TOPトーク専門家毎朝の思考書籍「我と汝」で考える世界へのまなざし09:35 23時間前 3,388再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次書籍「我と汝」が問いかける世界「我と汝」が織りなす関係性の3段階ドン・ハンが説く還元主義の限界「チラ見」が示す本質、五感の重要性AI時代に問われる「知性」の在り方AI文字起こし(β版) # 書籍「我と汝」で考える世界へのまなざし おはようございます。 沢木としなおです。 最近読んで面白かった本で、マルティン・ブーバーというウィーン生まれの神学者なんですかね。 ユダヤ教の人なんだけど、ワルトナンジっていう非常に 宗教の分野で昔から有名な本があって、今はkindleでも読めるんですけれど このワルトナンジという本は非常に面白かったです。 結構読みにくい難しい本。文章はすごく平易なんですよ。 だから読もうとすらすら読めるんだけど 頭の中に入れてこうとすると、書いてある文章はわかりやすいのに 書かれている内容が難しいからなかなか頭に入ってこないという なかなか珍しい不思議な本なんですよね。 ワルトナンジって何のタイトルなのかというと 世界を我々が認識する時に、我々は客観的に物事を見ようとするじゃないですか。 還元主義みたいな言葉があって 例えば今目の前にスマホがあって、スマホというのは 金属で生きている。表面はガラスである。中に基板が入っているという。 物体の構成する要素みたいなものに分解していくと理解できる気になる。 これが還元主義なんだけど でもそれでスマホを理解できるかというと、我々は理解できない。 単にそれは金属とガラスの集合体にしか過ぎない。 でもスマホの本質はそこじゃなくて やはりクラウドにつながっていて、クラウドの中のデータや アプリケースにやり取りできる。そういう事なの。 それは還元主義だとなかなか分からない。 だからさっきの我と汝という本では 近代文明的な世界の理解というのは 私とそれ、我とそれという 物体を客観的に見る我々という形で捉える。 でもそれは本当に世界を理解することになっているのか。 実はそうじゃないだろう。 我々が世界を見る時に世界も我々を見ている。 つまり世界というのは単なる客観的な還元主義で語られるものではなくて 世界からも我々に語りかけてくる何かがあるんじゃないか。 つまりそこには我々とその世界の間に相互作用がある。 つまり世界というのを一つの主体として見るというか 単なる物体、還元主義的に見れる物体じゃなくて そこに何らかの精神がある一つの主体として見る。 それが汝というあなたという意味だ。 だから本当に世の中を見るというのは我と汝。 つまり私たちと世界、その世界という主体との間の相互作用で見ることこそが 本当の本質を見ることになるし 我々が世界と理解し合える一つの道筋なんじゃないかってことを書いてある本なんですよね。 究極それだけのメッセージなんだけど、それを結構一冊の方にまとめ上げていて だんだん難しくなっていくという読みにくい本ではあるんです。 ただこの我と汝という考え方は僕はすごい納得できるな。 ブーバーはこの我と汝という関係性には3つあると言っていて 一つは汝を我々はとにかく自然であるというふうに見る。 近代文明的に言うと自然というのは還元主義的にそこにある石は石でできている。 机は木材でできている。みたい風に見る。 でもそれだけだとやっぱり物事を理解しているかというふうにはならないので 自然が我々に語りかけてくる。逆に我々も自然に語りかけてくる。 でもそこは言語にならない。もっと 触覚だったりとか例えば 気持ちの良い青空の下に 自然の中を歩いていると 風が頬を添えていく。 ああ風気持ちいいなっていうね。そういう相互作用だよね。 でもそこには言語とか難しい精神性とかあまりないよね。 2番目の汝は相手が人間である。そこでは言語の世界だよね。 我々は人間を相手にしてこの人はどこそこの何とか会社の何とか部長である。 みたいな肩書きだけで見るわけじゃなくてその人が何を考えているかということを僕らに伝えてくる。 そこで議論が始まり対話が始まることによってお互いを理解し合える。 つまり相手を何々会社の何とかさんというものとして見るんじゃなくて お互いに理解し合う相互作用の関係性の中で見ていくということが 何時にその相手の人をそれではなくて何時にするっていうことなんだなってことが書いてあるわけです。 3つ目が、これやっぱり書いているブーバーという著者の人は神学者、宗教学者なので神なんですよね。 神と我々の関係というのは決して言語だけではない。 言語を超えたある種の精神的な強い繋がり、自然との関係よりもさらに強く 言語による人間との関係よりもさらに強く、もっとより強い繋がりがあるのが 神と我々の関係性である。 この辺になると、あまり一神教的な発想がない我々日本人にとっては遠いかなという感じはするんですよね。 ただ、何だろう、こういう関係性の中で我々と世界の感じを見るというのはちょっとわかる感じがしてて 前によく読んでた本で カルロス・カスタネダという1970年代にわりに人気のあった アメリカの人類学者のドン・ハンシリーズというのがあるんですよね。 