TOPトーク専門家細野豪志の今日も元気に!昭和16年夏の敗戦。日米開戦前に総力戦研究所では「日本必敗」という結論が出されていた20:19 2024年8月15日 7,284再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次終戦記念日、敗戦の真実総力戦研究所の衝撃的予測日本必敗、その結論とは?アジア主義と松井石根大将興亜観音の祈りAI文字起こし(β版) # 終戦記念日に思う 細野剛史の今日も元気に 今日は終戦記念日です あの対戦からですね79年ですね来年80年ということになります 80年という月日ですのでもうすでにですね その戦争の時の記憶がある人年齢的に言うとどうでしょうか 90前後の方は記憶あると思うんですけれどもね 多くの方々にとっては戦争というものはですね体験からは非常に遠いものになった そういう時代の月日の経過というのですね 感じざるを得ません この終戦記念日はですね私の地元で言うと富士市でツイート式典がありますので私もそれに 参加をしてですねそこでツイートの言葉を述べてくることにいたします まあ今日は1日ですねそういった意味ではもう一度 あの対戦のことを振り返る日ということですのでね まあそれぞれいろんな過ごし方はあると思いますけれども ぜひあたくまの片隅に置きながら1日を過ごしていただければというふうに思います で今日はですね 昭和16年夏の敗戦というですね 猪瀬直樹さんが書いた本のことについて少し触れてみたいと思います 石橋しげるさんの放送した時にもこの本については紹介をさせていただいたんですね 昭和16年というとあの太平洋戦争が始まった年ですね 真珠湾攻撃は12月ですのでまあすでに日中は回戦をしていて 戦争でまあ泥沼かーの様相を呈していた中でいよいよ アメリカと決戦に挑むかどうかというそういう時期に行われた あるシミュレーションの話なんですね そこから浮かび上がってくるですね日本のあの戦争を起こした過ちですね そして今の時代にそれをどう教訓として生かして我々がですね いろんな判断をしていくべきなのか そういったところが見えてくるというふうに思いますのでぜひお付き合いをいただければ というふうに思います # 総力戦研究所のシミュレーションの結果は? 猪瀬直樹さんがですね昭和16年夏の敗戦というなかなかですね興味深い題名をつけているこの総力戦研究所なんですね なぜ16年夏が敗戦だったかというと、戦争そのものは昭和16年の12月に日米海戦ということで始まっているんですけれども 実は16年の夏に行われたこのシミュレーションの中で日本は戦ってもですね 必ず負けるというこういう結論が出ていたと言うんですよね そこが非常に興味深い この研究所が作られたのは総理直轄なんですけれども1940年ということですので昭和15年ですよね 作られています その中でですね日本の国防力をどう見るかということで各省からですね まさに若手のエリートが送り込まれて徹底的にシミュレーションしたっていうんですね それぞれの官庁の担当者が閣僚役をやりですね 日米で海戦をしたら軍事的なバランスはどうなのか エネルギーを果たして持つのか食料はどうなのか財政はどうなのか 陸海空軍はどうなるのか これすべて徹底的にシミュレーションしたって言うんですよね でそのシミュレーションの中で出された結論は 日本は初戦においては前線する可能性あるけれども 戦争が長引けば必ず負けるというこういう結論が出ていたと言うんですよね そしてこの研究の結果というのはですね 昭和16年の8月にはですね 実際に政府に届けられています当時の総理大臣は小野江文丸 そして陸軍大臣はですね東条秀樹だったわけですけれども 報告をされていたということなんですね その後ですね小野江文丸総理はですね 日米海戦前夜にこの戦争を止めきれないということで辞職をしていまして 実際に日米海戦そのものは東条秀樹総理の時に行われたわけですけれども この2人がですねこの総力戦研究所のシミュレーションをどのように受け取っていたか これは正確に把握する方法はありません ただ東条の場合はですねあくまでこれは机上の演習だということを言ったという記録は残ってい まして 結局それをですね深刻に受け止めて最後まで日米海戦を回避をする動きというのは 当時政府はしなかったということなんですよね 歴史っていうのはですねどの方面から見るかで変わるんですよね ですからこのシミュレーションがどれぐらい政府の中で重く受け止められていたのか またそれ以外の情報が入っていた可能性もあるので私は断定的にはなかなか言えない ところがあるというふうに思っているんです ただ少なくともこの政府の研究所が必ず負けるというシミュレーションを出していたのにですよ その結論をまあ知りづける形で改選をし そしてシミュレーションの通り日本は初戦においては前線をするわけですけれども