TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」【僧侶】セルフネグレクトという問題について考える11:35 2024年7月30日 143再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次セルフネグレクト、現代社会の影若年層にも広がる深刻な問題気づかぬうちに陥る危険性とは?SOSの出し方、相談できる場所許し、そして軽やかに生きるAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅。私は縁通寺副住職方言と申します。 この番組は身近な生活と仏教禅についてお話ししている番組です。 # セルフネグレクトについて考える 今日は、少し前から、近年話題になっているセルフネグレクトについての話をしようかなと思っています。 たまたま、そのセルフネグレクトについての記事を読んで、思い出したというか、このことについて話してみたいなという気になったので、今日は話題にしてみようかなと思っています。 このセルフネグレクトというのは、ネグレクトという言葉はずっと前からありまして、虐待というか、育児放棄ということで、子供の育児を放棄するということで使われていたのですが、 セルフというものがついているので、つまりは自分自身についてのことを一切しなくなってしまうということですね。身の回りのこと、お風呂に入れなくなるとか、食事も興味なくなって、食べたら食べっぱなしで片付けないとか、 お手洗いとかも部屋から出ないとか、そういう自分自身のことはどうでもいいというような状況になってしまうということがセルフネグレクトということらしいのですが、その問題がどうしてそういうことが起きてしまうのかなというところのいくつか原因があるのです。 そのいくつかの原因の中の一つとして、発達障害という性格というか、その方の持っている性質みたいなところがひとつ引き金になっているということも聞いたことがあります。 ただやる気がないとかということではなくて、先天的に生まれ持った性格みたいなところから鬱になりやすかったりとか、うまく社会に溶け込めずに自分だけの世界に入り込んでしまい、人と接することが苦手、避けるようになっていくというか、 自分自身の枠の中で生活をしていくというふうになっていくそうです。 徐々に徐々にそうなっていくのですが、このセルフネグレクトというのが、今まではある程度年をとった方、お年寄りが結局体の自由がきかなくなって自然とそういう方向に行ったというのがもともと多かったらしいのですけれども、それで孤独死みたいなことにつながっていったという話なんですが、 最近は若い人でそういう方向に行ってしまうことが多くなった。若いといってもいろいろ年齢様々ですが、30代、40代、そして女性だけではないのですが、女性の30代、40代で一人暮らしをしていて、そのまま亡くなっていくという、孤独死みたいなことになってしまうということが一つ問題になっているそうです。 多分、ここまで亡くなるというところまで行く前に、間違いなく言えることは誰かにSOSを出して助けてもらえばいいのですが、その人と関わりたくないというところが一つ引き金になっていくのだと思うんですね。どうでもよくなってしまうということ。 誰も助けてくれないのではないかと思い込んでしまうのかもしれません。 思うのはですね、やはりこの全国で寺院、お寺は7万7千という数としては言われている。中でも秋寺が1万7千あると言われているので、6万ぐらいのお寺があるんですよ、寺院が。 6万の寺院があって、全国にありまして、この数というのはコンビニが5万いくつだったと思うので、それよりも多いという数、お寺があるわけです。 従職という職に就いている人がいるお寺がそれだけあると考えると、困ったときにSOSを出す場所というのはお寺だけ考えたとしても相当な数あるんですよね。 それにプラス、行政ですよね。各市町村の役所、役場というところも一つ窓口になっているわけです。何か困ったことがあったら相談すればですね、絶対どこかしらが助けてくれるはずなんですよ。話を聞いてくれるはずなんですよ。 ですから、同じ人間ですからね。商売じゃなくても人間ですから、困っているとなれば話を聞きますし、どうにかサポートしようとすると思うんです。 ですからね、今日はそのことがとにかくお伝えしたかったということです。 そういうセルフネグレクトという、自分の力だけで生きていけないと思い込んで、さらには興味がなくなって、お風呂も入らなくなって、めんどくさくなってとか、周りが怖くなってとか、そういうふうに塞ぎ込んでしまう前に、困ったな、ちょっと明日、今日、食べるものがないとか、どう生きていったらいいかわからないとか、 何か悩みとか、そういうのがあったときに、まず声を出して相談してみるということが大事なんですよ。