#17 映画『同化の傷痕』上映会の熱気から考える「民族」の正体
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1. はじめに:大学の教室を飛び出し、白金キャンパスの上映会へ
みなさん、おはようございます。早稲田大学で和平学・紛争解決学を教えております、上杉勇司です。
毎週月曜日から金曜日の朝7時にお届けしているこの番組では、職場や家庭での身近な人間関係のもめごとから、ビジネスの交渉、さらには世界各地で起きている激しい武力紛争まで、対立の結び目を少しずつ解きほぐし、人との向き合い方がすーっとラクになる「対話の知恵と技術」をお届けしています。
第17回となる今回の放送では、いつもの大学の講義室を少し飛び出しまして、先日お邪魔した明治学院大学白金キャンパス(アートホール)での出来事を出発点にお話しいたします。
明治学院大学国際平和研究所(PRIME)などが共催したイベントで観賞してきたのは、2027年に劇場公開が予定されている話題のドキュメンタリー映画、『同化の傷痕~台湾原住民族 タイヤル 日本先住民族 アイヌ~』(寺田和弘監督)です。
監督を務められた寺田和弘さんは、東日本大震災の遺族たちの闘いを追った映画『生きる-大川小学校 津波裁判を闘った人たち』で数々の賞を受賞された気鋭の映像作家です。寺田監督が実に6年の歳月をかけて台湾と北海道の現地に通い詰め、完成させた渾身の作であり、監督ご自身の従妹の母親が映画の主人公の妹さんにあたるという、不思議で深い縁から生まれた作品でもあります。
スクリーンに映し出されていたのは、日本と台湾という異なる地に生きながら、「国家による同化政策」という巨大な波に翻弄され、名前や言葉、先祖伝来の土地や尊厳を奪われていった先住民族の方々の生々しい歴史と、そこから立ち上がろうとする現在の姿でした。
今朝の放送では、この映画が提示する切実な問いを出発点に、「そもそも民族とは何なのか?」「なぜ人間は集団に分かれて争ってしまうのか」、そして「どうすればその対立をほぐし、共生していけるのか」というテーマを、紛争解決学の視点から深く掘り下げていきます。
2. 映画『同化の傷痕』のエピソードと上映会トークの熱気
① スクリーンに刻まれた「3つの名前を持つ男性」の歩み
映画の主人公は、台湾原住民族タイヤル族の男性、陳振和(チェン・ジェンフー)さんです。
彼には「3つの名前」があります。本名である「陳振和」、友人や周りの人々から親しみを込めて呼ばれる日本名の「泉和夫(いずみ かずお)」、そしてタイヤル族としての真の名前である「Kayo Puna(カヨ・プナ)」です。
彼が「和夫」と呼ばれる背景には、彼の父親が日本統治時代の台湾で警察官を務めていたという歴史があります。
日本は1895年から1945年までの50年間にわたり、台湾を植民地として支配しました。その際、豊かな山林資源を自国のものとするため、山奥に暮らすタイヤル族の土地を力で「官有」とし、彼らを「蕃人(ばんじん)」や「野蛮人」と見下して過酷な統治を行いました。
和夫さんの父親は、支配する側の警察官として生きていました。しかし彼ら自身もまた、「皇民化運動」や強圧的な同化政策の中で、先祖伝来のタイヤル語を奪われ、名前を日本名に変えられ、民族としての尊厳を切り崩されていったのです。驚くべきことに、主人公の和夫さんご自身、「自分のルーツであるタイヤル語は、大人になってから後で学んだ」と語られています。
映画は、この和夫さんと、彼を長年支え続けてきた日本人女性の妻・佐々木緑(ささき みどり)さんの夫婦の歩みを軸に展開していきます。戦後に訪れた蒋介石・国民党政権による「白色テロ(独裁弾圧)」の恐怖の時代を生き抜き、奪われた言葉や名を取り戻していく彼らの姿は、観る者の胸を強く打ちます。
② 台湾タイヤル族と北海道アイヌ民族の驚くべき共鳴
本作が特に優れているのは、台湾のタイヤル族の苦難を、北海道の先住民族「アイヌ」の歩みと重ね合わせている点です。
アイヌ民族もまた、明治以降、明治政府によって蝦夷地を突如「官有地」とされ、代々営んできたサケ漁などの伝統的な生活基盤や土地を奪われ、「北海道旧土人保護法」のもとで「旧土人」と呼ばれながら同化を強いられてきました。
