TOPトーク専門家細野豪志の今日も元気に!【後編】kagshun先生と子供の体験格差について語りました。子供に必要な体験とは?行き着くのは教育で目指すべき人間像!42:06 2024年5月28日 17,929再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次教育格差とレジリエンスの欠如目指すべき人間像:幸せな生き方精神科医と政治家の異色対談日本の未来と皇位継承問題子供に必要な体験とは何かAI文字起こし(β版) # 前編はkagshun先生の放送で↓ 細野剛志の今日も元気に。 知事選挙が終わりましてですね、昨日の夕方から私、東京の方で国会で予定がありましたので出てきていたんですけれども 会う人会う人、ほとんど全ての人からですね、静岡県知事選挙お疲れ様ですかとこういうふうに言われました。 選挙というのはですね、もちろん体力的にも精神的にも大変なんですけれどもね、勝つとね、これはまあその疲れというのは吹っ飛ぶものなんですよね。 負けるとですね、もう疲れがどっと出ます。 応援する方も疲れが出るんですから、ご本人ですよね大村慎一さんはいかほどかと思うと本当に心が痛むんですよね。 あれだけしっかりとした能力のある方を知事にできなかった、本当に残念な思いがありますけれども、 まあそこは切り替えてね、新しい体制の下でどう静岡県を良くしていくか、その中で自分がどういう役割を担うことができるか、その辺を考えたいなというふうに思います。 ソウルで行われています日中間の首脳会談からですね岸田総理が帰国ということになりました。 この県知事選挙の敗北ということも含めて、疲れが出ているのは我々だけではなくてね、岸田総理も相当お疲れではないかなというふうに思いますね。 今週政治改革ですね、ここで与野党で何らかの話し合いがつくのかどうか、衆議院のですね法案の上がりというのはそろそろ視野に入れていかなければ、 参議院通りませんのでね、早速正念場が来ているかなとそんなふうにも思います。 昨日の夜はですね、拡春先生と子供の体験拡散について話をいたしました。 いやーなかなかね興味深い中身になりました。私もね、やはりあの目鱗だったなぁと思うこともありましたのでね、ぜひ皆さん楽しみに聞いていただきたいというふうに思います。 前半のですね、放送は拡春先生の番組でやってますので、このチャプターにリンクを貼っておきますね。 そして後半の30分私の放送になりますので、次のチャプターでぜひ聞いていただければというふうに思います。それではどうぞ。 # 我々が教育で目指すべき人間像とは? はい、細野剛史でございます。今日は精神科医の角春先生とお話をしていきたいと思います。角春先生よろしくお願いいたします。 よろしくお願いいたします。 前段、今の教育とか子どもの状況についてかなり突っ込んでやり取りをさせていただきまして、さまざまな放送でした。ありがとうございました。 こちらこそです。すごく面白かったです。 先生が前段の放送で言っておられた、若い人を見ていてレジリエンスがない。つまりすぐちょっと心が折れてしまう傾向があるという話なんですけど、 それはやっぱり子どものときの体験のなさ、それはいわゆる習いものとかだけじゃなくて、いろんな遊びであるとか体験が不足してるところから来てるっていうのは、相当の可能性というか確実性でそう言えるんですか。 なんでレジリエンスがなくなってるかっていう存在ですね。 一応言われているのは、やっぱりリスクを取りながら人っていうのはそれを評価したり管理したりするっていう力っていうのは、やっぱりある程度ちっちゃいときに身につくらしいんですよね。 そういった行動っていうのを基本的に、じゃあここ行ったらダメだよとか、あれやったら危ないよとか、ああいう人と付き合ったらダメだよとかってことをどんどんクリーンにして、無禁止で育てるようなものなので、そういうふうにしていく中でやっぱりそういった脆弱性っていうものが少しついてしまったりとか。 あとは、やっぱりその辺、どうしても親とか教育者が今、さっきも話しましたけど、たったこの20年で相当に過保護的になってますよね。習い事も一人で生かしてダメだよとか、いろんな常識が新しく生まれていて、こうなってくると、やはりそういった何かリスクを負ったりとか、ちょっといろんなことで学ぶ機会っていうものは減るのかなと。 やっぱりそういった認知能力をつけるような学習だったりとか、何か習い事っていう面ではどんどん身につけていけてる時代なんだと思うんですけど、そういう言葉にできないようなところから学ぶこと、人との人間関係とか、誰かに傷つけちゃって申し訳ないなっていう思いとか、逆に傷つけられちゃったけどどうやってそれを乗り越えようかなとか、どうやって謝ろうかなとかもそうですし、そういった中の言語化しづらい部分での学びみたいなところっていうのは、 ちょっと小さい頃にしっかり身につけていかないと、どうしてもコミュニケーション能力が低下してしまったり、あとはちょっときついこと言われたことがないから、わっと怒られてしまうともうそこに行けなくなってしまう。ものすごく不安のアラームがわーっと爆発してしまって、感情的になってしまうとかっていうふうに、普通に考えてもそうなりやすいのかなってところもあるんですよね。 