朝日関係の方?みたいな感じで見られちゃうわけよ なんでねみんなすごい笑顔でね こんにちはみたいな立って挨拶とかされちゃってね ごめんごめん俺も生徒や みたいな感じでね 言いながらやったなっていう風に思います 当時のテレビ朝日ASKではですね 今名古屋の方 当時クラスですごい上手い子がいたんですよアナウンスがね 西岡真奈美ちゃんっていう英語がいて いやーこの子の声は綺麗だなと思ってね 話すの上手いし根性あってめちゃくちゃ勉強してくるしと思っていました 結局ねそんなバズバズけててじゃないんだけど とにかく声がいいっていう風に思ってて 当時そんなになんか見た目とかでめちゃくちゃ目立ってたわけじゃないんだけども 中身すごいなと思ってて でちょっとボイスよかったらちょっとだけ声入れてみてよとか言ってね いろいろお願いしたりとかしながらやってたら 大学卒業する時にちゃんとですね名古屋の方のアナウンサーになってましたね そうやってアナウンススクールに通ったりとかして ずっと走り回っていて 途中からトマツを辞めてね サービス作りといろんなエンジェル同士かと話したりね してるわ で当時はねまだ事業相談に来る人がいっぱいいるもんだから まあそれの話をしたりとか で当時まだですね あのテーラーメットっていう会社を別でやっていて これは友人2人が起業した会社を なぜか起業のお手伝いをしたら いきなりあの副業禁止になったから大型会社引き受けてくれって言われて なぜか会社を買い取ることになってですね 一般の遺伝子検査をする会社っていう 全く僕が知見のないところの事業をですね なぜかやらないといけなくなってですね もうできるだけ早く売ろうっていうので 結局売却したのは2018年なんですけど まあそんなこともしてですね いろんな大学病院に行って これからは遺伝子検査で抗がん剤のマッチングができるぞとか言うのをね やったりとかしてましたね でカレンダーにはよくスポニチさん毎日新聞さんとお話してますね とにかくコンテンツ貸してくれ いろんな新聞社には全部回りました コンテンツ貸してくれ それをいろんな方が読みやすくさせてくれっていう話をね していました でやっと9月にサービスリリースして こっからはもう9月のタイミングではね 新聞の方々にとにかく記事にしてくれって言ってね ブリッジさんとか日経新聞さんとか いろんなところに話に行って記事にして記事にしてってね 今はもう当時2人しかいませんから 広報営業何でもかんでも全部やるみたいな感じだし でねお金も何もないわけよなんてね ご好意で手伝ってくれる人たちとやっていかないといけないっていうね 感じでしたね 政策金融高校ってところでお金貸してくださいって言って でお金貸してもらって それがねオフィスの初めての人が10月1日に入るわけ でそのオフィスに入るのに 床のねカーペット敷いたりとかねいろいろするのにね 結構お金がかかるわけ資金でね でそのお金がないわけ で入金されたその日もね 朝入金が銀行から借りれて 夕方それをもうその日に払わないといけない 支払い日に払ってオフィスに入居して でみんながお祝いのなんかこう なんだ最近やったね Amazonの欲しいものリストとかを入れてさ でお祝いをしたりとかしてみんないろいろ送ってくれましたね そういう欲しいものリストとかね 僕らもやってもいいような気もしますけど10周年でね 出してました かなりのたくさんのね新聞社やラジオ社とか 話に行ったけどほとんど断られたな でVCもかなり話したけどかなり断られたし もうこの頃ちょっとでも興味あるかなみたいに受けに来る人たち たくさんいたけどもちろんそんななんか まだ華やかな状況の会社じゃないから すごいいろんな人に面接しては 振られまくったなっていう風にも思います で当時手伝ってくれる人はフルコミュニティじゃなくて ちょっとお手伝いって感じだなっていう人が多かったりして やっぱりそうなるとなかなか全力でコミットしてもらえなかったりとか 厳しく言えなかったりとか そういうことがたくさんあったなっていう気がしますね カレンダー見たらね10月以降はね 面接がめちゃくちゃ入ってるね 今からね当時の僕に言ってあげたい そんなねもうね何にもない会社に まだ受けに来る奴はろくなことないからそんなに 普通に頑張ってて 本当にご縁のある人だけでいいからって思うんやけどね なんかこうベンチャーされたら 1位を作らなきゃみたいな感じでやっていたなと思います でそうだね 結構大きなトピックになったのは 2016年11月にテククランチっていう大きなイベントがあって そこで決勝まで残ってピッチイベントをしたんだよね 