67.古くからの迷信や悪弊を打ち破るには時に過激な施策が必要? 「河中に投ず」史記・蒙求に登場する西門豹のエピソード
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タイトルコール
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月曜日は中国古典の名言です。本日は『史記』『蒙求』に見えるエピソードより「河中に投ず」というお話です。
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西門豹(せいもんひょう、さいもんほう)が川の神の迷信、私腹を肥やす三老・巫女らを打破するためにおこなったこと。
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終わりのあいさつ
コメント

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教訓としては興味深いエピソードですが、エピソードそのものにはいろいろ考えさせられます。
民の迷信の心に付け込むのはあくどいけれど、迷信の心自体は割とどの社会でも生まれそうな気がするので、
この件はむしろ付け込む一派がいたおかげで迷信が解けただけで、
もし全員が本気で信じて生贄を捧げていたとしたらこの方法では救いようがないですよね。
あまりそういうところを考えずに読むのがよいのだと思いますが。
西門豹さんという方を、初めて知りました。
川の神の迷信を打ち破るやり方は、確かに過激ですが、このエピソードを聞いて、思い出したことがあります。
結論からいうと、私自身、やり遂げていないので、ものすごくショックを受けました。
亡き恩師から「守破離」をしてほしい、それが「自分の生き方を大切にすることになる」と言われました。
頑なに思い込んでいることを、打ち破ることにより、自分の生き方ができる、と。
西門豹さんの話しは、まさにそれではないのかと感じながら拝聴しました。