TOPライフスタイルくらし死なない防災!そなえるらじお#71 私のこと…防災アドバイザーを始めるきっかけは3.1118:06 2021年3月11日 3,301再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次3.11、サラリーマンの葛藤福島原発事故、専門知識の活用趣味ブログから「自称専門家」へ本名公開、プロへの第一歩独立と挫折を越えたプロの道AI文字起こし(β版) # タイトルコール おはようございます。 備え防災アドバイザー、高荷智屋がお送りする 「しなない防災 備えるラジオ」 3月11日木曜日、本日も備えて参りましょう。 # 当時はサラリーマンでした 本日のテーマは防災雑談でございます。 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋期地震による東日本大震災の発生から本日でちょうど10年目を迎えました。 これは日本国内ではやはりこの311という日付、今は特別なものになっていますけれども、 一方、世界的に見た311といえば、昨年2020年3月11日にWHOから新型コロナウイルス感染症COVID-19のパンデミック宣言がなされた日というような記憶の方が強い日付かもしれません。 さて、それでは日本の話ですけれども、日本では東日本大震災10年目ということを受けまして、 昨今、テレビやインターネットの各種のメディアでは、それはもうあふれんばかりの防災災害特集が組まれております。 ということで、日頃から防災の話しかしない、と、チャンネルですね、と備えるラジオでは、 今日はですね、あえて逆方向、防災ではないお話をしていきたいなと思います。 それは私自身にまつわるお話でございます。 さて、2011年3月11日当時、皆様どこで何をしていたか覚えていらっしゃるでしょうか。 私の場合ですね、私2011年の当時はIT関連の会社でサラリーマンをしておりました。 また、住んでいる場所も現在は静岡県三島市に住んで仕事もしているんですけれども、当時は神奈川県川崎市に住んでおりました。 そして、勤めていた会社は渋谷にありまして、震災当日はオフィスにおり、そこで強い揺れに襲われたということでございます。 当時まだ日本全体、世界的にもというか日本全体でも、スマートフォンよりもまだガラケー普及率の方がはるかに高い時代ということで、私もガラケーを使っておりました。 そんなに頑丈じゃないガラケー、頑丈なガラケーってなんだという話ですが、防災仕様ではない普通のガラケーを使っていたんですね。 それでワンセグがついておりましたので、テレビでニュースを、ワンセグのテレビでニュースを見ていたと、そんな記憶がございます。 この地震が起こった瞬間、当時会社が入っていたビル、これも強く揺れまして、一旦安全確認ということで屋外に避難を行いました。 その後、ビル側の安全確認が取れたということで、室内に戻ったんですけれども、首都圏全体で鉄道が止まりまして、私も一時的に帰宅困難者になりました。 311当日は首都圏全体で約2000万人ぐらいの方が外出、仕事学校などで外出をされていて、そのうち515万人が帰宅困難者ということで当日家に帰れなくなったということだったんですけれども、 私は幸運なことに当時使っていた路線が東急田園都市線だったんですが、これが深夜になって運転を再開した、23時過ぎだったと思うんですが、運転を再開したというような情報が入ってきましたので、 渋谷駅からギリギリこの田園都市線に乗ることができまして、当日日は変わっていたんですが、家に帰ることができた、そんなラッキーな人間の一人でございました。 そして家に帰ったはいいんですけれども、翌日以降、引き続き鉄道のダイヤ乱れ、また計画停電なども発表されて、そして何よりも福島第一原発のベルトラウン事故の方が入ってきたということで、会社の方も急遽在宅勤務に切り替わりました。 当時私はまだ防災アドバイザーという仕事はしていませんでした。普通のサラリーマンをしていたということで、防災には縁のない生活をしていたんですが、唯一私が防災と接点があったのは、趣味で防災をやったんですね。 当時はまだ仕事ではなくて、趣味として防災、趣味の防災というのは、例えば備蓄品をちょっと集めるとか、あとブログをやっていたんです。当時はアメーバブログ、アメブログをやっていたんですが、そこで防災についての話を書くという素人サラリーマンによる防災ブログ、そういうものをやっていたんです。 