さっき話したジョナサンハイトという方がすごくそれを主張していて、それが全てではないとは思うんですけど、やっぱりそういう流れっていうのは日本だけじゃなくて、わりと先進国の課題になりつつあるのかなっていう印象があります。 まあ私のときなんかは、例えば夏休みって言うと、網のカゴを持って虫取りに行くとかね、そうすると謎の虫に刺されたり、誰かがずっこけて傷だらけになって慌てて連れて帰るとか、そういうのって今基本的にはないんでしょうね。 かなり減ってるんだと思いますね。そういったものを意識的に与えてる過程もあるとは思うんですけど、なかなかそこの格差は非常に大きいかなとは思いますね。 例えばジャンプなんかはある程度管理された中で行くっていうことはあるんでしょうけど、結構安全には徹底的に配慮してやるでしょうしね。 そうですね。そうだと思いますね。悩ましいですよね。 小学校の低学年ぐらいって叩き合いして男同士で喧嘩みたいなのがあったけど、ああいうのもあんまりないのかもしれませんね。事前に察知するとそういう喧嘩なんか回避するのかな。 賢くなってるのかもしれないし、なんでなんですかね。亡くなるのかなって気がしますけどね、自分の子供のときなんか思うと。 そんなにいい子じゃなかったので、よく喧嘩してたし。どうやって亡くなってったのかなって逆に不思議なんですけどね。 そうか。体験格差って言っても、例えばピアノの教えてもらえますとか、野球でとってもいいチームに入ってやれますとかっていうことでレジリエンスが身につくわけではなくて、 もっと雑多な経験の中で身につくわけなんですね。 これは僕の意見ですけどね。やっぱりそういった与えられた枠組みの中というよりは、自由な中でどう工夫してやるかとか。 逆に言うと制限があっても、その制限をどうやってルールを破らないようにしながらも工夫して楽しむかとか。 こういうことのほうが、おそらくそういった非認知能力みたいなものとかって重要な気がするんですよね。なんとなく。 非認知能力って言葉ってずいぶん使われるようになってる。 例えば障害年収みたいなことを比べた場合に、いわゆる学習の能力と非認知能力を比べた場合に、 非認知能力の高いほうが障害年収は多いみたいな研究も結構あるじゃないか。 確かに職場でうまく立ち回ったりとか、任務完結したりとか、 例えば営業するみたいなときにもきちっと説明ができるかどうかって、学校の成績はあんまり関係ないんですよね。 そうですよね。 結局詰め込み型で身につくのは、最初の知能っていうのは、 幼少期からそれこそ小学校低学年ぐらいまではグググっとそういった無理矢理でも勉強させることによって伸びるんですけど、 どっかのタイミングで天井があるんですよね。 そこからは意外とそんなに差がつかないっていうことで、 小さい頃にたくさんたくさん勉強させたところで、高校生ぐらいになってくると、 あんまり差がつかなくなってきちゃうんですよね。 そこでかけた労力と、あとはそこにみんなが遊んでる中で勉強だけしてたっていう時間と、 失ったお金とかっていろいろ考えると、意外と割に合わないんじゃないかっていうのが割と最近言われてますよね。 この辺っていうのはだから注意しなきゃいけなくて、それこそ行き過ぎた中学受験とかもそうですけど、 本当にそれでじゃあ、本当に勝ち続けた人だけはいい思いするかもしれないけど、 どっかでいい新学校に行った。 新学校に行ってビリでいるときよりも、そんなに新学校じゃないところでトップ10にいたほうが、 その後の学力とかメンタルヘルスとか、稼ぐ力とかってものもきっと上がるだろうと。 このあたりっていうのも結構考えなきゃいけないとこかなと思ってますね。 この間私、武蔵野大学のアントレプレナーシップ大学学部の伊藤洋一先生とかに話を聞いて、面白かったんですけど、 一学年60人ぐらいなのかな。前のほうに座ってる子と後ろのほうに座ってる子がいてね。 前のほうに座ってる子って見てると面白い質問もしてくるし、興味津々で聞いてるんですよね。 だいたい10人ぐらいいたら元気で、残りはわりとおとなしいそうなんですよ。 ところが1年ぐらいやってると元気な子が触発して、みんないろいろやりだすって言うんですけど、 前のほうに座ってる子の中には、プンチン生の学校に出てる子が多いんですって。 あ、そうですか。 N高とかね。 あ、N高最近流行りの。 うん。平均の高校行くと基本的に受け身の授業やってるじゃないですか。 大学に入って、さあ何かやってみろって言っても簡単にはなかなか動かないらしいんですけど、 むしろそこからは、ドロップアウトとまで言わないけど積極的に選んでる子もいると思うんだけど、 そうじゃない経験してる子のほうが大学に行くと元気になってるってことを聞いて、ちょっと考えちゃったんですね。 うーん。 そうですよね。自分が何をしたいのかとか、何を学びたくて何に好奇心持てるのかみたいなところってのに、 気づくか気づかないかっていう力っていうのは割と差がありますよね。見てて思いますけど。 そうですね。 