タイヤル族の言葉で「タイヤル」とは、「人間」を意味します。そして「タイヤル・バライ」と言えば、「本当の人間」という意味になります。 一方、アイヌ民族の「アイヌ」という言葉もまた、彼らの言葉で「人間」を意味します。
彼らは自分たちのことをただ「人間」と呼んで静かに暮らしていただけなのに、近代国家の都合によって「蕃人」だの「土人」だのと排斥され、同化の波に飲み込まれていきました。
映画の中では、北海道浦幌(うらほろ)のアイヌコミュニティが、研究目的と称して強奪された先祖の遺骨返還を求めたり、伝統的なサケの漁業権回復を目指して法廷で闘う現在の姿が描かれています。これが、台湾で自らの名を取り戻し、土地の権利回復を求めるタイヤル族の若者たちの姿と見事に呼応し合っているのです。
③ 上映会トークで語られた登壇者たちの「生の声」
映画上映後に行われたトークセッションでは、80代を超えてはるばる台湾から来日された主人公の陳振和(泉和夫)さん、妻の佐々木緑さん、タイヤル族の歴史に詳しく自らも当事者として活動する陳初保(チェン・チューバオ)牧師、そして寺田和弘監督らが登壇されました。
単なる「過去の被害の告発」にとどまらず、傷痕を抱えながらも自らの尊厳を再構築しようとする彼らの生の語りに、客席を埋めた大勢の学生や参加者が静かに見入っていたのが非常に印象的でした。
3. 紛争解決学から読み解く「民族」と「共生」の深層
この映画と上映会の感動を踏まえ、ここからは和平学・紛争解決学の学術的・思想的な視点から、さらに一歩深く考察を進めていきましょう。
(1) 憲法の「個人主義」と「共同体主義」の相克、そして後天的な民族意識
現代の日本の憲法をはじめとする近代国家の法制度は、「個人の尊重(個人主義)」を基盤につくられています。しかし、現実の社会では、「同じ民族」「同じ血縁」「同じ歴史的ルーツ」といった集団の権利や絆を重んじる「共同体主義」との間で、激しいぶつかり合いが発生します。
生物学的に見れば、私たちは全員、同じ「ホモ・サピエンス」という地球上のひとつの種に過ぎません。DNAの分析や血液型の分類だけで、「自分たちの民族のプライド」や「過去に奪われた権利への怒り」といった激しい感情を説明することは不可能です。
つまり、「民族感情」や「集団の権利意識」というのは、遺伝的なものではなく、生み出された歴史や体験、教育や社会構造の中で「後天的に芽生えるもの」なのです。
(2) 国家形成・帝国出現と「同化」のふたつの顔
歴史を振り返ると、強者が弱者を戦(いくさ)で駆逐し、敗れた人々が山奥や辺境の地へ逃げ込んでいく中で「国家」や「帝国」が作られてきました。そして、支配を円滑にするために「国民」という統一された枠組みを作り出し、少数派に押し付けたのが「同化」です。
しかし、ここで私たちが知っておくべきなのは、同化には「ふたつの顔」があるということです。
強制的な同化:多数派や支配層から「自分たちの言語や文化に従え」と不当に押し付けられ、母語や名前、土地や尊厳を奪われる暴力的・抑圧的な同化。
自発的・現実的な同化:少数派の人々が「社会の中でより良い暮らしをしたい」「子どもたちに苦労をさせたくない」という切実な思いから、自ら支配者の文化や言葉、慣習に馴染んでいく同化。かつて日本が明治維新以降、西洋化・近代化の道を猛スピードで歩んだのも、ある種の自発的な同化と言えます。
さらに重要なのは、文化は触れ合うことで相互に影響を与え合うということです。支配する側もまた、無意識のうちに被支配層の文化の影響を受け、同化の反作用を受けています。文化の接触には、単純な支配・被支配の二元論だけでは捉えきれない、相互の変化とグラデーションが存在するのです。
(3) なぜ人は「民族」を求めるのか?〜ニューカレドニアの現場から〜
社会学者のベネディクト・アンダーソンは、国家や民族のことを「想像の共同体」と呼びました。目に見える実体があるわけではなく、人々が心の中で「私たちは同じ仲間だ」と思い描くことで成り立つ概念だということです。
では、なぜ人はわざわざ「民族」という枠組みを作り出し、強く求めるのでしょうか? 先住民族と、後からやってきた移住者の違いを争うことに、どんな意味があるのでしょうか?
