TOPトーク教師全力バトン、つなぎます!#025 学期末の評価を問い直す〜何のため、誰のための評価ですか?〜14:20 9月28日 184再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次評価の真の目的:成長と指導の循環C評価ゼロはNG?相対評価の弊害評価基準の後出しはNG?信頼性の危機絶対評価の本質と教師の役割指導と評価一体化で育む教師力AI文字起こし(β版) # タイトルコール おはようございます。全力バトン繋ぎます。この番組は、普段子育てや教育に関わっている皆さんが、誰かから受け取ったバトンを、次の誰かに繋いでほしい、そんなことを願う番組です。 パーソナリティは全力先生こと、私、福田俊也が務めております。 早くもう今週で、9月が終わりますね。10月に入る。秋口に入るわけですけど、学級系の文脈から考えれば、4月からスタートなので、この9月、10月で一旦折り返しに入るわけですよね。 クラスの形がかなり見えてきて、子供たちの成長をたくさん感じるとともに、残り半分、子供たちにこんなことを残していきたいな、ということを考える時間でもあると思います。 一旦、蹴手ぶれじゃないけど、自分の学級系を分析してみることは、とっても大事です。 ある意味、学級担任の先生と子供たちの出会いって、1年限りのものでしょう。持ち上がりとかいうことを除いて。 となると、僕は学級系でずっと考えているのは、この子たちに何が残せるかということです。 もちろん、この1年が楽しかったっていう経験とか記憶も大事なんだけど、それ以上に、この子たちがこの教室から離れたときに、自分で何を考えてできるようになるか。 その視点で、残り半年も頑張っていきたいな、なんて思っています。 ということで、今日のテーマは評価です。 何で評価にしようかなと思ったかというと、僕の自治体は、ずっと言っている前期・後期制なので、もうすぐ成績を処理して締める時間になるわけですね。 そんな中ですね、僕、外国語が専門なので、割と評価の話題で講演とか講師をすることがあって、評価について僕が考えていることとか、今までの評価、それっておかしくない?みたいなことを、ちょっと今日は話していけたらなと思っています。 それでは、今日の放送もスタートです。 # 評価は何のためにある? いきなりね、今日はちょっともう確信に迫った話題からいこうかなと思っています。 というのも、評価は何のためにあるのかと聞かれたら、あなたは何と答えますか? これはね、2つの側面から考える必要があると思っています。 どういう2つの側面かっていうと、子供の側面と、それから教師の側面。 主にこの2つですね、保護者はちょっと1つ離れているので、 子供にとって評価はなぜ必要なのかって考えると、 自分の成長やできたことを実感するとともに、課題を踏まえて、 これからどうしていくかを考える1つのきっかけになる、 そんな評価であるべきだと思っています。 じゃあ、教師の側面からは何のために評価があるのかって、 もちろん指導と評価の一体化です。 つまり、子供たちを評価していく中で、子供たちの実態、 子供の成長、子供の課題、子供の姿から、 自分の指導を見直すためにこの評価はあると思っています。 なので、評価は何のためにありますかと聞かれたら、 いろんな答え方はあると思うんだけど、 絶対に違うものは、評価が教師による子供の死な定めであってはならないと考えています。 よく職員室でこんな話題もあるかもしれません。 あの子ね、もう全然何もできないし、何もせんけん。 全部の観点Cだね。 国語も算数もCばっかりだ、みたいな話になるかもしれない。 これは、ある意味、 先生は自分自身に向けて言っている言葉としてちゃんと捉えなきゃいけない。 どういうことかというと、 その子が評価基準のBに満たないCをつけるということは、 先生はそこまで何もできなかった。 ある意味、自分の恥さらしをしているようなものと等しいわけですよ。 かといってね、全員がBに乗るかって言ったら、 現状もそんなことは全然ないんだけど、 でもCがついてしまったからには、 自分はもっとこうすればよかったって指導を繰り返ることができないと、 この評価の意味はないわけですよね。 そういう意味では、今、日本の教育では絶対評価という仕組みが取られています。 評価基準、評価ノリ順と言われるものですね。 評価ノリ順と言われるものは、 子供にどんな力をつけたいかというのを教師が一つ分化する。 その上で評価基準、基本の基になっている評価基準を作るわけです。 どうなっていればBなのか。 逆にもっとどこまでできていればAなのか。 この2つが定めていれば、 Bラインに乗っていない子は必然的にCになるわけです。 全ての子をB以上に乗せることを教育の目標として、 私たちは日々指導を行っているわけです。 いろんな教科の中で。 だから、僕は成績をつけるときにCをつけるときには、 結構ごめんねって思いでCをつけることが多いです。 先生の手がまだまだ足りなかったね。 先生の指導力がまだ足りなかったね。 