だから高校なんかもそうなんだけど、実はもしかしたらもっと早いうちにそういったものは出てきてるかもしれなくて、 まあちょっとこういうことを言うと政治家としては若干問題なのかもしれないけども、 ものすごく受け身の教育をひたすらしてるプログラムに入れられたとすればね、 それをとにかく我慢して、小学校6年間、中学校3年間、高校3年間行くことにどれくらい価値があるのかと。 むしろそういったことにある種チャレンジをしたりとか、違う方法を考えたりしたほうが、 もしかしたらトータルに考えると生きる力を得られるかもしれない。 そんな気はしますよね。 いわゆる臨界期というか、この年齢までにこういう力を身につけないと後つきませんよっていう考え方ってあるじゃないですか、子どもの学習で。 結構自立性、自分で自分の考えを決めたり行動を決めたり、自分自己主張をしたりとか、 そういう力って一桁台の年に身につかないと結構身につきにくいらしいんですよね。 一桁台っていうことは小学校4年生ぐらいまでですかね。 おそらくそうだと思います。 ちょうどその年齢までは、体験のほうにお金をかけるみたいな。 よく言いますよね。確かに。 確かに4年生ぐらいまでで勉強にお金かけても、 よっぽど小学、幼稚園とか中学校でもものすごく難しいところを受けるってことになる必要なのかもしれないけど、 やっぱりもっと違うことに時間とお金をかけるべきだっていうのは一般的ですよね。 そうですよね。 でも一番、人を育てるって意味で言うと、根本的に一番最初に身につけてほしい能力って、 ちゃんと自分の思っていることをちゃんと自分で言うとか、 相手がどうだから自分はこうじゃなくて、 自分はこうしたいんだよとか、こう思ってるんだよみたいなことをつけることってやっぱり練習しないと難しいじゃないですか。 そういう力をつけるみたいな教育っていうのは行っている場所って国内だとあるんですかね。 割とアメリカこそそういうイメージがあるんですけど。 幼児教育においてはいくつかの、 いわゆる双方向というか、自由に子どもたちに学ばせるプログラムみたいなのがあるから、 やってるところは出てきてると思いますね。 ただ基本的には私立で、相当経済的な言い取りのある家庭がいくという感じでしょうかね。 結局インターナショナルスクールとかも多分そういう感じですもんね。 インターナショナルスクールはものすごく高所得の子が生きてますね。 そうですよね。もう完全にこれは格差そのものですもんね。 そうですね。ようやく公立でも、小学校あたりからそういう教育は出てきてるんですけど、 これは正直言うとかなり自治体で差があるんですよね。 ですからそういう非常に特徴のある教育をしてるところには、 いわゆる教育留学みたいな形で親も一緒に引っ越すみたいな現象も一部で出てるんですよ。 そうですか。 ええ。 すごいですね。昔から考えられないような時代が来てるわけですね。 まあそうですね。 なるほどな。 ちょっとさっきの話に戻るんですけど、 それこそ幼少期というかちっちゃい頃にいろんな体験させたらいいよって、 たぶんその理論のバックグラウンドはおそらくガードナーって人の多重知能っていう考え方だと思うんですよね。 そのいわゆる知能って普通の言語的な知能とか、 数学的な論理的能力以外にもスポーツやって体の空間的な能力身につけましょうよとか、 音楽を通して耳をまず鍛えちゃいましょう。 耳とかも5歳ぐらいまでで結構固まっちゃうので、 5歳ぐらいにたくさん音楽を聴いたり演奏したりして、 そういった絶対音感みたいなものをつけましょうとかいろいろあると思うんですけど、 こういうところを幼い頃から計画的に伸ばしていくべきなのかどうかって部分なんですよね、たぶん。 なるほど。 この辺を伸ばす。 ただ、結局のところ、社会がどういう人を求めるかってところが変わらない限り、 結局学習って変わらないんじゃないかって僕の考えがあって、 例えば、会社に入ります、大学終わります、 じゃあいきなりみんな英語を使わないと仕事先ありませんよってなれば、 勝手にたぶん学校の方が変わっていって、いきなり話す授業から始まると思うんですよね。 でも受験さえ乗り越えれば別にもう英語を使いませんよってなれば、 受験を通るための英語しか学ばないじゃないですか。 結局ゴールが変わらない限り、その始まりの学習をどう変えようが、 ゴールに必要なことをみんな結局そっちをやりたがってしまって、 体験型の音楽とかはサボって、その間単語調を覚えようとか、 結局そっちになっちゃうんじゃないかなと思っちゃうんですよね。 だから、社会の方の求める人材をもっと多様化したりとか、 転職をどんどん余裕にするとか、就寝雇用制度をなるべく減らすとか、 なんかそっち方面に行かないと、 じゃあひょうけんめ子どもたちもそうしようというふうに、 親側がならないんじゃないかな。 結局普通の子どもはいい大学出して、安定した職にしたいからっていうふうに、 こっちがいかにそうじゃなくて違う能力もあったほうがいい、 でも受験に何が使えるんですかって言われてしまって、 終わるんじゃないかっていう不安が拭えないんですよね。 おそらくね、国家としてこういう人材をっていうゴールを設定するのはもはや難しくて、 AIもあるし、社会とかも構造が大きく変わるので、 そのときに何が必要かってわからないですよね。 わからないですね。確かに1年1年違いますもんね。 