やがて選挙が悪化をしてエネルギーも持たない当然食料も持たない 財政的にも破綻をして敗戦を迎えたということについてやはりですね それぞれのつかさつかさにいた政治家が出した結論 それに対しては私は責任を問われるのではないかというふうに考えているんです ちなみにですね私この本を読んでこの総力戦研究所というものに非常にね 強い興味を抱きましてですね資料をいろいろ取り重ねてみました こういう国家的なですね資料というのは国会図書館にかなり残っていましてね これに関する資料をすべて取り寄せて読んだことがあるんですよね ただその中で私が改めて感じたことは日本はやはり敗戦国なんだなということなんですよね この総力戦研究所の多くの資料はこの国には残っていないんですね もしかしたらそれは当時の陸軍によって廃棄をされたというところがあったかもしれない ただどうもねいろんな周辺情報を調べてみると 敗戦をした後にですね自衛機治療が入ってきているわけじゃないですか その資録は当然米国なわけですよね アメリカに持っていかれていて今もどこかアメリカで保管をされている可能性があるのではないか というふうに私は見ています 総力研究所戦研究所の資料を何とかね入手をしてしっかりと検証したいなぁと まあ猪瀬さんもそう考えていろいろ種を取り寄せられたんだと思うんですが私も 最大限の努力をしてみましたけれども 実は結構限界があるというのもこれも敗戦国の一端ということなんですね 今日は終戦記念日ということで多くの方々が靖国神社に参拝をされています 私も今年 大人の社会が見学ということでね多くのプレミアムリスナーの皆さんと一緒に 靖国に参拝をしてきました 私の祖父の弟細野光雄というんですけれども この三尾がですね靖国神社に合掌されていましてね実際に登録もされてるんですよね その思いも込めて参拝をしてきました 実際私年に少なくとも1回は参拝するようにしてるんですよね もちろんマスコミに伝えたりとかなんか目立ったような形で参拝するというのは ちょっと私の考えと違うので静かに参拝をしそして細野光雄はもちろんですけれども 戦争でですね亡くなった多くの方々に哀悼の誠を捧げるということも併せてやっています ここで一番やはりでもう一度考えなければならない問題は 永久戦犯が合掌されているということなんですよね 先ほど挙げた政治家の中で言うならば東条秀樹総理も靖国神社に合掌されています あの東京裁判ですね 先日この大人の社会を見学で 防衛省に行きましてね東京裁判が行われたその場所にも行ってきました 行くとねいろいろ感じるところがあるんですよねこんなに狭い場所で 先般たちは 決して公正とは言えないようなね裁判を受けたのかと 東条秀樹ももちろんですけれどもね文明で言うならば広田康貴なんかもいたわけですよね 彼らどんな思いで 菅茂で散っていったのかなぁと思うところはある おそらくそれぞれ言い分もあっただろうしそれぞれおそらくですねそれなりの 理由というかね 組むべき事情もあったろうと思うけれども私は彼らの犠牲がなければ戦後がスタート できなかったし特に政治家については一定の責任を負わなければならなかったんだろう というふうにも思っています そして陛下には戦争責任がないということで戦後日本はですね 一つの国家としての連続性を維持をした中でですね 歩みを始めることができたわけですね それから79年の月日が経過をしているわけですけれども 私はそのすべての歴史というのがですね しっかりとあったからこそ今の日本があるとそういうふうに考えています そこで問題なのはこの戦犯で特に永久戦犯ですね 正直で bqc 戦犯 cq 戦犯はそれこそ戦地で裁かれたりしていますし 実際に戦争に行った人がほとんどですからそこは私は組むべき 事情は非常に大きいと思うんです問題は永久戦犯なんですよね それぞれ東条秀樹にもね広田広君も当然組むべき事情はあったと思います しかし あの戦争を起こしてしまった 戦っても絶対勝てなかったこれは総力戦研究所のこの結論だけではなくてですね 歴史を見たって当時の米国と日本の国力の差を考えれば客観的にも明らかですよね であるにもかかわらずあの戦争に突入しそして多くの国民を あれだけの犠牲の中に落としてしまった そして世界に大変なですね被害ももたらしてしまった その責任は免れないのではないかと私は思っています ですから私は安国神社には参拝しますけれども正直言って 永久戦犯がそこに合掌されていることについてはですね どっかに私の中でわだかまりがあるということもやはり ここで述べなければならないかなというふうに思っています 一方でねあの 講和観音っていうのがあの熱海にあるんですねこれは松井はねというですね陸軍大将 なんですけれども まあ彼が立てた観音さんなんですけども そこにですね須賀もで軽視をした 永久戦犯がの骨が埋まっているんですよね この松井はねという人物も非常に興味深い人物ですのでもう少し次の チャプターで私の方から説明をさせていただいてですね 戦争について皆さんにお考えをいただければというふうに思います # アジア主義者・松井石根大将が立てた興亜観音 松井和音という人物は、当時陸軍の幹部はみんな士官学校出てるんですけど、陸軍士官学校の中でもですね、極めて優秀な成績で卒業したということで、陸軍の中でも非常に存在感があった、そういう軍人だったということなんですね。 