私は以前、南太平洋のニューカレドニアという地域を現地調査で訪れたことがあります。そこでは、先住民である「カナック」の人々と、フランスから植民者として移住してきた白人系住民との間で、今なお激しい政治的・社会的な対立が続いています。
けれど、人類の数万年という壮大な歴史のスケールで見れば、最初に来たカナックの祖先も、後から来たフランス系移住者の祖先も、もとを辿れば全員「アフリカ大陸を出発した人類の旅人」です。そう考えると、「どちらが先にこの土地にいたか」を血眼になって争うのは、一見すると不毛な論争にも思えます。
ですが、ここに紛争解決学の極めて重要な視点があります。
人間は、社会の中で底辺に追いやられたり、正当な権利を奪われたり、疎外・排除されて激しい危機にさらされたとき——「自分たちの身を守り、共同防衛するために『民族』という概念を生み出し、結束する」のです。
つまり、「民族意識」とは単なる排外主義ではなく、脅威に晒された弱者たちが生き残るために発動させる「人類の防衛本能」なのだと、私は考えています。
4. 紛争解決の王道:白黒つけない「まだら模様」の対話術
では、この歴史の傷痕や、集団同士の根深い対立を、私たちはどうやって解決していけばいいのでしょうか?
その答えは、「みんな同じ人間なんだから、過去を忘れて仲良くしよう」という安易なスローガンではありません。
必要なのは、「ひとつの社会の中で、複数の価値観や原理が一緒に存在できる『しなやかな制度や仕組み』をつくること」です。
そのためには、社会のルールや境界線を厳格にしすぎないことが肝心です。
「白か黒か」「先住民か侵略者か」「加害者か被害者か」と明確に線を引いて相手を追いつめるのではなく、グレーゾーンを認め、お互いの文化や歴史が混ざり合った「まだら模様」の状態をゆるく許容する価値観を持つこと。
自分とは違う生き方や過去を持つ人に、無理に干渉しない。けれど、お互いの権利や生き方がぶつかってしまう時には、その衝突を調整する手立てを諦めずに試み続ける。
それこそが、「対話を絶やさない」ということです。
映画『同化の傷痕』の中で、自らのルーツを取り戻しながらも、日本や他者との対話の扉を閉じない台湾や北海道の人々の姿に、私は紛争解決における唯一にして最大の「王道」を見た気がいたしました。
5. おわりに&次回予告
今回は、2027年公開予定のドキュメンタリー映画『同化の傷痕』のエピソードや上映会での熱い登壇者トークを出発点に、「民族という防衛本能」と「まだら模様の共生を可能にする対話の知恵」について、じっくりとお話しさせていただきました。
こうした歴史の構造や、世界各地の紛争現場での対話のリアルについてさらに詳しく知りたいという方は、概要欄にございます拙著『紛争地の歩き方』なども、ぜひ手に取っていただけると嬉しいです。
みなさん、おはようございます。早稲田大学で和平学・紛争解決学を教えております、上杉勇司です。
毎週月曜日から金曜日の朝7時にお届けしているこの番組では、職場や家庭での身近な人間関係のもめごとから、ビジネスの交渉、さらには世界各地で起きている激しい武力紛争まで、対立の結び目を少しずつ解きほぐし、人との向き合い方がすーっとラクになる「対話の知恵と技術」をお届けしています。
第17回となる今回の放送では、いつもの大学の講義室を少し飛び出しまして、先日お邪魔した明治学院大学白金キャンパス(アートホール)での出来事を出発点にお話しいたします。
明治学院大学国際平和研究所(PRIME)などが共催したイベントで観賞してきたのは、2027年に劇場公開が予定されている話題のドキュメンタリー映画、『同化の傷痕~台湾原住民族 タイヤル 日本先住民族 アイヌ~』(寺田和弘監督)です。