そうなってくると、いかんなる時代になったとしてもその時代を理解させて、 まさに柔軟に、できれば社会のために役立つ能力、 その辺の対応能力っていうのがある、若者が出てくるというところに賭けるしかないと思うんですよ。 そうですよね。 私の世代ぐらいまではまだ、ある種みんな行儀よく、 例えば、車が強いですよって車を作って、 それこそものすごくトヨタ式の生産方式でいい車を作れましたって言われたんだけど、 もうとてもそういうモデルでは持たないので、 正直言って国家として目標を作るのはもはや難しくなっていると。 結局ね、別に人間はエコノミックアニマルではないので、 青臭いようだけど、もうすぐ幸せに生きていけばいいわけじゃないですか。 いや、そうですね。本当にそうだと思います。 その時に何を幸せって感じるかっていうことの引き出しをたくさん作っておいた方がいいんですよ。 あー、確かに。それめちゃくちゃですね。 音楽を突き詰めてやらなくてもいいけど、 実際にある音楽を経験して、たとえば一回だけオーケストラを聴いたとかね。 ある一回だけだけども、例えばオペラを聴いたとか、楽譜を聴いたとか。 それって子供って結構覚えてたりするし。 覚えてますね。 スポーツもそうなんですけど、 それにいくつかの引き出しを持っておいて、 もしかしたらそれを10年後、20年後思い出すかもしれないっていうところの、 その辺の選択肢みたいなものをたくさん用意してあげたくて。 やっぱり今の日本の社会ですごく感じるのは、子供で諦めちゃうとか。 あとはね、あるエピソード聞いて学問としたんだけど、 沖縄の貧困家庭の子供を北海道に連れて行くってプロジェクトがあったんです。 沖縄と北海道じゃ全然風土も違うから、 恥ずかしい体験ができるかと思いきや、 貧困家庭の子供って全く体験をしてないので、 北海道に行っても同じチェーンで食事をしたがり、 安否自在にはゲームをしたがるんですって。 へー、そうなんですか。 これってちょっと考えてしまいますよね。 そうですね。自分の今の状況で満足し尽くしちゃってるってことなんですかね。 あとは急に多様な体験とか、それが楽しいって経験をしてないってことですよね。 でもそうなってしまうと、 18歳からそれをいろいろ楽しいこんなことあるよって言ったら多分ちょっと遅いんですよね。 遅いですね、確かに。 できれば10歳までの間、おそらく中学校ぐらいまでに、 こんな経験ができたら面白いんだよ、こんな大人がいるんだよとか、 こんな職をやってる人がいるんだっていうのを、できるだけ見せといてあげたい。 そうですよね。 そういったいろんなものを体験したりとか、知らなかったものに出会うとかって、 たった一回でも大きな経験になってその後につながりますもんね。 むしろそれがないと選択肢に浮かんでこないじゃないですか、そもそも。 確かにこれってちっちゃい頃の方が間違いなく影響が強いし、 いつの間にかすり込まれているもんですよね。 昔例えば、本当に1週間とかだけでも海外旅行とかに、アジアとかに行けただけでも、 外国に対する不安とか、外国人に対する恐怖とか、文化に対する興味が湧くとか、 そういった面で行ったことない線に比べると全然違くなっちゃったりもするし、 こういう何か一つ何か大きな体験みたいなものを与えるっていうのは、 小さい頃に入れるのがありかとは思うんですよね。 でもそうか、沖縄の人が北海道に行って1000円店で食べちゃったんですね。 それはちょっと衝撃的ですね。 そうなんですよね。 やっぱり思うのは、何でもそうなんですけど、目の前のものを見たときに、 同じものを見てても、人によって受け取り方って全然違うじゃないですか。 その背景には一つは、例えば北海道に何があるっていうのを知ってるとか、 北海道にはどういう文化とか歴史があるって、 例えば知ってたら、それちょっと見に行きたいなって思ったりもするじゃないですか。 こういう体験型って言っても、 じゃあ修学旅行的な感じでみんなで旅行行きますよ。 じゃあその旅行先にどんな楽しいものがあるのかみたいなのを、 みんなで調べて発表させるみたいなふうにすれば、 行ったときにきっと楽しめると思うんですよね。 全然知識も何もないのに、いきなり旅行行くとつまんないんですよ、やっぱりこれって。 なのでそういう授業の形式みたいなものっていうのを、 体験型に合わせて学習する内容も変えてみたり、 あとそれを児童たちにそれぞれ調べさせるみたいなものってのは、 もしかしたら有効かもしれないですよね。 学校の先生方も頑張っていて、 そういうことをやらせたい、総合学習みたいなこともあるんですけど、 そういうふうに頑張ってはいるんですよね。 学校の先生本当に苦労されてますよね。 本当に鬱になる方多くてですね。 本当ですか。 いますいます。僕今まで何にも小学校の先生見てますもん。 それは原因は何ですか。 いろいろ複合的だと思いますね。 先生同士がピリピリしちゃってるっていうのが一番、 職場の同僚との人間関係というのが一番なんですけど、 あとはやっぱり家に帰った後にいろいろと残業しなきゃいけないとかですよね。 夜中12時ぐらいまで丸付けしてるとかってのもよく聞きましたし、 いろいろこういう残業という名のつかない残業みたいなものもやっぱりあるのかなとか、 あとやっぱり親への対応ですよね。 