相談できる場がないと思い込んでいるかもしれませんが、ありますから、そういったところにまず駆け込んでみるということです。 自分の身近な人に声をかけてみる。市役所でも、お寺とか敷居が高くて、なかなか声をかけられないと思うかもしれませんが、人を救う場所ですから、お寺というのは基本的に。商売じゃないですし、人を救う場所ですから。 もちろん相手の予定とか、いろいろあると思いますけれども、そういう場所ですから、そこはですね、声をかけていいと思うんですよ。もちろんね、全部が助けてくれるというわけじゃないというところが難しいところですけど、きっとですね、そういう場所だと思うんですよ。 生きづらいというのは誰でもあること。生きづらさを抱えているというのは誰もがある。だけれども、それをどうしたらいいのか、どう乗り切ったらいいのかというかね、どのように生活して生きていったらいいのかというところが、仏教の、それこそ、心髄というかですね、この部分じゃないですか。 楽に生きたいなと。死にたいと思っている人なんていないんですよ。死にたいは、生きたいの裏返しじゃないですか。うまく生きていけない。問題なく幸せに生きたいということの裏返しじゃないですか。そのようにならないから、死にたいになってしまうわけですから。 本当はそれが叶うはずなんです。仏教をちゃんと理解して実践していけば必ず叶うはずですから。そんなときはですね、とにかくSOSを出すということ。出したらどうにかなる。まず一歩動き出してみる。動き出せば必ず人生変わりますから、そんなつもりでですね、やってもらえたらいいなというふうに思っています。 # 終わりのあいさつ 今日はこのセルフネグレクトということを題にして話してみました。 自分の思い通りにならないこと。 自分の思い通りにならないというのが人生そのものである。 だけれどもどうしてもやっぱり自分の思った通りに物事を運んだらいいよねって思ってしまう。 これがまあ人間なんですけどそれをあまりにもね掴みすぎてしまうとやっぱり思い通りにならないことで詐欺 込んでしまったり イライラしてしまったりするんですよね そういう人の集まりが お互いを許すということじゃなくて攻撃し合う世の中を作ってしまうんですよね だから思い通りにならないのが人生そしてお互いの人生を許し合う 許し合える人間関係そのいう世の中 であるってことがやっぱり一番大事だなというふうに思います あの 正直 どんなことがあってもですね攻めるのは簡単です 攻めるのは簡単ですが許すってことがやっぱり一番大事なんですね許し合えるっていう そういう関係環境が一番大事だなというふうに思います 仏教はですね許しの教えです 間違ってですね過ちを犯してしまったとしても 仏さんは許してくれているということです 仮に 何か 法律に触れるような悪いことをしてしまったとしてもですね それはきちんと まあ決まりの通りですね法によって 裁かれてですね 罪を償ったそしたらですねもうその後は 許される 世の中的にも許されるはずなんですいつまでもそれ一生引きずっててもしょうがない そしてそこから軽やかに生きていくための 努力をしていけばいいんです仏道修行をしていけばいいんです そんなつもりでですね 本当にこう なんていうか怒りをぶつけ合うそういうのはもうあらさいにしかならないということ これは正直子供でも想像つくことでですね やっぱりどっかで決着つけるには許し合えるお互いに認め合える受け入れ合う そういう世の中が一番心地いいということはみんなわかっていることですから ぜひそれをですね大人が実践していきたいなというふうに思います 今日も聞いていただきましてありがとうございますまた いいねやフォローコメントなどもぜひお寄せください 今回のセルフネグレットについてのご感想やご意見などもいただけたら私の勉強にも なりますのでぜひ宜しくお願い致します それでは今日も聞いていただきましてありがとうございますさようなら もっと見る #禅 #問題解決 #仏教 #お寺 #セルフネグレクト #僧侶 #お坊さん #寺院 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:121.初めのあいさつ08:302.セルフネグレクトについて考える02:543.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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