監督を務められた寺田和弘さんは、東日本大震災の遺族たちの闘いを追った映画『生きる-大川小学校 津波裁判を闘った人たち』で数々の賞を受賞された気鋭の映像作家です。寺田監督が実に6年の歳月をかけて台湾と北海道の現地に通い詰め、完成させた渾身の作であり、監督ご自身の従妹の母親が映画の主人公の妹さんにあたるという、不思議で深い縁から生まれた作品でもあります。
スクリーンに映し出されていたのは、日本と台湾という異なる地に生きながら、「国家による同化政策」という巨大な波に翻弄され、名前や言葉、先祖伝来の土地や尊厳を奪われていった先住民族の方々の生々しい歴史と、そこから立ち上がろうとする現在の姿でした。
今朝の放送では、この映画が提示する切実な問いを出発点に、「そもそも民族とは何なのか?」「なぜ人間は集団に分かれて争ってしまうのか」、そして「どうすればその対立をほぐし、共生していけるのか」というテーマを、紛争解決学の視点から深く掘り下げていきます。
2. 映画『同化の傷痕』のエピソードと上映会トークの熱気
① スクリーンに刻まれた「3つの名前を持つ男性」の歩み
映画の主人公は、台湾原住民族タイヤル族の男性、陳振和(チェン・ジェンフー)さんです。
彼には「3つの名前」があります。本名である「陳振和」、友人や周りの人々から親しみを込めて呼ばれる日本名の「泉和夫(いずみ かずお)」、そしてタイヤル族としての真の名前である「Kayo Puna(カヨ・プナ)」です。
彼が「和夫」と呼ばれる背景には、彼の父親が日本統治時代の台湾で警察官を務めていたという歴史があります。
日本は1895年から1945年までの50年間にわたり、台湾を植民地として支配しました。その際、豊かな山林資源を自国のものとするため、山奥に暮らすタイヤル族の土地を力で「官有」とし、彼らを「蕃人(ばんじん)」や「野蛮人」と見下して過酷な統治を行いました。
和夫さんの父親は、支配する側の警察官として生きていました。しかし彼ら自身もまた、「皇民化運動」や強圧的な同化政策の中で、先祖伝来のタイヤル語を奪われ、名前を日本名に変えられ、民族としての尊厳を切り崩されていったのです。驚くべきことに、主人公の和夫さんご自身、「自分のルーツであるタイヤル語は、大人になってから後で学んだ」と語られています。
映画は、この和夫さんと、彼を長年支え続けてきた日本人女性の妻・佐々木緑(ささき みどり)さんの夫婦の歩みを軸に展開していきます。戦後に訪れた蒋介石・国民党政権による「白色テロ(独裁弾圧)」の恐怖の時代を生き抜き、奪われた言葉や名を取り戻していく彼らの姿は、観る者の胸を強く打ちます。
② 台湾タイヤル族と北海道アイヌ民族の驚くべき共鳴
本作が特に優れているのは、台湾のタイヤル族の苦難を、北海道の先住民族「アイヌ」の歩みと重ね合わせている点です。
アイヌ民族もまた、明治以降、明治政府によって蝦夷地を突如「官有地」とされ、代々営んできたサケ漁などの伝統的な生活基盤や土地を奪われ、「北海道旧土人保護法」のもとで「旧土人」と呼ばれながら同化を強いられてきました。
タイヤル族の言葉で「タイヤル」とは、「人間」を意味します。そして「タイヤル・バライ」と言えば、「本当の人間」という意味になります。 一方、アイヌ民族の「アイヌ」という言葉もまた、彼らの言葉で「人間」を意味します。
彼らは自分たちのことをただ「人間」と呼んで静かに暮らしていただけなのに、近代国家の都合によって「蕃人」だの「土人」だのと排斥され、同化の波に飲み込まれていきました。