結局若い女の先生とかだと、 もうその親御さんたちからバリバリに詰められるんですよね。 なのでこういうのもあるかなとか、 リスペクトが少なくなってる側面とかいろんな面あるんですかね。 なかなか学校の先生大変だなと思いますね。 でも若い先生がね、例えば大学出て、 いきなり子供30人を一人で見ろって、 ちょっと無理ですよね。 うーん、なかなか難しいかもしれないですね。 リスペクトがあって、もっとちゃんと子供たちが言うこと聞いてくれるんだったら、 やりやすいのかもしれないですけど、 そうでも限らない時代じゃないですか。 だから私は複数単人生とか、 学年でクラスを、例えば3クラスあるなら3人の先生が複数持っていくとか、 交代交代で見るとかね、 やっぱりそういうふうにしないと、 実際若い先生たちも持たなくなってると思いますね。 うーん、そうですよね。 でもその持たなさってところが、 例えば丸付けとか、 そういったいわゆる授業に関係するもので、 かなり時間を取られてしまってるんであれば、 やっぱりテクノロジーが解決する部分は非常に大きいかなと思っているので、 ここはなんとかなりそうなんですけど、 自分もこれから子供を育てていく身としては、 いろいろどんどん自分で学習したい人は進められるような仕組みにしてほしいなとか、 なんか地域、例えば僕みたいに東北住まいの人と、 東京にいる人ではそういった学習学ぶものの内容とか、 速度が全然違うんじゃないかとか、 そういう格差って部分も基本的に、 なんとかそういったテクノロジーでならないのかなというふうによく思うんですよね。 なんかその体験もいいんですけど、 体験もちろん色々と学校でさせていただくのはありがたいし、 家でやるよりは友達と一緒に体験したほうがいいなと思うんですけど、 まずそもそもの学問の部分で、 なんかわざわざ塾に行かせないと、 学べないみたいな状況っていうことも結構しんどいかなというふうによく思ってしまいますね。 実際、東京で育っている子供と地方で育っている子供でいうと相当格差はありますよね。 まあ学問に関しては間違いなくそうですよね。 学習についてもあるし、あとはちょっと若い人と話して聞いたのは、 東京の子供さんって今ね、勉強ももちろん学校も色々あるし、 手段も色々あるし、情報も早いっていうのもあるんだけど、 それ以外の部分でも文化とかスポーツとか芸術の増える機会もむしろ多いって言うんですよね。 ああ、そうかもしれないですね。 だから例えばある大学に行って同じ大学で、勉強はいい分だとしても、 もう既に文化的芸術的いろんな経験をしていて、 多様な関心を持っている子供と、 大学から出てきて勉強だけしてようやく東京大学に入りましたっていう子供でいうと、 スタートがずいぶん違うって話は聞いてますね。 いや、そうだと思うんですよね。 それがしかも無意識の中で自分たちがそれだけ恵まれて育っているってことを分からずに、 なんかみんな当たり前でしょうみたいな空気で大人になってしまうんじゃないかっていう不安もありますね。 なんかそういった人たちが輝いていく中で、 じゃあ現場仕事とか力仕事とか、 もっと身近な、なんていうか驚くさい一時産業みたいなものっていうのは地域に卒業して、 そもそも幼い頃にいろんな体験して、いろんなものを見て、 こういうふうになりたいなって思ったことすらないみたいな人たちが、 ずっと担い続けるんじゃないかなみたいなのはよく感じるところですね。 難しいですね、本当に。 全てを解決する方法はないんだけど、 やっぱり先生がおっしゃる通り、 今テクノロジー発達して、これからもうメタバースの世界だから、 空間を越えられる時代に入りましたからね。 これはかなり大きいと思うんですよね、地域においては。 そういうのをフルに活用して、芸術とか文化にも触れる機会があるし、 地方だからとかあんまりそこにそういうものがないからっていうことが、 それを進めたらのようにしたいですよね。 そうですね。今のNコとかもそうですけど、 インターネットあれば学ぼうと思えばどんどんいけますもんね。 ただそれを学ぼうと思うって人も、やっぱりそもそも幼い頃からちょっと飛び抜けた子だったりもするから、 そうでもない。一般的な人たち、平均的にみんなを良くしていくにはどうすればいいかっていうのがまた別の問題になってきますしね。 いや、それがね先生、本当その通りで。 コメントで時々そういうコメントをもらって、それがその通りだと思うんだけど、 今は、例えば最高の授業だろうが最高の文化だろうが、 ネットで出てるんですよね。 だからどんなに貧しがろうが、一応ネット環境あってWi-Fiだけ繋いどきゃ何でもできるんじゃないかって言われるんですよ。 でもそこに関心を持つってことができない体験の無さっていうのはあるんですよね。 ありますよね。 面白いと思うかとか、そこのってすごく層があってレイヤーがいっぱいあって、 そこにたどり着くにはその前の段階がきっと必要だしっていう感じになってきちゃうと思うんですよね。 そうなんですよ。それを一番可能性を広げるべきは親なんですけどね。 ただ親がもともとそういう体験がない場合は残念ながら望めないじゃないですか。 