そんな私が当時、会社が在宅勤務に切り替わって、そして仕事の合間に行っていたことが何なのかというところで、続きは後編にということなんですけれども。 # 福島事故の解説を趣味でする日々 はい、ところでですね、すいません、そのまま後半に入っていくということになるんですが、 この福島第一原発のメルトダウン事故を受けまして、私がやったことというのが、 全国の放射線のモニタリングポストの数字をインターネットで収集して、 そしてそれを地図上に表して、ブログで公開するということをですね、ひたすら行っていきました。 で、なんでそういうことをしたのかといえば、 きっかけとしては、私自身がこの福市の事故を受けて、ものすごくビビりまして、 これは大変なことになったなと、どのぐらいの放射能がまき散らされて、 そして全国の放射線の線量がどのぐらいの値になっているのかということを、 私自身が一番知りたかったので、それをひたすら情報を集めて、 地図に表してブログで公開するということを繰り返していたんですが、 どうしてそういうことができたのかというか、やったのかといいますと、 実は私、大学がですね、出身といいますか在籍していたのが東海大学だったんですけれども、 私、学生時代は工学部応用理学科エネルギー工学専攻というところに在籍をしておりまして、 このエネルギー工学専攻科というところが、もともとはですね、工学部原子力工学科というところだったんです。 そこがですね、ちょうど改変されまして、原子力だけではなくて、新エネルギーを含む様々なエネルギーを学べる学科ということに変わった、 1年目に入学したというタイミングだったんですけれども、もともとが原子力工学科というところでしたので、 当然在籍している教授の皆さんの専門のほとんどがですね、この原発、原子力、そして放射線というところの方々というところで、 やっぱり学科の内容も原子力関連の勉強ですね、原発、原子力、放射線、そういうことがすごく多かったんです。 私自身もその授業を受ける中で、原発とか放射線とか、いろいろ実習実験を含めて、そういう勉強をしておりましたので、 この福島の事故が起きた時に、これはとんでもないことになったなということをですね、 人一倍ビビりながら、ある程度学んだ専門知識等も使いながら情報収集をしたということを行ったんです。 ちなみに余談なんですが、私、東海大学卒業はしていなくてですね、1年目、2年目、3年間在籍をして、 ちょうど4年生に上がるところで中退しまして、そのまま就職しました。 太陽光発電を販売する住宅設備会社に就職をしまして、大学でもそういう太陽光とか新エネルギーも学んでいたので、 さっさと売りに行こうということで、大学辞めてしまって、就職経験は一度もないまま、 新卒による就職活動もしないまま、いきなり中途採用で試験を受けに行くというような、 そういう生活を送っていたというのが当時の思い出なんですが、そんな困難でですね、 私その当時はまだ防災の専門家ということはやっていなかったんですね。 この情報収集をする過程で、アメーバブログをずっと更新していたんですけれども、 やっぱり素人のサラリーマンが書く防災ブログってそんなに見られてはいなかったんですね。 ところがこの福島の事故の解説をし始めた瞬間に、やはりアクセス数が瞬間的に跳ね上がりまして、 事故が起こる前と比べると200倍ぐらいのアクセス数が1週間、2週間ぐらい続いたんですね。 それだけアクセスが増えますと、いろいろとコメントなども多くいただきまして、 コメントも多く比較的ポジティブなものが多かったです。 私も知りたかったです、情報まとめてくださってありがとうございますと、そういったお声をいろいろいただきました。 それだけアクセスが増えてコメントが増えますと、私もいろいろ不純なことを考えるんですね。 これだけアクセスが増えたら、もしかしたらマスコミの一社ぐらいから何か取材依頼が来るかもしれない。 取材依頼が来たらどうしようとか、そういうことを考えたんですけれども、結論としてはそんなものは一個もこずにですね、 だんだんアクセス数も減って徐々に日常を取り戻したということになりました。 当時ですね、私がやっていた仕事、本業のサラリーマンで取り組んでいた仕事というのが、 Webメディアの仕事をしていたんですが、そのWebメディアを活用して専門家を紹介するというメディアの運営に携わっていたんです。 専門家というと、例えば代表的なと言いますか、国家資格系で言うと弁護士とか建築家とかお医者さんとかですね、 そういう方々をWeb上で紹介をするというような仕事をしていたんですが、いろんな専門家がいたので、 例えば英語教室の先生とかですね、お料理の先生とか、そういうような専門家の方々もいたんですね。 