映画の中では、北海道浦幌(うらほろ)のアイヌコミュニティが、研究目的と称して強奪された先祖の遺骨返還を求めたり、伝統的なサケの漁業権回復を目指して法廷で闘う現在の姿が描かれています。これが、台湾で自らの名を取り戻し、土地の権利回復を求めるタイヤル族の若者たちの姿と見事に呼応し合っているのです。
③ 上映会トークで語られた登壇者たちの「生の声」
映画上映後に行われたトークセッションでは、80代を超えてはるばる台湾から来日された主人公の陳振和(泉和夫)さん、妻の佐々木緑さん、タイヤル族の歴史に詳しく自らも当事者として活動する陳初保(チェン・チューバオ)牧師、そして寺田和弘監督らが登壇されました。
単なる「過去の被害の告発」にとどまらず、傷痕を抱えながらも自らの尊厳を再構築しようとする彼らの生の語りに、客席を埋めた大勢の学生や参加者が静かに見入っていたのが非常に印象的でした。
3. 紛争解決学から読み解く「民族」と「共生」の深層
この映画と上映会の感動を踏まえ、ここからは和平学・紛争解決学の学術的・思想的な視点から、さらに一歩深く考察を進めていきましょう。
(1) 憲法の「個人主義」と「共同体主義」の相克、そして後天的な民族意識
現代の日本の憲法をはじめとする近代国家の法制度は、「個人の尊重(個人主義)」を基盤につくられています。しかし、現実の社会では、「同じ民族」「同じ血縁」「同じ歴史的ルーツ」といった集団の権利や絆を重んじる「共同体主義」との間で、激しいぶつかり合いが発生します。
生物学的に見れば、私たちは全員、同じ「ホモ・サピエンス」という地球上のひとつの種に過ぎません。DNAの分析や血液型の分類だけで、「自分たちの民族のプライド」や「過去に奪われた権利への怒り」といった激しい感情を説明することは不可能です。
つまり、「民族感情」や「集団の権利意識」というのは、遺伝的なものではなく、生み出された歴史や体験、教育や社会構造の中で「後天的に芽生えるもの」なのです。
(2) 国家形成・帝国出現と「同化」のふたつの顔
歴史を振り返ると、強者が弱者を戦(いくさ)で駆逐し、敗れた人々が山奥や辺境の地へ逃げ込んでいく中で「国家」や「帝国」が作られてきました。そして、支配を円滑にするために「国民」という統一された枠組みを作り出し、少数派に押し付けたのが「同化」です。
しかし、ここで私たちが知っておくべきなのは、同化には「ふたつの顔」があるということです。
強制的な同化:多数派や支配層から「自分たちの言語や文化に従え」と不当に押し付けられ、母語や名前、土地や尊厳を奪われる暴力的・抑圧的な同化。
自発的・現実的な同化:少数派の人々が「社会の中でより良い暮らしをしたい」「子どもたちに苦労をさせたくない」という切実な思いから、自ら支配者の文化や言葉、慣習に馴染んでいく同化。かつて日本が明治維新以降、西洋化・近代化の道を猛スピードで歩んだのも、ある種の自発的な同化と言えます。
さらに重要なのは、文化は触れ合うことで相互に影響を与え合うということです。支配する側もまた、無意識のうちに被支配層の文化の影響を受け、同化の反作用を受けています。文化の接触には、単純な支配・被支配の二元論だけでは捉えきれない、相互の変化とグラデーションが存在するのです。
(3) なぜ人は「民族」を求めるのか?〜ニューカレドニアの現場から〜
社会学者のベネディクト・アンダーソンは、国家や民族のことを「想像の共同体」と呼びました。目に見える実体があるわけではなく、人々が心の中で「私たちは同じ仲間だ」と思い描くことで成り立つ概念だということです。
では、なぜ人はわざわざ「民族」という枠組みを作り出し、強く求めるのでしょうか? 先住民族と、後からやってきた移住者の違いを争うことに、どんな意味があるのでしょうか?