望めないですね。 その時にやっぱり担任の先生が、この子はこういうことやってみたらいいんじゃないかって言ったら、 こんな面白いことがあるんだよっていうのを生き生きと語ればね、そこが窓口になる可能性はあるわけですよね。 そうですね。 ところが学校の先生が疲れ切っていて、それこそ精神的にもう参ってますみたいな状況だと、それも望むべくもないっていうですね。 ちょっとこう袋小路に入ってるような話をよく聞くんですよね。 そうですよね。でもみんなが優れた人間人材になる必要は正直ないかなと思っているところもあって、 結局さっきもおっしゃってましたけど、最終みんながちゃんとそれぞれの幸せをつかめばいいなっていう考え方で言うと、 それこそ大学とかに行かないで手に職をつけて、例えば何かものづくりとかをするとかがすごく面白くて、 そっちを追求する自由があってっていうふうに選択肢があるっていうのももちろん一つの方向だと思うので、 こういう社会の成功者みたいなものを作らずに定義を少し変えて、こっちの分野ではこういうこともあるんだよみたいなのを、 それぞれにやらせてあげられる環境ができればいいんでしょうけどね。なかなか綺麗事なのかどうなのかわかんないんですけど。 そういう部分っていうのはあって、例えば私地元静岡県の三島なんですけど、 三島で経済的に成功してる人って、工学歴の人ってほとんど見たことがなくて、 地元の工業高校を出て建設会社を作って、ようそく大儲けをしてる人とかそういう人ですよね。 むしろ中途半端に東京に出て大学に行くと帰ってこないから、 むしろやっぱり地方でそういう人材を育てるという意味では、広島県なんかそれをやったって言われてるんだけど、 商業家とか工業家なんかを本当に楽しい学校にすれば、結構人材育っていくと思いますね。 そうですよね。おそらく、さっきも言いましたけど、何が勝ち組とか何が成功したってもうないじゃないですか。 これからさらになくなっていって、今まではこういう大学に行って、こういう学部に行けば将来安泰だったよねっていうのはもうおそらく完全に崩れていくので、 むしろそこをゴールにするというよりは、結局何か本当に楽しいものとか好きなことっていうのを見つけて、 それを自由にやってもそんなに苦しくならなかったり、負けたって気持ちがつかないって大事かなと思うんですよね。 結局人って比べちゃって、あの人より負けてるから、どんどん自己肯定感を下げていっちゃう生き物かなとも思うので、 その辺の価値観を社会全体で変えていくと、子どもも安心して道草できるのかなって気がするんですよね。 なんか大人たちが結局言わないけれども、子どもに、いやでもこういう風になってほしいなとか、こういう大学行ってほしいなとか、 社会全体としてそういうところ、結局はでもそういうところの人、中身見ないで仕事就職も取りますよとかってなってしまうと、 無言の中に子どもたち賢いから、こう求められてるんだろうなっていうので、自分は手先器用だったけど、そうじゃなくてこっちの大学行こうとか、 そうなっていきやすいのかなとも思うので、教育を変えるって時に社会の観念とか、親たちの意識ってものも同時に変えていかないと、 なんかこう難しいのかなと思ったり、いろいろします。すみません、まとまらなくて。 やっぱりね、SNSなんか見てると、社会の一番嫌な部分が見えるじゃないですか。 見えますね。 こういう話を引っ張るとか、あとはやっぱりこう、妬みがすごく出てたりとか、しかもそれが匿名性で飛び交ってる姿を見てるとね、なんかちょっと悲しい気持ちになるんですよね。 そうですね。SNSが完全に若者世代のメンタルヘルスを悪化させてるっていうエビデンスがありますからね。 もうどんどんどんどん子供たちが結構しんどくなってるのかなって印象はあります。 法律ってね、そういう無責任な誹謗中傷については、ちょっと対処するっていうのはできたんですけどね。 はい。 ただ現在全体が変わらないと根本は変わっていかないと思いますね。 いや、そうですよね。 いや、ちょっとこう、これからの子供を育てていく世代としては、本当にいろいろと不安もありながら、今日いろんなお話を伺ってて、また自分の中でいろんなインプットができました。 いやいや、非常に学び良かったです。 やっぱりそうなんです。子供の学びって、リスクを実際に経験しないと強くならないんだ。 そうですね。よく高脆弱性というか、脆弱性に抗うために、そういった体験をむしろ少し自由な遊びとかを奨励してたほうがいいんじゃないかっていうのは、 わりと今アメリカの心理学者で言ってる人たち結構いますね。 まあそれを無価値一体の法人にはできないから、いろんな犯罪に遭うリスクとかね、それもあるから、ある程度の安全性は確保した上で、 そういう空間を用意して、その中で地味にやらせるみたいなアプローチなのかもしれませんね。 そうかもしれないですね。経済的に考えてもそれもいいのかなって気がします。 学校を開放して、それをコミュニティスクールで、住んでる人たちができるだけ見守って、学校の先生に負担をかけさせないとかね。 理想的ですよね。 うーん。 分かりました。私、体験各社っていうときに、経済的な各社の延長線上で考えたところがありますね。 