TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」教育、子育てウィーク③「共に学ぶ」を楽しみましょう08:52 2024年7月16日 110再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「共に学ぶ」とは何か?親も子も一緒に成長できる喜び遊びと学びの境界線を超えて学びを楽しくする秘訣とは?共に学ぶことの未来への影響AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅。私は遠通じ福住職方言と申します。この番組は身近な生活と仏教禅についてお話ししている番組です。 今週は教育子育てウィークということで、1週間、教育や子育てについてのお話をしようと思います。 今日は3日目、 共に学ぶをテーマにお話ししようと思います。 # 共に学ぶって楽しい 教育子育てウィークということで、教育者である私、僧侶であり、小学校の教員である私がですね、教育についてお話ししようと思います。 今日のテーマは、「共に学ぶ」ということで、その言葉の通り、昨日も言葉の通り、全てその通りなんですけれども、大して別に難しい話じゃなくて、忘れがちなことをいくつか今週テーマにあげているようにしています。 なんとなくですね、子供教育とかっていうと、教えるっていう風に、知能ごとくね、教え育てるってことで、何かこう知識とか技能にあたるものを何かこう植え付けるような、育てるってことで教え込むっていうかね、そういう雰囲気を感じるんじゃないかなと思います。 昭和の教育っていうのは比較的そういう要素が強かったかなと、全部じゃないですね。間違いなくそうではなくて、人間を育てる教育をしていた人も、インターのことは間違いないんですけれども、 なんとなくですね、受験とかそういうのが出てきてから、なんとなく教える、身に付けさせるみたいなね、そういう教え込むような、ちょっとこう何かうっと苦しくなるようなね、そういうのが教育っていう風になってきちゃってるなという風に思います。今でも何かそういうのが残っている雰囲気を感じます。 そうなってくると、どうしてもこう、教えるっていうと、じゃあ習いごとに、こういう風にすぐになるんですね。別に習いごと悪くはないんですけど、習いごとに生かせよう。学習塾、受験に勝つためには塾に生かせなくては、つってね、塾に行くんです。 塾悪いとは言えないですけど、子供の方から出てきて、やりたいって思ってやってるんだったらいいんだけども、何かこう身に付けさせるために親がね、無理やりにこうやらせるみたいなね。親は別にそこに一緒に学んでるわけじゃないと。 必死になってこう尻を叩いて、頑張れ頑張れって言ってね、気を抜くなって言って、応援はする。お金は出す。送り迎えもする。一生懸命頑張ってる。親も頑張ってるって、そう思うのかもしれないけれども、子供の方はもしかしたらいい迷惑かもしれない。 で、じゃあどうしたらいいのっていうところで、やっぱり子供が一番輝くというかね、夢中になってできるっていうのは、親とか先生が共に学んでいるときなんですよね。一緒になって、例えば遊びとか考えたら、これ学びって言うとね、遊びと学習は違うって思う人いると思うんですけど、これもイコールです。 遊ぶことはイコール勉強ですから、幼稚園の頃を思い出したらわかると思うんですけど、遊びが学びですからね。これいくつになっても実は同じで、なんか机に向かってるから遊びじゃないように思うかもしれないですけど、これも遊びの一部だと思っていいと思うんですね。 共にですね、一緒になって親もできたら子供が一番のびのびとできますよね。これが机に向かうことじゃなくてもいいと思うんですよ。一緒になってボールを投げたり、キャッチボールしたり、走ったり泳いだり、そういうことができる。 今の時代だったらゲームとか子供一生懸命やって、大人はやってる姿を見てるだけ。もしくはもう何やってんのかななんつってね、取り上げたりとかね、電源抜いたりとかね、そういうことしてる人もいるのかどうかわからないですけど、そこに距離ができてくると親と子供の信頼関係も崩れてくる。 どうせゲームやらないほうがいいんですけど、やらせるんだったら一緒にやるとかね、そういうほうがきっと子供は喜びますよね。私ができてるかというとできない話なんですけど、勉強についてもね、本当だったら初めのうちは自分で自立して勉強できるようになれば一緒にやらなくても自然に勢いついてできると思うんですけど、 最初の頃なんかはね、特にこうなかなか机に向かえない時期とか、向かう集中力がね、そもそも小さい頃1、2年生とかあったらもう15分持てばいいほうですから、あんまりこうガシガシやらないで、ちょっと一緒にやって楽しかったねってね、きれいに描けたねとかね、そういうことでいいと思うんですよ。 