もっとこうしてあげればよかったねと思いながら、 結構悔しい気持ちで僕はCをつけます。 逆にAをつけるときはとっても嬉しいですね。 自分がこうやって工夫して授業を改善しようと思ったおかげで、 子どもたちはこんなに伸びた姿を見ることができたと思って、 Aをつけるときはとっても嬉しいです。 逆にCをつけるときはとっても悲しいというよりは悔しい。 そっちの感情の方が僕には合っているかな。 なので、指導と評価の一体化ということはずっと考えていかなければいけない。 そういう意味で、じゃあこれってどうなのって、 これまで僕の教員人生で思ったことを、 次のチャプターからどんどん話していきます。 # 上から3人がA評価? 僕がね、どうだろう、震災6年目、7年目ぐらいの時だったかな。 あの、その時ももう若年研を担当させてもらっていて、 その時ある一人の若手の先生に相談をされたんです。 で、その相談された内容っていうのが、自分のクラスで成績表をつけたと。 つけて、それを管理職に見てもらうわけですよね。 その時に、この教科のこの観点、Cがゼロじゃないかと。 それはおかしい。誰か一人はCを責めてつけないと、みたいなことを言われたことがある。 同じような経験がある方だったり、同じような話を聞いたことがある方って、 少なからずいらっしゃるんじゃないかなと思います。 僕はこれを聞いた時にね、ああーと思ってすごく心が苦しくなったのを今でも覚えています。 その子はその後もずっと話を続けるわけです。 私は全員をBに乗せるために、一生懸命教材研究に向かい合ってきたと。 なんなら家庭環境があまり優れなくて、授業中どうしても眠くなる子がいると。 この子は今寝ていたら、勉強ができなくなってCがついちゃうから、 この子をなんとか授業に参加させようと、私なりに頑張ってきましたって。 なのに、Cを一人でもつけろって言うんだったら、私はこの子のために何もしないし、 この子が授業中寝ていても起こさないって。 だってそれってCをつけることが目的になってるでしょって、その子は言っていました。 素晴らしいですよね。若手の先生でここまで考えて日々の授業に向かい合っていることを、 その当時はすごくリスペクトしたのを覚えています。 もちろんこれは当時の管理職の先生を批判する気持ちは全くなくて、 管理職の先生方が言いたいことも分かる。 つまり、普通に授業をしていて、なかなかCゼロ人になるぐらいの教育が達成されているかどうかを、 ちゃんと自分で分析しなさいっていう意味だったと思うんです。 つまり、その評価にきちんと根拠はあるのかっていうことが言いたかったんだと思う。 だから、その管理職の先生からそう言われたときに、自分の中できちんと根拠を持って、 いや、私のクラスはこの教科のこの観点はCは誰もいません。 だって、こうやってこんだけ記録に残したものがあって、子供たちはこれだけ学べています。 こんだけ数字も出ています。 だから、私のクラスのこの教科のこの観点はCゼロ人ですって言えるのであれば、 自信を持ってそれを言っていいと思います。 実際、その子と一緒に管理職のところに行きました。 結果的に、その観点はCゼロ人でもちろんいいだろうと。 管理職も、むしろその子の日々の学級経営とか教材分析、それから教材研究のことをとても褒めていました。 学校教育は、さっきも言った通り、絶対評価でやっているはずなんです。 ところが、まだ一部の学校には、歩みとか成績の提案のときに、 だいたいAの割合はこのぐらい、Cの割合はこのぐらいみたいな割合とか人数が書かれているときが、 まだたまにあるようです。 僕が見聞きする話ですけど、これは絶対にあってはいけないことですよね。 だって、その時点で相対評価でしょ。 一つのクラスの中で、上位がAで下位がC。 これをつけることが目標になっているから、別に教材研究とか何もしなくていいわけですよ。 その中でトップ何人、下位何人って取ればいいから。 でも、これは絶対にあってはいけないですよね。教育が目指す形からすれば。 これも言いたいことは分かるんだよ。 つまり、AとCをつけるときに、あまりにも一つのクラスだけ、 例えば30人クラスでAが25人つくみたいなことはそうそうないですよねってことを、 学校全体としてある程度足並みを揃えるためにそういう提案があっているんだろうけど、 そこには自信を持ってきちんとそれは違うと。 私たちは絶対評価の中で評価基準、評価元順を定めて、 そこに全員が達成するようにやってるんだっていうことを、 しっかり自信を持って言ってほしいなって思っています。 # 評価基準をあとから変える? さっきの話と似たようなことを、今度は具体例から先に行こうと思います。 例え話から。 例えば、小学校1年生が今クラスで縄跳びに取り組んでいるとします。 みんな普通の前跳びね。 で、100回跳べたら1球、80回跳べたら2球、例えば60回跳べたら3球みたいに回数で球が分かれているとしましょう。 で、子供たちは跳べたよって言って先生のところにサイン貰いに来たりシール貰いに来たりするわけですよね。 自分が頑張ったっていうことが一つ、人にも認めてもらえるし、自分もその成長を実感できると。 