私そのサービスの上に携わっていたんですけれども、専門家を紹介するサービスを自分たちが運営するならば、 もっと専門家のことを知った方がいいよねと、そういういわばマーケティング活動の一環といたしまして、 専門家とは一体何ぞやということをもっと知ろうと、そういうことをいろいろ考えたんです。 そのとき、私がそういったマーケティングにも関わっていたので、やったことがですね、 防災ブログを書いていて、福島の事故が起こったときにはその解説記事を書いて、 人様のお役に立てるぐらいの記事は書けていたので、自称防災の専門家としてそのWebに私も登場しますということをやってみたんですね。 ブログでこの放射線の解説記事を書いていたときは、私本名は使わずにニックネームで書いていました。 ニックネームでどんだけいい記事を書いたとしても、それが仕事につながるということはないんだなということを実感したところでしたので、 この自称防災アドバイザーとして、とりあえず自社のサービスのマーケティング活動の一環として専門家活動をやるということに当たっては、 さすがにニックネームというわけにもいかないので、本名を出すということになったんです。 そこで初めて2011年の秋、11月頃だったと思うんですが、私そのタカニトモヤという本名を使って防災アドバイザーという方が聞いて、 いろいろなお仕事相談に乗りますというようなWebサイト上にプロフィールを出すということを初めて行いました。 行ったところ、行った翌月あたりに、いきなり某雑誌社から取材依頼が来たんですね。 防災に関する専門家としてのコメントをいただきたいというような取材の依頼が来まして、その時に気づいたんです。 ちゃんと本名を出して、自称であっても専門家と名乗ると、そういう仕事のニーズというのがあるんだなということに気づいたんです。 ただ、その時点では私はせいぜい防災ブログを書く程度の素人でしたので、自称防災アドバイザーという立場でもいいですかということで仕事を受けたんですけれども、 その後、ちょっとずつそういう専門家に対しても需要があったということで、仕事の依頼が徐々に増え始めました。 私は素人でしたので、こういうことできますかと言われたら、とりあえずはい、できますと言って、そこから情報を集めたりして、 いろいろ仕事に対してボールを打ち返すということを行っておりまして、それを1年、2年、3年、4年、5年とずっと続けるうちに、 だんだんしゃべれるネタが増えて、講演会やセミナーの依頼もいただくようになって、ちょっとずつネタが増えて、 自称専門家から徐々に、ちゃんとした専門家というとあれなんですけれども、自称じゃない防災アドバイザーとして徐々に認識をしていただけるようになりまして、 そして10年目の現在に至るというようなことで、実は311が私にとっても、この防災の仕事を始めるきっかけの一つということになったわけでございます。 # 自称専門家からプロに この防災アドバイザーという活動、当初は自称防災アドバイザーかっこ仮と言うところからスタートしまして、 完全にその副業と言いますか、本業の一環として始めた活動でしたので、 たまに来るご依頼、お仕事の依頼に対してちょこちょこっと対応するというようなことを行っていたんですが、 2013年頃ですね、色々とお仕事もちょっとずつ増えてきましたので、 開業以来ですね、個人事業主としての開業以来を一応届出を出して、 ある意味ではそこから半分、専門家、自称ではない専門家としての活動を始めていったんですけれども、 やっぱりしばらくの間はですね、仕事が増え始めだとは言っても、 ちょこちょこっとご依頼をいただく程度のことでしたので、基本的にはサラリーマン課業がメインでございました。 その後ちょっとずつ仕事が増えてきまして、2015年ですね、2015年の夏にですね、一度実は会社を辞めたんですね。 防災の仕事がだいぶ増えてきておりましたので、じゃあここいらで本気で本腰を入れて防災アドバイザーとしての活動をしてみようということで、 会社を辞めて防災アドバイザーだけでですね、仕事ができるかということで一本立ちしてみたんです。 結局どうなったかというと、仕事はですね、全然増えなくてですね、半年間ぐらいで貯金がつきまして、 もともといた会社に出戻りをしたんです。すいません、無理だったのでもう一回雇ってくださいということで、元に戻りました。 