これはニューエイジ的な文化の源流だと言われてるんだけど カスタネダ人類学者はニューメキシコ、メキシコの国境に近いアメリカの砂漠地帯の 先住民族のジュウツシ、ドン・ハンというジュウツシに弟子入りして 世界の見方を学ぶということがずっと書かれているシリーズなんですよね。 その中でドン・ハンは何を言うかというと お前ら白人は、欧米人は、なんか還元主義的にね、物事を見れば理解できた気になると。 この石ころはどういう物質でできているのかって見て、なんとなくわかって気になってる。 でもこの石の本質はお前らの還元主義じゃわかるわけないだろうと。 だからお前らは逆に言うと、物事を凝視しすぎなんだと。 なんか見れば見るほどわかる気になってるだろうと。 でもそんなことで本当のことはわからないんだと。 カスタネダはドン・ハンに問うわけです。 じゃあ本当に物を見るってどういうことなんですか。どうやって見ればいいんですか。 そうするとドン・ハンは答えるにもよく凝視するんじゃなくて 横目でチラッと見るんだ。 チラッと見たことによってこそ本質が見えてくるんだ。 この表現は僕はすごい驚きがあって、やっぱり 近代文明的に言うと、物事を視界に分析し顕微鏡で見てってことによって初めて理解できると思ってるんだけど そうやって見てしまうと本質から離れてしまうんだと。 そうじゃなくて視界の端にチラレて見えているところにこそ実は本質があるっていうのは 分かったような分からないような話であるんだけど、 近代の還元主義から外れたところに本質があるっていうところの ある意味、筋をついている感じはあるかなと思ったんですよね。 だから今回このブーバーの我と汝の汝と私たちの関係みたいなのを読んでいて そうやってドン・ハンが言ってたチラッと見えることにこそ本質がある。 つまりは言葉にならない、還元的ではないことにこそ実は本質がある ということにつながっているのかなという感じはしました。 物事をどう見れば本質が見えるのか。 大量の情報を得れば知識は増えるけど、本当の知性にはそれはならないと思っている。 知性というのはあくまで世界に対する姿勢の問題だと思うんですよね。 その姿勢において凝視すればいいわけではなくて 凝視しないでチラッと見えるというのは つまりある意味、身体感覚的に見るというかね。 ちゃんと視覚では見ていないんだけど 例えば触ることによって触覚で感じているとか 横から流れてくる匂いを感じるとか あるいは耳から聞こえている何かがあるとか 視覚じゃない別の語感によって物事を感じることの方が実は本質に近いんじゃないか。 だからAIの時代だからこそその視覚によらない情報の大切さというのが 今やますます重視される時代になってきているんじゃないかなってこともちょっと考えました。 この点はなかなか深いと僕は思っているのでもうちょっと考えてみたいと思います。 ではまた明日 もっと見る毎朝の思考佐々木俊尚09:351.書籍「我と汝」で考える世界へのまなざしhttps://link.amazon/B03qghXbUコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 回鍋肉15時間前「お天道様が見ている」や「天知る地知る我知る子知る」みたいなものでしょうかあくまで、個人的な感覚なのですが、神、世界、我々の関係性ですが、一神教の世界観だと「神の創った世界に我々は存在している」なのに対し多神教の世界観だと「神と我々が一緒に世界を今も形成中」なのでは、と思うのは大袈裟でしょうか神のみならず妖怪も八百万いたり、以前のVoicyの道端のお地蔵さんの話を思い返すとそう思えてなりません返信 michihito matsuura17時間前二冊とも良い意味で古典ですね返信 俊尚 佐々木15時間前ありがとうございます。 lalami20時間前目を閉じて 初めて視えるものってありますよね。1返信 俊尚 佐々木15時間前そう思います。 M Satou22時間前ブーバー、カスタネダはカウンセリングの学びで随分読み込みました、と言うかいまだに探求中です問題の解決だけを目指すのではなくクライアントさんその人自身、本質と語り合うことで新しいナニカが起こる思考の辺縁の感覚を捉え言語化していくとと何故か進展していく心模様は奇跡ですAIによるカウンセリングは正確で、ある面気持ちが悪い、余白がないのですぼんやり観て感覚は明晰にという私の師匠の言葉を思い出しました心理学がここで世情と繋がるのかと思う朝でした1返信 俊尚 佐々木15時間前AIは余白が無いって、まさに。
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神のみならず妖怪も八百万いたり、以前のVoicyの道端のお地蔵さんの話を思い返すとそう思えてなりません
問題の解決だけを目指すのではなくクライアントさんその人自身、本質と語り合うことで新しいナニカが起こる
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ぼんやり観て感覚は明晰に
という私の師匠の言葉を思い出しました
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