そういうのを一緒に楽しみながらやっていく、共に学ぶってね、一番いいと思うんですよ。 なんかこう、勉強とかね、教育とかって言葉がちょっと固い感じがして、なんかこう、押し付けるような、なんかね、そういう厳しそうな雰囲気感じちゃうかもしれませんが、そういうんじゃなくて、本当に一緒に楽しんで、一緒に学んで、子供と一緒に大人も成長していく。 なんかこう、子育てって、私の場合かもしれないですけど、本当に親になって一緒に子供と生活していく中で、なんか大人にしてもらったというか、父親にしてもらったっていうような感じするんですね。子供に育てながら、子育てをしながら父親にしてもらったっていう感じするんですね。 全くそういう自覚なかったですけど、やってる中でちょっとずつちょっとずつ父親としての自覚みたいなのが芽生えてきて、なんとなく大人に、大人って言えんのかわかんないですけど、してもらったっていうようなね、そういう感じがします。 ですから、一緒に成長するくらいのつもりでね、あんまり片肘張らずに楽しんでやっていくのが一番いいんだろうなというふうに思います。 これはもしかしたら先生なんかもそうかもしれないですね。親だけじゃなくてね。もっと言ったら大人同士も言えるかもしれないですよね。一緒にやってもらったら心強いとかね。一人でやるよりもとかね。 そうかもしれないですね。本当にこう、ライズアップとかもそうなのかもね。言ったことないからわかんないですけど。なんかね、一緒にやってくれると頑張れるみたいななんかあるんでしょうね。 修行生活なんかそうですね。お寺の。一緒に仲間がいて一緒になって頑張れる。そういう仲間がいるから頑張れるっていうのはありますからね。そういうつもりで、仲間の一人みたいなね、そういうつもりでやっていったらいいのかもしれないですね。 今日は教育子育てウィーク3日目ということで、ともに学ぶをテーマにお話ししてきました。明日は4日目ということで、笑顔についてのお話をしようと思います。 今日も聞いていただきましてありがとうございます。また次回お会いしましょう。いいね、フォロー、コメントなどもぜひお寄せください。それではさようなら。 もっと見る #子育て #教育 #禅 #仏教 #小学校 #お坊さん #共に学ぶ 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:291.初めのあいさつ08:232.共に学ぶって楽しいhttps://lin.ee/TcKnihrコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
太極拳の振り返りから雑談 1時間17分・昨日・ 119再生AI目次太極拳の呼吸と護身術の奥深さ雨が呼ぶキノコと蚊の意外な生態焦らず事態を受け入れる心のあり方リスナーとの交流が織りなすVoicyの魅力大爆笑!まさかの視力検査の珍解答
おはようございます✋😌👌太極拳の朝 17分・一昨日・ 72再生AI目次太極拳と禅の心:続ける意味「自分のものになる」とは何かヨガ・座禅にも通じる心のあり方集中力と無言の深い関係性「喋らない」がもたらす成長とは
嫌われたくないと思う 17分・9月11日・ 213再生AI目次なぜ人は嫌われたくないと感じるのか一人で生きられない人間の本能とは嫌われる覚悟で伝えるべき真実固定観念に縛られない自由な生き方僧侶が語る「耳が痛い話」の真意
9月9日重陽の節句の生放送🌰 48分・9月10日・ 126再生AI目次9月9日 重陽の節句 不老長寿の願い慈悲の行を実践『窓下の会』の理念プロの教え:法要準備と心の鍛錬29代目住職、数字「9」への新たな解釈栗味は苦手?リスナーと語るおすすめお菓子
わかるとか、わからないの話 14分・9月10日・ 177再生AI目次「わかる」「わからない」という枠組み「知っている」の定義:子どもと大人の違い言語化の限界とAI時代の「わかる」仏教の視点:知識ではない「そのまんま」本当の「わかる」がもたらす変化とは?
#1212 嫌な人という存在を有難くいただく✋😌👌 18分・9月8日・ 239再生AI目次嫌な人の正体とは?ご都合フィルターの存在五感で受け止める世界と二次的な感情「嫌な人」を修行の場と捉える視点握らずに流す実践と距離を取れない対処法そもそも嫌な人とは?仏性の働きに委ねる
#1211 マイナスの言葉をプラスに変える力って 1時間3分・9月7日・ 93再生AI目次マイナスの言葉、本当に無意味なのか人を動かす言葉と、心の傷「気合」だけでは足りない言葉の力「まどかの会」が示す、新しい人の繋がり90点でも足りない?子どもの存在価値