私は以前、南太平洋のニューカレドニアという地域を現地調査で訪れたことがあります。そこでは、先住民である「カナック」の人々と、フランスから植民者として移住してきた白人系住民との間で、今なお激しい政治的・社会的な対立が続いています。
けれど、人類の数万年という壮大な歴史のスケールで見れば、最初に来たカナックの祖先も、後から来たフランス系移住者の祖先も、もとを辿れば全員「アフリカ大陸を出発した人類の旅人」です。そう考えると、「どちらが先にこの土地にいたか」を血眼になって争うのは、一見すると不毛な論争にも思えます。
ですが、ここに紛争解決学の極めて重要な視点があります。
人間は、社会の中で底辺に追いやられたり、正当な権利を奪われたり、疎外・排除されて激しい危機にさらされたとき——「自分たちの身を守り、共同防衛するために『民族』という概念を生み出し、結束する」のです。
つまり、「民族意識」とは単なる排外主義ではなく、脅威に晒された弱者たちが生き残るために発動させる「人類の防衛本能」なのだと、私は考えています。
4. 紛争解決の王道:白黒つけない「まだら模様」の対話術
では、この歴史の傷痕や、集団同士の根深い対立を、私たちはどうやって解決していけばいいのでしょうか?
その答えは、「みんな同じ人間なんだから、過去を忘れて仲良くしよう」という安易なスローガンではありません。
必要なのは、「ひとつの社会の中で、複数の価値観や原理が一緒に存在できる『しなやかな制度や仕組み』をつくること」です。
そのためには、社会のルールや境界線を厳格にしすぎないことが肝心です。
「白か黒か」「先住民か侵略者か」「加害者か被害者か」と明確に線を引いて相手を追いつめるのではなく、グレーゾーンを認め、お互いの文化や歴史が混ざり合った「まだら模様」の状態をゆるく許容する価値観を持つこと。
自分とは違う生き方や過去を持つ人に、無理に干渉しない。けれど、お互いの権利や生き方がぶつかってしまう時には、その衝突を調整する手立てを諦めずに試み続ける。
それこそが、「対話を絶やさない」ということです。
映画『同化の傷痕』の中で、自らのルーツを取り戻しながらも、日本や他者との対話の扉を閉じない台湾や北海道の人々の姿に、私は紛争解決における唯一にして最大の「王道」を見た気がいたしました。
5. おわりに&次回予告
今回は、2027年公開予定のドキュメンタリー映画『同化の傷痕』のエピソードや上映会での熱い登壇者トークを出発点に、「民族という防衛本能」と「まだら模様の共生を可能にする対話の知恵」について、じっくりとお話しさせていただきました。
こうした歴史の構造や、世界各地の紛争現場での対話のリアルについてさらに詳しく知りたいという方は、概要欄にございます拙著『紛争地の歩き方』なども、ぜひ手に取っていただけると嬉しいです。
上杉勇司の「争わない」生き方〜対立をほぐす対話術〜
プレミアム放送配信中!
- 03:251.
映画『同化の傷痕』上映会に行ってきました
- 04:422.
映画『同化の傷痕』のエピソード
- 03:263.
上映会トークで語られた「生の声」の重み
- 03:324.
「民族とは何か?」
- 03:415.
なぜ人は「民族」を求めるのか?
- 01:406.
エンディング&メッセージ
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