294.プレイボーイの悲しい老後 男やもめの光源氏『源氏物語』
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木曜日は恋の古典文学です。源氏物語「幻」巻より。
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最愛の妻を亡くして絶望し、数え52歳、すっかり涙脆い老人となった光源氏です。なぜ彼の悲しみはひときわ深いのでしょう。
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もうすぐ放送300回! を記念して初期の過去放送をご紹介していきます。今日は「14.古典における初恋とは 百人一首しのぶれど/恋すてふ」、よろしければどうぞ!
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毎日楽しみにしています。
紫の上は光源氏に会いたくないなんて、、悲しくなってしまいます。
光源氏が後悔と反省の気持ちから紫の上は自分になど会いたくないだろうと思っての表現、ということに、なんとかならないでしょうか、、
過去回の振り返りということで、77.竹取物語の吉田先生の解釈がとても印象的だったので聞き返したところ、今回と通じるところがありそうでした。
紫式部は竹取物語を読んで、何を感じたのでしょうね。
今日はことの外心に沁みるお話でした。
紫の上を喪った源氏の喪失感とともに、もっと大切にしてやればよかったと思う悔恨、自責の念、やり場のない悲しみの様子。先生の朗読と相まって沁みるサプリメントでした。能「楊貴妃」では、天上界を探し訪ねた勅使に楊貴妃は形見の簪を渡しますが、紫の上は、夢にも現れてくれなかったのですね。
本日もよいお話、ありがとうございました。
それにしても平安時代の貴族の心のひだは今に比べてずっとずっと奥深かったのですね。引かれていた和泉式部さんの例も、物語に描かれた光源氏の悲しみにくれる様子も。でも、その悲しみを和歌という形で表すことができたのですね。
もしかすると現代人は自分の悲しみを見つめて表出する手段に乏しいのかもしれません。Twitterやインスタでは大切な人を失った大き過ぎる悲しみを表すにはちょっと不向きのようですもんね。
あくまで歌のなかの、ある種の誇張表現、歌として最もせつなくなるように設定された概念の表現
として捉えていたのですが、
裕子さんが「紫上は光源氏に会いたくないのですよね」と以前おっしゃっていて、
そう捉えたほうがしっくりくるかも……と考え直したのを覚えています。
今日も、楽しく拝聴しましたです
今、あまり時間を割けないので、初期回に戻れなくてすみません。
今日の裕子さんの講義の、光源氏の「幻」の章についてですが。
聞いている最初は「紫の上」を亡くなってまで愛し合っていて素晴らしい、うらやましい!と思っていました。
けれども、紫の上が「夢にも出てこない」光源氏の哀しみを、裕子さんが解説してくださり、とても驚きました。
うん!
今からでも遅くない!
私も、パートナーを大切に考えようと存じます。