ただその時はですね、サラリーマンという形で戻るのではなくて、個人事業主という形で会社とは契約をして、 防災半分、会社からいただく仕事を半分ということで、なんとか生活をギリギリ行うということをしていたんですけれども、 実はその会社に戻った時がですね、2016年の4月1日だったんですが、皆様ご存知の通り、その2週間後ですね、 2016年4月14日、熊本地震の1回目の本震が、そして2日後、4月16日に熊本地震2回目の本震が起こりました。 そして何が起きたのかと言いますと、当時防災アドバイザーと名乗っていた私のところにも、 その熊本地震をきっかけとして防災の仕事が爆発的に入るようになったんです。 結果的にはですね、もし会社に戻るのがあと1ヶ月遅ければ、 そういった会社には戻らず防災アドバイザーだけの仕事を続けていたかもしれないということで、 なかなか世の中よくわからない、うまくいかないものだなというところではあったんですけれども、 結果としてはですね、本業としての、どっちが本業かだんだんわからない状態にはなっていたんですが、 会社からいただくそのITのお仕事というところの収入があったので、 防災アドバイザーの仕事もですね、妥協せずに、ある程度質を求める形で行うことができたというのは、 良い点だったかなというところでございます。 その後もですね、しばらくの間は、この会社からいただく仕事と防災ではない仕事と、 個人で行っている防災アドバイザーとしての仕事、公演、執筆、コンサルティング、メディア出演と、 そういうお仕事を並行して行いまして、そして2019年の2月にですね、再独立ですね、 2回目の、もう1回防災1本で行きたいということで、会社の個人事業主契約を解消いたしまして、 本格的に独り立ちをしたのが2019年の2月でございました。 そこから1年目、2年目が経って、現在はようやく防災の仕事メインでお仕事をしているというのが昨今でございます。 最近ではようやくですね、YouTube、ソナエルTVですとか、ボイシー、ソナエルラジオ、 そういったメディアもいろいろと自分でも行えるようになり、いろいろと専門家、自称専門家ではない、 一応プロとしての防災アドバイザーというところでのお仕事のご依頼もいただいているという状況になりまして、 3.11から10周年、実は私にとっても防災アドバイザーとしての活動、ちょうど10年目という一つの節目の年ということになりますので、 引き続きですね、いろいろなことをしてまいりたいなと思っております。 ということで、この多くの方の人生を変えたと思われる3.11、東日本大震災でございますが、 私にとっても実は人生を変える仕事の、人生を変えるきっかけの一つとなった出来事でございました。 この防災アドバイザーという仕事を始めるきっかけとなった3.11、引き続き防災情報の配信に努めてまいりたいと思います。 それでは皆様、本日も引き続きどうぞご安全に。 もっと見る #東日本大震災 #防災アドバイザー #私の防災 死なない防災!そなえるらじおプレミアム放送配信中!00:141.タイトルコールhttps://sonaeru.jp/blog/archive/2021/3/11/04:462.当時はサラリーマンでした08:143.福島事故の解説を趣味でする日々04:544.自称専門家からプロにコメント感想・質問・応援メッセージを書こう りく@そなえるらじお2週目8月7日🦀🦀🦀返信 ちゃとらねこ2021年3月11日高荷先生おはようございますฅ(•∀•ฅ)趣味が仕事に繋がり、それで生計を立てていけるようになった紆余曲折を聞けて楽しかったです。個人事業主の方は色々な防災グッズを経費で試せるというのが羨ましいなーって思ったり(・∀・)311の時運転再開した田園都市線の混雑はどんなもんでしたか?1返信 高荷智也2021年3月15日そうなのです…防災グッズを経費で買うために起業を…ちがいますよ?!3.11夜の田園都市線は、ド深夜でしたが早朝のラッシュの様な状況でした。しかし乗車することができただけ感謝ですね…!1
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趣味が仕事に繋がり、それで生計を立てていけるようになった紆余曲折を聞けて楽しかったです。
個人事業主の方は色々な防災グッズを経費で試せるというのが羨ましいなーって思ったり(・∀・)
311の時運転再開した田園都市線の混雑はどんなもんでしたか?
3.11夜の田園都市線は、ド深夜でしたが早朝のラッシュの様な状況でした。しかし乗車することができただけ感謝ですね…!