そうじゃない。習い者とか、判認された者ではなくて、もうちょっとワイルドって言ったらいいのかな。 子供って意外とそういう中での方が育つのかなっていう印象はありますけどね。 子供、どんな未来が来ても生き延びれる力強さをつけるっていうことを、例えば学習目標というか人間を作る目標にするのであれば、 そっちの方がいいかなとは思うし、逆にいろんな感性とかを身につけたり、いろんな技術を小さいうちに身につけさせたいっていう側面であれば、 そういった何か特定のピアノとか水泳とかってものをつけた方がいいだろうし、いろいろと目標によるとは思うんですよね。 本当にね、我々が今のこの年齢で私が見た50年後、100年後はもう予測はできないから。 できませんね。 できないです。 できないですよね。 だからこそね、本当に子供が自分で判断して、自分で切り替えていけるような、そういう時代を作らなきゃならないなと。本当にそれは思ってるんですよね。 そこが一番な気がしますよね。先が読めないからこそ、どんな時代が来てもその瞬間瞬間に合わせてアジャストしていけるような力強さみたいなものが、結局一番大事になるのかなって気がしますね、個人的には。 いや、ありがとうございました。 いや、とんでもないです。でも本当に学びになりました。 いや、本当に。ちょうど今、教育格差をどうするかということで、高齢者チームを動かしてましてね、それを骨太の方針っていうのを政府が決めて、それが予算に反映させるっていう、ちょうどそのせめぎ合いなんですよ。 そんな時だったんですね。 何を入れるかなっていうのを毎日打ち合わせをしながらやってるので、すごくいいヒントをいただきました。 いやいや、とんでもないです。 ちょっとね、正確的にやらせてもらってるんで、残せるものは残したいなと思いますのでね。 おお、大いに期待しております。 ありがとうございます。 かんじゅん先生がお子さんできたらどういうふうにその辺考えられるのかって、すごい楽しみですよ。 いや、本当ですよね。生まれてみたら全然ベタベタの甘やかすかもしれないし、わかんないんですけど。 じゃあぜひそのときはまた、親としての心構え教えてください。 いやいや、心構えは私はあれですけど。ぜひ放送楽しみにしてますし、そのときにお感じになったことをまた間に聞かせていただけるとありがたいです。 もちろんです。 どうもありがとうございました、先生。長い時間。 こちらこそ本当にありがとうございました。 ありがとうございました。 はい。 お待たせいたします。 お待たせいたします。皆さんありがとうございます。 ありがとうございました。 # 精神科医と政治家が対談する意味 核春先生との対談いかがだったでしょうか。 いや本当にいろんなことを考えさせられる対談でしたね。 学校の先生が病んでいるという話、これもね聞いてきましたけど、 実際に精神科医の先生から聞くとね、これはもう本当に何とかしなきゃならないと思いますね。 先生たちのためでもあるけれども、やっぱりそれは子どもたちのためですよね。 いやー、本当にそれは強く思いました。 核春先生、まもなくお子さんが生まれるということで、教育の話になるとですね、 多分これからお子さんを育てる時のことを考えながら、いろんなお話をされたんだと思うんですよね。 その中で子どもが体得すべき経験、体験ですよね。 それがどこにあるのかということについて、非常に重要なヒントをいただいたなというふうに思いますね。 もちろんね、子どもの安全というのは優先されるべきものなんだけれども、それをですね、求めすぎるあまりに、もっと重要なことを我々は忘れてしまっているのかもしれない。 子どもたちがこれからの時代を生きていくために必要なことは何なのか、それをですね、しっかり我々が形にしていく必要があるなというふうに思いました。 前段もですね、非常に中身の濃い対談になっていますのでね、後段聞いていただいて、まだ前段聞いてないよという方がおられたらですね、 最初のチャプターのリンクに貼ってありますので、もう一度そこも聞いていただけるとありがたいなというふうに思います。 私は政治家としての役割を果たしますし、核心先生はね、精神科医として社会のいろんな歪みやですね、個人の厳しい立場のある人をサポートするということをやっておられるんですけどね、 対談をして、またね、一定の時間を置いてお話をしてみたいなと強く思いました。 余韻を残しつつですね、次のチャプターではコメントのお返しをしたいというふうに思います。 # 皇位継承についての過去回はこちらから↓ 3名の方のコメントをですね一部抜粋してお答えをしたいと思います。 まずシングさんですね 週刊誌にも自由に書かれてしまうことはせっかく講師の皆様が日々守られている品格を 壊してしまったり心を痛められていることも多いだろうなといつも 不快に思ってしまいますということですね。 