松井がよく言われるのは、アジア主義者という、こういう言葉なんですね。アジアの国々の近代化民主化というのを支援をしていこうという流れが当時日本にはあったんですね。 例えば具体的に言うと、中国でですね、台湾の祖とも言われる孫文。孫文なんかは中国でですね、非常に厳しい立場に立たされた時に、日本に来て、亡命ですよね。 日本の多くのですね、支援者を得て、そしてもう一度中国に帰ってですね、そして革命を、新外閣もやり遂げるということをやってるんですね。 そうしたアジア主義者の中でですね、頭目とも目されるのが、例えば原容者の東山光なんかですよね。東山光っていうのは相当の大人物だというふうに言われていまして、孫文が最後まで東山を頼ったということが言われています。 あとやや変わり種ですけれども、真のアジア主義者として言われるのは、宮崎当天なんかご存知の方もいらっしゃいますかね。そういった一位の、つまり政治家ではないですね、そういう人たちが孫文なんかをかばってですね、そして革命をやり遂げたという、こういうことがあったんですね。 ちなみにですね、当時は中国共産党も日本に来てたと、幹部がですね、幹部というか、やがて共産党を作るメンバーが、そして日本共産党から共産主義を学んでいたとも言われていて、非常にこうアジア主義というのが、主義主張を問わずですね、非常にルフしていた時代として知られています。 政治家として、このアジア主義を体現する人としては、例えば井沢強氏ですね、そして早稲田を作った大熊茂雄なんかも、アジア主義に共鳴していたというようなことも言われているんですけれども、それぞれ政治家、また民間、そして軍ということで、様々なところでアジア主義者がばっこした時代があったわけですね。 その中で、陸軍の中で最もですね、アジア主義者として存在感を示したのが、松井いわねだというふうに言われています。 話を松井いわねに戻したいと思うんですけれども、松井いわねはですね、紹介席とも交流があったと言われていまして、共産主義の中国における蔓延を阻止をし、そして日本と中国とが協力をすることによって、欧米からの侵略を阻止をすると。 共に民主化、さらにはですね、経済の発展ということを目指すという考え方に非常に傾倒していたということなんですよね。 有名なのは大アジア協会ということで、当時軍事の中で言うとですね、軍事がかなり政治活動していた時代なんですよね。 松井もその活動に共鳴をしてですね、非常に中心人物として活躍をしたというふうに言われています。 松井いわね自体は結構な年齢になっていたので、一旦軍を離れるんですけれども、その中からですね、中国が日本から離れようとした段階で、もう一度軍に復帰をして、そして南京の攻略の支持を取るという、こういう役割を担ったというふうに言われています。 皆さんもご存じの通り、南京大戦ということがよく言われるんですけれども、南京攻略についてはどれぐらいのね、一般の中国国民の支持者が出たのか、これについては非常に評価が分かれています。 そしてその指揮を取ったのが、大アジア主義者としてですね、陸軍の中で最もこの中国に思い入れのあった松井いわねが指揮を取っていたというのは、非常に皮肉な歴史としてですね、これは記憶されるべきことだというふうに思うんですよね。 そしてその松井いわねが、その戦争の始まるはるか前にですね、作っていたのが講和観音なんですね。アジアを起こすということで、アジアで多くの犠牲が出たことについて、それを弔うということをやってるんですよね。 日中戦争において、日中双方に犠牲者が出たということで懇領されて、アジアの伊豆山というところに立派な観音が今も立っています。戦争が終わりまして、東京裁判が行われます。 松井いわねは南京攻略、いわゆる南京大虐殺といわれるこの問題の責任者として、永久戦犯としてですね、東条秀樹とともにですね、決勝するということになるわけですね。 そしてその中で、当時この死刑を執行した刑務に関わる方々の中で、日本人ですよね、決死の覚悟でこの永久戦犯の骨をですね、講和観音まで持っていって埋めるということが行われたんですよね。 ただこの事実はですね、長く歴史に伏されていまして、戦後しばらくの間は、この永久戦犯の骨自体を残すということについては、GHQは日本側に認めていませんでしたので、完全に伏された歴史という形になっていました。 