676.冬はつとめてなど清少納言が言語化した「つきづきし」の美(枕草子と夢十夜)
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火曜日は個性豊かな古典の書き手。今日は清少納言についてお話しします。
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あるものを的確に言語化する、彫刻家としての清少納言。夏目漱石の夢十夜を思い出します。
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コメント

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当時の人は、清少納言の言葉が、すごくオシャレに思えたでしょうね。
さすがインフルエンサーですね(^^)
当たり前だと思っている日本人としての自分の原点がちゃんと古典の中にあるんですね!
古典を学ぶ事は自分の内面の発見につながりますね〜
春の曙が和歌に描かれるようになったのは確実に清少納言以降、
「みんな思っていたけれど言語化しなかったものを清少納言が取り上げたからこそその後流行した」面と「清少納言、枕草子の影響力が大きいから、そう思っていない人、知らない人も教養として賛同した」面と、両方あるのかしら。
芸術とはこういうもの(イデアの存在にすでに存在するものを五感で認知できる形に、三次元に起こす)だと思っていますが、工芸、文芸でも似た面があるのかな。
それが見えるかどうか、と、それができるかどうか、の両方の力が、起こす側には必要なのですよね。