TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」あなたは自分を捨てられますか?08:51 2024年10月3日 135再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次捨てる決断、何を手放す?物への執着を手放す方法お金より大切な心の整理自我の捨て方とは?目から学ぶ、新たな視点AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅。私は縁通じ住職方言と申します。 この番組は身近な生活の中の仏教や禅、教育についてお話ししている番組です。 今日は、捨てるということについてお話ししようと思います。 # 捨てる決断。何を捨てる? 今日はVoicyのトークテーマ、捨てる決断ということで、様々な断捨離みたいなことで、大事に持っているものを捨てていくっていう、物理的にですね、部屋を片付けるとか、自分が握っているもの、大事にしているものを手放すっていうようなことで、整理していくっていうこと。 その難しさとか、どうやったら決断できるのかっていうようなところがあると思うんですが、物なんかはね、正直、捨てちゃえばそれでおしまいで、 1年ぐらい見て、使わなかったものは大体もう必要ないなっていうふうには感じると思うんですね。1年間、触らなかったものは大抵いらないものでいいんじゃないかなと。 もちろん重要書類とかは別にしてですけど、基本的には、生活に使いそうな道具とか、取っておいたものなんていうものは大体いらないのかなっていうふうに思いますよね。 ですからその辺は比較的潜引しやすいし、捨てる決断もしやすいものなのかなっていうふうに思うんですけれども、 仏教で言う捨てるって言うとですね、一つは、記者ですよね、伏せ。自分の握っているものっていうふうに考えると、今特にですね、 仏家、高等などで収入が追いつかなくなってきているという方もたくさんいらっしゃいます。私もそうですけど、苦しくなってくるとですね、なかなか手放す、伏せをしようという気にならなくなってくるということはあると思います。 そういうね、仏教的に言う捨てるとかって言うと、そういう記者とかっていうことがあるのかもしれませんが、それはですね、別に金額が決まっているものでもないですから、自分のできる範囲の中で精一杯、これぐらいはしてあげたいなと思ったものをすればいいと思うんです。 お金だけに限らず、ものを寄付するということでもいいと思うし、いろんな方法があると思います。何よりも大事なのは、心の部分です。これが一番実は大事なところで、仏教の本質というか、根っこの部分でもあるんですね。 これを捨てるという決断をしないと進まないんですよね。何を捨てるかというと、自我ですね。自分というものを、多くの人は自我を自分だと思っているというところがあります。 自分らしさとか、自分の考えとか、自分の何々というふうに思っている部分というのは、大体自我の働きによるものが多いです。自分の都合が差し挟まるので、自分にとって都合が良いこと、悪いことということを握るので、それ基準に物事を判断する。 そうすると気づくと、自我を中心に生きていますから、自分さえ良ければいいという話になってくるんですね。そこまで言わなかったとしても、結果がそうなってしまっているということがありますよね。人を傷つけてでも自分を最優先にしているという状況。 これってすごく残念なことで、幸せからは程遠くなるんですよね。一瞬満たされて欲望は満足したように感じるかもしれませんが、これは無駄ぼりですから、一回満たされたような感覚になっても、すぐにまた欲してくるということで、終わりないんですよね。 ですけど、仏教で言う捨てるは、自我、我見、自分自身の見方というものを捨てる。自分というフィルター越しの物事の見方をやめる。それを捨てる。自我を捨てる決断。 これ勇気いるんですよね、案外。本当にいいの?ってね。ずっと自分自分で生きてきた人はですね、そういう思考の癖みたいなのがあるので、そんな客観的というかね、自分らしくないような雰囲気のもので飲み方でいいの?みたいなね、そこが不安になるのかもしれません。 だけれども、本当にそこに自分というものを差し挟まないものの見方ができるようになると、ここは豊かな救いの道になるわけですよね。 仏教の本質のところにぐぐっと近づいていくわけです。ですから、この捨てる決断というのはですね、仏教で言ったら一番大事なのは、我見、自我を捨てるということですね。 これどうやって捨てるの?って思うかもしれません。これ捨てるのは簡単な話で、自分というものを持ちいなければいいわけです。もっと言っちゃうと、自分の目玉、眼玉、眼の働きに任せるということです。 自分の目はどういうふうにものを見ているかなということです。好き嫌い言っているかな、善悪言っているかな、尊徳言っているかな、白黒言っているかな、どうでしょうかね。そういう評価してますかね、目玉は。好き嫌い言ってますか。 今ちょっとこれを聞きながら自分の目を動かしてみてください。見ている景色どうでしょう。善悪好き嫌い言ってますか。基本的に目というのはそういうことは一切ジャッジしないはずなんです。間違いなくそんな働きはしてないはずなんです。 そこに学ぶんですね。自らの体、この機能に学ぶんですよ。そうすると捨てるなんていうことを決断してもしてなくてもですけど、わざわざ捨てようとしなくても、もう握ってもない様子が目の前にあると思うんです。 そこに気づけるとまたぐぐっと近づくんですよね。 今日はですね、捨てる決断ということで。捨てる決断をしたら実際に実践してみる。自分をよく見てみる。そうすると気づくことがあるはずです。一気に楽になります。極楽浄土ですね。救いの道に近づくわけです。 ぜひですね、そんなところで自分自身の目を使ってやってみてほしいなというふうに思います。何のことかよくわかんないなという人はですね、ぜひ円通じ座禅会に参加していただけるといいかもしれません。毎月第一土曜日にやっております。よろしくお願いいたします。 それでは今日も聞いていただきましてありがとうございます。いいね、フォロー、そしてコメント、感想ぜひお寄せください。それではさようなら。 もっと見る #禅 #仏教 #お寺 #お坊さん #捨てる決断 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:221.初めのあいさつ08:302.捨てる決断。何を捨てる?コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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