「こわいをしって、へいわがわかった」 沖縄戦を伝え続けていく 6/26(by佐藤敬一部長・宮城裕也記者)
22:27
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多くの住民が犠牲になった79年前の沖縄戦は、戦火に逃げ惑うだけでなく、住民が戦闘に加担させられる出来事でもありました。
旧日本軍の看護要員として戦闘に巻き込まれ、多くの女学生が命を落とした「ひめゆり学徒隊」もその一例ですが、関係者を取材した宮城記者には苦い経験があったようです。
一方、「慰霊の日」の6月23日に営まれる沖縄戦全戦没者追悼式の取材で出会った女の子に勇気づけられたことも。
2回にわたってお伝えする沖縄戦編の後半は、そんな宮城記者の取材経験から戦争の記憶を伝えることの難しさと意義についてお話します。
※写真は沖縄戦の激戦地となった沖縄本島南部の荒崎海岸で揺れる白ユリ。
旧日本軍の看護要員として戦闘に巻き込まれ、多くの女学生が命を落とした「ひめゆり学徒隊」もその一例ですが、関係者を取材した宮城記者には苦い経験があったようです。
一方、「慰霊の日」の6月23日に営まれる沖縄戦全戦没者追悼式の取材で出会った女の子に勇気づけられたことも。
2回にわたってお伝えする沖縄戦編の後半は、そんな宮城記者の取材経験から戦争の記憶を伝えることの難しさと意義についてお話します。
※写真は沖縄戦の激戦地となった沖縄本島南部の荒崎海岸で揺れる白ユリ。
今夜、BluePostで
毎日新聞社
- 13:471.
「動員の手助けをしてしまった」過去を悔やむひめゆり学徒隊の思い
- 08:402.
記憶と歴史を次世代に繋ぐ「平和の詩」
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