ところが、クラス全員が100回に行ったところで、先生がやっぱり1球は100回じゃなくて200回に変えまーすって言ったら、子供たちはなんて言うと思いますか。 絶対、えーって。そんならおかしいよ先生って言うでしょ。 それと同じようなことが成績付けの職員室で起こっていませんかっていうことです。 その先生は、まあもちろんテストだけで評価をするわけではないのはもちろんなんだけど、大体成績の時期になったらテストの集計表を印刷室からガンガン出す先生が多いですよね。 で、それを見ながら、うーんちょっとこのテスト簡単だったからね、90点じゃなくてやっぱり98点以上Aにしようかみたいな会話って行われてないですか。 そしてこれってさっきの話と同じでおかしくないですか。 その先生はテストをする前、または授業をしながらどこに評価基準Bラインを定めていたんでしょうか。 もしかしたら、例えば70点以上はみんなBライン、そして90点以上がAだとしましょう。 もうそれは授業をやる前から決めとかなきゃいけないし、テストをやる前から決めておかなきゃいけないことです。 テストが終わって子供の点数見てから、じゃあカットラインはここにしようかなんて変な話ですよ。 もしクラスのほとんどが90点以上取れていたのであれば、それはA評価をみんなにつけるべきだし、 クラスのほとんどが70点取れていなければ、それはC評価をきちんとつけて自分の指導を見直すべき。 それが評価でしょ。後になって結果見てからカットラインを上げたり下げたりするって、そんな後出しじゃんけんありませんよ。 だから僕は外国語が専門なので、もちろん外国語のパフォーマンステストをするときには、 これがA基準だよ、これがB基準だよ、みんなここを目指そうねってもちろん言っていたし、 これは他の評価でもテストでも同じで、ここがAだよ、ここがBだよ、だからみんなBになれるように頑張ろうね。 テストでは何点ぐらいはしっかり取ろうねってちゃんと子供たちに示しますよ。 そして子供たちはその目標があるから、そこに向けて自分で頑張るわけでしょ。 そのラインを先生が子供に示さなかったり、後から勝手に変えるんであれば、子供はどこに向かって頑張ればいいかわからないですよ、絶対。 Aのラインを上げたり下げたり、Cのラインを上げたり下げたりする時点で、その先生の頭の中はもう相対評価になってしまっているわけですよ。 Aを何人ぐらいつけなきゃいけないからこの基準にしよう、Cは何人ぐらいにしたいからこの基準にしようってなってるわけです。 もうそれは絶対にダメ。評価っていうのはきちんと評価基準を定めた上で指導に当たるべきだし、 その評価基準をルーブリックとして子供にもちゃんと示す必要があります。 そして子供はそこに向けて頑張る。そこに向けて頑張ったからこそ自分の課題も見えるし、先生からもらった評価も納得いくわけですよ。 自分はこうだったからCなんだな、ここだけ頑張れたからAなんだなって。 子供たちもそれが目にすることができるからきちんと自分の与えられた評価に納得をすると思います。 でも今言ったような話って絶対どこの職員室でも起こってると思うんですよ。 なのでそれを無理に変えていこうとするよりは自分は正しい価値観を持って、そして自分は正しい知識を持ってきちんと評価に当たるということ。 そして評価をするのであれば自分の指導を見直すということ。これが一番大切だななんて思っています。 # おわりに 今日も終わりまで聞いてくださった方、ありがとうございました。 今日の話を聞いて、ちょっとでも興味を持ってくださった方は、 ぜひですね、国立政策研究所から出ている指導と評価の一体化に関する参考資料というのが各教科あります。 算数であれば、この子供のノートであれば、こういう分析をして、つまり思考判断表現はこう評価するみたいな具体例がとっても詳しく書かれているので、 ぜひそれをご覧になってください。 そうすると、こういう評価をつけるためには、やっぱり自分の指導もこうあるべきだって、きちんと自分の教材研究とか授業作りに戻ることができると思います。 やっぱり私たちの本業の一番は授業なので、何よりも授業で勝負、授業で楽器を作っていく。 そしてそれがね、子供のテストの点数だったり、子供のノートの記録、または発話で帰ってきたときに、やっぱり嬉しさを感じる。 そういう教師像でね、ありたいななんて思っています。 ということで、今日は僕収録しているの金曜日なので、これから飲み会に行ってきます。 皆さんも良い一週間を。それでは。 もっと見る #小学校教諭 #評価 #成績処理 全力バトン、つなぎます!S.Fukuda@全力先生01:481.タイトルコール03:352.評価は何のためにある?04:043.上から3人がA評価?03:534.評価基準をあとから変える?01:035.おわりにコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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