これ本当そうなんですよね ありがたいことですよこれねいつかちょっとしっかり話したいと思いますけれどもね どこに住むかとかですねどういう職業を選ぶかとかですね 言論の自由も自主的になるわけですよね ものすごく不自由な生活を講師の皆さんにはしていただいているわけですね せめてプライバシーを守りましょうよというふうに言いたいと思います シングさんの言葉の通りだと強く私も思います 北山優さんからもコメントいただいています 皇族が途絶えたら日本は三流国になってしまう まあこれは宮城先生おっしゃったことですけどね確かにそうだと思いました 経済的にもこれからの人口にしても世界をに相手にしてもらえなくしてもしてもらえない 国になるかもと今まで思ったことがなかったのですが天皇家がなくなってしまった その未来が来るかもしれないと想像できてしまいましたということですね その意味でもねここは正念場なんですよね 最後に茶畑さん女性天皇陛下女系天皇陛下などの是非を多数決で決めてはいけないと の話を初めて聞いて感銘を受けました 何十代にもあたって継承されてきた天皇陛下についてたまたま現代に生きている我々だけの 多数決で決めてはいいわけないですね 断経維持しなければならない理由についても詳しく知りたいですということですね 茶畑さんのコメントなんですけどその他の方からもですね 天皇陛下について改めてというご要望を結構いただきましたのでね 一度話してみたいと思います以前あの一度これ有料放送だったかな話してますのでその リンクはこのチャプターに貼っておきますね その上で今国会で議論されつつある最新の議論についてもですねぜひ皆さんにお伝えを したいと思いますので楽しみにしていただければというふうに思います その他の方お名前のみですがご紹介をさせていただきます ワンダーイレブンさんアップさんぶんすけさんヤギさん シングさんのぼけなりたさん ヒーデーアウェイさんかな ロイさんにこさんちびさくらさんじゃいこさん太陽さん ミルキーさんしえさんかなシングさんにこさん鉄道博士さん茶畑さん北山優さん まどかさんたい火山さん水木さんシングさんということで多くの皆さんからコメントを いただきました はい今日はちょっとね 革新先生との時間を合わせましたので遅めの公開になりましたご了解いただきたいというふう に思います明日からまた朝5時の公開にしたいと思いますので楽しみにお聞きをください それでは今日も元気にいってらっしゃい もっと見る #kagshun #多様性 #教育格差 #細野豪志 #体験格差 細野豪志の今日も元気に!プレミアム放送配信中!02:181.前編はkagshun先生の放送で↓https://voicy.jp/channel/1086/1144517?s=0934:372.我々が教育で目指すべき人間像とは?02:043.精神科医と政治家が対談する意味03:084.皇位継承についての過去回はこちらから↓https://r.voicy.jp/Rp9p4x0X9GPコメント感想・質問・応援メッセージを書こう とらちゃん2024年6月14日細野さん、昨日は大人の社会科見学で大変お世話になりました。憲法審査会とは何ぞやというくらいのレベルの私ですが、おかげで色々と興味が湧き、学ばせていただけました。石破さんのお話しもとても分かりやすくて、正直石破さんのイメージが変わりました。このような機会を作っていただきありがとうございます。次回も楽しみです。1返信 中村 五郎2024年6月7日次世代を担う子供たちを優先し、先人たちに感謝ができるような世の中になると良いなと思います🌱1返信 だっち2024年5月30日お二人の対談を聞き、あらゆる視点から見つめることの重要さを感じます。キングコング西野さんのこちらの取り組みはご存知でしょうか?ご存知でしたらすみません。細野さんのおっしゃっていることが少し形になっていることに感じましたので、放送のリンクからご紹介させていただきます。https://r.voicy.jp/5P9a4lOEmeQ1返信 イグニス2024年5月30日現代は親が子どものために場を探し提供して育てていく必要があるとわかっていらっしゃるのに、3号廃止。。。矛盾してませんか?両親が共にフルで働いて場を探し連れて行く。平日の16時から17時に送迎する。無理ですよ。どちらかが融通きくように働く必要があります。これ以上子育て罰をつくらないでください。2返信 ぼん2024年5月30日4月から一年生に息子がなり、学童を利用しておりますが、学童の現状は昔よりは幾分良くなってはいるであろうものの、かなり酷い状況と考えております。平日はそこまで長時間利用しないので気になりませんが、夏休みなどの長期休暇期間に、あの狭い空間に子供たちがあふれている現状はとても問題に感じます。実際対応して下さっている先生方も色んな方がいらっしゃるという印象です。もちろん親がお金を払い、きちんとした施設を選択することが1番大切かと思いますが、、学童全体の底上げが急務のように感じております。1返信 もっと見る
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ご存知でしたらすみません。細野さんのおっしゃっていることが少し形になっていることに感じましたので、放送のリンクからご紹介させていただきます。
https://r.voicy.jp/5P9a4lOEmeQ
両親が共にフルで働いて場を探し連れて行く。平日の16時から17時に送迎する。無理ですよ。
どちらかが融通きくように働く必要があります。
これ以上子育て罰をつくらないでください。