316.土佐日記 紀貫之が女性のふりをしたからこそ書けたこと
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金曜日は日本古典の名言をテーマにお送りします。「男もすなる日記といふものを女もしてみむとするなり」
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本日はkotsueさんのリクエストにより『土佐日記』の冒頭のことばから。和菓子「土佐日記」というものがあるそうで、リンクを貼っておきました!
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明日は生配信のアーカイブ音声、次週はハッシュタグテーマをはじめとしたフリートークをお送りします。
コメント

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今でこそ大事にはならないでしょうが、当時は男のくせにと炎上しそうですね。
女性の作詞家が「僕」と表現する歌は、なんとも言えない憂いがあり魅力的な物も多いので、その逆も然りですね。
先日の紫式部のお話も楽しくて、図書館で「紫式部物語」をパラパラしましたが。。裕子先生から聞く解説じゃなければやはり遠い偉人でした。
裕子先生の解説は時代を超えて体温を感じます
来週で今年も終わりですね
本当に楽しい解説をたくさんありがとうございました。
紀貫之さんが、女の人のふりをして書いた、娘さんへの気持ち、とても切なくなりました。
たしかに、本当の自分を隠すからこそ書ける本心ってありますよね。
私は、どこに投稿するわけでもない紙の日記を書いていますが、もしこれをどこかに投稿するとしたら、やはり本当の姿を隠して投稿すると思います。
紙の日記は、自分とがっつり向き合うための媒体なので、それをそのまま他人さんにも、私だと分かる感じで見てもらうのは、目的が違うなと感じるからです
以前Voicyでも言及されたかもしれませんが、
恋歌によく見られる大袈裟な比喩表現など、どう考えても現実にはありえないけれど、
明らかに虚構でしかない表現だからこそ安心して寄りかかれるとか、表しようのない本心の一端が表現できるとか、そういう面はありそうです。
7月6日、かつ唐揚げでなくサラダの記念日にするからこそ、作者が最も表したかったものが最も適切に表された。
『源氏物語』の源氏と玉鬘の物語問答にもありましたね。
作りものである物語のなかにこそ、歴史を記したもの以上の人間の真実がある、と。