それが戦後ですね、何年か経ってから明らかになり、そして今もこの伊豆山の講和観音、海はよく見える場所ですけれども、その骨が埋められ、そしてそこで今も祈りが捧げられているということなんですね。 講和観音自体ね、ちょっと歴史の変遷の中で管理が行き届かなかったり、いろんな思想なんかがそこに入り込んできたりしてですね、若干ちょっと場所として少しずつ変わりつつあるかなという感じはするんですけれども、私はですね、熱海に行って、この伊豆山に行った時にはですね、ここにお参りするようにしているんですね。 私が言いたいことは、松井和音もそうだし、東条秀樹もそうだしね、もちろん広田光輝なんかは、まあね、民間人でしたし、外務大臣としてむしろ平和に寄与しようと頑張っていたという評価もあるわけですから、様々なそれぞれ事情というのがあると思います。 ただ、あの総力戦研究所で昭和16年の夏にですね、一敗と、もうすでに敗戦が強く示唆されていた中で戦争に突入し、そして国民の多くの犠牲を生み出してしまったという意味で、責任は私は免れないのではないかというふうに思っています。 で、松井和音がどういう気持ちでね、こういう反応を作ったのか、これはもうなかなか推察することは難しいんですけれども、私はあの場所というのは本来的にはですね、それぞれの永久戦犯がそこに祀られ、そして静かに眠り、ここにある人が参拝する場所としては、私はふさわしい場所ではないかということで、 さっきの戦争を振り返ったときにですね、行けと言った人間と、そして行けと言われて戦地に赴いて散っていった人間、そこは分けるべきではないか、そしてそこをしっかりと分けることこそですね、これから日本が戦争を起こさないと。 自国を守るために自衛隊の皆さんには頑張っていただけるのも、決して他国を侵略することはしない。当たり前のことですけれども、それをしっかりと誓うですね、日にふさわしい認識なのではないかということで、今日はお伝えをさせていただきました。 語りだすと長くなりますね、アジア主義の在り方についてはもう一掘りこれから私はしたいなと思っているんでね、時は改めてまた皆さんに説明をさせていただきたいというふうに思います。 もっと見る #靖国神社 #猪瀬直樹 #終戦記念日 #細野豪志 #アジア主義者 #戦争と平和を考える #東條英機 #松井石根 #昭和16年夏の敗戦 細野豪志の今日も元気に!プレミアム放送配信中!02:081.終戦記念日に思う09:462.総力戦研究所のシミュレーションの結果は?08:263.アジア主義者・松井石根大将が立てた興亜観音コメント感想・質問・応援メッセージを書こう ももたろ2024年8月22日歴史のifを言っても仕方ないが、戦わなかった場合には何が起きたのか?経済封鎖による国民生活窮乏、餓死?領地割譲、植民地化??当時の為政者の苦悩に想いを馳せる。多大な犠牲、敗戦という結果によって判断にバイアスは掛かって無いか?勝った日清・日露・1次大戦の戦争責任は????戦争の無い世界はどうしたら実現できるのか?今この21世紀でも答えは出ない・・・1返信 文月2024年8月15日昭和11年生まれで認知症の父に、玉音放送覚えている?と母が尋ねると、放送が終わった後、外に駆け出していった、と答えていました。運動が大の苦手な父が興奮して走り出すほど、79年前の今日は抑圧が終わって自由を満喫したかった日なのでしょう。当時は様々な事情があって、靖國神社に合祀したのかと思われますが、来年で戦後80年、そろそろ、分けても良い頃なのかと思います。3返信 ミカタの虹2024年8月15日午前中に靖國神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑に参拝してきました。千鳥ヶ淵は岸田首相と同じタイミングでしたのでしばらく規制線の外側で待つことになりました。戦争を経験していない世代が殆どになった現代、それぞれが思いを持って参拝していることと思います。私も正直、夫と結婚していなかったら靖國神社へ行くことはなかったかもしれません。自分がそうされたように、先の大戦で犠牲となった方々へ思いを馳せる時間を共有し、平和への祈りを捧げる人を増やしていきたいです。それが平和へ繋がることを願いつつ。3返信 不明なユーザー2024年8月15日(規約違反によりコメントは削除されました)返信 てんぷら2024年8月15日猪瀬直樹さんの本、わたしも買ってみます!1返信 もっと見る
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戦争を経験していない世代が殆どになった現代、それぞれが思いを持って参拝していることと思います。
私も正直、夫と結婚していなかったら靖國神社へ行くことはなかったかもしれません。自分がそうされたように、先の大戦で犠牲となった方々へ思いを馳せる時間を共有し、平和への祈りを捧げる人を増やしていきたいです。それが平和へ繋がることを願いつつ。