当時もうすでにデザイナーの京ちゃんっていうのがね 来ていて 2人でプレゼンをいろいろ作って プレゼンの練習してっていうのをやって 逆に僕は1日目にね プレゼン資料を丸覚えしていこうと思ったら ガチガチに飛ぶし固まるしになっちゃって これだめだってなってね 方向性だけ決めてアドリブでその場で話すっていう風に 切り替えたのが懐かしいなという風に思います でボイシーのサービスをリリースして もちろん初め誰も使ってくれないし 審査制って言いながら誰も申し込んでこないんで 10月1日にボイシーパーソナリティオーディションっていうのをね 外で投げて そこで応募してきてくれた人に みんなオーディション受かりましたみたいな感じでね 使ってもらって それで40人くらい入ってきて もうちょっと来てほしいなと思って 味を占めて12月1日にまた 第2回オーディションってやってね また来てもらうみたいな感じにしながら パーソナリティを増やしていきました リリースする2016年の9月のタイミングでは 外に出てないサービスなので話してる人少ないので 僕が声を変えて4チャンネル放送してたし いろんな友達とかにちょっと呼んでみて 話してみてっていう風にしながら 今から考えたら こんなぐちゃぐちゃなサービスで まだ当時ウェブサイトもなくて アンドロイドもなくて iPhoneしかなかったサービスがね いろんなところで営業行ったりとかね アンドロイドがなくてiPhoneしかないサービスは とても家では導入できませんとか言われて アンドロイド作らないと手回らないよなみたいなことを 言いながらやっていたのはすごい懐かしいですね 音声来るぞみたいな感じで わのわの言いながら広報するもんだから 音声界隈の人がすごく見に来たんだけど 編集しない音声はありえないとかね BGMを発信者が決められないなんてありえないとかね スマホだけで声を入れるなんて 音質が悪すぎるとか 業界の人に言われまくったのは 懐かしいなって思います よくねこんなのさ いけると思ったよね 今2016年に僕が戻って 自分を見たらお前よ 走んなって若いなみたいな感じ なんとよくそんなに全然 誰も使ってないサービスで アンドロイドも無いしむちゃくちゃなサービスなのに よくこれでいけると思っておい走ってたな っていう風に思ったりとか もうちょっと効率よくやったら その規模とそのステージの時にそこまでしなくていいんじゃない っていうこともたくさんあったなと思います でも自分がちゃんとゼロから起業してやるのが 初めてだった中で 非効率だよね いろんな経験ができたなと思いますが とにかくこの2016年は 僕は走り回ってましたね 会社が変わり起業をし サービスが出て もちろん久保友方も給料なしで ずっと走っていて っていうようなところをやっていました そんな2016年の私でした 来週は2017年の私を 話していきたいなと思います 2017年私は○○だった どんなワードにしようかなってこれから考えていますが ぜひ楽しみにしていてください もしよかったらフォローしたり通知で 次のが来るのを待っててくれたら嬉しいです 次はどの声と繋がりますか 引き続きポイ椎でお楽しみください もっと見る #2016年の私 Voicy社長の頭の中プレミアム放送配信中!20:131.2016年私は走り回っていた。#2016年の私コメント感想・質問・応援メッセージを書こう キングダム🎧10月10日緒方さんいつもありがとうございます✨2016年もがいてますね、まだまだ今の Voicyの形は緒方さんの頭の中だけにしかない状態です✨私は2016年は、東京生活4年目、8才・4才の子を抱えて子育てに奮闘してました✨長い通勤電車の時間は、ドラマや映画を見てました♪ Voicyに出会うまであと6年⚡️5返信
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【配信のコツ】次また聞きに来よう!って思わせてますか? 12分・10月6日AI目次リスナーが次に来ない原因を深掘り「また聞きたい」と思わせる秘訣とは配信を「まとめない」勇気のメリット1週間以内に再訪を促す具体策コンテンツより「つながり」の重要性
外部の刺激が自分の人生を大幅に超えてしまってないか? 19分・10月5日AI目次なぜか感じる虚無感、その本当の理由とは?与えられた『人生のカード』を最大限に活かす戦略現代社会の『刺激過多』がもたらす影響自分の人生を超える外部刺激への対処法最適な刺激レベルで人生を豊かにする秘訣
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